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2012年1月

歴史を動かすもの 恨みと打算

(2012.01.31)  浜松市は、昨年市制100周年ということで、

市民歴史講座「徳川塾」

というのを、この一年6回開催したが、最終回は、東洋大学の若手研究者、柴裕之さんの

 武田信玄の遠江侵攻と家康

だった。こういう講座は、たいてい歴史四方山話か、歴史事実の最新情報をわかりやすく解説する解説塾になりがちだ。なかなか物の見方にまで掘り下げて、伝えるということにはならない。だから、その場だけの時間つぶしのような講座が多い。

 ブログ子も、テーマがご当地ものでもあり、あまり期待しないで軽い気持ちで受講した。確かに、武田信玄の三方原侵攻(1572年12月)に至る侵攻ルートは、信玄が率いる本隊は従来、北(青崩峠)から南の遠州に入ってきたとされていたが、最近の綿密な古文書分析から、どうやら駿河から沿岸沿いに侵攻してきたということが明らかになってきたという話には、驚いた。

 しかも、それは〝上洛〟戦の途上での出来事という天下取りの構想に基づく作戦というものではなく、やむを得ない外的な事情による、織田信長包囲網の形成を意図した局地戦だったというのにも、びつくりした。同時代の文書を先入観を排して読み解き、ほかの古文書との整合性と論理性を全面に出した話であり、なかなか説得力のある話だったことにも感心した。

 ただ、講演後、調べて気づいたのだが、これらは柴さんの独自成果というものではなく、

 鴨川達夫『武田信玄と勝頼 文書にみる戦国大名の実像』(岩波新書、2007年)

を引用したり、敷衍したり、あるいは柴さんも独自の視点で再検討したりした私見を披瀝したものである(鴨川さんは、東大史料編纂所准教授として山梨県史づくりにも参加している)。新書もついでに、読んでみた。確かに優れた歴史分析書であり、

いわゆる目からウロコが落ちた

思いだった。

 新書によると、

 歴史を動かすものは、リーダーの高邁な戦略や構想でつくりだされたものではなく、もっと人間くさいリーダーたちの恨みと打算の集合

だという。これらの合従連衡が歴史をつくるのだ。戦略や構想うんぬんは、後から、歴史家が後知恵でこじつけたものというわけだ。同時代の文書を丁寧に洗い直した結果からそんな結論を述べている。

 歴史は人間がつくりだすものだから、それは当然といえば当然だと思った。

 しかし、リーダーの恨みと打算という内因だけではないとも思った。

 加えて、偶然と不運

という本人にはどうしようもない外因もあるように思えてならない。

 久しぶりに考えさせられる歴史講座に出合った。歴史には必然性があるという唯物論のようなやせ細った観念論から抜け出すいい機会だった。こういう視点で

 読破中の『新・平家物語』(全8巻、吉川英治)や大河ドラマ「平清盛」

を楽しみたい。 

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核燃料サイクル、撤退の決断正しかったとカーター元米大統領

(2012.01.23)  「大寒」過ぎの寒さの中、毎月発行の「広報はままつ」(浜松市中区版)の

 家康の散歩道 中区を歩く 普済寺・西来禅院・宗源院

に誘われて、これらの禅寺を巡った。ブログ子の近くにあるということもあり、そして、せっかく山岡荘八『徳川家康』(全18巻)を読破した直後でもあり、訪れる人もほとんどなかったが、散策してみた。

 六地蔵さん ぽかぽか陽がさした 山頭火

という句碑のある西来禅院に家康の正室「築山御前」のお墓があるとは知らなかった。「月窟廟(がっくつびょう)というのだそうだが、墓所ではなく、墓碑が祭ってあった。説明板には

 「あまつさえ身に覚えのなき「謀反人」の汚名を着せられて」

とあった。山岡小説では、築山御前を確信的な謀反人として描かれていたのでびっくり。しかし、史実がどうあろうと、戦国の世の軋轢の犠牲者であることは間違いなかろう。死人にくちなし、悪名高き悪妻というイメージは後世、都合よくつくられたものであろうと反省した。

 めぐり歩き疲れて、いわゆるスーパー銭湯につかりに行ったが、1月23日付朝刊「中日新聞」一面にちょっとびっくりした。

 カーター元米大統領、核燃料サイクル実現困難

 「無期限延期の決断は正しかった」

と出ていた。同紙独占インタビュー記事である。

 困難の理由は、構造や設計が複雑なこと。たとえ可能であっても巨額の開発費がかかることも無期限延期の決断に影響しただろう。もう一つ、同氏は大統領としてスリーマイル島原発事故(1979年)当時の大統領であり、その教訓から原発の仕組みは簡単明瞭であるべきとの哲学もあったらしい。

 そうしたこともあり、「計画を握りつぶした」と記者に言明した。

 この決断は、その後の日本での高速増殖炉原型炉「もんじゅ」事故やその後の度重なる技術上のトラブルの続発、六ヶ所村の再処理工場青森県)の技術上のトラブルが原因の20回近い稼動延期、さらには再処理工場の隣にあるウラン濃縮工場も10年前から使い物にならず〝閉店〟同様という30年を振り返ると、正しかったと言えそうだ。

 つくづく、カーター氏の洞察力、けい眼、そして決断力には敬服する。政治家たるもの、かくあるべしという感をもった。それはまた家康公に通じるものがあるようにも思えた。

 海外に目を移しても、アメリカに次いで、ドイツ、イギリス、フランスも1990年代にサイクル確立の要となる高速増殖炉開発を断念している。いまやともかく開発を中止していないのは日本だけである。それも原型炉の段階であり、経済性を考えた実証炉までの道のりはまったく不透明。そこをクリアしても、とても商用炉まではたどり着けまい。

 こうした事情の上に開発技術者の極端な人材劣化と開発意欲の極端な低下がある。これこそが一番の問題点だ。優秀な人材がもはや集まらない。

 少なくとも数兆円をかけた日本の核燃料サイクル計画は、この30年で事実上破綻している

 今回の大震災・原発事故では、こうした計画の大幅見直しは避けられないだろう。その第一弾が、来年度予算編成における「もんじゅ予算」の大幅削減だ。

 そんな苦い思いで、湯舟につかっていると、いつしか、眠気がしてきた。

 日本の原子力政策の基本、核燃料サイクルの確立も、ここらで根本から見直す勇気と決断力が政治家には要る。 

 カーター氏はそんなことを語りかけてくれたように思う。

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水質ワースト10、佐鳴湖はよみがえるか

(2012.01.22)  ブログ子の自宅に、静岡県浜松土木事務所から、浜名湖にもつながっている

 佐鳴湖に対するアンケート調査のお願い

というのが届いた。この湖のほとりに最近、引越ししてきたので、大変に興味を持って早速、回答した。

 平成13年から18年まで6年間連続で、全国湖沼水質ワースト1

だったという汚名を返上しようという「佐鳴湖地域協議会」の取り組みの一環だ。

 環境省調査(調査湖沼186)によると、下水道の整備(平成22年度末で周辺での普及率92%)、湖底の浚渫(しゅんせつ)、10年にわたる直接よごれを取り除く接触酸化施設の湖東設置( 注記 )などの努力で

