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歴史を動かすもの 恨みと打算

(2012.01.31)  浜松市は、昨年市制100周年ということで、

市民歴史講座「徳川塾」

というのを、この一年6回開催したが、最終回は、東洋大学の若手研究者、柴裕之さんの

 武田信玄の遠江侵攻と家康

だった。こういう講座は、たいてい歴史四方山話か、歴史事実の最新情報をわかりやすく解説する解説塾になりがちだ。なかなか物の見方にまで掘り下げて、伝えるということにはならない。だから、その場だけの時間つぶしのような講座が多い。

 ブログ子も、テーマがご当地ものでもあり、あまり期待しないで軽い気持ちで受講した。確かに、武田信玄の三方原侵攻(1572年12月)に至る侵攻ルートは、信玄が率いる本隊は従来、北(青崩峠)から南の遠州に入ってきたとされていたが、最近の綿密な古文書分析から、どうやら駿河から沿岸沿いに侵攻してきたということが明らかになってきたという話には、驚いた。

 しかも、それは〝上洛〟戦の途上での出来事という天下取りの構想に基づく作戦というものではなく、やむを得ない外的な事情による、織田信長包囲網の形成を意図した局地戦だったというのにも、びつくりした。同時代の文書を先入観を排して読み解き、ほかの古文書との整合性と論理性を全面に出した話であり、なかなか説得力のある話だったことにも感心した。

 ただ、講演後、調べて気づいたのだが、これらは柴さんの独自成果というものではなく、

 鴨川達夫『武田信玄と勝頼 文書にみる戦国大名の実像』(岩波新書、2007年)

を引用したり、敷衍したり、あるいは柴さんも独自の視点で再検討したりした私見を披瀝したものである(鴨川さんは、東大史料編纂所准教授として山梨県史づくりにも参加している)。新書もついでに、読んでみた。確かに優れた歴史分析書であり、

いわゆる目からウロコが落ちた

思いだった。

 新書によると、

 歴史を動かすものは、リーダーの高邁な戦略や構想でつくりだされたものではなく、もっと人間くさいリーダーたちの恨みと打算の集合

だという。これらの合従連衡が歴史をつくるのだ。戦略や構想うんぬんは、後から、歴史家が後知恵でこじつけたものというわけだ。同時代の文書を丁寧に洗い直した結果からそんな結論を述べている。

 歴史は人間がつくりだすものだから、それは当然といえば当然だと思った。

 しかし、リーダーの恨みと打算という内因だけではないとも思った。

 加えて、偶然と不運

という本人にはどうしようもない外因もあるように思えてならない。

 久しぶりに考えさせられる歴史講座に出合った。歴史には必然性があるという唯物論のようなやせ細った観念論から抜け出すいい機会だった。こういう視点で

 読破中の『新・平家物語』(全8巻、吉川英治)や大河ドラマ「平清盛」

を楽しみたい。 

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