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早春の火乃国、伊豆を訪れて 北条時政の墓

(2012.03.02)  大河ドラマ「平清盛」を毎週、楽しみにしている。この時代はなかなか込み入っているので、この機会に少し勉強しようと、

 『新・平家物語』(全8巻、吉川英治)

を正月明けから読みはじめて、現在、佳境に入った第3巻を読み終えた。平家を滅ぼそうと、源頼朝や源義経が登場するなど、なかなか面白い。大長編ならでは醍醐味を味わっている。

 伊豆に流され20年の雌伏のときを過ごした頼朝がどういう経緯で、伊豆で挙兵(1180年8月)したのか。あるいは、この挙兵には、平家方だった伊豆の土豪、北条時政、その実子、北条政子がどういう経緯で味方するようになったのか。教科書を読んでいるだけでは、そうしたことまではなかなか分からない。

 それが、この大長編を読むと、手に取るようにわかる。興味がわく。こうなると、不思議なもので、現地を訪れてみたくなった。

 そこで、現在の伊豆の国市(静岡県)韮山の頼朝配所に出かけてみた。場所は、蛭(ひる)ヶ小島である。伊豆箱根鉄道韮山駅近くなのだが、見晴らしのいい殺風景な場所に

 頼朝(31歳)とその妻・政子(21歳)の像

が立っていた。そばには「頼朝(挙兵)830年」と染め抜かれた旗が早春の冷たい風にたなびきポツンと立っていた。ほとんど観光客もない。

 近くには、政子の産湯井戸跡の標識もあった。

 ここが、死罪を免れて京都からやってきた頼朝と、土豪の娘、政子の運命的な出会いの場所かと、感慨無量であった。挙兵から数年後には平家を滅亡させ、十数年後には鎌倉幕府を開く二人なのである。

 政子をひどくかわいがったのが、土豪、北条時政だ。後に鎌倉幕府の執権となる彼の墓はどこだろうと、その近くを探した。

 ようやく、探し当てたところが

 高野山真言宗 願成就院(がんじょうじゅいん)

の境内内に、北条時政の墓所を見つけた。

 罪人、頼朝を監視する役の時政。その時政の娘、政子がよりにもよって、頼朝と大恋愛をするというのが『新・平家物語』の展開だ。

 父親の時政の驚愕はいかばかりであったろうか。怒り、悲しみ、落胆、恐怖に悩まされてついに、平家方から源氏方の支持に180度態度を転換する。

 平家にあらずんば人にあらずの風潮の中、源氏にかける時政。そして、北条家滅亡の危機から、一転鎌倉幕府のナンバー2、執権(将軍の職務代行者)にまでなる。

 時政にすれば、人生、何が起こるかわからないとつくづく思ったであろう。

 「平清盛」のドラマでは、とかく兵庫県、広島県など西日本が話題になるが、源氏の本拠地の動きもしらなくては、深みのある歴史認識は得られない。

 配所や墓所を旅してみて、そのことがよく分かった。

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