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立春すぎの夜は  ひとり酒「極寒しぼり」

(2012.02.10)  めっきり「家呑み」が増えたブログ子だが、「家呑みつまみ」という本を買ってきて、アサリの酒蒸しなんかつくって夜はひとり酒を楽しんでいる。毎年、白山麓の加賀の菊酒蔵元(造り酒屋)から、この季節だけの

 極寒しぼりたて(もろみからしぼったままの生まれたての酒。火入れも、ろ過もしていない)

を送ってもらって楽しんでいる。昔は蔵元でしか飲めなかったらしい。それがこのごろでは、宅配便で住んでいる浜松まで1日で届くのだから便利な世の中になったものだ。

 北陸では酒米としては五百万石とか、山田錦が一般的のようだ。秋口から、その酒米を削って精米し、ぬかを抜いて白米にする。その白米を洗って蒸気で蒸す。その蒸米を麹でアルコール発酵したものが、

 いわゆる「もろみ」

である。そのもろみをいまごろの季節に絞って生酒が出来上がる(しぼりかすが酒粕)。ろ過前で、しかも火入れ前の酒だから、酵母菌も生きている。酵素も働いている。だから日に日に発酵が進む。出来上がった清酒にはないその変化を楽しむわけだ。

 冷蔵庫で冷やして、5度から10度くらいの温度で、そのままストレートで飲むと、

 もうすぐ春だなあ

と北陸育ちのブログ子はつくづく思う。これが雪の吟醸蔵から出てきた酒か、となるわけだ。 

 贅沢といえば贅沢なのだが、年に一度、立春のこの季節ぐらいは酒好きにも、こんな贅沢が許されていいのではないか。ひとり、自分にそう言い聞かせている。ろ過紙し、火入れをしてしまえば原酒として販売をまつばかりの清酒の出来上がりだ。

 そんなこともあって、住んでいる「浜松の酒」展(浜松市博物館)に出かけた。かつて昭和時代には、浜松にはおよそ11の蔵元があったという。それが今では、

  花の舞の銘柄で知られる花の舞酒造(浜北区宮口、創業1864年)

 出世城の銘柄で知られる浜松酒造(中区天神町、創業1871年)

のふたつの造り酒屋しかなくなった。静岡県内の蔵元数は、磯自慢酒造(焼津市)など38あるが、浜松ひいきのブログ子としてはちとさびしい。

 しかし、かつては、

 天竜の酒「樹里(じゅり)」の銘柄で知られる天竜の酒株式会社(浜北区中瀬)

 「今男(いまおとこ)」の銘柄で知られる北遠の「今津屋」(天竜区水窪)

など、懐かしい蔵元が街道筋の主な町を中心に各地にあったという。

 それが今では、1990年代の焼酎ブームに押されて、清酒はどうも形勢が悪くなる一方らしい。

  暗い話はこれくらいにして、生きづらい世の中、お酒を飲んでいるときぐらい、呑み天国でいたいものだ。そして定年後ダンス天国も。

 早春賦ではないが、

 春は名のみの風の寒さや

  である。とくに、浜松はまだまだ風寒しである。

 追記  2012.02.11

 建国記念日の夜、サタデーシアターで(BS朝日)で、海軍若手将校によるテロ事件、五・一五事件(犬養毅首相暗殺事件、1932年)から、陸軍若手将校による軍部クーデター、二・二六事件(岡田啓介首相暗殺未遂事件、1936年)までを描いた

 「動乱」(高倉健・吉永小百合主演)

を見た。久しぶりの高倉健であり、吉永小百合である。しみじみとした悲しみがこみ上げてきた。

  思えば、中国でも旧日本軍が仕掛けた満州事変(1931年9月)の過程で、日本軍による謀略戦争、第一次上海事変(1932年1月)、第二次上海事件(1937年8月)が起きている。こうした中で南京事件が起きたことを思うと、あらためて、昭和恐慌後の1930年代日本は、

 動乱の時代

というよりも、荒海に浮かぶ小船のようにもてあそばれたようにも思う。

 それに付け込んだのが、旧日本軍だったように思う。その結果、日本は破滅に向かうことになったのだ。それは、もはや誰にも止められない、そして引き返すことのできない人知の限界をこえ、当初、旧陸軍参謀本部が思いもしなかった方向、つまり、日米全面戦争という最悪の事態への暴走となった。

 そんな感慨をもった建国記念日の夜の「動乱」だった。

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