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『ファーブル昆虫記』 貧窮生活から生まれた執念の名作

 (2011.08.12)   連日の猛暑日に、うんざり、プールにも行ってみたが、芋の子を洗うような人ごみにますます暑さを感じ、たまらなくなり、近くの浜松市立図書館で

 『ファーブル昆虫記』(集英社、奥本大三郎個人完訳 現在第8巻まで刊行中)

を借り出して、美しい写真を眺めてみた。この本は、フランスの博物学者、H.ファーブルが学校の先生を50代で退職し、この後、30年もの歳月をかけて1909年に完成したかれのライフワーク。

 読んでみると、その人気の秘密や魅力がすぐわかった。学者なのに、小学生にもわかるようにわかりやすく書いている。魅力的な文章である。それも教えてやるという姿勢ではなく、一緒に昆虫の生活誌や行動について調べ、時にはどう行動するか、実験してみようという姿勢が貫かれていた。そこにこの昆虫記の面白さ、魅力がある。単なる図鑑ではない。

 第一巻はふんころがしといわれている「スカラベ」というコガネムシの仲間の生活誌がつづられている。牛などが牧草地に排泄したふんを食料にしている。球状にたくみに丸めて自分のねぐらまで、後ろ足で転がしながら運ぶ。

 先日、NHKプレミアムの番組で、完訳者でフランス文学者兼日本昆虫協会会長がファーブルが生まれた、そして昆虫記を書き上げた南フランスの現地を実地調査し、ファーブル体験記を放送していた。そのときも、このスカラベの後ろ足のふんころがしの様子を詳細に映像で見せていた。

 ファーブル昆虫記にもあるのだが、この転がし中に、針などで、突然、球状ふんを串刺しにして地面に固定して、ふんが転がらないようにしたら、スカラベはどんな行動をするか。

 驚いたことに、たまたまやってきた仲間の助手が手伝う。二人がかりで何とかこの針を引っこ抜こうとする。その前に、なぜ、球状ふんが急に動かなくなってしまったのか、きっと、運搬の道に障害物があって、動かなくなったいるに違いないと、これまで以上に後ろ足で押してみるが動かない。動かないものだから、ふん球のまわりを何度もぐるぐるまわって点検。そこで、ふん球の天辺に登って原因を調べる。ファーブルは針の頭をふん球のなかに押し込み見えないように差し込んでおいたので、スカラベはここでも異常はなしとする。どうにもならなくなったスカラベは近くの仲間に、どうするか相談。二人で、それぞれ押したり、引いたりしてみる。

 そして、突然、ふん球の下に何かがあるのだとばかり、ふん球の下を二人で掘りはじめたのだそうだ。これは天才的なひらめきだとファーブルは書いている。

 そして、まもなく、動かない原因はこの針だと気づくのである。

 ここからが、オドロキである。二匹は、それぞれ球の反対側からふん球の下を掘り始め、もぐりこみ、ふん球を自分の背中にのせて、針を引き抜こうとしだしたのだ。ファーブルはこの様子を昆虫記に絵入りで書いている。

 そして、自分たちの体の厚みだけはふん球を持ち上げたものの、針が抜けるまでには至らない。それでも抜けないとわかると、足を突っ張ってなんとか、ふん球をできるだけ高く背伸びして持ちあけて、針からふん球を取り除こうとする。それでも抜けない。そこで、どうしたか。

 これこそがびっくり仰天の知恵を発揮する。チンパンジーでもできるかどうかの天才的な道具を使うのだ。

 その様子が、昆虫記に絵入りで詳しく紹介されているが、驚くべきものだ。

 ファーブルは、足場となる踏み台となる平たい石をいくつかふん球の近くにそっとおくという手助けをして、観察を続行。

 するとついに、どちらかのスカラベが偶然にその石の脚立の上に乗ったとき、背中にふん球が接触した。しかし、これでは針からふん球を引き抜くことにはわずかにたりない。

 そこで、ファーブルは、もう一個平たい石をこれまでの石の上に載せて、また、観察。

 すると、ついに、スカラベは二段重ねの脚立石に乗り、背伸びして、背にふん球を乗せて、串刺しになっていたふん球をはずしてしまったのだ。こうすれば、こういう目的を達するはずだという見通しをスカラベは持っていたのだ。

  踏み台はファーブルがこっそりスカラベに気づかれないように串刺しのふん球のそばにおいたのだが、スカラベはそれには気づいてはいないだろう。とすると、二段の脚立を使えば、ふん球は、針から引き抜けるとの見通しが、この場合、スカラベにはあったことになる。

