« 日本調査捕鯨副産物、ミンク鯨を食する  | トップページ | ナマコの天国 定年後20年で6万時間 »

何が明治の「坂の上の雲」を可能にしたか 世界記憶遺産、筑豊の炭坑画

 (2011.07.29)   静岡県と山梨県は、「富士山をユネスコの世界遺産に」しようと、先日、本選入りの条件となる推薦書原案を国に提出した。国内予選である、いわゆる暫定リスト入りから一歩前進だ。自衛隊や米軍の演習場がある富士山麓が世界遺産に果たしてなるものかどうか、あるいはふさわしいものか、疑問もあるが、おそらく、4、5年先jまでには世界遺産に登録されるだろう。

 富士山をまじかに見ながら静岡市の高層ビルで仕事をさせてもらったブログ子ではあるが、そのブログ子でさえ、めでたい、また観光資源に箔が付いた、ただ、それだけの感慨しかない。

 それに比べて、今年五月に、同じユネスコが登録に力を入れている「世界記憶遺産(コレクティブ・メモリー)」に

 国内で初めて筑豊の炭坑画(故人で、元筑豊炭坑夫、山本作兵衛、福岡県田川市出身)

が登録されることが決まった意義は大きい。画期的な出来事だ。よくぞ、ユネスコは、「源氏物語」を蹴飛ばして、炭鉱画を選んだものだ。その高い見識に敬意以上のものを感じるし、登録に賛成だ。

 記憶遺産とは、人類が共有して持つべき記憶の遺産。山本さんは、62歳で退職後、亡くなるまでの30年間に自分が体験したり、見聞きした事実をそのまま約2000枚もの絵に描き続けた。その炭坑画は明治維新後、日本が富国強兵策で驚異的な産業の発展を成し遂げる原動力は何であったかを如実に、暗い部分、忌まわしい部分も含めて明解に示している。ここが評価されたのだ。

 実際に、仲間のリンチなど、炭坑で働いた人でなければ描けないリアリティも高く評価された。炭坑(やま)の記憶を残したいという山本さんの努力は、きしくも、一言で言えば、日本の近代化を推進した産業の生きた歴史となって結実した。それも政府などの公式記録には出てこない知られざる、したがって忘れ去られようとしている生の人間の息遣いが伝わってくる歴史として記録されたのだ。

 ロシアの南下膨張策の阻止という明治政府の正義と門閥にとらわれない実力主義という明治の明るい雰囲気を描いた司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」。その「雲」に国民こぞって目指し得たのは、

 坂の下の炭坑夫たちの命の危険にさらされながらの重労働

によって掘り出された石炭というエネルギーがあったからだろう。2011.07.29

  参考 2011.08.19

  山本作兵衛 新装版画文集『炭鉱(ヤマ)に生きる 地の底の人生記録』(講談社)

|

« 日本調査捕鯨副産物、ミンク鯨を食する  | トップページ | ナマコの天国 定年後20年で6万時間 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント


あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!
一晩で5回もイかされるなんて初めてだ!!
お金もらってから、2時間ずっとチソチソいじられっぱなし!!笑
ちょっと疲れたけど、めちゃくちゃ気持ちよかったぞ!!(*゚∀゚)=3
http://-76wpp1.kr.koria.me/

投稿: エロおねえたま!! | 2011年7月29日 (金) 18時16分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/52337824

この記事へのトラックバック一覧です: 何が明治の「坂の上の雲」を可能にしたか 世界記憶遺産、筑豊の炭坑画:

« 日本調査捕鯨副産物、ミンク鯨を食する  | トップページ | ナマコの天国 定年後20年で6万時間 »