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現代の「モモ」  お金を持たない生き方とは

(2012.03.31)  平日の深夜、NHK-BSの「世界のドキュメンタリー」を時々、楽しんでいる。たいていは額にしわを寄せたくなるような、つまり深刻な硬派の番組だ。ところが、先日は

 お金を持たない生き方(Life without money)

という番組。タイトルからして、のんきなイタリア/ノルウェー(2010年)あたりがいかにも制作しそうな軟派な物語だろうと軽く考え、いつもは取るメモも用意せず、晩酌しながら暇つぶしに見た。年度末の穴埋め番組にちがいない。それもまあ、たまにはいいだろうという気分だった。

  しかし、見終わって、現代の成熟社会の病理、つまりお金こそがすべて、お金こそ現代の神様であるという信仰の危うさをあまりに見事に、そして痛烈に突いており、ブログ子は思わず

 これは、バブル崩壊後の現代の『モモ(MOMO)』ではないか

と感嘆した。土地や株に対する無制限の信仰がバブルを生み、そして崩壊を招いたのと同様、その崩壊後のお金に対する無制限の信仰の危うさを指摘していたように思う。お金万能信仰に対する警鐘なのだと気付いた。

 ドイツの作家、ミヒャエル・エンデの児童文学『モモ』(1973年)は、翻訳が何種類もあるなど、日本でも根強い人気がある。人々から時間を盗む「時間貯蓄銀行」と名乗る謎の灰色男。これに対し、人々からうばわれた時間を取り戻してくれる心優しき少女、モモ。モノと金のあふれる成熟社会にあって、生きる意味を忘れてしまった人々に生きるとは、働くとは何かを考えさせてくれるとされている作品だ。

 ただ、エンデ自身のこの作品に込めた真意は、もっと深く、ドイツの経済学者、W.オイケンが直接エンデに確かめたところによると、働いた時間をお金と交換し、利息が利息を生み出す現代の経済の仕組みに対する疑問を、文学的に昇華して取り上げたものらしい(『エンデの遺言』)。

 さて、件のドキュメンタリーの中身だが、夫と離婚し、子どもを女手一つで育て上げ、ひとりに戻った60代後半の独身ドイツ人女性(元教師)が主役で、その彼女が

  お金でその人の価値が左右される世の中に疑問を持ち、大都市でもお金を持たなくても自立して生きていけることを自ら実践して見せた実話

だった。

 自宅を売却し、スーツケース一つという〝優雅で自由な〟生活を、最初は1年間だけの実験のつもりだったそうだ。それが、なんともう15年間も続けているというのだ。衣食住にそれほど不自由している様子もない映像を見せられて、たいていの視聴者はとても信じられないだろう。テレビ局のいわゆる「やらせ」ではないかと疑った人もいるのではないか。  

 では、お金を介さないで、具体的にはどのようにして自分に必要なものを得るのか。それはサービスという名の彼女の労働で相手にサービスを提供することで得るというのだ。平たい言葉で言えば、

 物々交換、つまり、ギブ・アンド・テイク

なのだ。必要なものを手に入れる分だけ、家事サービスの提供などで働く。

 問題は、どうやって物々交換するのか、その具体的な方法だ。

 彼女は、このために、18年前、自ら仲間たちと物々交換、サービス交換所

 譲り合いセンター(ギブ・アンド・テイクセンター)の設立(1994年)

を思い立ち、自ら、実践してきたらしい。番組によると、センターは「お金を持たずに価値を交換する施設」だという。お金という神様の存在を排除した仕組みなのだ。

 私たちは、お金がない、つまりホームレスになると短絡的に考えがちだ。働く仕事がない、だからホームレスになるとも考えがちだ。これはどうやら、お金こそすべてであるという考え方に毒されている考え方のようだ。

 では、働きたくても働けなくなった場合、たとえば番組の独身女性が70代になって、自宅もなく、働く意欲があっても働くことができなくなったらどうするのか。

 番組では、そこまでの解決策は紹介していなかった。

 深夜、晩酌をしながら、この問題について放送後もさらに考えた。そして、気づいた。

 「ふれあい切符」で知られる「さわやか福祉財団」(堀田力理事長)の

 時間預託制度

の考え方である。この財団は日本全国に支部を持つ有償ボランティア団体として活動している。働けるときに、ボランティアを行い、それをお金と交換する、あるいはお金として貯蓄するのではなく、その分の時間を財団に預託して、働けなくなった老後に時間を払い戻す形で、サービスを受け取るという仕組みである。これは日本版の「お金を持たない生き方」をサポートする仕組みである。

 これをドイツの譲り合いセンターにも導入すれば、件のドイツ女性の悩みもすこしは解消するのではないか。

 まとめると、ドキュメンタリーは、次の三点で非常に意義深い作品だった。

 第一は、お金という神様を持たなくても、田舎暮らしはもちろん、サービス産業が発達している都市部でも、人は現物給付の形でなんとか豊かに暮らせることを具体的に教えてくれたこと。

 第二は、そのことで、お金を持たなければ、楽しい生き方はできないという固定観念を取り除いてくれたこと。

 最後に、今の日米欧を席巻している先進国病、つまり空前のマネー信仰の危うさを庶民の視点から警告していること。

 一言で言えば、カルチャーショックを受けたような鋭い番組だった。

 追記

 ところで、この番組を見終わって2日後、3月30日付朝日新聞「オピニオン」欄に

 お金は神様ではない 

という大阪大フェローの小野善康さんへの大型インタビュー記事が出ていた。「成熟社会の経済学」の著書で知られる経済学者だ。「交換手段としてのお金は人類最大の発明といえるほど便利」とお金の効用を評価しつつも、「お金はモノやサービスと交換してこそ意味がある」と力説している。

 ため込んで安心感/空前のマネー信仰/成熟社会の病理

との見出しが目に飛び込む。高齢者は「お金をためることより、使うことにもっと知恵を絞ってほしい」と訴えていたのが印象に残った。

 現物給付の施策と/消費楽しむ知性を/それが雇用生む

というわけだ。

 この記事は、お金に対する過度の信仰を戒めたという点で、件のドキュメンタリーと共通しているように感じた。

  これを読んだ深夜、ふとこうも考えた。もし、経済学でいう

 合成の誤びょうが、多分、起きないような、たとえば

 人口の1%程度

の人々が、件のドイツ女性のように、お金を持たない暮らしを実践したとしたら、どうなるだろうか。

 お金は神様じゃない、守銭奴のようにため込むだけではダメだという新しい価値観が国民経済を混乱させない安定した形で社会に定着していくのではないか。番組や新聞記事を見たり、読んだりして、深夜そう思った。 

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