 平成21年、22年には、ワースト5からも外れる

という一定の成果は挙げている。

 このランキングの指標としては、水の汚れを示す指標の一つ

 COD(化学的酸素要求量、mg/リットル)値の年平均値

が使われた。数値が大きいほど水質が悪いことを示す。環境基本法での

 佐鳴湖のCOD基準は、5mg/リットル

と目標達成にまだ道は遠い。調べてみると、ワースト5は脱したものの

 まだ、186湖沼のうち、悪いほうのワースト10に入っている(ワースト8位)

   というのも、調査湖沼186の年間平均CODは、3.4mg/リットルであるのに対し、佐鳴湖の8.1mg/リットル(22年)であることからも、このことはうなづける。調査湖沼の53%、つまり、99湖沼は国の基準をクリアしているのである。

 この湖はほかの湖に比べて、まず、浜松市など大都市近郊にあること、水深が最大でも3メートルと浅いこと、生活排水、三方が原などでの農業用排水が近くにあること、流入、流出口が細く、しかも限られていて浄化しにくい湖であること、などなど不利な面がある。

 とはいえ、佐鳴湖の水質は、この10年で年間平均CODは、10mg/リットル超から8mg/リットル程度とゆっくりではあるが確実に低下していて、浄化は進んでいる。しかし、問題は、そのスピードが鈍いことだ。いまのままでは、基準を満たすのはいつになるのか、おぼつかないというのが正直なところだ。

 基準を満たす「きれいな水環境」にするには、浄化を加速する必要があろう。

 環境基準をクリアし、さらにはベスト100入りに食い込むには、他県と同じような取り組みではダメで、いつまでたっても、ランキングはよくならないだろう。

 そこで、一つの新しい試みとして、ろ過装置に、最近のナノテクノロジーをもっと活用することも浜松市や県は検討してほしい。

 超微粒子(ナノ粒子)を吸着剤にすると、その吸着表面積は現在の酸化装置に比べて飛躍的に増大する。したがって施設を大幅に拡張しなくても吸着能力を格段に向上させることができる。最近ではこうしたナノろ過装置の技術進歩は著しい。このようなナノ酸化施設で早く、佐鳴湖を水の美しい親水空間として県民に喜ばれるようにしたいものだ。

  注記 平成13年から稼動している直接よごれを取り除く接触酸化施設

 県浜松土木事務所によると、設置場所は、佐鳴台6丁目の佐鳴湖病院近くの親水施設のある湖東岸。親水施設の水は浄化後のもので、環境基準の5mg/リットルを満たしている。。

 水質浄化の方法は、沈殿槽における古典的なこし取りろ過と、微生物にリンや窒素などの有機物を取り込んでもらう、いわゆる生物浄化を行うバイオモジュールろ過から成り立っている。

 佐鳴湖の場合、一日にして約1万トンの処理能力。とすると、佐鳴湖の全水量250万トンを処理するには約8か月がかかり、2ヵ月の滞留時間内では、ほぼ4分の一程度しか処理できない。とすると、この浄化施設に頼っていては、環境基準をいつまでたっても満たすことはほとんど困難だ。

 ではどうするか、下水処理施設を通らない、雨水などとともに街の汚水が流れ込む街中の道路側溝などの汚染水の対策が国の基準達成には重要になってくる。そうした対策として具体的には、湖につながっている河川の汚染を未然に防止する「雨水浸透ます」を設置する、あるいは合併処理浄化槽を設置することが挙げられる。これは、水洗トイレと連結し、し尿と合併し、生活排水を処理し、終末処理の下水道意外に放流するための浄化装置であり、設置により湖の汚染を未然に、しかも効果的に防止する。そのほか、肥料の使い過ぎも河川、ひいては湖の汚染を引き起こす原因になることも忘れてはなるまい。

 いわゆる面対策

である。側溝に流れ込む有機物をできるだけ排除する、側溝の汚泥処理を地域住民が積極的に行うなどの啓発が大事になってくる。都市部にあり、しかも、急速に発展している近くの湖ではこうした住民意識の高まりが不可欠だろう。

 この湖の水の滞留期間は長く、1、2か月だという。その分、(反時計回りの)水流が遅いので浄化効率は下がる。また、湖南からも、浜名湖の潮流の関係で、常時汚染水が流れ込むという複雑さも、浄化の効率を妨げているという。

  しかし、現在のところ、たとえば、一日あたりの浄化処理能力を飛躍的に向上させる「ナノ微粒子」によるろ過方法は行っていないという。こうした対策をとらない限り、10年後ぐらいには環境基準はクリアできるかもしれないが、いつまでたっても全国的なランキングは現在のままで、よくはならないのではないか。

 面対策とともに、こうした最新技術の導入も検討する必要がありそうだ。

  追記

 ちなみに、調査湖沼のうち、全国水質ベスト1は

 支笏湖(しこつこ、北海道)で、なんと、年間平均COD値=0.6mg/リットル(平成22年調査)。

 ワースト1は、宮城県の長沼=11mg/リットル(22年)

追記

 CODとは、わかりやすくいえば、水質汚濁の元となる主として有機物を酸化するするために必要な酸素量のこと。にごった水ほど有機物が多いので、水中でそれらを〝燃やす〟には多くの酸素が必要になる。当然、COD値は大きくなる。

追記2

浜松市では、湖だけでなく河川も含めて

 川や湖を守る条例

が平成20年7月から施行されている。川や湖でキャンプやバーベキューを楽しむ場合、

 食器を川や湖で洗ってはならないし、使った水をそのまま流してもいけない。トイレ施設以外で用便をすることなども禁じられている。

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地震の直前「予知」と確率予測とは別物

(2012.01.20) 今回のM9.0巨大地震には、発生後のいまごろになって

 発生の一カ月前ぐらいから2度にわたって、震源域となった近くの岩盤と岩盤の境目で「ゆっくりすべり(スロースリップ)」

が起きていたという事実が、東大地震研究所の研究グループの事後解析でわかったとNHKニュースは伝えている。これは巨大地震の前兆現象ではなかったか。この観点からスロースリップと前兆現象の関係を今後、もっと解明していきたいという。解明は結構だが、しょせん「そう言えば」というような後知恵的な研究だろう。

 というのは、スロースリップが仮に前兆現象だとしても、M9.0巨大地震かどうかという規模や、いつそれが起きるかということについては依然として、起こってみないと事前にはわからない。そもそも前兆現象であることは、発生後になってみないとわからないというのでは、とても予知とはいえない。

