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キラキラ差別 上から目線の「がんばれ」は偽善

(2012.01.10)  大震災からちょうど10か月。何気なく、10日付毎日新聞朝刊に目を通していたら、

 「がんばれ」押し付けないで

という「くらしナビ こころ」のページに目が留まった。

 以前から、不思議に思っていたことだが、今回の大津波で肉親を失った被災者が、ほとんどいずれも新聞やテレビで意外に明るく、気丈夫に振舞っているのに違和感があった。

 ブログ子だったら、あんなにけなげにはなれない。とても無理だ。

 この記事によると、あれは、マスコミ向けのつくり笑い。「夜になれば、泣くこともあるはず」という。そんな被災者に、

 「がんばって」

というのは、声をかけた人はそんなつもりではないにしても、意識下に上から目線で安直に被災者を差別していることになっているという。こういう被災者を滅入らせる言葉を

 キラキラ差別

というそうだ。きれいな言葉で偽善ぶり、知らずに被災者を自分と差別している。この指摘には、なるほどと感心した。

 新聞テレビで、前向きに考えよう、元気出して

という言葉が氾濫しているが、それは偽善なのだと気づいた。この言葉によって、どれほど立ち直れないでもがいている被災者を傷つけていることか、忸怩たる思いで拝読した。

 それほど同情するならカネをくれ

といいたくなる。庶民のなかに潜む偽善性をこの記事は鋭く突いている。

 立ち上がりたくても、なかなか立ち上がれないでいる被災者を

 「がんばって」

とムチ打つのは、もういい加減にやめたいものだ。本当に苦境にある人に手を差し伸べることにはならないからだ。

 毎日新聞もたまにはいい記事、見識のある記事を書くと、感心した。

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