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大地の上の雲 映画「戦争と平和」

(2012.02.02)  前回のブログで、歴史を動かすもの、それは

 リーダーの恨みつらみと打算であり、それに偶然と不運が重なったもの

だと書いた。論理明解な大構想や大戦略などというものは歴史家が後知恵でこじつけたものだとも言った。確かに、ミクロ的に戦争と平和を考えるとそうだが、世界史的に考えると、つまり、100年、200年というマクロ的な時間スケールと地球規模スケールで歴史を眺めてみると、様相はだいぶ違っているように感じる。

 運命、とりわけ国家の運命とか、国民の運命とか

というものが歴史を動かしているようにも感じる。

 BSプレミアムで3夜連続の

 ソ連映画「戦争と平和」(1966年、全4部)

を深夜にも関わらず見た感想である。ナポレオン率いる大陸軍と帝政ロシア軍の間に展開されたボルジノの戦いなど壮大な戦争シーン(1812年秋)は圧倒的だ。もちろん、原作は世界の文豪、レフ・トルストイの同名小説。

 ブログ子は、1860年代に執筆されたこの原作を読んではいないが、ナポレオン戦争にかろうじて勝利したものの、戦後ロシアの貴族社会がやがて崩壊するであろうとの予兆を見るものにうかがわせる一大叙事詩と言える。すくなくともトルストイ自身の予感が感じられる。

 映画を見ていると、盛んに、壮大な戦闘が繰り広げられている大地を雲よりも上空から雲の動きと戦闘の様子を見下ろすように映している。また、しばしば大地から上空に流れる雲だけを延々と映し出したりもしている。そんなシーンを見ていると、ふと、トルストイ同様、崩壊の予兆を感じる。国家の運命は、無数の個人の運命を押し流す力を持っているとも感じる。

 司馬遼太郎さんの日露戦争を描いた『坂の上の雲』ではないが、そんなシーンを見ていると

 大地の上の雲

という崩壊する国家の運命を想起せざるを得なかった。司馬さんの「雲」は明るい理想の雲だが、大地の上の雲のほうは、貴族社会を崩壊させる運命の雲だ。

 その崩壊を決定的にしたのは、

 その約100年後の

 日露戦争(1904年)

であろう。この戦争は、帝政末期のロシアに

 血の日曜日事件(1905年)を経て、ロシア革命(1917年)

を用意した。

 いみじくも、

 ロシアの復活は大地から始まる、とトルストイは書いている。その意味は、トルストイ文学に共通する思想であるが、

 歴史を動かすものは英雄でも貴族でもない。それは農民である

ということだろう。

 それから、これまた約100年後、共産党ゴルバチョフ時代を経て、再び今

 プーチン〝帝政〟時代

を迎えようとしている。

 トルストイは、ロシア革命をみることなくなくなったが、晩年の大作「復活」のような、ユートピアとも思える理想の共産主義を思い描いていたらしい。

 もし、今、トルストイが生きていたら、

 ロシアの新貴族社会の到来

をどんな目で眺めるだろうか。

 晩年のトルストイが思い描いたような〝偉大な思想〟ほど、現実は単純ではないようだ。そんな思いで深夜の超大作を見ていた。

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