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2011年1月

これが最後の将軍の「知的余生の方法」45年  「家康と慶喜」静岡展

 静岡市美術館に

 家康と慶喜 徳川家と静岡展

を見に出かけた。33歳で将軍職を自ら退いた「最後の将軍」、慶喜がその後、亡くなる77歳まで、つまり、明治時代の45年間をどのように過ごしたかに興味を持った。彼の「知的余生の方法」は、一言で言えば、

 旺盛な趣味力、あるいは文人力

であったとの印象を持った。それとあくなき好奇心もあった。

 写真は撮られるのも、撮るのも好きだったようだ。

 撮られるほうでは、幕末(1866-67年ころ)の将軍職在位中の古写真には、

 だぶだぶのジャケットを着て西洋椅子の横に立った慶喜

というのがあった。革靴を履き、今で言えば作業帽のようなものさえかぶっている肖像(髷は将軍職なので当然結っているはず)。坂本竜馬が大政奉還に走り回っていたころ、こんな写真を撮っていたのだ。

 こうした全身写真のほか、異例とも言える大写し、クローズアップ写真もあった。慶喜が写真師に許可したのだろうと説明書きにあったが、写真撮られ好きな様子がこれでも分かる。これも幕末ぎりぎりの写真で、髷は結っているのだが、少し見えている服装は、なんと蝶ネクタイをした洋装。よほど写真撮られ好きだったことが分かる。

 自ら写真を撮るほうでは、これは玄人はだしだ。風景写真が多かったが、静岡市の郊外を流れる安倍川の鉄橋を驀進する汽車という動きのある写真。しかも、シャッターチャンスや構図が決まっている。とても素人写真ではない。アングルも見事な作品だ。

 油彩も見事。とても幕末の将軍がこんなものを当時描いていたとは信じられないくらいの出来栄えであり、遠近法もきちんとマスターしている。当時の日本であれば、西洋画家として生計を立てていけたであろうと思いたくなるほどだ。最後の将軍は芸術家だったのだ。

 そうかと思えば、弓道に汗を流したり、鷹狩もしていたらしい写真もあった。

 拝観して、慶喜は多趣味で、凝り性

だったように思った。45年間も「余生」を送るには、これくらいの多趣味、凝り性でないと、人生、とても間が持たないのかもしれない。

 というのも、引退後は、政治的に利用されることを恐れ、ひたすら人に会わない生活をしてきたからだ。彼にとって、この多趣味、凝り性は生きるのに欠くべからざるテクニックだったのだろう。自覚して多くの趣味をもったり、それぞれに対し凝り性になったりして、生きたのだ。

 この展覧会を見るまでは、なぜ慶喜が大概の予想に反して、大政奉還という歴史的な決断をしたのかについて、歴史の流れに逆らえないと認識したということもあるのだろうが、しかし、もっと単純に、それは幕府内での自分に対する評価の低さにうんざりして、藩や幕臣たちに意趣返しをしたのではなかったか、と思ったものだ。

 しかし、どうもそうではなく、文人慶喜として生涯を過ごしたいという「人生の設計」が将軍職にあったときから芽生えていたからではなかったか、とさえ思うようになった。それほど、

 慶喜の「知的余生の方法」は見事

だったように感じた。

 一般に慶喜は歴史的な出来事を比較的に長いスパンで考えることのできた英傑と言われたりする。しかし、存外、個人として生活を楽しむ方法を知っていたといえないか。2011.01.30

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さて、どうやって死ぬか 「店仕舞いもまたよし」の死生観

 久しぶりに自宅近くの浜松中央図書館に出かけた。新着雑誌の棚を見ていたら、

 この国で死ぬということ

というタイトルで『文藝春秋スペシャル』2011年冬号が特集していた。50人以上の著名人が死や、死の周辺について寄稿していたが、編集者から避けてほしいと注文があったのか、最近では年間3万人以上に上っている自殺についてはだれも取り上げられていなかった。両親から授かった命に対する冒とくであり、不遜な行為とみられているからだろう。最後まであきらめず「生き尽くす」のが生あるものの務めという死生観が根強い。また、事故死もまったくといっていいほど取り上げられていない。

