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『いとしのブルーフィルム』  もうひとつの映画史 長谷川卓也氏の執念

 かつて、ふとしたことで大阪の新聞社で出会った長谷川卓也氏(85歳)と、先月5月末、浜松で30年ぶりに再会した。今は奥様を亡くし、一人暮らしだそうだが、かくしゃくとした歩き方、何にでも興味を持ち、いかにも話し好きな後期高齢者だった。ブログ氏も定年が過ぎた62歳だから、干支で言えば、二周りも年回りが違うのに、話が弾んだ。

 夜は馴染みの赤提灯「串膳」で一杯飲んだ。そんな折、

 長谷川氏の自著

 『いとしのブルーフィルム』(青弓社)

をいただいた。ブルーフイルムと聴いただけで、私たち団塊世代には懐かしい。「大正末期から1970年代まで、大衆の秘匿された欲望をプライベート・テクノロジーを駆使して焼き込んだ「青映画」-〝もうひとつの映画史〟を掘り起こす」

との宣伝文句が表紙に書かれていた。赤提灯の近くには、路上に中国人らしい女性の「おにいさん、マッサージ、どうですか」の立ちんぼがあり、ファッションマッサージの店ありの雰囲気だから、なお懐かしかった。

 もう十数年も前に発行されたものだが、奥付をみると、長谷川氏は、「推理小説家、現代風俗研究家。主な著書に『<カストリ文化>考』『猥褻出版の歴史』(ともに三一書房)などがある」

と紹介されている。

 ブルーフィルムと、今のAV(アダルト・ビデオ)、裏ビデオとはどこが違うのか、と聴いたら

 長谷川氏「ブルーフイルムには、ちゃんとストーリーがある。今のはなんにもない」

と一刀両断だ。

 圧巻は、資料として巻末についている

 古今内外九百本のタイトル

 である。あいうえお順にずらりブルーフィルムのタイトルが並んでいて、壮観。

 長谷川氏(埼玉県越谷市在住)とは、今後、ある企画を練っているところで、ひょっとすると来年当たり、企画が実現するかもしれないと今から楽しみにしているので、飲み屋では、その件で大いに盛り上がった。

 もうひとつ、私には忘れられない不思議な本が手元にある。

 『SF 知識鉱脈』(笹原雪彦、日刊工業ウイークエンドブックス、1979)

 いわば、数学小説とでもいいたいような小説である。著者の本名は竹野萬雪(まゆき、昭和6年生まれ)で、著者から直接いただいたものである。当時問題になっていたエネルギー問題の新しい解決方法を推理小説風にかいたものである。なにせ、竹野氏(千葉県印西市)は、京都大学理学部物理学科出身だけあって、エントロピーなどという難しい言葉がしょっちゅう出てくる。

 この小説の考え方は、簡単に言うと、知識という情報をエネルギーに変換することで、当時のエネルギー問題は解決するという発想であり、なかなか理論的だ。物理学的には納得できる部分が多く、理系出身のブログ子としては、今も大変に興味を持っている。

 これらに札の本は、頭が硬くなり始めているブログ子には、ちょうどいい刺激剤となっている。2011.06.04

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