« 老兵の意気軒昂、いまだ衰えず | トップページ | 大水惑星、グリーゼ581g発見の意味 »

R.ゲラー「日本の地震学は改革の時」

(2011.09.23)  今回の東日本大震災で

 日本の地震予知は、出口(解決策)のない迷路にはまり込んでしまったのではないか

という気がしはじめていた。そんなおり、今の科学あるいは技術水準では、地震予知はできないとはっきり主張するR.ゲラーさん(東大理学部大学院教授、地震学)の近著

 『日本人は知らない「地震予知」の正体』(双葉社、2011年)

を読んだ。ゲラーさんは、主張を科学的な根拠を明示して日本の地震学の問題点を指摘している。それだけでなく、どう改革すべきかも提言している。いわば告発の書であり、警告の書でもあるが、提言の書でもある。国内ではほとんど孤立無援、四面楚歌のような状態の中で、この20年ぶれることなく一貫して言い続けてきたことの総まとめがこの本。今回、それを初めて日本語でその主張を日本人向けに語りかけてくれた。勇気ある好著だと思う。

 予知研究が国家レベルで始まったのは「地震予知の現状とその推進計画」(1962年)という、いわゆる「ブループリント」からであり、来年は50年の節目である。

 そこで、一度、過去の経緯や人間関係や人事のしがらみが多い日本人の目を離れ、つまり、東大地震研究所などの言い分、シナリオを離れ、日本で地震学を研究する外国人の目には、日本の地震学はどう映っているのか、東日本大震災から半年が過ぎた今、真摯に耳を傾けてみたい。

 実は、この近著の元になっているのは、英科学誌「ネイチャー」(2011年4月14日付国際電子版)に掲載された同氏の

 日本の地震学、改革の時

である。論文では「日本政府は、欠陥手法を用いた確率論的地震動予測も、仮想にすぎない東海地震に基づく不毛な短期的な地震予知も、即刻やめるべきだ」と主張している。

 重要な指摘も多いので、ここで少し詳述しておく(一部、言葉を補って抜粋)。

 まず第一。予知できなかった阪神大震災が起きる前までは、盛んに予知という言葉が使われた。この場合は、地震が起きる前に何らかの前兆現象が観測機器に検知されるはずであり、その前兆をとらえて予知する手法が主流だった。これが阪神大震災後は「前兆現象をとらえての予知は困難」(国の測地学審議会地震火山部会「レビュー」1997年6月)との結論が出てからは、予知という言葉に代わって、政府部内でも地震調査研究推進本部というように予知を調査に言い換えるなど一歩後退した。想定東海地震を除いて、地域ごとの固有地震の前兆現象をとらえての予知はあきらめたのである。

 前兆による予知については、1970年代から1980年代前半、世界的にも注目されたが、前兆報告なるものが前兆を示すものではなく誤りであることを、1970年代後半には世界の大半の研究者は認めているという。虚偽報告というよりも、同じ前兆が現れたとしても、それが地震に結びつくこともあれば、結びつかないこともあるということであろう。決め手に欠くということだ。

 それに代わって登場したのが、個々の地震を離れた、

 ゲラー氏のいう「確率論的地震動予測地図」

である。危険度マップであり、想定東海地震は最も危険度が高い地域とされている。「東南海」「南海」なども、切迫度はそう高くないが、近々発生する危険度は東海地震と同程度に高い。

 しかし、ゲラー氏は、皮肉にも、この30年、この予測地図でリスクが低いとされた地域に10人以上の死者を出した地震が多く発生しているのに対し、逆に高リスクの地域ではそうした地震は起きていないという矛盾を図示、予測地図づくりの方法論に(重大な)欠陥があると指摘している。

 第二。同氏は「世界の地震活動度と、(よく知られ、記録も相当そろっている1896年の明治三陸津波など)東北地方の歴史地震が考慮されていれば、時間、震源、規模の特定は無理としても、今回の大災害は一般に容易に『想定』できたはず」であり、福島第一原発の建設時に想定内のものとして考慮できたと批判している。つまり、今回の大災害は、想定外のものではないというわけだ。うがった見方をすれば、今回のは人災だとも受け取れよう。同氏は、明示的には主張していないが、あるいは防止できたはずであり、これまでの政府や研究者の対応を批判する文脈になっている。

