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地震学の敗北 学会や報道の体質改善を

(2011.12.10)   日本地震学会が、東日本大震災を受けて、10月に静岡大学で反省シンポを開催した際、取材したり、考えたりしたことを、朝日新聞「私の視点」に投稿した。ずいぶん以前だったが、ようやく、以下のような論考が、一部手直しされて2011年12月10日付朝刊に掲載されたので、参考にここに再掲しておくことにする。

   2011年12月10 日付朝日新聞朝刊「私の視点」  

    地震学の敗北 学会や報道は体質改善を

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  できるはずだと思っていたのに、なぜ東日本大震災のような巨大地震を予測できなかったのか。 この問題をめぐって10月、日本地震学会の特別シンポジウムが開かれ、私も参加した。

 「東北沖ではM(マグニチュード)9以上は起こらない、という思いこみがあった」と、多くの地震学者たちは反省しきりだった。

 それではなぜ、こんな思いこみが続いてきたのだろう。 私は第一に、東京大学の地震研究所を頂点とする「学会の体質」を指摘したい。この学会はどうも、学問的な相互批判が希薄で、「仲良しクラブ」になっていると思えるところがある。「M9以上だって起こりうる」と、地球物理学や地質学などを究める人は、ずいぶん前から指摘していた。だが、過去に例がないなどの理由で、地震学者たちは「門外漢」のいうことに真摯に耳を貸さなかった。今回の会合でさえ、思いこみの原因をめぐる激論は交わされなかったのである。

 第二の問題として、私は自戒をこめつつ、「科学ジャーナリズムの体質」を指摘したい。国内の報道関係者は、地震学者や学会に依存し、彼らの研究成果をそのまま報道したり、解説したりしすぎたように思うのだ

 たとえば「地震予知」という言葉。これに対する客観的、批判的な見方をしていただろうか。国際的な場で予知といえば、前兆現象をふくむ「直前予知」のことをいう。だが、国内では「何年以内にどのくらい起こりそう」といった「確率予測」もごちゃ混ぜにして使われている。

 そもそも、予知は「できるかもしれない」というぐらいの認識だったはずだ。それが、学会の大物に影響されたのか、「できるもの」という想定で報道されることも多かった。「予知できる」を前提としてはじめて、国から多額の研究費をもらえる学者に引きずられるべきではない。まったくの不意打ちだった東日本大震災によって、予知はできないといった方が正確なぐらいだ、とはっきり分かったのである。

 いま、日本の地震学会や科学ジャーナリズムは、立て直しのチャンスを迎えている。学会はさまざまな学問分野の視点や疑問、批判などに門を開き、外国人や若手もとりこんで、研究と議論を活性化させなければならない。

 一方、科学に関する言論機関は、これまでの報道のありかたを批判的に総括すべきだ。そのうえで、一定の科学知識と自立的な批判精神をもちうる人材を育て、地震学者や学会といい緊張関係をもちながら情報を発信し、こんごの防災につなげていくべきだ。

追記 2012.01.19

1月19日のNHK

クローズアップ現代

で、

 なぜ超巨大地震は予測できなかったのか

というテーマを取り上げていた。内容は、この投稿原稿と、報道体質の改善を求めているところを別とすれば、ほぼ同じ。

 ゲストには、鷺谷威(さぎや・たけし)名古屋大学大学院教授(地震発生学)を迎えていた。映像では

 東北大学の長谷川昭教授(地震学)

だった。いずれも、10月のシンポと同様な反省をしていた。特に、番組では

 地震学の思い込みを是正していくには、地質学など地震学と密接な関係にある学問の成果をもっと積極的に取り入れていくことの重要性を説いていた。

 そのとおりであろう。

 (掲載余話。

 地震予知の定義を意図的にあいまいにしておけば、たとえ研究が予知とはおよそ無関係であったとしても、研究費申請書の提出にあたっては、予知との関連付けがしやすい。関連があればその分、予算確保が有利になる。こうした思惑が個人的にも学会の雰囲気としても、信じたくはないが、あったと見られなくもない。こうした思惑や雰囲気は関連分野の研究者に違和感を与え、健全な学会活動を妨げた。その結果、多様な人材が集まらなくなり、その分思い込みを生み、思い込みがなかなか是正されないまま固定化する。こうなると地震関連分野の人材があつまるどころか逆に学会から流出するという悪循環に陥っていった。これを裏返せば、悪循環は、学会が互いに気心の知れた人々による、いわゆる仲良しクラブに徐々に変質、純化していった過程でもあったように思うのだ。

 こうしたことをずばり書きたかったのだが、思惑や雰囲気だけに確実な証拠がないこともあり、投稿直前にカットして、穏やかな文章にした。しかし、上記のことは、なぜ学会が仲良しクラブになってしまったのか、その根本原因を探ろうという良識ある会員なら、正鵠を射た指摘と真摯に受け止めてくれるだろう。

 つまり、意図的にしろ、そうではないにしろ、あいまいなほうが、都合がよいという暗黙の了解が学会内にあった。これが仲良しクラブになった根本原因なのだ。このことは、何も地震予知という言葉だけではなく、たとえば「連動型」「アスペリテイ(固着域)」という地震学の専門用語にも言える。みんな自分の都合のよいように専門用語を使っているといっていいほどだ。このことを科学ジャーナリズムは、ほとんど批判してこなかったことも事実だ。学会を批判するだけでなく、自らの責務の怠慢をも反省する必要がある。

 学会の改革では、学会自ら勇気を持って、悪循環を断ち切るにはどうすべきか、本気で切り込み、関連分野の多様な人材を結集する具体策を立て、実行にうつしてほしい。そこから地震学の再生=本物の地震科学が始まるだろう。)

