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毎日が夏休み 家族の絆が危うい

(2011.08.29)  長かった夏休みも、もうすぐ終わるが、先日、

 毎日が夏休み

という金子修介監督の映画を深夜のNHKプレミアムで見た。山田洋次監督が選んだ日本の映画100本に入っているらしい。1994年の製作で、主婦役は風吹ジュン。原作は大島ひろみの同名コミック。母も父も再婚同士で、母の連れ子の中学生、スギナは学校でいじめにあい登校拒否。父はエリートサラリーマンだったが、これまたわずらわしい人間関係の一流企業になじめず自ら突然妻にも内緒でドロップアウト。父親役に佐野史郎、中学生役に新人の佐伯日菜子を登用した監督の才能は高く評価していいのではないか。深刻な映画を見事にコメディータッチに仕上げている。

 この題名は、城山三郎の窓際族の悲哀を描いて話題になった

 『毎日が日曜日』(1976年)

をもじったものだろう。

  金子監督の映画を偶然見て、つくづく感じたのは、突然不都合が家族に起きても、家族それぞれにある程度の寛容さがないと、家庭はそのままでは維持できないということだった。社会学者の上野千鶴子流に言えば、他人の主張を入れる寛容さがないと

 近代家族は崩壊

するのである。家族の絆を保ちたいなら、他人の生き方を拒否しないしなやかさが必要で、その辺の事情をスギナは新人ながら、うまく表現していた。監督の腕だろう。

  このことは、林真理子原作のテレビドラマ

 『下流の宴』(主婦役は主演の黒木瞳)

でもいえると思う。高校を中退した息子と、娘も派遣社員を辞めて、エリート社員と結婚したもののその夫も精神病患者となり、会社勤めも無理な状況。父親はというと、一流会社に勤めてはいたものの突然の合併騒ぎで出向、給料は大幅ダウン、出向先でもリストラ寸前。医者になることだ上流と思い込んでいる専業主婦(黒木)に衝撃が走る。

 ここでも、自分の家庭は上流、下流と決め付けないで、人生をしなやかに生きていく寛容さがこれからの時代、いや、今の時代に必要だということを視聴者に語りかけている。一度決められた安定の道をひた走るだけの人生は、ふいの出来事に対応するにはあまりにもろく、危うい。家族みんながそれぞれに非寛容では家族を余計に不幸にする。思いもしなかった出来事を冷静に受け止める。家族の絆を回復するには、他人を責めない。自らも寛容に対応していく、ある意味狡猾さが必要な時代になっているように思う。

 寛容がいやなら、妥協の要らない一人暮らしを覚悟することだ。これはこれで、自ら知縁をつくり、自ら律するという厳しい選択だ。そんなことを、

 毎日が夏休み

の映画は教えてくれた。

 そんなことを考えると、これからの社会は

 高齢男性単身者だけでなく、若い女性単身者が急速に増えていく単身急増社会の時代がやってくるような予感がする。(2011.08.29)

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