 ほとんどは病死についてだ。面白かったのは、社会学者の上野千鶴子さんの

 「さて、どうやって死ぬか、それが問題だ」

であった。死因別に死の様子を具体的に書いている。いずれも、ゆっくり死であり、理想的な「ピンピン、ころり」とは逝かないだ。そんな中、多くの臨床医は「がん死」が比較的に楽な死に方だと指摘していると紹介している。緩和治療が急速に進展したからだという。

 しかし、上野さんは、こう締めくくる

 「さて、どうやって死ぬか。すぐには死ねそうもないことがわかった今日、ゆっくり死にそなえてあれこれシミュレーションしてみるのも一興かもしれない」

 しかし、どうやって死ぬか、それが問題だという問いかけとなると、自ら選択できる死に方を考えたくなる。そんな思いで、寄稿されているエッセーを探していると、作家で私大学長の後藤正治さんが、

「店仕舞いもまたよし」

という少しドキリとするようなタイトルで書いていた。こうだ

「どっちみち、〈人生の物語〉は中断によって終わる。すでに六十歳半ばまで生きた身であるのだから、神様がこのあたりで店仕舞いせよとおっしゃるなら黙ってそれに従うのが大人の心得というべきものであろう」

 後藤さんには心臓移植ノンフィクションに長くかかわっていた経験があり、これはおそらく、そこから割り出した死生観であろう。無理な延命治療はやめましょうという風にも聞こえる。

 私などは、無理な延命治療に限らず、さらに深読みして、神様などに頼らず、勇気のいることだが、自分の判断で〈人生の物語〉を店仕舞いするのも悪くはないと思うが、どうだろう。長く生きるだけが〈自分の物語〉ではない。ひと歳いったら、無理な延命人生はやめましょうということであり、不遜ではないように思う。それはちょうど、小説同様、すべてを書ききらず、読者に少し余韻を残して考えてもらうエンディングがあっていいのと同じだ。

 ただ、この店仕舞いの場合、あとに残った人にできるだけ迷惑がかからないようなエンディングをするのが「大人の作法」ではないかとは思う。

 そんな思いで、冬号を見ていたら、

 現場から見えてきたもの

として、「自分らしい最期を迎えたいと考える人が増える一方で、現場ではいま、一昔前には考えられなかったことが起きている」と無縁社会やそれを補う「きずなの会」(小笠原重行専務理事)のエッセーが紹介されている。NPO法人「きずなの会」では、緊急時の対応から納骨まで、一人暮らしのサポートが具体的に書かれていて参考になる。

 店仕舞いの「大人の心得」

であろう。

 最後に、理想的な死に方としては、

 ねがはくは花の下にて春死なん そのきさらぎのもちづきのころ (西行)

というのがある。ブログ子もそんな死に方ができたらいいとは思う。しかし、そうはうまく問屋が卸さないだろう。とすれば、ブログ子が酒を飲んで詠んだ歌

 ねがはくは雪の上にて冬死なん そのきさらぎのもちづきのころ

となる。きさらぎとは旧暦二月。2011.01.27

  追記

 このブログを書いて、一晩、つらつら考えたのだが

 「この国で死ぬということ」特集

には、もうひとつ、切実な「死」が書かれていないことに気づいた。

 この国で死ぬということは、大抵、病院で死ぬということであり、それは概ね、長い闘病生活を強いられる「ゆっくり死」であることは分かった。しかし、

 うつ病という精神科病や、アルツハイマー病などの脳神経科病の認知症患者の話は特集には書かれていない。なぜだろう。あまりに深刻であるからだろう。

 アルツハイマーの場合、よほどの初期はともかく、自覚症状がない。症状が進行してしまえば、自覚症状があるかどうか判断する脳神経細胞が器質的に犯されているのだから、ほかの病気のようなわけにはいかない。徘徊など、どんな奇行も、周りの人はともかく、アルツハイマー病患者にとっては、正常以外の何者でもないのだ。

