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「大失敗のデパート」だった組織事故 畑村検証委員会

(2011.12.28)   福島第一原発の大事故はなぜ起きたのか。その調査と検証を目的とした調査・検証委員会(畑村洋太郎委員長)の発足から約半年、その中間報告が12月26日まとまり、公表された。翌日にはNHKスペシャルで、「失敗学」で知られる畑村委員長、ノンフィクション作家の柳田邦男委員が生出演して、中間報告について、その要点を説明していた。

 この番組を見て、驚いたのは、

 あらゆる事故を想定して訓練されているはずの現場の運転員たちの失敗や、勘違い、思い込み、さらには要領を得ない不手際があまりに多かった

という事実である。これでは、原子炉やその格納器がメルトダウン、あるいはさらに格納容器を核燃料が突き破るような事故が起きたのも無理はない。

 一般に組織事故は、致命的ではない軽微なミスが重なって、大事故に発展するという傾向があるとされていた。しかし、今回の事故は、そんな生易しいものではないことが、中間報告の段階ですら明白になっている。

 あえて言えば、互いに脈略のない「大失敗のデパート」のような組織事故だった、と言えそうだ。

 来年夏には最終報告がまとまるが、現場、現物、人間という3「げん」主義で徹底して検証し、こんごの組織事故防止に役立ててほしい。

 現場運転員の混乱やミス、不手際は、マニュアルどおりやっていればいいという形式主義、長年の慣れからくる緊張感の緩みから起きたものだと思う。この形式主義や緊張感の緩みから原子炉の仕組みについて実践的な習熟が十分ではなかったことが、事故を最小限に押さえ込むことが出来なかった原因ではないか。

 と同時に、こうした人間の弱さをカバーする機械系のシステムにも問題はなかったか。人間は緊急時には、勘違い、思い違い、ミスを犯すものだという前提でシステムが設計されていたかどうか。検証してほしい。

 とかく組織事故の場合、原因を人に押し付けがちだ。しかし、それは原因ではなく、結果である。その結果を招いた機械系の原因をきちんとさかのぼって探らないと、事故は再び起きる。

 第二は、意外にも、現地対策本部とも言うべき「オフサイトセンター」が、放射能汚染で使えなくなり、結果として機能しなかった事実にも驚いた。今回のような複合災害ではオフサイトセンターが使えないこともありえるということを今後想定する必要がありそうだ。

 早くから計測されていた放射線量の分布図も、その精度の検討に時間がかかり、また公表するとパニックを引き起こしかねないとの危惧から、国の原子力安全委員会も保安院も内閣危機管理センターのいずれも、データを入手していながら公表しなかった。

 この結果、避難した人の中には、汚染の軽いところから、わざわざ汚染度の高い避難所に移動するという不手際、失敗が起きた。緊急事態時にパニックを引き起こさずに、どう情報をわかりやすく住民に伝えていくか。その実践的な方法はいまだ確立していない。

 津波の予測についても、M9.0の地震は起こらないという前提で、津波の高さ対策を10メートル以上にはしなかったことも明らかになった。しかし、過去には太平洋側には10メートルをこえる津波は歴史的にはあった。また、電力会社の内部試算でも10メートルを超えることはあり得るというシュミレーションもあった。しかし、対策はとられなかった。

 その理由の一つには、試みの試算であり、現実には起きることはないという都合のよい解釈がまかり通り、さらにはたとえ起きたとしても数百年に一度あるかどうかという現実離れしたものであるとの甘い認識があったのではないか。こうした解釈や認識には、数百億円という巨額の対策コストをかけることは民間会社としては到底できないという電力会社側の経営論理も大きく影響したであろう。

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