 「いつ、どこで、どのくらいの規模」という三点セットが必須の直前予知は事後にしかわからないという皮肉な現状に変わりはなさそうだ。

 ところで、前兆現象をとらえての直前予知のことを国際的には地震予知という。このことは日本でも阪神大震災まではそうだった。ところが、阪神大震災がまったくの不意打ちであったことから、政府は新たに

 長期的な確率予測、つまり、「30年以内にある地域にどれくらいの確率で大地震が起きるか」

という

 長期予測、つまり、確率予測

をするようになった。

 たとえば、今回の大震災を受けて、今月、政府の地震調査委員会は、

 東海地震が今後30年間に発生する確率をこれまでより1ポイント高めて、88%

と修正すると発表した。

 これは地震予知ではなく、長期の確率予測である。30年間のどのあたりで起こるのかということは問題にしていないので、

 88%といっても、それは切迫度を示すものではない。明日起こってもいいし、29年後に起こってもいいし、また、この期間内に起こらない確率が12%あるのだから、無事に何も起こらなくても、なんらかまわない。

 そんな意味である。念のためにもう一度言うが、予知は切迫度そのものであるのに対し、長期の確率予測は地震がもうすぐ来るかどうかという切迫度とは無関係である。阪神大震災後の日本独自の狗肉ともいえる特殊な考え方で、国際的にはまったく通用しない定義だ。

 週刊誌などでは、予知と、この長期の確率予測の区別をしないでごちゃ混ぜにして、今もって、〝オオカミ少年ごっこ〟をしているのはなんとも情けない。

 たとえば、最新の「週刊文春」1月26日号。

 必ず来る、では、いつどこに来るのか?

 「M8M9大地震予知」を一挙公開!

として、専門家たちの導いた「巨大地震予知」の最新版をお届けする

となっているが、中身をみると、それはおおむね長期的な確率予測なのだ。

 しかも地震雲による〝予知〟まであり、中身は玉石混交だ。具体的に挙げるのも気が引けるが、あえて挙げるとすれば、比較的にまじめな研究者の神沼克伊・総合研究大学院大名誉教授(固体地球物理学)が、

 静岡西部沖から(九州東海岸沿いの)日向灘 いつ起きるかの時期は特定できない

としている程度のものである。これくらい広く、時期も特定しなければ、外れることはよもやあるまい。

 地震雲からの〝予知〟では、根拠がはっきりしないが、1月15日から一週間以内。残念ながら、これは外れた(当たり前か)。また、この週刊誌の広告には、「保存版リスト付」とあるが、それはなんと、記事本文中に、しかも紙面の四分の一くらいの小さなスペースに七行ほどしかないリスト。保存版リストというイメージからはほど遠い誇大広告だ。

 記事には、東海地震のお膝元、静岡大学理学部地球科学科の生田領野助教のコメントとして、記事の最後に

 「大地震は、(日本の陸地、周辺海域では)いつ、どこでも起こりうるのです」

とあり、記事前文にも「地震予知はますます難しくなっている」と断り書きがある。となると、せっかくの、いつ、どこにくるか。最新版「巨大地震予知」の一挙公開とは何なのだ、といいたくなる。

 三点セットの必要な予知をにおわして、長期的な予測に(意図的に?)すりかえた典型例だろう。

 内情としては、11人もの〝専門家〟に取材したが、あまり期待した成果がなく、苦し紛れに書いたと想像されても仕方あるまい。

 その努力は買う。予知と確率予測とをきちんと区別した上で、次回の奮起に期待したい。

 追記 2012.01.21

  週刊誌の名誉のためにいっておきたいが、週刊誌がみんながみんな予知と長期の確率予測を履き違えているわけではない。

 たとえば、「サンデー毎日」1月29日号

 覚悟すべき巨大地震と本当の備え

というのは、さすがに新聞社系の週刊誌である。混同はない。というか、中身は先の文春と大同小異なのだが、記事中には

 一切、予知とか、確率予測

という言葉は使っていない。意図的だろう。

 この記事では、首都圏地震について、相模トラフというプレート境界で発生する海洋型地震(1923年関東大震災のような相模湾を震源とする大正型と、震源域が相模湾と外房総沖も含む1703年元禄型の二通りがある)は、繰り返しの周期が長いので、いずれも当分はないという。政府の地震研究推進本部の発表でも、

 首都圏が海洋型の大地震に見舞われる確率は、今後30年以内で確率は0-2%

と低い。しかし、

 首都圏での直下型(活断層型=1855年11月安政江戸地震型)については確率は70%

と高い。その理由は、土地が高度に活用されてきた首都圏の地下の活断層など地質構造がよくわからないという要因も重なって、おおよその目安としてこの数字がはじき出されているに過ぎない。とすれば、東海地震の場合の確率予測と大して違わない確率予測といっていいだろう。

 いずれにしても、サンデー毎日は、言葉では明記していないが、予知ではなく長期の確率予測の話に限定して専門家に取材している。妥当な姿勢であろう。

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東電はおかしくないか 福島第一原発は予見できた人災

(2012.01.17)  東京電力の経営陣のこのところの公式な場での発言がおかしい。

 まず、株主たちが東京電力に対し、歴代の経営陣に巨額の損害賠償を求める裁判を起こすよう求めたのに対し、同社監査役の発言「(事故の原因は)想定を大きくこえる自然災害(主に津波のことをさす)によるものだ」として提訴を拒否した件。

 次に、これも最近のことだが、国会の事故調査委員会(いわゆる黒川委員会)に参考人として招致された同社副社長(同社の事故調査委員会委員長)の発言「(地震や津波への備えについては)事業者として、(得られた知見に)忠実に対策をとってきた」として、重大な過失はなかったとの認識を示した件。

 東電の想定を大きくこえる自然災害ではあったかもしれないが、そうした災害が起きる可能性については科学的に予見されていた。つまり、刑事責任が問われる要件の一つ、予見可能性があった。

 また、これまで明るみになった事実に照らしてみただけでも、津波対策について、東電は科学的な知見に忠実な対策をとってきたとはとてもいえないのではないか。回避可能性があったのに、その対策を放置してきたといったほうが正確だと思う。刑事責任が問われる第二の要件、とろうと思えばできる回避策があったのだ。

 これまでの政府の事故調査検証委員会の中間報告や報道内容に照らすと、

 自然災害に端を発してはいるものの、今回の原発事故は、チェルノブイリ事故同様、

 予見できた人災

であったと言えるのではないか。チェルノブイリ事故の場合、原子炉の構造、特に制御棒の構造に(低出力時には核暴走しやすいという)重大な欠陥あることは事故以前から知られており、それが事故の原因であった(ただし、現場の運転員には知らされていなかった)。

