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放射性物質の広がり 3.11から半年

 (2011.09.11)   3月11日の東日本大震災で、ある程度全容を見通した上で、きちんとした議論ができるベースになる記事がようやく、9月11日付朝日新聞朝刊に出ている。点でも線でもない二次元的な面データがあってこそ、どこが汚染地域であり、そこの汚染物質を取り除くなどの有効な対策づくりになる。

 9月8日に文部科学省が公表した航空機を使って測定した放射性セシウム134、137のデータ(測定は8月2日)だが、チェルノブイリとの比較、降雨と放射性雲の分布の時系列にそった変化、その時系列ごとの空間線量分布である。その結果、8月2日現在、セシウム134、137が地表にどの程度蓄積されているのかなどのデータをベクレル単位で、カラー4ページで特集している。

 津波の襲来や、原子炉建屋の水素爆発の状況なども時系列にそって書き出されていて一覧できるように構成されており、わかりやすい。さらには、事故発生から3月15日までの政府の動き、東電の動きも時刻ごとに書き分けられていて、事故はどう進んだかがわかる。

 たとえば、原子炉を格納している容器(格納容器)が破壊されるのを防止するため、格納容器内の放射性物質を大気中に排出する「ベント」が事故発生2日後に実施された状況がわかる。これにより、発電所の外に汚染地域が広がりだしたが、ベント実施時の風向、降雨などの気象状況が最悪のタイミングで行われたことがわかり、汚染地域を最小限に抑えることはできなかった。

 記事によると、汚染地域はチェルノブイリ事故の約18分の一であり、約3万ベクレル/平米以上の汚染地域は約8000平方キロにも達した。驚くべき広域であり、過去の公害の事例を単純に適用すると、土の入れ替え作業など「兆」単位の汚染除去費用がかかるだろう。

 一方、人体へのトータルな放射線被害については、事故を起こした原発から30キロも離れているのに浪江町では、どの測定地域よりも極端に高く、今でも、なんと、

 毎時15.5マイクロシーベルト

もの放射線が検出されたという。これを単純に年間に換算すると

 年間約155ミリシーベルト

となり、一般人の年間許容量(約1ミリシーベルト)をはるかに超えてしまっている。精密検査など厳重な健康管理の条件付で、関連労働者に限って許されている限度量、年間約200ミリシーベルトに近い。この地区の汚染除去が急がれることがわかる。

 この高い線量については、事故後1カ月以上たった4月下旬の浪江町では毎時約20マイクロシーベルトと現在よりも高い数値だったが、現在でも、この数値はそう大きくは減少していないのが心配だ(「週刊現代」6月4日号、「フクシマの放射線汚染を現地調査した老科学者からの伝言」より)。

 とすれば、この地区の住民には、健康管理対策をしっかり行わなければなるまい。このままでは、7、8年で健康被害が出始めるとされる総線量、1000ミリシーベルトに達してしまう。短期には症状が出なくとも、長期には、がん発生率がこの地区ではほかの地域に比べて明らかに高いという事態にもなりかねない。

 対策を急ぎ、チェルノブイリの悲劇を繰り返してはならない。カラー特集はそんなことを警告している。

 追記

 かつてのJCO臨界事故(1999年9月)で瞬間的におよそ10シーベルトを浴びた作業員に対する壮絶な放射線障害治療の記録

 『被爆治療83日間の記録』(NHK取材班、岩波書店)

を、この11日の日曜日改めて読み直してみた。目を覆いたくなるような被爆治療の記録を見て、つくづく思うのは、

 被爆治療を統括的にできる組織

を早く確立することだと感じた。JCO事故時もこのことは叫ばれたが、今もって実現していないのは残念だ。

 なぜこうした対策が進まないのか。それは、原発は安全だという信念、考えから、そんな施設は要らないという論理、というか神話がまかり通っているからだ。 今回の事故はこの神話を事実でもって葬った。

  追記

 9月11日付の主要全国紙と地元紙の静岡新聞(共同配信)の震災特集を比較すると、朝日新聞は上記のように、数字で事実を伝えようとしているのに対して、ほかは、お定まりの安易で、情緒的な大見出しが踊っていて、ほとんど読む気がしなかった。

 たとえば、見開き大見出し「不安消える日いつ」(毎日)

                                     「思い続ける」「見つめ続ける」「あなたを」(毎日)

というのではあまりに、安易。ステレオタイプの新聞づくりだ。

                 「笑顔 明日への力」(読売)

  被災者アンケートを読売新聞は実施しているが、見開き大見出しは

 「仮設後展望開けず 家族離散 深い孤独」(読売)

  これではあまりに、ステレオタイプ。被災者の生の声をもっと大見出しに。

 新聞ではないが、「つなみのバカヤロウ」。津波で母親をなくした小6生の兄と、小2生の弟。弟が描いた津波バリヤーの絵。その裏に、兄は紙一杯に「つなみのバカヤロウ」と書いた。その無念さを思うと涙なしには読めない「週刊現代」6月4日号のカラー特集だ。

 さて、ほかの全国紙でも、

 「息吹 再び」(産経)

   これもひどい。しかし、産経新聞には、ブログ子をうならせる冷静な記事もあった。

 「巨大地震の謎は解明できたのか 浮上したスーパーサイクル説」

という読み応えのある一ページ特集。東北地方では700年サイクルでM9地震という東大地震研の学説を紹介。西日本でも、このブログでも先日取り上げた「四連動説」巨大地震について解説していた。

 そうした冷静な知るべき情報があるかと思うと

 「希望」と「不安」の同居

というような大見出しが踊っているのは残念だった。

 地元紙、静岡新聞(共同通信配信)では、

 「皆さん今日も がんばっぺ !」

と東北地方の方言を大きく見出しにとっている。安易で、無責任な記事だ。

 しかし、沿岸3県37市町村 被害と復興

と題して、きめ細かく、しかも、具体的に数字で現状をまとめた一ページ特集は地味だが、新聞の使命を果たした企画記事だと思う。

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