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何が生死を分けたか  「タイタニック」沈没100年

(2012.04.20)   ブログ子は、理系出身だが、唯一、熱心に購読している科学月刊誌に

 「NATIONAL GEOGRAPHIC」(日本版)

というのがある。時々必要があって、英文版にも目を通す。そのたびに、その図や写真のうつくしさやセンスの良さは、日本の科学雑誌は今もって遠く及ばない感嘆する。芸術作品ではないかと思うような科学写真やイラスト、CG図が毎回満載されている。だから楽しい。その美しさに魅せられるのであろう、書いてある内容もよく理解できる。これで定価が1000円足らずというのだから、二度びっくりだ。

 その日本語版(英文版も)4月号(2012年)が、

 タイタニック 沈没100年後の真実

を特集している(写真)。英文版はもちろん、日本語版にも、特製ロングポスターと銘打って

 タイタニックの最後(Death of the Titanic)

の様子を精密な連続カラーCGで描いている。タイタニックが海底にどのように横たわっているのかという詳細な様子までついている。

 Image506 さらに本文では、数千枚の高精密写真をつなぎ合わせて、4000メートルの海底に沈んでいる様子を紹介している。なんとも息を呑むようなすばらしい写真だ。さらに、その引きちぎられた船内の様子もまざまざと多数の写真で読むものの眼前に浮かび上がらせている。

 圧倒するような写真群だが、十数年前のデカプリオ主演のアメリカ映画「タイタニック」でこの事故の様子はご存知の人も多いだろう。

 この事故で乗客・乗員1500人が亡くなった。問題は、

 何が乗客・乗員の生死を分けたのか

ということだろう。

 分けたもののひとつは、どの等級の船室に乗り込んだか、ということだ。

 1等船室の乗客のうち62%が救命ボートなどで助かった。これに対し

  2等船室は41%、3等船室は25%

しか、助からなかった(乗員も25%しか助からなかった。なかでもボイラーマンは、ほとんど全員が死亡。船長も死亡)。

 その原因は、頼みの救命ボートは1等船室の区画に設置されており、しかも1等船室と3等船室とは行き来できないように船が設計されていたからだ。3等船室には移民が多く、疫病が1等船室に蔓延しないようにしていたためだ。当時の防疫対策が生死を分けた。

 もう一つは、婦女子優先の原則、つまり、レディ・ファーストの退避ルールが船員に徹底していたことだ。救命ボートに乗り込むのは女性と子どもたちが優先されたのだ。

 この点については、件の映画でも描かれていた。男性が、たとえ、それが男児であっても、女性にまじって乗り込もうとしても、船員は短銃を突きつけて、引きずり出す。そんなシーンが映画でもあった。

 1等船室の乗客でも助からなかったのは、そもそも救命ボートの数が乗客全員を収容できるほど多くはなかったことが原因。豪華客船からの眺めを重視し、デッキに設置するボートの数をできるだけ少なくしていた。このこと自体は当時としては違法ではなかった。これには、

 巨大であることは安全である

という神話が当時の社会に根付いていたことが背景にある。事実はそうではないのに巨大豪華客船が救命ボートを使うような事態はないという根拠薄弱な思い込みがあった。

 ところで、英文版にはない記事が日本版には出ている。

 乗り込んでいた唯一の日本人で、からくも助かった細野正文氏の手記だ。かれは明治政府の鉄道院高等官吏として、帰途中に事故にあった。

 同氏によると、最後のボートが下ろされているとき、そこに2人分の「空き」があり、その一つにかれはとっさに飛び乗った。それでかれは生き延びた。しかし、帰国後、彼のとった行動が批判、あるいは非難される羽目になった。男性だったからだ。婦女子を押しのけて何たることだというわけだ。

 かれにしてみれば、最後のボートのそのまた「空き」に命がけで飛び乗ったのだ。だれにも迷惑はかけていないという言い分もあろう。しかし、細野さんは、後ろめたいこともあったのか、その後は事故については、ほとんど話すことはなかった。救出直後に書き留めた手記も家族以外には見せたことはなかったという。

 日本語版の記事によると、生還後、わずかに家族に語った言葉がある。

 「俺が今ここにこうして生きているんだから、いいじゃないか」

 少しこれを補えば、周りがなんと言おうと、と言いたかったのだろう。細野氏の苦衷が聞こえてくるが、本音だろう。

 細野氏の話や手記が事実とすれば、ブログ子も細野氏と同様な行動をとっていただろう、と思う。いや、もっと卑劣な行動に出たかもしれないと正直に言おう。人を押しのけてでも自分だけは助かりたいなどとは思わなかったと誰が言えよう。

 この美しい科学雑誌が明かしてくれた真実は、そんな人間の、そしてなにより自分自身の心の中に潜むおぞましさの一面をブログ子に突きつけたと思う。

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