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映画「第三の男」を聴き直す

(2011.09.14)  ブログ子も満63歳の誕生日を迎えて、本格的な、いわゆる

 「下山の時代」

にはいった。ふとしたきっかけで、生まれたころ、つまり、1948年10月に製作が始まった

 映画「第三の男」(公開=1949年、イギリス)

を見る気になった。著作権が切れたせいか、DVDでわずか500円だった。大戦後の荒廃したウィーンの街、それも夜、あるいは下水道の当時の実写が使われており、それだけでも貴重な映画らしい。かつて、大学生のころ、一度見ているが、

 四カ国共同管理の戦後のウイーンを舞台に、闇商人、ハリーライム(オーソン・ウェルズ)の謎の交通事故死を追うという筋書き。遺体を運んだのは2人。しかし、事故死を追う友人、ホリーはもう一人、その場に「第三の男」がいたことをつきとめるというサスペンス映画。

 もともとのシナリオにはなかったラストシーンのすばらしさは、この映画を不朽の名作にしている。逃げるハリーが下水道から地上に這い上がってくるときに、地上の枯れ葉がほんのかすか石畳にこすれる音が、チターの音とともに聞こえてくるという、ゾクゾクとする場面もあった。そのほか、ハリーが初めてスクリーンに登場する猫が靴をなめる場面など忘れることのできない映像があり、仕上げもていねい。若き日には気づかなかった面白さを深夜仕事が終わった後、一人で冷酒を飲みながら味わった。そして、映像もさることながら、気づいた。

 「第三の男」は、チターの爪弾きにある

ということを。森のささやきとまで言われたチターの音色が、アントン・カラスの手によって、サスペンス映画の

 ハリーライムのテーマ曲

にもなることを。

 この映画に携わった俳優も、製作に携わったリード監督などのスタッフも、今はすべて鬼籍に入ったと聞かされて、誕生日の夜を一人、しんみりとした。

 「登山の時代」に一度見た映画を、数十年たった「下山の時代」にもう一度見る。映画の内容は同じでも、見る側の人生が大きく変わっているせいか、新しい感慨、感覚を覚えるものだ。

 映画は一本で、二度おいしい

そんなことに気づいた。それと、今回の映画で

 映画を聴く

という表現があってもいいと思うようになった。(2011.09.14)

補遺 2011.09.17

NHKハイビジョン特集(2004年10月)の

 「追跡「第三の男」

の映像を見て、驚いた。この番組は、どういう経緯でこの映画がつくられたか、また、その撮影秘話などを紹介したものだったが、この映画にチターが使われた経緯が語られていた。リード監督たちが現地ウイーンロケでパーティを開催した。会場の片隅で、チターが演奏されており、これがリード監督の目に留まったらしい。なんという楽器か撮影関係者は誰も知らなかったが、やがて、それがチターだったというエピソードで、リードはこの楽器でテーマソング、

「ハリーライムのテーマ」

をつくったという。

 もう一つ、この追跡で驚いたのは、当時アントン・カラスが爪弾いていたチターという楽器そのものの形。四角、そう現在のノートパソコンくらいの大きさで、長方形だったことだ。現在のような優雅な丸みはおびてはいない。いかにも民族楽器らしい素朴な形だった。

 民族楽器がほぼ全編に流れる映画に

 「ドクトル・ジバゴ」(デビット・リーン監督、1965年)がある。そう、ロシア・ウクライナ地方の民族楽器、バラライカだ。胴体が三角形の三本弦のギターのような形をしている。この楽器によって

 「ララのテーマ」

として知られるように、映画を詩情豊かに仕上げている。

  いずれの映画も、古きよき時代の作品だ。

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