  福島第一原発の場合も、

 原発施設の配置に重大な欠陥があったことが事故の原因

ではないか。津波で非常電源が水没するという単純明快な、しかも重大な欠陥だ。事業者の業務上、当然払うべき注意を怠っていたと指弾されても仕方あるまい。

 今夏に向けて、

 責任の所在を追及よりも真相の全容解明を目指す政府の事故調査検証委員会(畑村委員会)

 真相を究明し、責任の所在を明確にする国会の事故調査委員会(黒川委員会)

そして、教訓と提言を目指す

 民間の事故独立検証委員会(民間事故調=北澤委員会)

 さらに、東電内の事故調査委員会(委員長=同社副社長)

  が本格的に動き出す。

 それぞれがどんな結論を出すか、注目したい。

 忘れてならないのは、内閣府の原子力安全委員会(斑目春樹委員長)の責任問題とその大改革だ。脱原発の道を選択するしないに関わらず、改革は避けて通れない。

 言い方がきついかもしれないが、職責の重さに比べて、事故発生以来、あまりにもいい加減な対応に終始したことは責められてしかるべきであると考えざるを得ない。委員長の事故直後の

 長時間にわたる全交流電源喪失という事態は想像だにしていなかった

との趣旨は、1980年代、米GM社でも詳しく解析されて消失は重大な事故につながると警告すらなされていたのだから、専門家の発言としては理解に苦しむ。このほか専門家らしい発言、行動はほとんどなかったのではないか。なぜ、安全委員会は機能しなかったのか。この点の解明も待たれるところだ。

 つまり、後ろに隠れている顔の見えない技術者や科学者の社会的な責任についても、具体的な事故を通じて解明されることが、今後の事故防止には欠かせないだろう。黒川委員会には、学者の国会といわれる良心にかけても、この点の

教訓と提言

に期待し、待ちたい。

 こうした委員会の結論がでそろった時、チェルノブイリ事故の場合のように、

 国際検証会議

の開催が必要だ。事故原因あるいは被害拡大の原因について各国が共通の認識を持つためである。

 チェルノブイリでは事故後わずか4か月後の1986年8月に開かれている。この事故の場合、本当の事故原因が公表されたのは、事故当時、情報公開が叫ばれていたのにもかかわらず、旧ソ連崩壊後の

 事故再検証委員会報告(シュテインベルグ報告書、1991年)

においてだった。報告書の結論で初めて、

「事故は運転員の責任ではない。原子炉の設計上の重大な欠陥が原因」

と明記されたのである(NHKスペシャル「チェルノブイリ 隠された事故」 1994年1月放送)。国際検証委員会では、第二、第三の福島原発事故を防止するために積極的な情報の公開が望まれる。

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雑草にも生いたちがある ある友人からの賀状

(2012.01.13)  そろそろ賀状のやり取りも終わり、日常生活に戻った人も多いだろう。ブログ子も、定年後はめっきり賀状をいただくことが少なくなった。出すほうも少なくなったのだから、当然かもしれない。

 そんな中、長野県上田市に住み、戦没画学生を慰霊するための美術館などを運営している古くからの友人、Kさんは、ブログ子の定年前も、定年後も少しも変わらず、毎年、強く印象に残る賀状を届けてくれている。今年もまた届いた。

 裏面の真ん中に、青色の万年筆で、前年の活動を総括したような一言が、こんなふうに書かれている(謹賀新年の文字と西暦の数字は印刷)。

 謹賀新年 2009 暗夜に ひとつの灯

 謹賀新年 2010 あっというまに また一年

 謹賀新年 2011 明日枯れる花にも 水をあげたい

 謹賀新年 2012 雑草にも 生いたちがある

 いくつもの美術館に、それもほとんど無名に近い人たちに焦点を当てた作品を収集し、見てもらうのだから、当然、苦労が多いはずだが、そんな話は一言も書かない。上記の短い一言は、Kさんの元旦の本当の感慨なのだろう。それらはいずれも上から目線ではないのがいい。かそけきものに対する愛情が静かに伝わってくる。

 短いが、心にしみる。

 来年はどんな一言が届くのだろう。楽しみにしている。

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再臨界もある不安定な「低温停止状態」 安全宣言はまだ早い

(2012.01.12)  「アエラ」2012年1月2日・9日号に、

 専門家も使わない新造語

 「冷温停止状態」の危険

という朝日新聞科学医療部記者の「ヒマネタ」原稿が雑誌の後ろのほうに見開き2ページに渡って掲載されている。

 野田佳彦首相が福島第一原発メルトダウン(炉心溶融)事故について、12月16日に「冷温停止状態」を達成し、事故そのものは収束に至ったと判断されると安全宣言したことを受けた記事だ。

 記事を読んで、肝心の見出しにうたった「危険」の中身がまったく触れられていないのにはびっくりした。読んでも何が危険なのか、その具体的なことが、さっぱりわからない。科学記者ならば、そこをえぐり出さなければ、話にならない。社会部記者ならいざしらず、奥歯にものの挟まったような記事を読まされるようでは、読者はたまらない。

 この記事には、一旦は核分裂が連続的に起きる臨界状態を収めても、何かの原因で再び、人の手で制御できない状態で臨界にいたる再臨界には、ひとことも触れていない。しかし、

 再臨界も今後あり得る不安定な「低温停止」、これが首相の言う「低温停止状態」だ

と明確に言い切るべきだったと思う。これだと、再臨界で放射線量が一時的に増加することもありえるので「危険」であり、低温停止状態の段階では、通常の原発が定期点検などで発電を止める「低温停止」とは異なり、事故収束とまではいえないし、ましてや安全宣言など出せないと書くべきであった。

 この記事は、そういわずに、この結論のまわりをぐるぐる読者を引き回している。つまり、いろいろ取材したことを、器用にまとめ、並べたような構成になっており、大変にわかりにくい。何を言いたいのか、読者にはわからない。

 見出しにうたった「危険」の中身は、制御ができていない再臨界の危険性なのだ。

 ブログ子は、北陸電力の志賀原発1号機が、定期検査のため発電をとめて「低温停止」中だったが、その検査中、突然、炉心にすべての制御棒を完全に挿入した状態(全挿という)から、一部(3本)の制御棒が部分的に引き抜けるという引き抜け事故(1999年6月発生)を取材したことがある。引き抜けの結果、そこの炉心部分が臨界状態に達するという、

 いわゆる志賀原発1号機臨界事故

である。

 北電の事故報告書によると、自動で制御棒を押し込もうとしたが、成功せず、弁を手動で動かし、ようやく低温停止に戻した。この間、約10分はコントロールできない臨界を起こしていた。

 こうした事実が2007年に明るみに出たが、所管の経済産業省の調査によると、臨界事故は全国でそれまでに東電・柏崎刈羽原発など約10件ほど起きている。

 今回の大震災では、地震発生と同時に、緊急炉心停止装置が働き、制御棒をすべて炉心にきちんと差し込む「全挿」には成功した。しかし、約30分後に押し寄せてきた大津波により、5、6号機を除いて1号機から4号機については、ディーゼル発電も含めて全交流電源消失という大事故が発生した。これに伴い、余熱を外に運び出す水循環がとまり、炉心の冷却ができなくなり、炉心空焚きから

