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核燃料サイクル、撤退の決断正しかったとカーター元米大統領

(2012.01.23)  「大寒」過ぎの寒さの中、毎月発行の「広報はままつ」(浜松市中区版)の

 家康の散歩道 中区を歩く 普済寺・西来禅院・宗源院

に誘われて、これらの禅寺を巡った。ブログ子の近くにあるということもあり、そして、せっかく山岡荘八『徳川家康』(全18巻)を読破した直後でもあり、訪れる人もほとんどなかったが、散策してみた。

 六地蔵さん ぽかぽか陽がさした 山頭火

という句碑のある西来禅院に家康の正室「築山御前」のお墓があるとは知らなかった。「月窟廟(がっくつびょう)というのだそうだが、墓所ではなく、墓碑が祭ってあった。説明板には

 「あまつさえ身に覚えのなき「謀反人」の汚名を着せられて」

とあった。山岡小説では、築山御前を確信的な謀反人として描かれていたのでびっくり。しかし、史実がどうあろうと、戦国の世の軋轢の犠牲者であることは間違いなかろう。死人にくちなし、悪名高き悪妻というイメージは後世、都合よくつくられたものであろうと反省した。

 めぐり歩き疲れて、いわゆるスーパー銭湯につかりに行ったが、1月23日付朝刊「中日新聞」一面にちょっとびっくりした。

 カーター元米大統領、核燃料サイクル実現困難

 「無期限延期の決断は正しかった」

と出ていた。同紙独占インタビュー記事である。

 困難の理由は、構造や設計が複雑なこと。たとえ可能であっても巨額の開発費がかかることも無期限延期の決断に影響しただろう。もう一つ、同氏は大統領としてスリーマイル島原発事故(1979年)当時の大統領であり、その教訓から原発の仕組みは簡単明瞭であるべきとの哲学もあったらしい。

 そうしたこともあり、「計画を握りつぶした」と記者に言明した。

 この決断は、その後の日本での高速増殖炉原型炉「もんじゅ」事故やその後の度重なる技術上のトラブルの続発、六ヶ所村の再処理工場青森県)の技術上のトラブルが原因の20回近い稼動延期、さらには再処理工場の隣にあるウラン濃縮工場も10年前から使い物にならず〝閉店〟同様という30年を振り返ると、正しかったと言えそうだ。

 つくづく、カーター氏の洞察力、けい眼、そして決断力には敬服する。政治家たるもの、かくあるべしという感をもった。それはまた家康公に通じるものがあるようにも思えた。

 海外に目を移しても、アメリカに次いで、ドイツ、イギリス、フランスも1990年代にサイクル確立の要となる高速増殖炉開発を断念している。いまやともかく開発を中止していないのは日本だけである。それも原型炉の段階であり、経済性を考えた実証炉までの道のりはまったく不透明。そこをクリアしても、とても商用炉まではたどり着けまい。

 こうした事情の上に開発技術者の極端な人材劣化と開発意欲の極端な低下がある。これこそが一番の問題点だ。優秀な人材がもはや集まらない。

 少なくとも数兆円をかけた日本の核燃料サイクル計画は、この30年で事実上破綻している

 今回の大震災・原発事故では、こうした計画の大幅見直しは避けられないだろう。その第一弾が、来年度予算編成における「もんじゅ予算」の大幅削減だ。

 そんな苦い思いで、湯舟につかっていると、いつしか、眠気がしてきた。

 日本の原子力政策の基本、核燃料サイクルの確立も、ここらで根本から見直す勇気と決断力が政治家には要る。 

 カーター氏はそんなことを語りかけてくれたように思う。

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