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希望の持てる社会 大河ドラマ「江」最終回を見終わって

(2011.11.28)  NHK大河ドラマ「江」の最終回を見終わって、最終回タイトル「希望」からの着想だが、この一年間のドラマは何を言いたいのか、その現代的な意義に初めて気づいた。

 それは、戦国時代も現代もなお男優先社会にあって、

 希望の持てる社会をどう築いていくのか

ということではなかったか。その姿を、戦国の世の悲哀とともに、たくましく生きる江に託して描いたのだと思う。何度となく挫折を繰り返し、その都度、どうそれを乗り越えていったのか。それは希望というものがあったればこそではなかったか。「泰平の世」という希望である。

 姫たちの戦国

という視点も斬新だが、その現代的な意義は今の世にも通じるように思う。ただ一人、江がススキの高原を馬に乗って一人颯爽と夕日に向かって走り抜けていくシーンは、

 女性や子どもたちが希望の持てる社会はきっと来る

ことを暗示させており、秀逸であり、優れた演出であった。

 ただ、少し辛口の批評をすれば、それだけに、最終回のほかの部分はもう少し引き締まったものにしてほしかった。お涙頂戴的なシーンが多すぎた。視聴率を気にしたからだろう。

 新・幸福論として、東大教授の玄田有史(労働経済学)さんは、希望学という新しい社会学を研究している。その玄田さんによると、

 「希望は、幸せな時や楽しい時にではなく、厳しい現実に立ち向かっていく時に、湧き上がってくる言葉」

と指摘している。ドラマでも最終回の最後で、秀忠が、馬で一人駆け出そうとしている江に向かって

 「そなたは、わしの希望だ」

と言葉を投げかけているシーンは、これから立ち向かう厳しい現実を彷彿させる粋な演出だ。

 玄田さんは、こうも言っている。

 「一人の希望を持った行動が、必ずや地域や組織の人に伝わり、社会を動かす風になっていく」

 大河ドラマでも、時代に流されない江の生き方が、軟弱と言われた秀忠を大きく変えていったように描かれていたが、これは単なる絵空事ではない。現代にもありえることだと思う。

  ただ、昨年の大河ドラマ「龍馬伝」との関連が少し気になる。龍馬伝の最終回は龍馬暗殺だったが、その一つ前の回。龍馬は明るい窓に向かって、大声で

 「新しい日本の夜明けだ」

と叫ぶシーンがあった。口癖だった「みんなが(とりわけ、女性が)、笑うて暮らせる世の中にせにゃならぬ」、そのための大政奉還だという筋立てになっていたが、そうすると、徳川時代=江戸時代が終わろうとしていたときになっても、なお江や秀忠が願っていた理想からは遠かったことになる。

 そして、龍馬の言う「新しい日本の夜明け」は、現代の今もさまざまな問題を抱えながらも、とにかく明治維新によって実現したものの、その中身から言えば、

 希望の持てる社会

の実現の道のりは、まだまだ険しいと言えそうだ。

 追記

 玄田さんの言葉については、

 2010年2月12日付毎日新聞夕刊 「新・幸福論」からの引用

  補遺 2011.11.30

  番組批評の追加をしたい。

 「江」の大阪の陣から最終回までの5、6回分に、まったく

 伊達政宗

が登場しないのは奇異な感じがした。ブログ子は、今年一年かけて、山岡荘八の『徳川家康』全18巻と、『伊達政宗』全4巻(山岡荘八)を読破したが、政宗は、家康はもちろん、秀忠、家光に多大な影響を与えた。外様大名ではあっても、家康はともかく、秀忠、家光の時代、徳川家のお家騒動になりかねない動きを未然に防止する政策決定に深く関与している。

 姫たちの戦国

という視点からは、男の視点を切り落とすのはある程度はやむを得ないが、政宗の反骨精神を取り入れたなら、最終回のお涙頂戴シーンはもっと引き締まったであろうと思う。そうすれば、秀忠が大物外様大名でかぶき者の政宗を上手に使った「守成」の将軍として、その存在の大きさを視聴者に示せたであろう。これによりドラマにぐっと深みが加わったはずだ。

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