 メルトダウン

を引き起こした。このメルトダウンは、制御棒がなくなるわけだから、当然、先の志賀原発での制御棒引き抜け事故と同様に

 突然の再臨界

があちこちで起こりうる。これが不安定の中身だ。

 事実、昨年の夏には数回にわたって、放射線量が増加する出来事があったし、11月にもそうした兆候があった。原子炉圧力容器を突き抜けて格納容器の底に脱落した核燃料と制御棒の混合物の中で再臨界が、志賀原発引き抜け臨界事故と同様、起こったと考えられる。

 こうした再臨界の今後の可能性について、もう少し見極める時間が要る。その上で、収束宣言なり、安全宣言なりを出すべきではなかったか。拙速に過ぎる軽率な首相発言だったと思う。

 ただ、こうした再臨界は人の手で制御はできないが、核暴走となることはまず、ない。再臨界が進んでも、湧き出したエネルギーにより、再臨界付近の混合物は拡散し、核反応に必要な中性子がスカスカと抜けてしまうから、自動的に連続的な核反応の持続をとめてしまうのだ。つまり、負のフィードバックが働く。核暴走のような正のフィードバックは起こらないのだ。だからと言って、専門家による見極めを怠ってはなるまい。

 内閣府の原子力安全委員会の班目春樹委員長は、記事の中で

 「本当に安定した状況ということから言うと、かなりまだ遠い状況にあるのではないか。いろいろ不安定なところがあるのではないか」

と慎重な言い回しをしている。本当に安定した状況というのは、通常の原発の停止のような「低温停止」であり、いろいろ不安定なところというのは、制御できない再臨界をさしているのだろう。

 この点について、記事で国民に警告、警鐘を鳴らしたいというのなら、こうした言い回しについて、はっきり解説してみせるのが、見出しに「危険」と打った以上、専門性が問われる科学記者の責任ではないか。そうしたところがまったくこの記事にはないのはどうしたことか。年末のやっつけ仕事とは思いたくないが、残念だ。

 繰り返すようだが、冷温停止状態には触れても、再臨界には一言も触れずに、今後の危険について論じているのはどうしても合点がいかない。あるいは、ほかの危険があるのを知ってて書かないのなら、その理由は何か。不思議な記事だ。また、再臨界の可能性を否定するならば、その理由ぐらい一言言及すべきではないか。

 この記事の前文に

 「福島第一原発は、今も放射能を出し続け、廃炉までには長い道のりがある」

とある。収束宣言をしたのにも関わらず、放射能を出し続けている原因について、突っ込んだ科学記者らしい見解を聞きたかった。

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キラキラ差別 上から目線の「がんばれ」は偽善

(2012.01.10)  大震災からちょうど10か月。何気なく、10日付毎日新聞朝刊に目を通していたら、

 「がんばれ」押し付けないで

という「くらしナビ こころ」のページに目が留まった。

 以前から、不思議に思っていたことだが、今回の大津波で肉親を失った被災者が、ほとんどいずれも新聞やテレビで意外に明るく、気丈夫に振舞っているのに違和感があった。

 ブログ子だったら、あんなにけなげにはなれない。とても無理だ。

 この記事によると、あれは、マスコミ向けのつくり笑い。「夜になれば、泣くこともあるはず」という。そんな被災者に、

 「がんばって」

というのは、声をかけた人はそんなつもりではないにしても、意識下に上から目線で安直に被災者を差別していることになっているという。こういう被災者を滅入らせる言葉を

 キラキラ差別

というそうだ。きれいな言葉で偽善ぶり、知らずに被災者を自分と差別している。この指摘には、なるほどと感心した。

 新聞テレビで、前向きに考えよう、元気出して

という言葉が氾濫しているが、それは偽善なのだと気づいた。この言葉によって、どれほど立ち直れないでもがいている被災者を傷つけていることか、忸怩たる思いで拝読した。

 それほど同情するならカネをくれ

といいたくなる。庶民のなかに潜む偽善性をこの記事は鋭く突いている。

 立ち上がりたくても、なかなか立ち上がれないでいる被災者を

 「がんばって」

とムチ打つのは、もういい加減にやめたいものだ。本当に苦境にある人に手を差し伸べることにはならないからだ。

 毎日新聞もたまにはいい記事、見識のある記事を書くと、感心した。

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人間冒とくの残酷物語 エンディングノート

(2012.01.10)  一見、家族のきずなで結ばれた愛の物語のように思えるが、それは家族の錯覚で、末期がんで死んでいく本人からすれば、

 ひとりで死んでいかなければならない死に際ぐらい、せめて静かな孤独の時間がほしい

と思ったのではないか。 ドキュメンタリー映画「エンディングノート」を拝見したときの正直な感想である。

 チラシには

 「残された時間を前向きに生きようとする父と、家族の姿。涙と笑いに包まれても、誰もが自分の家族に思いを寄せるあたたかな作品」

とある。しかし、はっきり言えば、この映画は、この制作意図とはまったく正反対の人間冒とくの残酷な物語ではないか。父親本人は末期がんの宣告を受けぬまま、父親の刻々と死に向かってゆく様子を、まもなく死ぬことを知っている娘の監督が克明にカメラを回し続ける。

 けなげにも、父親はユーモアと笑いで家族に接する。最後までサービス精神旺盛な家族思いのやさしい父親だと思う。しかし、家族は、刻々と死に向かっている父親にやさしい思いやりをしたであろうか。

 チラシには「エンターテインメント・ドキュメンタリー」となっているが、娘が肉親の父親を材料に撮り続けたとはいえ、娘が監督だからといって、生身の人間の死に際の、死に様を道化役者のように〝エンターテインメント〟していいのだろうか。ユーモアのうらにある死への恐怖、苦しみがあることに気づいていたであろうか。若い監督の初監督作品だそうだが、人間の尊厳が感じられない映画であり、後味の悪い、という上品な言い方より胸くその悪い作品だと感じた。

 チラシに作家のよしもとばなな氏が

 「この映画は希望だと思った」と、「結束のかたい家族への愛」にエールを送っているが、何かの間違いではないか。

 作家、山田風太郎の、古今東西の著名人の死に際の生き様を活写した傑作に

 『人間臨終図巻』(徳間文庫)

というのがある。死亡時の年齢順に「いかに死んだか」をこれでもかこれでもかと書き綴っている。その中に、

 自分の死は地球よりも重い。他人の死は犬の死よりも軽い。

というこの作者の強烈な言葉が出てくる。今回の映画を見ていて、この言葉が思い浮かんだのは偶然であろうか。

 こちらは、偶然だが、この映画を見た夜、NHKBS放送で、

 「生きる」(黒澤明監督、1952年、東宝)