 アルツハイマーも、今後改善の余地はあるものの、今のところ基本的には「ゆっくり死」であり、長い闘病生活を強いられるだろう。

 うつやうつ状態なら、自殺も考える人はいるかもしれない。しかし、アルツハイマー患者ではそうした判断はできない。

 上野さんが、ゆっくり死のシミュレーションをしてみるのも一興と提案しているが、これはなかなか怖い思考実験ではないか。

 ブログ子の実母がアルツハイマー病で介護8年で特養施設で亡くなったが、人には言えない苦労を味わったことを今も忘れない。

 不遜かもしれないが、自殺できる人は、ある意味、人間らしくもあり、その分、幸せではないか。母親を看取って、つくづくそう思う。

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人はなぜ塔をつくるのか? 今年完成の東京スカイツリー 塔の思想とは

お正月ということもあるのだろうが、建設が急ピッチで進む東京スカイツリーの話題が、テレビなどでちょくちょく話題になっている。そのたびに、

 どの文明でも、人はなぜ塔をつくるのだろうか?

という疑問が起きる。スカイツリーの場合は、首都圏中心の超高層ビルによる電波障害を解消する、今の東京タワーに代わる新しい電波送信所をつくるためである。だから、東京タワーよりは高いところから電波が発射できなければ建設の意味がないのだ。ツリーは東京タワーの倍近くあり、600メートルをこえるという。先日その600メートルをこえて、いよいよ送信所の設備の構築を始めた。ちょっと勘違いしそうだが、地上波のデジタル化対応ではない。第一義的には障害対策なのだ。

 国内には、横浜ランドマークタワーなど、主なものだけで、200メートルをこえる浜松アクトタワーなど60以上もタワーがあるという。近代的なものだけでなく、歴史的なものとしても東寺五重塔も有名だ。

 塔といえば、ヨーロッパのキリスト教尖塔寺院がよく知られている(たとえば、巨大ならせん状のバベルの塔(ブリューゲル画)、追記参照)。エジプトのピラミッドだって塔といえなくもない。中国にも歴史的な塔はたくさんある。現代の上海中心部はさまざまな形をした塔が威容を誇っている。ドバイの海岸も超高層ビルだらけである。

 塔をつくるわけは、ひとつは地域の象徴性、シンボルであろう。また、地域の自己確認性、つまりアイデンティティでもあろう。そして、やや実用的なわけとしては、塔に登ると、自分たちが暮らしている地域が一望できるという鳥瞰性もあろう。

 しかし、それだけであろうか。もっと何か、人間の根源にふれるようなわけがありそうだ。それは、人間の来し方、つまり地球上での進化の場所の移動、変化にあるような気がする。

 つまり、地球上では、生命はまず海の底からスタート。やがて海岸にたどり着き、地上に上がる。そして少しずつ、生物は陸上を支配し、ついには大空にまで進出した。

 この伝でいえば、人間が宇宙に飛び出すのも、その進化のなせるわざということになろう。

 とすれば、やがて、人類は大空のかなた、太陽系全体にその生息域を広げていくであろう。

 そう考えると、ふと、地球上の最初の生き物、多分、単細胞微生物は、地球上でうまれたのではなく、もしかすると、地球外、いや、太陽系外からやってきたのかもしれないと考えたくなる。その生き物は、地球や太陽系ができる前から大宇宙を漂っていたのだろう。

 人が塔をつくるのは、ひょっとすると、自分たちのふるさとが地上はるかかなたにあることをそのDNAが知っているからかもしれない。生命は、この大宇宙をぐるぐる巡っているのかもしれない。それが、文明を問わない「塔の思想」ではないか。2011.01.18

 追記

 その代表は、

 アントニ・ガウディの未完の聖堂、サグラダ・ファミリア(スペイン・バルセロナ)だろう。2011年1月号の『ナショナル・ジオグラフィック』にその細密画が特別付録として描かれている。約140メートルになる予定の「イエスの家」をはじめ100メートルをこえるだけでも十数の塔からなる大伽藍である。着工から140年以上、2020年代に完成予定だという。自然界にある幾何学模様を塔建築に巧みに取り入れられているという。 

 機能的なスカイツリー、宗教的でおよそ機能的とはいえないようなファミリア。そこに共通するものは何なのだろう。人間とは何か、ということを語りかけているようにも思える。塔は人間の本源的なものとつながっているような気がする。

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さらば、孤舟  「浜松単身の会」の知縁   定年退職後の無縁社会を乗りこえる

