« 原題は「非常手段」  小さな命が呼ぶとき | トップページ | 龍馬たらんとした男  映画「桜田門外ノ変」を見て »

生きるとは  松本少年刑務所 塀の中の中学校

 チリ鉱山事故で作業員救出、成功のニュースが流れている。

 よくぞ生還したものだ。感激のシーンがテレビ中継で世界に流れている。「生きる」ってことはすばらしいことだと感じることができた。

 ところで、久しぶりに、勇気付けられるテレビドラマを見た。SBS(TBS系)の平成22年度文化庁芸術祭参加作品(10月11日放送)、

 塀の中の中学校  脚本=内館牧子

である。この刑務所内に設けられた中学校は分校なのだが、受刑者のうち、中学校未修了者を対象に、1年間で卒業証書を与える。この学校は松本少年刑務所に実在する。といっても、生徒はいわゆる中学生の年齢ではなく、たいていは何らかの事情で中学校に行けなかった、あるいは行かなかった中高年者である。

 俳優の大滝秀治さんは、10年間の認知症介護の果てに妻殺しをした76歳の老人役を演じていた。渡辺謙さんも好演していた。

 どきりとしたのは、ドラマの中の〝中学生〟に、

 「ウソをついているときだけが幸せだった」

という台詞をはかせているシーンだ。

  ドラマは何を視聴者に訴えようとしているのだろうか、見ながらいろいろ考えた。

 たぶん、生きるとは何か、幸せとは何かということを考えてみてほしいということだろう。

 人間を信じる。あるいは人間同士の信頼関係を築く。それが生きるということだといいたかったではないか。幸せとはそういうことだ。塀の中で生きるときも、塀の外で生きる場合も、それは変わらないということだろう。とすれば、これは塀の外で人間関係が希薄になっている現状に対する批判かもしれない。

  先生との信頼関係を取り戻し、1年間の学習で卒業証書を手にした受刑者たちはふたたびそれぞれの元の刑務所に護送されるシーンで終わる。その証書は、

  生きる意味を、人を信じる意味を、信頼関係を築くことの意味を知った証

を象徴しているように感じた。

 見終わって感じたことだが、塀の外にいる自分は、漫然とわがままな人生を送ってきたのではないか、そんな反省を持った。塀の中という不自由なところで生きなければならないがゆえに、生きる意味を痛切に感じることもあるのだろう。偶然に見たドラマだったが、考えさせるドラマだった。2010.10.13

|

« 原題は「非常手段」  小さな命が呼ぶとき | トップページ | 龍馬たらんとした男  映画「桜田門外ノ変」を見て »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/49730494

この記事へのトラックバック一覧です: 生きるとは  松本少年刑務所 塀の中の中学校:

« 原題は「非常手段」  小さな命が呼ぶとき | トップページ | 龍馬たらんとした男  映画「桜田門外ノ変」を見て »