 第三。予測地図で、ほかの地域に比べてリスクが最大クラスになっている想定東海地震については、発生するはずだという信念は

 地震空白域=大地震発生地域

という仮説が前提になっていることだ。この前提は正しいかと、同氏は疑問を投げかけている。同氏によると、この30年間、世界でこの仮説は一度も専門家によって厳格に実証されたことはないという。(仮説が正しいとしても、東海沖には、大地震を引き起こすほどの大きな空白域はないとの指摘も日本人研究者の最近の再解析でわかりだしている)

 こうしたことから、ゲラー教授は、今こそ、前兆論的手法であれ、確率論的手法であれ、今の科学や技術水準では、予知は不可能であることを率直に国民に伝えるべきだと結論付けている。

 さらに踏み込んで、日本列島では全土で地震の危険にさらされているという認識のもとに、東海地震を想定した「大規模地震対策特別措置法」(1978年)は廃止すべきであるとも言及している。つまり、東海地震予知体制の廃止を提言し、研究者は全国のあらゆる地震について「想定外」に備えることを政府に勧告しなければならないと訴えている。

 最後に、教授は、地震と前兆現象には必ず一対一の対応があるという幻想を捨て、物理学の法則に根差した基礎的な研究に力を注ぐことや、予算配分など官僚主導の研究体制を改め、厳密に精査された優れた研究者による地震研究を今こそ再建すべきであると締めくくっている。

 異論もありそうだが、ゲラー教授のいう「日本の地震学は改革の時」という主張に、賛同する人、真摯に耳を傾けようとする人は、ブログ子のみるところ、日本地震学会の中にも、いる。(研究費獲得に不利になる不安から表立って立ち上がれない)声なき声といわれる人まで数えれば、良識ある研究者は決して少なくはない。

 ブログ子の提案だが、阪神大震災後に深い反省の元に出た「前兆現象をとらえての予知は困難」という14年前の「レビュー」の「再レビュー」を地震学会や日本学術会議が中心となって検証することを求めたい。そこから、ゲラー教授の言う改革の基本方向や具体的な取り組みが明確になる。同時に、予知に対する国民の共通認識も生まれてくると考えらないか。

 なお、日本人研究者で、これまた一貫して「(前兆をとらえての)予知はできない」と訴えている一人に、

 『公認「地震予知は」を疑う』(柏書房、2004年)の著者、島村英紀・北海道大学地震火山研究観測センター所長がいる。この本で、同氏は、なぜ地震予知はできないのか、詳述するとともに、ゲラー氏同様、大震法の問題点を突いている。

 同時に、この本では、予算配分などで東大など旧帝大系の横暴を告発している。島村氏自身が東大理学部出身者であるだけに、この指摘は鋭い説得力を持っている。また、ゲラー氏の指摘する「しがらみ」、たとえば大震法の裏側などの具体的な弊害がわかって面白い。(2011.09.24)

 〝正統派〟の東大地震研究所の言い分、シナリオについては、

 前東海地震判定会会長、溝上恵(東大地震研OB)

の記事、「巨大地震はそこまで来ている 東海地震勃発へのシナリオは第四期に突入した」

に詳しい(月刊誌『文藝春秋』2000年11月号)

 この記事で、同氏は「M8クラスの東海地震が発生する条件がほぼ整ったことは間違いない」と断言した上で、さらに大胆に、1999年8月頃からは、フィリピン海プレート内の地震にも静穏化が現れてきたとして、想定東海地震は現在(2000年11月)の状況をシナリオで言えば第四期の始まりではないかと判断した。その上で、予想される東海地震は

 「巨大地震の前の静穏期に入ったと考えることができる」とまで踏み込んでいる。

 静穏期がどれくらい続くか、については、同氏が判定会会長としてまとめた資料

 「東海地震を巡る最近の情勢について」(2000年7月、静岡県内自治体に配布)

によると、東南海地震(1944年)で2年くらい、南海地震(1946年)でも2ないし3年。関東大震災{1923年)でも、それくらいだ。

 確かに、想定東海地震でも、1999年夏から4、5年は静穏期があったことは知られているが、2011年夏現在、いまだ想定された東海地震は発生していない。想定では、2003年か、2004年には発生していてもおかしくない。事実、当時、「日経サイエンス」(下記《蛇足》参照)などで何人かの専門家がそう警告していた。

