« これが最後の将軍の「知的余生の方法」45年  「家康と慶喜」静岡展 | トップページ | 知的地球外生命はたくさん居る? NASAケプラー宇宙望遠鏡の快挙 »

自分の死、他人の死 

 このブログ欄で、先日、

 この国で死ぬということ

という特集をしていた雑誌を取り上げた。しかし、どうも、死というものに肉薄していない、どうも、書いている人とは無縁な、何かよそ事のようなタッチなのが気になった。

 何が足りないのだろう

と考えて、気づいた。書いている人は、みんな今は元気なのだ。今、死というものに直面していない。今、死と闘っているという実感が伝わってこない。死は他人事なのだ。

 ほしいのは、

 死を現在進行形で語り、死んでいく人の内面を語る寄稿

である。現代の死は、そのほとんどは「ゆっくり死」。つまり、そうした死の余命宣告後の

 〝死者の声〟

がほしい。そこに「死ぬということ」の真実があるのだ。先の特集では、このことがすっぽり抜けている。だから、特集に切実感、現実感が薄い。要らないとは言わないが、死の周辺の話ばかりになってしまったのではないか。はっきり言えば、

 自分の死

について語ったものが必要なのだ。

 そんな思いで、自宅近くの浜松中央図書館をいろいろ探したら、最近のもので

 『がんと闘った科学者の記録』(戸塚洋二、文藝春秋、2009年、大腸がん)

  『ガン日記』(中野孝次、文藝春秋社、2006年、食道がん)

 というのを見つけた。読んでみると、なかなか含蓄がある。先ほどの特集とは違って切実感が伝わってくる。

 たとえば、66歳で亡くなった前書の科学者の場合、現代医療を全面的に信頼して、余命19か月と告げられる中、抗がん剤の効果、たとえば投与に対する腫瘍サイズの変化をグラフにするなど自分の病状を冷静に観察し、ブログにも公表していた。これなど「ゆっくり死」だからできる。

 その一方で、死の恐れについての対処法を箇条書きにまとめている。

 自分の死が頭に浮かんだら、他の考え(事?)に強制的に頭を変えること

 死は自分だけに来るものではない。すべての人にくる。高々10-20年の差だ。その間の世界がどうしても生きて見なければならない価値があるとは思わない(ことだ)

とつづっている。まさに、死にゆくものの悟りにも似た生の声だ。

 さらに、対処法として、がんになったことについて、自分以外を決して恨まない

 妻に愚痴らない(それでなくても妻は本人以上に苦しんでいるのだからという意味)

ということも語っている。これらは戸塚さんにとっては「修業の一種」と書いている。痛ましい死の現場であろう。

 もうひとつの後者(『清貧の思想』で知られる文学者で79歳で死去)の場合、末期の現代医療に疑問を持つ作家の闘病記だが、

 「余命、あと一年」

の宣告を受けた。妻と相談し、それなら、入院などしないで、一年を一日一日大事にして自宅で生活しようと決意する。しかし、末期がんの場合、自宅療養は介護で妻に大変な迷惑をかけることから、結局、入院を決意する。

 病状が悪化するにつれて、死に対する心境も変化してくる。

 「従容として死につく、という言葉あり、人の死の理想」と述べている。

 「生きる意義は、いかによく生きるかにありて、どれだけ長く生きるかになし」

 「生の期限が定まりたることは、その間に死についての手続きなど俗事をあれこれきめておくイタズラの楽しみあることか、と思いつく」

 「日々何かの楽しみを見つけなければ、生きていても詮なし」

 「(生の期限が定まりたることは)今生における人間関係を見直す好機也」

とも書いている。余命宣告で動揺しつつも、まだ余裕があるようにみえる。

 そんな中野氏も、余命数か月となり、再発し二度目の入院をするかという段になると、そうした余裕もなくなったのか、自宅療養をあきらめて入院を決意。医療的な「拷問」に対して、

 その時々に覚悟を決めるほかない

というような悟りともあきらめとも、気弱な心境になっている。

 とても、理想とする「従容として死につく」という心境とはほど遠いように思えた。

 このように現代医療に絶対の信頼を寄せる人も、必ずしもそうではない人も、また、年齢的にまだ若い60代であっても、後期高齢の80代に近くなっていても、期限を切って、刻々と近づいている自分の死については、なかなか従容とはいかない。そんなことを、二つの現在進行形の〝死者の声〟から知った。

 「この国で死ぬということ」特集には

この現在進行形がないのは、やはり、問題だったように思う。せめて、上記二冊ぐらいは

「死を思索する読書案内」欄

に紹介しておいてほしかった。単なる他人の死について語った本では、「死を思索する」ことにはならない。2011.02.03

追記 2011.02.16

  忘れていたが、もうひとつ、現在進行形の〝死者〟の声が残っている。ジャーナリストの筑紫哲也さんの「残日録」(週刊朝日MOOK  筑紫哲也特集 2009年11月10日発行)で、2008年11月に亡くなるまでの約1年半にわたる「肺がん日記」だ。

 この中で、心に残ったのは亡くなる半年前の2008年5月6日付の記載。自分の情報番組のアンカーマンを降りて1か月である。抗がん剤治療を打ち切り、やがて放射線治療に切り替えようとしていた時期で、家族に見守られながらも死期が迫っていた。そんな状況の中、筑紫さんは心境をこんな風に書いている。

 頼りは好奇心

 生きる気があるのかを試されている

 普段はそんなこと考えなくて人は生きていける

 病いと対面して突き付けられたのはそれだ

 どこまで生きる気があるのか、と。

 もういいや、という気もする。

 よほど、やりたいことが残っていないと。

 なんかおもしろいことないか、でやって来た者はとくにこれに弱い。

 おもしろいことが見つからなくなると途端に支えるものがなくなるからだ。

 頼りは好奇心か。

 以上だが、正直な心境だろう。このあと、痛みとの闘いが続き、亡くなる1か月ぐらい前には、

 他人に自分の運命を委ねるなかれ

 楽しませなければ存在理由ない

 と、いかにも自立したジャーナリストらしい、そしてまた、いかにもテレビアンカーマンらしい言葉で「残日録」は終わっている。

 73歳。

 このほかに、世界的な免疫学者、多田富雄さんの

 『寡黙なる巨人』(集英社)

がある。2001年5月、金沢で脳梗塞により倒れたのちの1年間の闘病記。最初は絶望して、

「確実に死ぬ方法」

はないかと真剣に考えている。電動ベッドを動かせば、それができると書いている。

 これなども、脳梗塞に陥った医学者が、死を他人の気楽な死としてではなく、切実な自分の死として、受け入れ、死線をさまようという葛藤を描いている好著。

 もう一つ、単行本ではないが、夫で直木賞作家の吉村昭さんの闘病とその最後について、見取った、妻で作家の津村節子さんのドキュメンタリー小説

「紅梅」(「文学界」2011年5月号)

も秀逸。ここでも、夫が

「いい死に方はないかな」

とつぶやくのを妻が聞いている。昭さんが自分の死について、真剣に考え込んでいる様子が赤裸々につづられていて、感動する。(追記 2011.08.30)

|

« これが最後の将軍の「知的余生の方法」45年  「家康と慶喜」静岡展 | トップページ | 知的地球外生命はたくさん居る? NASAケプラー宇宙望遠鏡の快挙 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/50763780

この記事へのトラックバック一覧です: 自分の死、他人の死 :

« これが最後の将軍の「知的余生の方法」45年  「家康と慶喜」静岡展 | トップページ | 知的地球外生命はたくさん居る? NASAケプラー宇宙望遠鏡の快挙 »