 なんとすばらしい発見であろう。ただし、二匹のコガネムシが互いに協力して、自分の背中を貸して、もう一匹がその上に乗り、ふん球を針から取り除くこともできた。しかし、こうした協力関係はコガネムシにはないらしい。おそらくチンパンジーにもないだろう。

 それにしても、協力はしなくても、チンパンジーでも、脚立を二段重ねにすれば、針からふん球は抜けるということに気づくことは用意ではないだろう。

 テレビでの実験では、長い針にふん球を突き刺して、ふん球のてっぺんに針が突き出ていた。この場合は、そこから、ふん球を二つに分割して、わが家に持ち帰っていた。これとて、なかなか優れた知恵といえまいか。

 第一巻上ですでに、こんな面白い話がとびだすのだから、全巻にはまだまだびっくりするような昆虫の生活誌、知恵が紹介されていることだろう。

 徹底した観察者だったファーブルの『ファーブル昆虫記』は1909年に完成されたが、ダーウィンの進化論『種の起源』(1859年)について、懐疑的であったらしい。この昆虫記を読むと、一分のすきもないと思われる精妙で合目的な行動を知るにつけ、ダーウィンのような、長い時間をかけて都合のいい(突然変異の起こるのを待ちながら)環境に適合する行動がとれるように試行錯誤しながら進化してきたというのでは、昆虫はそもそもまず個体として子孫を残し、生き残れないということだろう。ファーブルは、昆虫の行動は進化の最初から完全なものであったと信じた。したがって「種は変化しない」のだ。いかにも、自分の目で確かめたことしか信じない完全徹底主義者らしいものの見方である。言い換えれば、それほどに昆虫の行動、特に生殖行動は精妙で首尾一貫しており、試行錯誤を許さないとの観察結果に基づく信念がある。

 これについては、ダーウィンもある程度理解を示していたという。昆虫は例外であると。

 それはともかく、動物行動学の元祖が『ファーブル昆虫記』だが、なお、以前にも紹介したかもしれないが、

 『建築する動物たち』(マイク・ハンセル、青土社)

にも、とうてい、本能であるとは思えないようなシロアリの生活誌、行動が紹介されている。

 猛暑も吹き飛びそうな昆虫記だったが、訳者の奥本氏はブログ子より4歳年上に過ぎないのに、どういうわけかテレビでは杖を突きながらの南フランス行き(2009年夏?)だった。刊行が予定より遅れ気味らしいが、あと一息、全10巻(全20冊)の完成を祈りたい(2011.08.12)

 忘れてはならないのは、昆虫記が、正規の教育を受けてこなかったファーブルの官学派からのいわれなき中傷、科学教育への教会からの理不尽な非難、愛息の早すぎる死、晩年のどん底の貧窮生活の中から生まれたということである。これらの障害を乗り越えさせたのは、昆虫への限りない興味と愛情があったからだろう。

  追記 2011.08.13

  種の変化するが、それは長い時間をかけて漸進的に進むとするダーウィンの進化論については、現代でも、昆虫学者、いわゆる虫屋からは必ずしも支持されていない。たとえば、世界の昆虫愛好家の協力で、オサムシの系統と進化について、4000万年を追跡した

 『DNAでたどるオサムシの系統と進化』(大澤省三、蘇智慧、井村有希、哲学書房)

の浩瀚な研究がある。結論として、代表の大澤氏は、世界のオサムシは約4000万年前、短期間で一斉に主なグループが分化したという事実を突き止め、

 「どうやら、進化には激しく「分化」する「動」の時期と「静」の時期があるらしい」

と述べている(日経新聞2002年4月18日付「文化」欄)

 大澤氏は、オサムシが従来の漸進主義の進化の定説を覆す日が来るのを静かに夢見ている、とこの記事では結んでいる。つまり、小さな突然変異が長年積み重なって形が変わっていくというダーウィン的な進化とオサムシの成果とは異なっていることを示唆している。

 この考え方は、100年前の徹底した観察からダーウィンの漸進主義進化論に反対もしくは懐疑的だったファーブルの意見と基本的に一致していることは、注目に値する。

 そして、生物学者の今西錦司氏の40年以上にわたる信念(『私の進化論、思索社、1970)

 「生物の種は、変わるべきときがきたら、(いつ起こるかあてにならない突然変異なんか待っていないで)みんな一斉に(一定方向に向けて)変わる」

に通ずる。

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