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再臨界もある不安定な「低温停止状態」 安全宣言はまだ早い

(2012.01.12)  「アエラ」2012年1月2日・9日号に、

 専門家も使わない新造語

 「冷温停止状態」の危険

という朝日新聞科学医療部記者の「ヒマネタ」原稿が雑誌の後ろのほうに見開き2ページに渡って掲載されている。

 野田佳彦首相が福島第一原発メルトダウン(炉心溶融)事故について、12月16日に「冷温停止状態」を達成し、事故そのものは収束に至ったと判断されると安全宣言したことを受けた記事だ。

 記事を読んで、肝心の見出しにうたった「危険」の中身がまったく触れられていないのにはびっくりした。読んでも何が危険なのか、その具体的なことが、さっぱりわからない。科学記者ならば、そこをえぐり出さなければ、話にならない。社会部記者ならいざしらず、奥歯にものの挟まったような記事を読まされるようでは、読者はたまらない。

 この記事には、一旦は核分裂が連続的に起きる臨界状態を収めても、何かの原因で再び、人の手で制御できない状態で臨界にいたる再臨界には、ひとことも触れていない。しかし、

 再臨界も今後あり得る不安定な「低温停止」、これが首相の言う「低温停止状態」だ

と明確に言い切るべきだったと思う。これだと、再臨界で放射線量が一時的に増加することもありえるので「危険」であり、低温停止状態の段階では、通常の原発が定期点検などで発電を止める「低温停止」とは異なり、事故収束とまではいえないし、ましてや安全宣言など出せないと書くべきであった。

 この記事は、そういわずに、この結論のまわりをぐるぐる読者を引き回している。つまり、いろいろ取材したことを、器用にまとめ、並べたような構成になっており、大変にわかりにくい。何を言いたいのか、読者にはわからない。

 見出しにうたった「危険」の中身は、制御ができていない再臨界の危険性なのだ。

 ブログ子は、北陸電力の志賀原発1号機が、定期検査のため発電をとめて「低温停止」中だったが、その検査中、突然、炉心にすべての制御棒を完全に挿入した状態(全挿という)から、一部(3本)の制御棒が部分的に引き抜けるという引き抜け事故(1999年6月発生)を取材したことがある。引き抜けの結果、そこの炉心部分が臨界状態に達するという、

 いわゆる志賀原発1号機臨界事故

である。

 北電の事故報告書によると、自動で制御棒を押し込もうとしたが、成功せず、弁を手動で動かし、ようやく低温停止に戻した。この間、約10分はコントロールできない臨界を起こしていた。

 こうした事実が2007年に明るみに出たが、所管の経済産業省の調査によると、臨界事故は全国でそれまでに東電・柏崎刈羽原発など約10件ほど起きている。

 今回の大震災では、地震発生と同時に、緊急炉心停止装置が働き、制御棒をすべて炉心にきちんと差し込む「全挿」には成功した。しかし、約30分後に押し寄せてきた大津波により、5、6号機を除いて1号機から4号機については、ディーゼル発電も含めて全交流電源消失という大事故が発生した。これに伴い、余熱を外に運び出す水循環がとまり、炉心の冷却ができなくなり、炉心空焚きから

 メルトダウン

を引き起こした。このメルトダウンは、制御棒がなくなるわけだから、当然、先の志賀原発での制御棒引き抜け事故と同様に

 突然の再臨界

があちこちで起こりうる。これが不安定の中身だ。

 事実、昨年の夏には数回にわたって、放射線量が増加する出来事があったし、11月にもそうした兆候があった。原子炉圧力容器を突き抜けて格納容器の底に脱落した核燃料と制御棒の混合物の中で再臨界が、志賀原発引き抜け臨界事故と同様、起こったと考えられる。

 こうした再臨界の今後の可能性について、もう少し見極める時間が要る。その上で、収束宣言なり、安全宣言なりを出すべきではなかったか。拙速に過ぎる軽率な首相発言だったと思う。

 ただ、こうした再臨界は人の手で制御はできないが、核暴走となることはまず、ない。再臨界が進んでも、湧き出したエネルギーにより、再臨界付近の混合物は拡散し、核反応に必要な中性子がスカスカと抜けてしまうから、自動的に連続的な核反応の持続をとめてしまうのだ。つまり、負のフィードバックが働く。核暴走のような正のフィードバックは起こらないのだ。だからと言って、専門家による見極めを怠ってはなるまい。

 内閣府の原子力安全委員会の班目春樹委員長は、記事の中で

 「本当に安定した状況ということから言うと、かなりまだ遠い状況にあるのではないか。いろいろ不安定なところがあるのではないか」

と慎重な言い回しをしている。本当に安定した状況というのは、通常の原発の停止のような「低温停止」であり、いろいろ不安定なところというのは、制御できない再臨界をさしているのだろう。

 この点について、記事で国民に警告、警鐘を鳴らしたいというのなら、こうした言い回しについて、はっきり解説してみせるのが、見出しに「危険」と打った以上、専門性が問われる科学記者の責任ではないか。そうしたところがまったくこの記事にはないのはどうしたことか。年末のやっつけ仕事とは思いたくないが、残念だ。

 繰り返すようだが、冷温停止状態には触れても、再臨界には一言も触れずに、今後の危険について論じているのはどうしても合点がいかない。あるいは、ほかの危険があるのを知ってて書かないのなら、その理由は何か。不思議な記事だ。また、再臨界の可能性を否定するならば、その理由ぐらい一言言及すべきではないか。

 この記事の前文に

 「福島第一原発は、今も放射能を出し続け、廃炉までには長い道のりがある」

とある。収束宣言をしたのにも関わらず、放射能を出し続けている原因について、突っ込んだ科学記者らしい見解を聞きたかった。

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