先日、このブログで「浜松にシニア単身(赴任)者支える交流会を」と書いたら、浜松市の地区社会福祉協議会のボランティア相談員から、

 青山歯科室(浜松市中区)のA院長

を紹介していただいた。浜松単身の会「アクティブ」の世話役だ。早速、Aさんをたずねた。もともと、市民に的確な健康情報を届けようと組織したNPO法人「ヘルスブレインネットワーク(HBN)の理事長をしていたというだけあって、本業の歯科だけでなく、手広い。たとえば社会とのかかわりのある労働衛生コンサルタント、介護支援専門員も兼ねている。間口が広く、ただの歯医者さんではないと感じた。落ち着いた話し方の中に社会を見る鋭くもやさしい眼がある。

 「今月25日夜、会の新年会があるから、なんならビジター(お客様)としてお出でになりませんか」

といとも気軽に誘ってくれた。気楽な会ですよ、と言ってくれたので、その場で一度参加してみたいと、厚かましくも参加することに決めた(場所は、浜松駅前のアクトシティ)。

 「これも〝知縁〟」

と素直に感じた。当日は40人以上が集まるそうだから、楽しみだ。

 最近では『孤舟』(渡辺淳一)の腰巻に曰く「定年退職して始まる本当の孤独 !」とか、

 『無縁社会 無縁死3万2千人の衝撃』(文藝春秋)とか、

 『単身急増社会の衝撃』の帯には「単身世帯は現在の30%から2030年には37%に」

とか、明日はわが身、いやもうわが身としみじみ感じてしまうような脅し文句がぞろぞろ出ている。

 定年離婚など、社縁、血縁、地縁がなくなっても、あるいは薄れても

 知恵を出し合い、支えあう「知縁」

がある。それが単身者の会だろう。なんだか、あったかそうである。みんながこれまでの経験を持ち寄り、寄せ鍋を食べるような新年会になるのだろうか。みんなが一品知恵を持ち寄る。そんな会かもしれない。孤舟にならないように、なってしまった人にも小舟が近づくように、知恵を交換するライフワーク、ボランティア活動もいい。

 そんな思いを語ったら、A院長、

 「そんなにかたく考えなくてもいいのでは」

と諭してくれた。ついつい、ブログ氏、気のあったもの同士時たま赤提灯にいくのもよし、渡辺淳一氏よろしく「老いても恋を」で社交ダンスをするのもいいではないかと思ってしまった。

 束縛のすくない自由さと、それと裏腹の関係にある孤独感。それらをうまく調整して自立して生きる。それが、知縁であり、新たな「本業」に乗り出す50代や定年後のライフスタイルでありたい。

 新年会にビジターとして参加したい人は、コメント欄に連絡先を。うまく行けば、参加できるかもしれないような話し振りだった。

 集まれ、シニア単身(赴任)者、孤舟族 !

 人のネットワークはあたたかい。そんな一日だった。2011.01.13

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たかがラーメン、されどラーメンはすごい アインシュタインの眼

 「アインシュタインの眼」という番組が

 ラーメンのおいしさの秘密

を追求していた。内視鏡レンズやサーマルカメラを駆使していた。

 要するに、この番組は

 こくとは何か。それをこれらのレンズを通して解明する

というものだった。キャスターの古田敦也氏がメインキャスターだったが、場違いのような気がした。何も分かっていない。

 こくとは何か、深い味わい、という意味だが、具体的にはどういうことかということだ。

 番組を見ただけでは、よく分からなかった

 キャスターがまとめてうまく説明すべきなのに、まったくできていない。不勉強のせいだろう。野球の見事な解説からは創造できない、間抜けぶりだった。はずかしい。

 こくとは、うまみ(イノシン酸+グルタミン酸)のほかに、油にあり

ということだろう。そのほか、こく以外にも

 食感(歯ごたえ、舌ざわり、のど越し、感触)+香り

がラーメンの味を生み出す。

 ラーメンの味とは、五感の味

なのだと分かった。2011.01.09

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浜松にシニア単身者支える交流会を。 無縁死3万2千人の衝撃