を見た。余命半年の末期がんにおかされた公務員(市民課長)の生き様を描いている。あまりにも有名な映画だから、そのあらすじをここでは省略するが、

 生きるとは何か

をしみじみと見るものに訴えかけている。がんにおかされたものの恐怖と悔恨が映像から伝わってくる。この映画には家族に裏切られた主人公が自分の人生を振り返りる、悔恨と孤独、そして静かな時間が流れていた。特に、雪の降る深夜、主人公が心血をそそいで実現させた公園のブランコに、ただひとり揺られながら歌うラストシーンは、主人公の死直前の内面を描いていて、すばらしい。

 新人監督の初作品と世界の黒澤映画を同日に論じることは、あるいは黒澤映画の冒とくになるかもしれないが、

 エンターテインメントとは、人間をおもしろ、おかしく〝おもちゃ〟にすることではない。ましてや、死に際の人間を。上っ面をなぞるのではなく、黒澤映画のように人間の真実に迫ってほしい。

 二つの映画を見てそう思った。

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星空を仰げば輝くオリオン  人間と思索

(2012.01.08)  寒風の夜10時。先日、ちょっとした仕事の帰り、街中を少し離れた場所で、ひさしぶりに夜空見上げた。満天の星々の中、頭上近くに冬の代表的な大星座

 オリオン

が輝いていた。風が強いせいか、四角形を形づくる星たちが、一層きらきらと光る。ちょうど真上には、

昴(すばる)

の星たちが肩を寄せ合って、青白く光を放っている。少しはなれたところには、全天でもっとも明るいシリウスが白っぽく光っている。北極星もやや見難かったが、その存在を誇示しているかのようだ。夏ほどではないが、天の川も白々と流れているのをみつけて、銀河系の中心がどこだろうと見渡したりもした。

 ひとり星空を見上げるとき、人はなにかしら、寒さに震えながら

 人生とは何だろう

と思索的になるのが不思議だ。

 たとえば、詩人で小説家だった井上靖の「高等学校の学生だった頃」で始まる

 「流星」

では、砂丘の上で見た夜の日本海の星空に現れた流星に、自分の人生の歩むべき道を重ねている。

 週刊誌「サンデー毎日」1月15日号を見ていたら、

 天空のバーチャルファンタジー

 冬プラネタリウムへの誘い

というグラビア特集をしていた。最近の器械は、レーザー加工技術が発達し、なんと

 数十万個の星々

を投影することが出来るそうだ、それどころから、

 数百万個、いや数千万個

の星について、正確に現在の様子を投影できるそうだ。

 日本未来科学館にある最新鋭のプラネタリウム「メガスターⅡ」がそれだ。

 また、プラネタリウムを使えば、地球未来人がきっと見るであろう、1万年後の何月何日の星空も瞬時に投影できる。過去10万年前の原始人が仰ぎ見たであろう夜空も瞬時に映し出してくれるという。

 わが太陽系はわが銀河系の周りを猛スピードで周回しているし、相手の星も動いているので、映し出す年代により、星座の形も変わってくるのだ。それをいとも簡単に再現してくれる先端技術がプラネタリウムだ。

 最近では、プラネタリウムBARやプラネタリウムカフェ

も登場して、お酒を酌み交わしながら、あるいはコーヒーを飲みながら夜空を楽しみたいという大人の関心を呼び覚ましてくれる。何もカナダの北まで行かなくても、美しいオーロラをいながらにして見せてくれる。土星だって、木星だって、超細密な映像で見ることが出来る。

 しかも、ドームに映し出してくれるから、

 あたかも3D映像

のように見せてくれる。

 ブログ子の子どものころ、星座早見板を手で回しながら、星座の名前や星の名前を覚えた時代はとうに過ぎ去った。今も当時の早見板を持っているが、もはや使う機会はほとんどない。

 ただ、こうした先端を行くプラネタリウムの楽しみには、寒さの中、本物の夜空

を見上げたときに、誰しも沸いてくる思索的な心、内省的な心、いわば

 詩人の心

を呼び覚ましてくれる力はない。 精密につくりあげたバーチャルな世界に、人間はあるいは錯覚することはあっても、リアルな世界のように内省的な詩人の心を呼び起こすことはない。

 これがプラネタリウムと本物の星空との大きな差である。

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地元社説と週刊誌記事 富士山も噴火の超巨大東海地震 ?

(2012.01.05) 大震災の記憶がまだ生々しい新年だけに、そして、東海地震が想定されているだけに、地元の静岡新聞の恒例大型社説をおおいに期待して読んだ。1月5日付で巨大地震対策について

 生き抜く力を高める年に

と主張している。もっともである。中身を読んでみると、

 「東海を含めた連動地震を見据えた防災意識を持つことが必要だろう」

との認識を示し、

 「自分の命は自分で守る「自助」の意識を高め、巨大地震災害が発生しても生き抜く力を飛躍的に高める1年にしよう」

と読者に呼びかけている。これまでみんなが言ってきたことであり、もっともである。これに異議を唱えたり、反対する静岡県民は、まず、いないだろう。落ち着いた、冷静で良識ある社説の見本と言っていい。

 生き抜く力を高めた見習うべき好例として、社説は、児童・生徒がほぼ全員無事だった岩手県釜石市のよく話題になった事例を紹介している。適切な紹介だと思う( 注記1 )。連動でこれまでより巨大な地震となると、防災より、被害を出来るだけ少なくする減災が現実的な対応となるとのよく知られた認識も示していて、異論はない。

 さらには、「内閣府の有識者会議は」とか、「静岡県は」とか、「静岡県では」とできるだけ、公的な機関の客観的な事実を忠実になぞっているのも、社説の信頼性を高めるとともに、責任をそこに持ってもらうそつのない書き方も、申し分ない。

 テーマにしている連動に伴う巨大地震対策といっても、これまでの延長線上にあるとしている。とはいっても「過信は禁物だが」と用心深く、但し書きというか、注意を喚起することも忘れていない。社説の常道をわきまえたその表現に感心した。

 社説には書いた人の独自の視点や見識はどこにも見当たらない。これなら今後どのような事態が起きても、この社説が批判はもちろん、非難されることはないだろう。批判や非難が起こらないような論説の見本である。

 問題は、読後感だ。何も心に残らない。どこか他人事のようで、読んでいても心に響くものがなにもない。そうなんだよなあ、という実感が伝わってこない。なるほど、そうかというものもない。

  これと逆なのが、「週刊現代」2012年1月21日号の、首都圏直下型M8とともに

 「「東海地震M9」はまもなく来るものと覚悟してください」

という9ページもの記事。そのとき、どこにいるか別に、その場所であなたと家族は生き残れるか。注意ポイント、直下型地震の安心度、海溝型地震での安心度など、きわめて具体的で、かつ詳細な一覧表が付いている。これを読むだけでも、定価400円の価値はある。

