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七宝焼  浜松科学館「大人の創作時間」

 (2011.11.07)  ブログ子は、定年後から浜松科学館のサイエンスボランティアをしている。主として子供たちのお手伝いをしているが、今年から「大人の創作時間」を設けている。その手伝いをした。

 七宝焼の美しさは、東海地方に来て、まじかに作品を見てみて、その美しさに驚いたが、幕末ごろからオランダからその技術が入ってきて尾張地方で盛んになったようだ。最も有名な先達としては、

 梶常吉

が知られている。

 そんなこともあり、浜松でも七宝焼に関心を持つ女性は多い。そこで、創作してみたい大人を募集して、制作の手伝いをした。手ごろなところから、丸いブローチを制作した。

 土台は、銅版。その上にガラス質の釉薬を並べていく。本格的な制作の時には、色の違う釉薬の境には、描きたい形に折り曲げた細い「銀線」をおいて〝仕切り〟にする。実習では10種ぐらいのガラス釉薬を細い竹べらで銅版においていく。仕切りはつくらないから、釉薬と釉薬の境を、釉薬同士が重なり仕上がったときににじまないように調整する。さりとて、基盤の銅版が見えるようではダメ。そうならないように好みの図案を作り上げる。このへんの微妙な加減が難しい。

 模様が出来上がると、500度ぐらいの電気炉で焼き固めると出来上がり。これだけだが、繊細な手さばきが必要なので、意外と時間がかかった。焼く前と、焼きあがったときとでは、色が全然違っているので、出来上がりを想像して釉薬を置いていくのがコツとか。

  参加者は思い思いのデザインに対して、どんな仕上がりになるのか、どきどきしながら電気炉を見つめていた。

  反省としては、最初は試作品をつくってもらい、その後で本番に臨むというように二段階にすれば、仕上がりはより満足の行くものになったはずだ。それには、銅版を二枚渡して、制作するという工夫が好ましいのではないか。

 七宝焼は正倉院にもあるので、歴史は古いが、幕末から盛んになったようだ。明治、大正時代が最盛期らしい。名古屋市の西に隣接する町に七宝町があり、名古屋市西区には全国に知られた

 加藤七宝製作所(名古屋市西区)

がある。ここでは、約40色のガラス釉薬を使って、しきりには細かい銀線をおく「植線」工程が一番神経を使う仕事らしい。それが終わると釉薬をその中におく「施釉」工程に入る。どれくらいの量をおくかは職人の感だそうだ。細かい模様をつけたつぼなどを七宝焼にするには、ベテラン職人でも、100時間、200時間とかかる手間の要る作業だという。焼き上がりの段階で、銀線はきれいに消えてしまうらしい。不思議な技法である。

 最近では、この七宝焼の利用として、

 付けツメというネイルアート(ネイルジュエリー)

として販売されているという。新たなファッションとして新規事業が始まっている。または、高級時計の文字盤を七宝焼にした豪華さは、目を見張る。七宝焼の文字盤の上のごくわずかな空間に正確に釉薬を置かないと、時計針が引っかかるという問題もあり、気の抜けない技が要求される。

 そんな様子を、BS日テレテレビは

 手わざ恋々和美めくり

と題して、壇れいが工房を訪ねる形で、七宝焼の制作現場を先日、紹介していた。

 たまには、民放BSも味な番組をつくる。

 壇れいが工房を訪れて、控えめに、丁寧に職人に話を聞く。宝塚ファンとしては、そんなしっとりとした番組だったのがうれしかった。ジャリタレがよくやる押し付けがましさがないのがいい。

奥ゆかしい。楚々とした美貌の壇れいはいまだ健在だ。

 サイエンスボランティアをしていると、こうした番組にも目がいくのがうれしかった。

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