 この原因は何なのだろう。単にシナリオに少し狂いが出ているのだろうか。それとも、そもそもシナリオ自体が虚構のものなのだろうか。そこまできているとされた地震はどこに消えてしまったのか。

 こう考えてくると、今回のゲラーさんの指摘に、真剣に耳を傾け、日本の地震学の現状について虚心に検証してみる価値は十分にある。(2011.09.24)

 参考 2011.09.25 想定震源域内の浜名湖・遠州灘付近・周辺に住んでいて

 最近、住民がぎくりとした地震は、2011年8月12日に発生した遠州灘を震源とするM5.2の地震(最大震度2)。最初、気象庁(地震予知情報課)は、日本列島が乗っているユーラシアプレートとその下にもぐりこむフィリピン海プレートの境界(地下14キロ)で発生したと発表した。これだと、東海地震に直ちに結びつきそうな地震だ。しかし、その後、地震はもっと深い15キロのところで発生したと修正。これだと、日本列島の下にもぐりこんでいるフィリピン海プレートの内部で起きた地震であり、「想定東海地震と、ただちに結びつくものではない」(気象庁)ということになる。

 ブログ子は遠州灘に近い浜松市内に住んでいるので、気象庁の訂正にホッとした。ただ、注目したいのはこの地震が、想定震源域内の遠州灘付近で発生したM5クラス以上の地震としては1997年10月11日発生以来、14年ぶりの地震だということだ(このときの地震は、まさしく、気象庁によると、プレート境界型のものだった)。

 修正前の段階では、いよいよ遠州灘付近では(長すぎた)静穏期が終わり、プレートとプレートの固着域が一気にはがれ始めるという新たな段階(溝上シナリオでは、発生の2-3か月前の第5段階)に突入しだしたのか。とするとまもなく東海地震が発生するのではと、感じた。東海地震は単独では起きない、起きるとすればほかの「東南海」などの巨大地震との連動だと歴史地震の研究成果から確信しているブログ子ではあるが、このときばかりは不安を感じたものだ。

 蛇足 2011.09.25

 東海地震はいつ発生するか、というについては、

 月刊科学誌『日経サイエンス』(2002年10月号)特集どうなる東海地震

にくわしい。当時、日本地震学会でも話題になっていたことから特集が組まれたらしい。

 発生予測については、 

 3つの異変が示す早期発生の可能性

と題した、防災科学技術研究所の松村正三氏(固体地球研究部門副部門長)の記事が興味深い。同氏は、東海地震が想定される地域の地震活動の変化に注目する研究で科学技術長官賞を受賞している。

 この記事のサマリーよると、複数の研究者の成果を紹介し、総合すると「2005年ころに東海地震が発生する確率が高い」と結論付けている。

 詳しくはこの論文を読んでほしいが、

 地震活動の低下という異変をとらえた研究から、発生は2004-2006年

 いわゆるスロースリップの動きの異変から、発生は2002-2004年

 御前崎沈降鈍化という異変から、発生は2005年ころ

 以上は、物理学的な手法での予測だが、ついには、当時、地震関連学会では数学的手法での予測も発表されており、この記事にその一部が紹介されている。

 御前崎水準点変動のフラクタルモデルから、発生は2004年3月±約1年

 微小地震発生数のゆらぎから、発生は2005年4月±約0.5年

 固着域のフラクタルモデルから、発生は2007年8月誤差マイナス5.5年、プラス2.8年

    つまり、早ければ2002年早々にも発生するか、少なくとも2010年までには発生

 こうした数学理論に基づく発生予測の有効性は未知だと松村氏は指摘している。

 以上の結果から、2011年9月現在から考えると、数学理論からも物理学的な予測からも、(幸いにして!)発生時期は当たらなかったことは、皮肉にも間違いない。

 これが、ブログ子が

 地震予知が出口のない迷路、つまり、袋小路に入っているのではないかと危惧する理由である。(2011.09.25)

 

 

|

« 老兵の意気軒昂、いまだ衰えず | トップページ | 大水惑星、グリーゼ581g発見の意味 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/52811006

この記事へのトラックバック一覧です: R.ゲラー「日本の地震学は改革の時」:

« 老兵の意気軒昂、いまだ衰えず | トップページ | 大水惑星、グリーゼ581g発見の意味 »