 追記 

 参考のために、投稿したもともとの原稿を以下に掲載しておく。一か月あまり、担当者と意見を交換し合ったりして、掲載の文章に仕上げたもの。

  

地震学の敗北

 ジャーナリズムは機能したか

 できるはずだと思っていたのに、なぜ、東日本大震災のような巨大地震発生の可能性を予測できなかったのか。秋季大会に合わせて、日本地震学会の「地震学の今を問う」と題した特別シンポジウムが静岡大学を会場に先日十五日丸一日をかけて開かれた。

 特別シンポの討論や事前にまとめられた学会員対象のアンケート調査から強く感じたのは、①地震学会内部に科学的な批判や論争が希薄あるいは欠如して学会が〝仲良しクラブ〟になっていたこと(学会員の68%は他分野への関心が希薄)、②地震学を「わかったこと」と「わからないこと」とを峻別できる本物の地震科学として確立していなかったこと、そして、その上に立って震災を未然に防ぐ社会をつくるための災害科学に携わる者として、国の基本的な地震対策である、いわゆる大震法のあり方など学会外部に対する批判精神が、研究者の中立性・公平性を盾に、きわめて希薄であったことが、今回の敗北のつながった原因だったと思う。学会員の半数以上の58%が防災に対して研究・政策を含めた防災意識が希薄なのは大きな問題だ。

 同時に、今回の敗北には、日本の科学ジャーナリズムのひ弱さ、もっとはっきり言えば科学者、学会依存体質が今もって根強く、自立した報道・論説という自身の社会的責任に無自覚だったことも大きな敗北の原因であり、失敗を助長させたとすら言えまいか。

 たとえば、シンポ討論でも出たが、地震の発生の仕組みでは、研究者の間でも「アスペリティ(固着域)」、「連動型」、「地震予知」という言葉が、きちんと定義されずに、いろいろな意味とあいまいさで無批判に使われている点が敗北の一因として指摘された。報道機関もそのままほとんど説明なしに無造作に紙面化している。

予知とは、国際的な取り決めでは、決定論的な短期の直前予知のことであり、確率論的な巨大地震の長期予測とははっきりと区別すべきだとの主張があった。16年前の阪神大震災で短期の直前予知はできないことがわかり、今回、長期予測もまた敗北を余儀なくされた。もはや想定されている東海地震の直前予知もはなはだ心もとないというべきだ。

 しかし、よく考えてみると、こうしたことは、研究者の反省や指摘を待つまでもなく、科学ジャーナリズムが自立的な批判精神を持っていれば、ここまで深刻になる前に指摘できたか、または問題視し、警告を発することができた課題だったのではないか。

 ましてや、地震の予知・予測は原理的にできないといい続けてきて、今回特別公演したR.ゲラー東大教授(地震学)が主張する科学的根拠のない大震法の見直し撤廃については、科学ジャーナリズムの本領が発揮できるテーマだった。それを、ジャーナリズムの公平性と中立性の名の下にしなかったところに、今もって日本科学ジャーナリズムの不在を思わざるを得ない。

 日本地震学会は、今回の討論などを受けて、短期についても長期についても地震発生の予見はできなかったのはなぜか、その総括と提言について来春をめどに公表するとしている。ぜひ、仲良しクラブの報告ではなく、突っ込んだ総括と提言を期待したい。

同時に、私も会員である日本科学技術ジャーナリスト会議も、これまでの地震報道を総括し、再生につながる具体的な提言をまとめるべきである。

 内部にも外部にも批判精神の旺盛な若い人材の登用など、地震学会も大学も改革の時だが、五十年の歴史を持つ日本の科学ジャーナリズムも啓蒙主義を抜け出し、自立した報道と論説で、科学的なテーマをめぐる社会的な論争という政策とのかかわりが密接な「レギュラトリーサイエンス」の一翼を担えるよう再生を図りたい。

補遺 2011.12.24

巨大地震を含めて予知ができないことについて、

2011年12月22日付朝日新聞科学欄において、

 地震、正確な予測できない 金森博雄カリフォルニア工科大名誉教授に聞く

というインタビュー記事が出ている。同氏は、東大地震研究所教授を経て、1972年に米カリフォルニア工科大教授に転身している。同大地震研究所長、米地震学会長などを歴任しており、巨大地震研究の第一人者だという。

 日本では、阪神大震災後から、政府が「地震発生予測」を確率で示していることについて、同氏は

 「揺れの予測を確率で表した地図をどう評価していいか私もわからない」

と手厳しい評価を披瀝している。

 これに対し、同記事によると、文部科学省地震・防災研究課長は

 「防災に役立てるために、どこでどんな地震の可能性があるか、長期的な評価を始めた」

と確率で示す危険度は有効とコメントしている。

 つまり、次の地震がどれくらい迫っているか、切迫度を確率で表すことができるというのだ。

 長期的な、つまり確率的な予測は切迫度を表す

というわけだ。示された確率が切迫度となるのは、地震が繰り返すおおよその周期や、前の地震からの経過時間がわかる場合に限る。

 

 

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コメント

皆さん、こんにちは。
この場をお借りして、お知らせさせていただきます
「地震爆発論学会」の設立を記念して企画いたしました、設立講演会をご案内させていただきます。
11月16日(金)地震爆発論学会設立記念講演会 開催のお知らせ
日 時/平成24年11月16日(金) 午後7時開演
      開場:午後6時半 終演:午後9時
会 場/文京区シビックホール 会議室
      東京都文京区春日 1-16-21
演 題/「間違いだらけの地震学が国を滅ぼす」
参加費/無料
http://bakuhatu.org/index.php/
皆さん、ありがとうございます。

投稿: 地震爆発論学会 | 2012年10月21日 (日) 14時17分

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