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「前代未聞の傑作」?  楽読楽書 

(2012.02.19)  前回のこのブログで、読書欄など日曜日付の新聞にはヒマダネが多いが、しかし、考えさせるものもあると書いた。

 そんな思いもあって、2月19日日曜日付の静岡新聞「読書」欄を開いてみた。まず、驚いたのはトップ「楽読楽書」の見出し

 前代未聞の傑作に注目

というものだった。最近刊行されたSFのいくつかを拾い出し、紹介する書評なのだが、前代未聞と傑作という言葉がどうもブログ子の頭の中で結びつかないのだ。書評子としては、ほめたつもりなのだろう。しかし、

 前代未聞=今まで聞いたことが無いような変わった(あきれた)こと(新明解国語辞典)

という意味であり、主に、変わったというなかでも「あきれた」というニュアンスが強い。だから、

 前代未聞の傑作

というのは、ほめ言葉としてはおかしい。あとに来る言葉は、不祥事などあまりほめられたことではない単語がつくのが通常だからだ。傑作はほめ言葉だから、おかしい。

 書評の中身を見ると、

 前代未聞の傑作とは、どうやら、一番の注目作品として挙げられている

 『都市と都市』(ハヤカワ文庫SF)

のことだ。

 書評子は「折り紙つきの傑作」と持ち上げ、「突拍子もない設定」と感嘆し、最後に

 「前代未聞の都市小説」

と手放しで激賞している。ここから件の見出しが新聞社の整理記者によってつけられたのだろう。前代未聞の都市小説という言い方は、別に違和感はない。しかし、これらを総合して

 前代未聞の傑作

となると、おかしくなる。見出しをつける難しさを痛感した。ただし、読者を引き付ける見出しという意味では、〝成功した〟見出し付けかもしれない。

 最近はSFものはとんと読まなくなったが、このレビュー欄には、このほか

 『闇の国々』(小学館集英社プロダクション)

というフランス語圏の漫画も紹介されている。この中には

 なぜか重力が斜めに作用するメリーの数奇な人生を描く

 「傾いた少女」

などは、書評を読んだだけでも読みたくなる独創性が感じられる。

 この読書欄には、「今週のベストセラー」コーナーの第一位に

 五木寛之著『下山の思想』(幻冬舎新書)

が挙げられていた。高齢社会を意識したネーミングだ。マスコミにもまれてきた五木さんらしい。うまい。

 また、「文庫案内」コーナーでは

 中島義直著『人生に生きる価値はない』(新潮文庫)

が紹介されている。哲学者の著者はブログ子と同世代だが、これは簡単に言うと、人生というのは所詮、暇つぶしということか。そうとすると達観だとも言えそうだが、ともかく一瞬、ぎょっとする。

 考えてみれば、大河ドラマ「平清盛」ではないが、

 「遊びをせんとや、生まれけり。戯れをせんとや、生まれけり」

ということでもあろう。

  しかし、書評子の解説によると、

 このタイトルもそうだが、「世間の常識にとらわれず、自ら価値を創造しながら自由に生きよう」という「明るいニヒリズム」の哲学エッセー集らしい。いかにも、恍惚の、いや硬骨の中島さんらしいタイトル付けだ。タイトルにも考え方にも感服した。

 ニヒリズム(虚無主義)というのは、一切の既成の秩序・権威・制度を破壊しようという主義。とかく戦前を思い出し、暗いイメージが付きまとう。これに対し、「明るいニヒリズム」を提唱しているのがユニーク。人生は生きるに値する、と思いたいし、そういう既成概念もある。それを破壊して見せたのが、この本なのだと思う。

 とすると、ニヒリズムは、創造性、独創性ともつながる明るい哲学だと気づいた。決して、所詮は人生暇つぶしという短絡的なことにはならない。といって単に意表を突くという考え方とも違う。

 その関連で言うえと、人生に生きる価値はない、という題名は、そもそも

 人生に(必ずしも)生きる価値はない

という意味であろう。人生にもいろいろあるというわけだ。

 人生は(全面的に)生きる価値がない

と全否定しているわけではないところがミソではないか。また人生に生きる意味がない、などとも言っていないことに注意する必要があろう。さすが言葉を大事にする哲学者らしい(実は、このタイトル、著者ではなく、編集者がつけたと著者自身があとがきで告白している)。それにしても、考えさせられる書名だ。

  「新書ガイド」のコーナーでは、最初に取り上げられていた

 徳田雄洋著『震災と情報』(岩波新書)

が興味を引いた。東日本大震災について「情報」をキーワードにして分析・検証した好著らしい。つまり、住民にとって知りたい避難判断のための情報などはなぜ的確に伝達されなかったのかという問題意識で書かれているという。津波で伝達基盤が流されたり破壊されたりしてしまったという物理的な空白があったことは確かだ。

 しかし、もう一つの空白、つまり、大手メディアが政府などの公式発表を優先して大量に伝えた、もっとはっきり言えば流し込んだために空白が生じたということが主な原因だろう( 注記 )。鋭い指摘だ。ブログ子は、その根底に日本の発表ジャーナリズム、記者クラブジャーナリズムの大きな弊害が横たわっているように思う。

 阪神大震災でも、この問題がクローズアップされた。

 被災者が今必要としている切実な情報を中心に伝えようと決意し、実行した当時の神戸新聞社の長期にわたる取り組みが、今回も十分生かされたとはいえなかったことは、ブログ子も今、痛感している。

 この書評欄では、無難な発表モノではなく、足で稼いだ「地元タネ」の重要性を思い起こさせてくれた。日本のジャーナリズムに根強くある地元タネの軽視風潮は危険だ。

 以上、「前代未聞の傑作」に驚かされたおかげで、ずいぶんこの読書欄で勉強させられたような気がする。価値ある日曜日だった。

 日曜付新聞には、無味乾燥な社説を除いて、かくも考えさせられるものが多いのだ。

  注記

 では、どうすれば、いいのか。この点について、

 徳田氏は<終わりに>で次のように指摘している。

 大手メディアが同じような公式発表を繰り返している現状では

 「危機の中で生じる情報空白を乗り切る方法は、個人情報手段が私たちの唯一の希望」

 と結論付けている。この場合の「個人情報手段」とは、携帯電話やメールであり、facebookなどのSNSを指している。

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