 つまり、社説に言う「生き抜く力を高める」のに必読

といえる対策一覧だ。もしスカイツリーにいたら、富士山の山頂にいたらなどなど、懇切丁寧に指南している。社説とは違って、巨大地震をわが事として身近に、そして具体的に考えようという姿勢がうれしい。

 もうひとつ、こちらのほうが大事なのだが、

 社説には関心の高い浜岡原発にも、富士山噴火( 注記2 )にも

一言も(意図的だろうが)触れていない。が、週刊誌では、想定されるM9巨大東海地震は、これまでの対策の延長線とは考えられず、つまり質的に違い、発生で富士山の噴火の可能性が高いと書かれている。ただし、記事には、ほんとうかなあ、という疑問も多い。根拠も明記されていないからだ。

 しかし、この記事を、言葉はよくないかもしれないが、単に与太記事とは考えにくい。なぜなら、記事の取材先が、静岡県静岡市清水区にある

 東海大学海洋研究所地震予知研究センター長の長尾年恭(としやす)教授

だからだ。いわば、想定東海地震のお膝元、ご当地研究者(固体地球物理学)なのだ。

 ブログ子は、一度、この教授の地震予知に関する講演を金沢で聞いたことがあるが、物をはっきり言う地震予知確信論者である。

 この週刊誌の記事は、やや飛ばし気味はあるものの、ともかく、読むものの心に響く内容が多い。

 はっきり言えば、今回の社説は今後何の役にも立たないだろうが、この週刊誌の記事は疑問点も含めて、今後役に立つだろう。

 これが、週刊誌の読後感だ。

  注記1

  これとは逆の宮城県石巻市立大川小学校の事例、つまり、教職員に危機意識が希薄で、どうする、どうすると右往左往した挙句、校庭よりもより安全な場所に避難を始めたものの、逃げ遅れて全校生徒の7割(74人)が死亡するという〝人災〟については、知らんぷりという片手落ちもある。しかし、これについては(校長は年休中。しかも学校にいた教職員11人のうち10人が死亡したという痛ましいこともあり)目をつぶるとしよう。

 ただ、この事例からも社説同様に、自分の命は他人頼みではなく、自らの判断と行動で守るのが基本というごく当たり前の教訓が得られるのではないか。

  注記2 2012.01.23

  想定されている東海地震に伴う富士山噴火については、川勝平太静岡県知事は、被害想定の見直しについての記者会見など公の場で

 富士山噴火の可能性も想定して、対策を立てる必要性を強調

している。火山噴火の専門家も噴火の可能性を認めている。つまり、件の社説よりも週刊誌のほうが読みが深い。

 東海地震+東南海地震+南海地震=三連動の安政大地震(1854年12月)では、富士山は噴火しなかったが、

 同じ連動の宝永大地震(1707年10月)では、富士山は地震2か月後の12月に大噴火(宝永大噴火)を起こしている。知事はこのことを念頭に相手発言している。いずれの連動もも駿河トラフの海溝プレート型地震。

 追記   

 社説ライターの名誉にもかかわるから、補足しておくが、みんながみんな社説というものは無味乾燥な他人事のような論説なのではない。

 たとえば、今回の大震災のお膝元のブロック紙、河北新報社(本社仙台市)の1月1日付社説は

 復興元年 つながる心/等身大の思想で希望を紡ぐ

という、独自の視点と見識をかかげた新聞社もある。わがこととして、地元農民詩人の話も書き込んでいる。共感した地元県民も多いのではないか。ただ、やや情緒的な社説であり、社説というよりも「私説」に近いが、

 「安全神話が崩れた今、原発は白紙から議論しなおすべきだ」

とはっきりと、硬派な主張もしている。「危機を先送りする文化にピリオドを打たねばならない」とも訴えている。

 最後を「傷ついた自然と人の、あるいは人と人の関係を時間をかけて修復していく。ことしをそのスタートの年としたい」と結んでいるのも、現実と正面から向き合うことを訴えていて、好感が持てる。

 こうした見識ある社説もあることを忘れてはなるまい。

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現実味帯びだした地震、津波の「長期評価」

(2012.01.04)  偶然だが、正月3が日の最後の深夜、教育テレビを見ていたら、

 ETV特集選 大震災発掘/埋もれた警告/新たな脅威

というのを再放送していた。

 3本の特集をまとめて見たわけだが、ブログ子の感想を結論的に先に言ってしまうと、

 地震の(前兆現象をとらえての短期の)、いわゆる予知が出来ないとなれば、これまで

 現実味がないとして無視されてきた

 長期予測、すなわち地震、津波の長期評価を、遠い先の、それもあやふやなものとしてこれまでのように仮定の話として無視するのではなく、現実味のある予測ととらえ、原発の安全性、つまり耐震、津波対策をするべきではないか

ということだった。これが今回の人災ともいうべき大震災の教訓を生かす道だ。

 それともう一つ、地震発生の評価をめぐる考え方を、これまでと変える必要があることだ。当然、地震が発生することが考えられる海溝付近の空白域とは、地震の起きない場所ではなく、

 むしろ、長年のずれ残りが地震では解消されず、長期にわたって蓄積し、いつかは

大津波を伴う超巨大地震を引き起こす可能性が高い場所

ととらえるべきだということが番組を通じてよくわかった。これまでの地震の長期予測は、起きた地震を元に「後追いで」(島崎邦彦氏)評価している後ろ向き思考なのに対し、先読み、つまり「次」に起きるのは空白域であるという洞察力のある発想が要るという。説得力のある指摘だと思った。しかし、この発想が現実の対策として生かされることはなかったのは残念だ。

 大震災発掘という特集では、今回の大震災で、なんと、平安時代(869年)に東北で起きた巨大地震、貞観地震の津波の跡、いわゆる津波堆積物(海岸の砂)が地表に露出していたというのだ。この1000年以上前の地震では、かなり内陸に建てられた多賀城が破壊されたり、溺死者が城下だけで1000人ほど出たと「日本三大実録」に書かれているという。

 今回の巨大地震は、その規模や津波堆積物の分布状況から、この貞観地震の再来ではないか、と考えられている。

 貞観地震の発見は、今から25年も前の1986年。発見者は東北大学の箕浦幸治教授で、その学術的な詳細は、専門誌

 『J.Geology』(1991年)

に掲載された。もう、20年も前だ。その後、警告も兼ねて2001年にも同誌に続報を掲載している。

 その後、阪神大震災後に設けられた国の地震調査推進本部の調査委員会が

 「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(2002年)

