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「文明の生態史観」はアメリカをどう位置づけたか 梅棹忠夫没後一年『考える人』追悼特集に物申す

書店には、〝つまらない〟売らんかなの東日本震災関連本が、津波のように店頭に並んでいるが、きちんとしたものは無きに等しい。月刊誌『科学』も遅ればせながら、過去の記事をかき集めて店頭に並べているが、学術的な論文ばかりで、今の状況には対応できていない。

 そんな夏涸れのような店頭に、

 季刊誌『考える人』2011年夏号

で、昨夏亡くなった梅棹忠夫さんの追悼特集

 「文明」を探検したひと

を組んでいる。「文明を探検した人」とは、ずばり、梅棹さんの仕事を一言で表現しており、感心した。

 少なくとも旧アジア大陸では、自然環境こそが人間社会を規定したとする「文明の生態史観も、当時、社会を変えるのは人間の階級闘争であるというマルクス唯物史観盛んな利子時に、耳目を轟かせた。今ではすっかり旧アジア地域については妥当として定説化している。梅棹さんの最大の功績であろう。

 そのほか、前後間もないころにぶち上げた漢字亡国論(ローマ字論者)の信念は終生曲げなかった。1950年代には、「妻無用論」も当時の女性を怒らせた。なんのことはない、梅棹さんは探検家として、現地では炊事洗濯はもちろん、女性の仕事と考えられていたことはみんな自分でこなした経験を述べただけなのだ。だから、女性をそうした束縛から解き放てといいたかったのだろう。炊事洗濯は妻の専売特許ではないというわけだ。

 そんな中から梅棹さんの

 「文明の生態史観序説」(1957年)が登場した。そして、序説に次ぐ「本論はいつ出るのか、やきもきしていたブログ子だが、その後、それを一般に解説、敷衍しただけで本論ではない『文明の生態史観』(中央公論社、1967)が刊行された。

 それをさらに、川勝平太氏の唱える海洋史観にも言及して

 『文明の生態史観はいま』(2001年)

が出版されている。

 しかし、依然として、生態史観の本論は出ていない。

 しかも、『いま』で佐伯啓思氏(二つの史観の今日的意義)や杉田繁治氏(梅棹文明学を再読する)でも指摘されているように

 文明の生態史観からみると、現代のスーパーパワー、アメリカをどう評価するか、という分析がすっぽり抜け落ちている。

 このような分析がない限り、梅棹文明学は未完成、あるいはより、厳しく言えば、画龍点睛を欠くというべきだろう。

 20世紀半ばからアメリカが急速に勃興してきたことの理由を、環境が人間社会を規定するとする生態史観の真価は見極められないだろう。

 それなのに、

 なんと上記の没後1年の追悼特集の『考える人』には、まったくこの点に触れていないのは奇怪だ。

 特集では、

 「梅棹文明学」の来た道の鼎談で、横山俊夫京大人文研究所教授が

 「文明の生態史観を梅棹さんが書くに至った背景には、アメリカのモンゴル研究者、F.H.シュルマンと議論を重ねつつ、中央アジアからインドに入った経緯がある。おそらく、アジアを論じるに当たって欧米にあった言説のストックの中から引き出されたものに、梅棹さんが自分で見てきたものをつき合わせながら、練り上げた、合作論(それが文明の生態史観)ではないかと思います」

と推測している。

 であれば、余計に、南北アメリカなどを含めた文化の生態史観を完成し、本論をまとめてほしかった。それを受け継ぐのが、人文研であり、国際日本文化研究センター、国立民族学博物館の役割ではないか。

 追悼特集の目的は「梅棹の言葉と情熱をもう一度見直してみたい」というのだから、現代のアメリカを含めた南北大陸を縫合した史観の本論を探求すべきであろう。21世紀に入って、諸文明間の衝突が激しくなっている折、余計にこうした感を強くするのはブログ子一人ではないはずだ。

 結論的には

 いまだ「文明の生態史観」は序論の段階にとどまっており、本論のない未完成史観

といえそうだ。本論があれば、衝突の原因を歴史的に、また自然環境的にも分析でき、そこからの結論は国際政治の地政学にも貢献するものとなる。

 探検家として、梅棹さんは唯物史観にとって代わる新しい文明史観づくりの先陣を切った。大枠やアイデアをまとめるのが得意だった。これに続き、海洋史観の川勝さんは別にして、本論にまでこの仕事を纏め上げる力のある人材が今、いないのが、さびしいというのが、追悼特集を読んだあとの読後感だった。2011.07.13

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