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移動する、音楽を聴く 植物にも〝心〟がある? 地球ドラマチック

 深夜のBS放送を見ていたら

 地球ドラマチック オドロキ !  植物の知恵

というのをやっていた。映像を見て、

 植物にもきっと〝こころ〟があるだろうと感じた。単に外からの刺激に対して、あらかじめ定められた反応をするだけではなく、環境や状況に応じて自ら判断して対応する心があるように感じた。

 番組によく登場していた

 ねなしかずら

 葉っぱのないツル状の寄生植物であるが、土から出てきた緑色の針金状の茎が近くの植物に絡み付いて、そこから養分を吸い取る。そうなると、もう、土近くには根はなくなり、茎を絡みつけて植物の中を移動しながら生きていくという映像があった。

 この動きはゆっくりしたものだから、人間の目には、生きて動いているようには見えない。しかし、放送のように早回しして、その動きを見てみると、まるで、ツル状の形をした動物が動いているように見える。植物は動かないという先入観を打ち破る。

 このほか、植物は身を守るために、匂いを発散させる。ライマメなどは葉っぱを食べているスズメガの天敵、オオカメムシを呼び寄せ、天敵を追っ払うシーンもあった。これなど、植物自らが状況を判断しているようにしか見えなかった。ある植物は天敵にやられようとしているとき、近くの仲間に匂いを発散し、天敵にやられないように仲間に警報を発するという利他行為するというからオドロキである。こうなると、チンパンジーの知能レベルである。いや、それを超えているかもしれない。自衛し手段として、タバコの葉は、虫に葉を食べられそうになると、ニコチンを大量に葉に発生させて、虫を退散させる。

 こう見てくると、植物の生き残り戦略も動物と変わらない。植物のこうした行動は、いずれも、長い進化の過程で身につけたものであろう。中には反射的な行動というよりも、植物の自主的な判断で対応しているように見える行動もあった。

 こうなると、植物と人間のコミュニケーションも可能になってくるのではないか。鉢植えの植物が水分不足になると、生体内の電気信号が発せられる。それを検知した装置が携帯電話に通報するという仕組みである。番組でもそんな一部を紹介していた。携帯を受けた人は、携帯に特定のキーをたたいて、返信すれば鉢に水が注がれるというわけだ。

 もし、仮に植物の動きや反応が、人間のしゃべる時間程度と同じだったら、人間は

 植物にも心がある

と確信するだろう。ちょうど、人間と同程度の大きさや動きをする動物には、きっとこころがあると感じるように。というのは、植物体内の電気信号は、千分の一秒くらいで交信する。これが人間にきこえるくらいに引き伸ばすと、人間と植物の会話は可能であるような気がする。

 このことは、生き物の大きさ、サイズについてもいえるだろう。もし、単細胞アメーバーが団扇くらいの大きさだったら、きっと人間は

 アメーバーにも心があり、自ら判断して捕食などで行動していると感じるだろう。はっきり言えば、大変に小さくはあるが、人間と同様な大脳があるように感じる。したがって、人間ともコミュニケーションできるに違いない

と感じるだろう。人間はほかの無動物や植物と違って大脳がある、したがって知性があるというのは、単に人間の傲慢さにすぎないのではないか。大脳がなければ、もっと高度のコミュニケーションが可能になっていたはずと考えるのは、考えすぎか。人間は大脳のせいで、匂いを通じた交信ができないのだ。

 それと、人間中心のスケール尺度主義、あるいは人間中心の時間尺度主義

というのは、

 生命とは何か

を考える基準にはならないのではないか。千分の一秒で大百科事典の全情報を理解できる知的な生命体は宇宙のどこかにいても、少しも不思議ではない。そういう生物と、人間とがコンタクトした場合、会話はなかなか難しいだろう。宇宙に、たくさんいるはずの知的生命体がなぜ、この60年間まったく地球人にコンタクトがないのはなぜか、というパラドックスの解答がここら辺にありそうだ。

 そんなことを考えさせる番組だった。このごろの深夜番組は、ハッとさせられることが多く、見逃せないものが時々ある。この番組もそのひとつだった。2011.05.23

 追伸

 植物の生存戦略については、、

『植物の生存戦略 「じっとしているという知恵」に学ぶ』(朝日新聞社、朝日選書)

が出ている。腰巻に

 「動かない生き方」は、こんなに魅力的 わくわくする植物学

とあるが、こむつかしいはなしが、くだくだ書いてあって、ますます植物学が嫌いになりそうな内容にあきれた。しかし、

 植物は動かない

という先入観を捨てたら、この番組のように、とても面白くなった。

 植物は、じっとしていない

 じっとしているように見えるのは、人間中心の時間尺度や、人間中心のスケール尺度に惑わされているからなのだ。

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