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人のふんどしでコラムを書く  朝日「ザ・コラム」を読む

(2012.03.28)  朝日新聞には「ザ・コラム」という大型論説(約110行前後)がある。顔写真とイラスト入りで、執筆者個人の考えや主張を説得力のある論理展開でまとめるのである。さすがは大新聞の論説委員はすごい、というものもあれば、その日の体の調子が悪くて、筆が進まなかったのかな、とひとごとながら心配になるような評論もときどきはある。

 論説委員などの書き手も人間だから、それは仕方がないと思う。しかし、公表する以上、それにも限度があり、人のふんどしですもうをとっているのではないか、といぶかしくなるものもある。

 2012年3月25日付のこの欄は、吉田文彦同紙論説委員が書いており、主見出しでその主張を

 ヒロシマ・フクシマ ⅩⅠ 「地下」から「地上資源文明」へ

と打っていたのがそれだ。書き出しはこうだ。

 「めまぐるしくモノやサービスが動く現代文明。そのありさまを、川の流れにたとえると、どうなるか。宇宙物理学者の池内了・総合研究大学院大学理事は、こんな風に言いあらわしている。」

 このあと、なんと全体の行数が110行前後なのに、65行ほどえん、えんと、語った、池内理事は名づけている、強く支持した、強調した、そんな思いがある、などとかぎかっこなどを交えて引用し、最後に

 「と、池内理事は新著『科学と人間の不協和音』に記している。そこに科学と私たちの未来が託されているような気がするとも-。」

 このあとにも、ご丁寧に「池内理事が著書に記した、こうした問いかけに答えを出すのは、うんぬん」と書いている。全体の3分の2がこの調子である。

 これは池内氏の新著の体のいい書評ではないか、と目を疑った。そこで、この2月に発行されたばかりの件の本(角川書店)を書店で手にとってみた。そして、驚いた。

 このコラムの主見出し

 「地下」から「地上資源文明」へ

というのは、筆者の論説委員の主張ではなく、なんと

 新著の終章の見出し

 地下資源文明から地上資源文明へ 原発事故後の科学

 そのものなのだ。この見出しだけでなく、「新たな文明への転換を促す、歴史的事件のように思える」など、コラム中の取材した談話や引用も、終章と同工異曲だ。

 なんとなれば、たとえば、終章のサブ見出しは、

 地下資源文明の終焉

 地上資源の文明への転換

だからだ。

 つまり、このコラムの主見出しや内容は、池内理事の主張の受け売りというよりも、談話に事寄せて終章の見出しとその内容をほとんどそのまま借用したものとみられても仕方がないのではないか。論説委員としての独自の主張や視点は、具体的にはまったくと言ってよいほど、ない。アリバイづくりのつもりで、わざわざ池内理事に会いに行ったとの印象が強い(吉田氏には失礼だが)。

 読者に誤解を与えないよう、せめて主見出しを

 「地上資源文明」に注目する

程度にとどめるべきではなかったか。自分の意見ではなく、人の意見に賛成するという含意を込める。訴求力は落ちるが、まだしも良心的な気がする。もっとも、書評欄原稿の見出しとしては、もとのコラムの見出しのほうが、ずっと的確なのは確かだ。

 池内氏は、3、4年前からこうした趣旨の新聞連載や講演をしておられるのは知っていた。なにしろ、池内氏は、ブログ子の大学理学部大学院時代の少し先輩に当たる知人だ。宇宙論研究では世界的に知られた研究者であり、有言実行の誠実なジャーナリスト、論客としてブログ子は尊敬している。

 吉田氏についても、核問題や地球環境問題など政治と科学について、国際的な視野をもって主張できる数少ないジャーナリストであり、論客だと信じている。それだけに、今回のこのコラムは残念だ。

 以上まとめると、少し厳しい言い方かもしれないが、このコラムの書き方は論説委員の倫理にもとるように思う。

 池内氏の主張を敷衍して、そこからさすがは大新聞の論説委員は違うと、読者に思わせるような論客らしい視点や、転換への行動につながる具体的な自分の主張を披瀝してほしかった。主見出しは、堂々とそこからとるのが論説やコラムの常道だろう。

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