をまとめた。今回のような超巨大地震が起きる可能性について言及したが、しかし、長期評価部会長の島崎邦彦委員など一部の委員が今回のような巨大地震が30年以内に起きる可能性が高いとする文言を盛り込もうとしたが、(原発推進派などを含む調査委員会の)大勢として、データ不足などで指摘は確実ではないことに留意する必要があるとの文言を挿入することで、調査結果を受けて原発の耐震、津波対策の強化を図らなくとも問題はないかのようなあいまいな表現にとどめた。しかも、書き換えられたのは、公表直前だった経緯が紹介されていた(証言者=島崎部会長)。文部科学省の推進本部事務局からの連絡は深夜の電話による了承の取り付けだったという。

この結果として、この地域に超巨大地震が起きる可能性が高いという箕浦教授や調査委員会報告書の警告が埋もれることになった。そして、今回のM9.0の巨大地震が発生し、箕浦教授の指摘する10メートルをこえる津波が福島第一原発を襲うことになった。

 今回の大震災は人災だった

ことがこの番組でよくわかる。

 番組では、部会の委員の選定には文部科学省の官僚の恣意性があり、中立性を担保する仕組みが要るのではないかと訴えていた。そのとおりである。

 審議会の委員選定の恣意性はなにも地震に関わる審議会だけではない。少なくとも、自然災害を審議する部会なり、部会報告をまとめる上部審議会では、政府の政策に左右されない科学的な知見を尊重するような、すくなくとも中立な委員構成や委員長選定が求められる。委員構成のゆがみがせっかくの先見性のある知見が封殺される現状はなんとしても解消するべきだが、何を持って中立とするか。科学的な知見がある程度あいまいにならざるを得ない場合、判断が難しいのが現状である。つい、電力会社のいいなりの結論に落ち着きやすい。ここに問題があろう。

 このことは、日本海側の原発をめぐる活断層調査でも露になっている。島根原発、柏崎刈羽原発。柏崎刈羽原発でも、2005年の大地震に遭遇して原発に大きな被害が起きて初めて、原発付近の海底に長い活断層があることを東京電力は海底調査で認めている。島根原発でも、付近の活断層が短く見積もられていることが最近の調査でわかってきているという。

 ブログ子もかかわった能登半島の

 志賀原発でも近くの海底の切れ切れの断層がもともと一本のものかどうかをめぐって設置許可取り消し訴訟で激しい論争になった。しかし、最近、これらがもともと一本のものであることが詳しい海底調査で判明、この原発の耐震性が、尤度があるにしても、果たして大丈夫かどうか問題になっている。

 原発の安全性について、科学論争が初めて訴訟で争われたのは、愛媛県で1973年に設置差し止めを提訴された伊方原発建設(四国電力)である。この原発の付近には、中央構造線が走っており、原発付近での状況が争点となったが、結局問題はないと判決された。しかし、それは、重大かつ差し迫った危険があるとまではいえないということからの判断であり、将来重大事故が起こらないことを保障したものではない。

 こう考えてくると、今回の大震災を機会に、既存原発の許可事後のバックチェックはもちろん、それを受けた現行設置基準の見直しを政府(内閣府の原子力安全委員会や文部科学省)は急ぐ必要があろう。これには、東電はもちろん、すべての電力会社の積極的なデータの提供が必要だ。

 よく言われる、多重防護が施されている原発の重大事故は

 100万分の一

といえるくらいに小さいという「神話」はまやかしであり、科学的な根拠はないといってもいいだろう。

 最後に、「新たな脅威」という番組では

 南海地震と東南海地震とが、かつて(約2000年前)、ほぼ同時に(連動して)起きた証拠を紹介していた。高知大学理学部の研究グループだった。

 高知県、徳島県、三重県の開発で荒らされていない湖の水底ボーリングの成果は紛れもなく、この広大な地域が津波に襲われていた科学的な証拠(海岸の砂などの津波堆積物の存在)を示していた。

 また、北海道大学の平川一臣教授も、根室沖海溝付近では、十勝から根室までの太平洋岸で繰り返し、巨大津波が数百年単位で発生し、海岸奥深くまで津波堆積物を運び込んでいた事実を番組で紹介していた。これらの地震は十勝沖地震と根室沖地震とがほぼ同時発生(いわゆる連動型)していたと考えられるという。地震の規模は、従来はM8.3程度と推定されていたが、今回の大災害で、M9.0もあり得るという。

 こうした同時発生地震というあらたな脅威は、決して、400年先、500年先に起きるのではなく極論すれば、

 明日起きてもおかしくない

情勢なのである。

 追記

 上記のブログ記事を書くに当たっては、番組だけでなく、

 月刊科学誌『科学』2011年5月号

 「超巨大地震、貞観の地震と長期評価」(島崎邦彦・東大名誉教授・地震学)

 や、菅原大輔氏(東北大学大学院理学研究科地学専攻)、箕浦教授などの

 「地質学的データを用いた西暦869年貞観地震津波の復元について」(『自然災害科学』2011年)

を参照したことを付記する。島崎、箕浦両氏は今回のETV特集にも出演して、示唆に富む証言、解釈を提示していた。

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吉川英治『新・平家物語』(全8巻)を読む 

(2012.01.03)  NHK大河ドラマ、「平清盛」が今度の日曜日からいよいよスタートする。

 ブログ子は、理系だったせいか、京都に15年くらい学生・社会人として暮らしたというのに、市内の平家物語のゆかりの地を巡ったことがなかった。笑われるかもしれないが、せいぜい御所に数回行ったことがあるだけだ。祇園・八坂神社が、平家物語とどんな関係にあるか、いまもって知らない。

 西日本にもあまり旅行したこともない。大学受験で「日本史」を選択しなかったことも、今思うと、日本の歴史を軽視したようで浅はかだった。

 そこで、この機会に、定年後の「下山の時代」を楽しむの第一条に挙げた超大長編を読むということで、古本屋で

 吉川英治の『新・平家物語』(全8巻)

を買ってきて、読み始めた。箱入り、しかも布張り装丁、新品同様の全8巻で、

 わずか1000円

だった。これで、3、4か月は楽しめる。「新・平家物語の旅」というのが、各巻に写真入で付いている。評論家の尾崎秀樹氏の文章もついている。さしえは、吉川英治記念館蔵の美しいカラーであり、いたれりつくせり。

 これで、1000円とは、いかにも安いし、定年後のブログ子にとってはうれしい。

 NHKのドラマには、原作がないというから、吉川版平清盛とどうちがうか、比較しながら、それぞれの人物の心の葛藤や登場人物との対立などドラマを楽しみたい。

 ドラマのポイントは、敗者、平家の姿を勝者、源氏側から描くことと、

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり

という、どちらかというと暗い仏教観を吹き飛ばし、舞台となる平安末期を活気に満ちた時代としてどう描くか、ということらしい。別の言い方をすれば、武士はいかにして登場し、支配者となっていったか、ということだが、そのあたりをとくと拝見したい。

 今年は、この機会に、京都のほか、少なくとももう一箇所、西日本の平家ゆかりの地を訪ねてみたい。

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