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楽器の街、浜松 チターを聴く

 (2011.09.10)  朝夕、ようやく涼しくなってきた夕方、浜松市楽器博物館でチターのレクチャーコンサートが開かれるというので、博物館見学と合わせて、聴きに出かけた。

 ヨーロッパでは馴染みの民族楽器も、日本やアジアではそうそう生演奏は聞けないらしい。演奏者は、本場で正式な奏法を学んだきわめて数少ない日本人の一人で第一人者の内藤敏子さんだというので、期待して出かけた。そのほか、何人かの女性演奏者との合奏も楽しんだ。

 チターとはどんな楽器かは知らなかったが、その繊細な音色は

 キャロル・リード監督の映画「第三の男」のテーマソング

として世界中で知られている。演奏会でも、映画の中で奏でられた曲をメドレーで聞かせてもらった。

 広い音域が出せるチターの特徴を生かして作曲されたチターのための名曲

 「心への道」(作曲=G.フロインドルファー)

 も内藤さんの独奏で聞かせてもらった。会場にはファンが100人ほど。

 そのほか、チターがドイツ、オーストリア、スイスなどヨーロッパアルプスのふもとで150年ほど前に生まれた民族楽器だったこともあり、 

 雪山のレントラー

 古き都ミュンヘン

 わが夢の街ウィーン

というのもあった。

 演奏聴いて、まず、思ったのは、そのやさしい音色から

 チターは女性のための楽器

ということだった。そのせいか、合奏に参加した10人くらいの日本人のチター奏者はすべて女性であり、現地の民族衣装を着ての演奏だった。

 ふと、この楽器で男が演奏したらどんなイメージ、曲想になるのか、演奏中に想像したのだが、どうもイメージがわかなかった。アルプスの現地では、男性もチターを演奏している写真があるのだから、もちろん男性が演奏してもいいのだろう。日本だって男が琴を爪弾いてもいいが、ほとんどが女性なのと同じではないか。

 つまり、楽器には、その特徴にふさわしい性別がある。男の楽器、女の楽器というふうに。そういえば、会場の聴衆の9割は女性だったのも、うなづける。

  チター演奏を聴いて、

 楽器にも性別がある。そんなことを知った。

 それなのに、映画「第三の男」では男性のA.カラスが力強く、ウィーンの街中の夜を中心にしたミステリー犯罪映画にこのチターを使ったのは、カラスの演奏技量の高さや監督の慧眼だけではないだろう。

 この楽器の持つ奥深さ

を監督は、カラスの奏法に誘発されて、直感したのではないか。つまり、単なる「森のささやき」「森の優しさ」(パンフレットのうたい文句)を表現するのに適しているだけではないことにリードは気づいたのだろう。

 そんな思いで、もう一度、映画を見直してみたい。

 蛇足だが、世界の楽器収集博物館としては国内唯一の公立の浜松市楽器博物館には、展示してあるものだけで、現在、1200点もある。

 チターは、日本で言えば、琴のような民族楽器なのだろうが、構造は少し複雑。5本の弦でメロディをつくるギターのような部分と、30本以上の伴奏弦からなるハープのような部分から成り立っている。これで、6オクターブというピアノ並の音域が出せるらしい。

 博物館の展示品には、これとは逆に、

 弦一本のダン・バゥ(ベトナム)

というのもある。左手で弦を張る強さを変えて、音の高さを調節しながら、右手でとても細い弦を爪弾く。

 そのほか、

モンゴルの馬頭琴、中東の音楽にはつき物の

イランのサントゥール

という弦楽器も展示されていた。いかにもイスラム音楽を感じさせる楽器。大きさは、チターと同じくらいなのだが、形がチターのようなやわらかい丸みをおびてはいないで、台形の木箱。チターのように、指で爪弾くのではなく、独特の形をしたばちでたたいて音を出す。そこから、あの乾いたイスラムの音色が聞こえてきた。(2011.09.09)

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