 去年の今頃だろうか、NHKスペシャル

 無縁社会 無縁死3万2千人の衝撃

という番組が紹介されて、大きな反響を呼んだ。単行本化された同名書が最近発行された。読んでみて、あらためて、問題の深刻さを感じた。

 その時、気づいたのだが、血縁、地縁、社縁などのある有縁社会から、それらがすべてなくなる、いわゆる「無縁社会」に陥るきっかけの多くが

 離婚、死別

だということだ。定年離婚は、仕事人間が会社との社縁すらなくなる。だから事態はより深刻になり、無縁死する可能性も高いという。恐ろしい。

 そこで、ブログ氏として強く感じたのは、もはや、あれこれ分析する場合ではなく、ともかく、まず元気な定年離婚したようなシニア単身者が互いに支えあう交流会を立ち上げようではないかということだった。まず交流会をつくり、単身者の孤独感をなくすことだ。昨年夏、大量の高齢者所在不明者がいることも明るみになったばかりであれば、なおさら、こうした活動を急ぐ必要があるのではないか。元気なシニア単身者が、協力して立ち上がれば、あとからさまざまな境遇の単身者も出てくるだろう。

 浜松から声を挙げよう。来たれ、シニア単身者、互いにワイワイと支える交流会。地縁、血縁、社縁に続いて、孤独感を和らげる「楽しい縁」=楽縁づくりだ。まず、その対象者に含まれる小生の暮らしている浜松市から始めたい。単身者よ、団結せよ。というわけで連絡は、このブログにコメントするか、09080969168まで。2011.01.06

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坂の上のW杯優勝   「日本サッカーの50年」

 日露戦争直前の20世紀初頭を描いたNHKドラマ「坂の上の雲」の冒頭は、

 まことに小さな国が今、開花期を迎えよとしている

というナレーションで始まる。1月3日夕方、NHKBS1「日本サッカーの50年」という証言ドキュメンタリー番組を見て、

 2010年、まことに小さなサッカー後進国が、今、開花期を迎えている

という印象を受けた。

 1993年10月、カタールのドーハで、W杯アメリカ大会のアジア最終予選、土壇場も土壇場、後半のロスタイムでイラクに2対2の同点に追いつかれ、9分9厘勝利を手中にしたと思われたその瞬間、大会出場を逃した日本代表の姿は、その後、

「ドーハの悲劇」

と言われた。そして、2010年6月、絶不調の日本代表がまさかの予選突破。決勝トーナメントに出場するという快挙、

「南アの奇跡」

を成し遂げるまでの歴史を関係者の証言でつづられていた。この間、5人の外国人監督を迎えている。明治でいえば、お雇い外国人教師だろう。

 この奇跡もあって、日本サッカー協会は、2050年までにはW杯で優勝することを目標に掲げているという。この目標、つまり

 「坂の上の雲」

に向かって、今年から、その険しい坂道を登り始めたと言えまいか。そんな番組だったように思う。

 目標には、ユースサッカー界の人材育成が最大の課題だという。次世代の若い選手を継続的に育てられるかどうか。苦しみぬき、這い上がる強い精神力を持つ人材育成の成否が、豊かな国、日本の大きな課題だろう。

 番組から、そんな印象を持った。

 再放送らしいが、じっくり拝見できたし、しかもお正月番組では一番面白かった。2011.01.04

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風を食べる生き物 ストランドビーストって何 ? 元日夜の番組から

 元日の夜、NHKハイビジョンを見ていたら、

 風を受けて歩行する生物というか、機械

について紹介されていた。Strandbeestというのだそうだ。あえてこのオランダ語を訳すると「砂浜の動物」。風のエネルギーを歩行動作の機械エネルギーに変換する仕組みである。その材料は、薄黄色のプラスティックの管だけだ。オランダ人技術者で画家でもあるテオ・ヤンセン氏の長年の研究成果である。番組では、そのミニストランドビーストづくりに日本の中学生が挑戦している様子も紹介されていた。

 テオさんの作品は、大きく、しかもあたかも生物がうごいているかのように滑らかに歩行するのにびっくりした。

 生物というのには、自己複製ができることが必要だが、実は、人間を介してさまざまな国でストランドビーストが普及し始めていたのだ。自己複製は、ある意味行われているとみることもできそうだ。

 こうしたユニークな番組も楽しい。意外な正月番組だった。2011.01.02

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