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未分化の倫理とは何か。iPS細胞の未来 

  9月18日、土曜日夜のNHKスペシャル

 医療に革命が起きる iPS細胞の未来 

を拝見した。iPS細胞(人工多能性幹細胞)の発見者、山中伸弥教授を、京都大学iPS細胞研究所に訪ね、ニュースキャスターの国谷裕子さんと、ジャーナリストの立花隆さんがインタビューした番組である。

 素人のお二人が、どんなインタビューをするのか、注目していたが、iPS細胞そのものの理解が十分でないこともあり、さすがのお二人も何を質問していいのか、ポイントがつかめず、おろおろの番組になったというのが、小生の感想だ。NHKでもこのことを予想し、松本零士さんの漫画、イラストをさしはさんで、いろいろ分かりやすくしようと工夫はしていたが、その努力は評価に値する。が、それがかえって番組を理解しにくくしていた。努力は失敗に終わったというのが、私の印象だ。

 番組を見終わって、生命操作が今後急速に進み、医療に革命が起きるような気がしたことは確かだ。その上で、言うのだが、60歳をすぎた小生としては、

 難しいことはよく分からないが、ともかく、そんな時代に生きなくてよかった。自然な死に方をしたい。

という正直な感想をいだいた。多くの視聴者もそうだったろう。

 あえて、iPS細胞とは、どうやら

 分化万能性を持つ胚性肝細胞(ES細胞)と同様の機能を備え、かつ、

 細胞分裂しても依然安定して自己複製能力を維持している細胞のことで、個体のどの部分の分化した体細胞に対しても、「山中ファクター」という4遺伝子を導入することで作成できる

というものらしい。旧来のES細胞とは、受精卵を元にしなくていい、増殖しても安定した自己複製能力が維持される-という特長の違いがある。もはや受精卵やそれに付随した材料を利用しなくてもよくなり、その臨床応用が生命倫理に抵触することがこれまでより少ないという利点もあるらしい。

 ただ、番組では、まったく触れられていなかったが、この倫理問題について、政府として今どういう取り組みをしているか、言及がなかったのは残念だ。せめて、今、こうなっていると一言ポイントを提示してくれたら、視聴者は今何が問題か、少なくとも少しは理解できたのではないか。考える糸口がつかめたであろう。それがないものだから、番組を見た人は、ただ、

 なんだか難しくて、よく分からないが、いやな時代になった

と嫌悪感を抱いた人が、そこに光明を見出したというよりも、多かったのではないか。当の山中教授も基礎研究競争に忙しく、この点について深く考察する時間がないせいか、番組でも当事者らしい見識、基本方針を提示できなかったのは残念。むしろ当事者自身が戸惑っている様子で、かえって視聴者を不安にしたような印象であった。番組開始前に、インタビュアーと山中教授とがこの点に絞り討論し、番組で言うべき最低限の明確な結論を得た上で、番組の収録をしてほしかった。

 厳しい言い方かもしれないが、視聴者を宙ぶらりんにして、そして、インタビュアーも話は聞いたもののよく分からず宙ぶらりんな気持ちのままで、番組で何が言いたいのか、そのメッセージが不明など、いわば尻切れトンボの番組だったことは否めない。

 政府の生命倫理に対する基本的な見解のまとめやそれに基づく指針づくりなどの政策を担当しているのは、内閣府の総合科学技術会議。その中の生命倫理専門調査会が専門家を集めて衆知を集めている。

 iPS細胞の発見から4年たつが、専門調査会は2009年2月に

 生命倫理上の新しい課題について

討議している。iPS細胞の倫理問題について「問題がありえるならば(専門調査会で)討論すべき」との意見が出ている。これを受ける形で、2010年1月、専門調査会は

 iPS細胞研究の社会的・倫理的課題への取り組み-国際動向について

をまとめている。現在、これを受けて、人間への応用研究についての指針づくりが検討されている。日本では、胚の作成禁止など「ヒトES細胞使用指針」はあるが、iPS細胞については、ES細胞に比べて、何が社会的、倫理的に問題なのか、法律家を含めた専門家でも、見極めるがむずかしいのが現状なのだ。発見されてまだ間がなく、研究動向が流動的であり、その行き着く先の方向性すら見極めにくいからだ。

 最後に、この番組を見て、根本的な意味での感想を言うと、

 生命とは何か

ということがますます分からなくなったということだった。変な言い方だが、

 たかだか100年、1000年しか生きられない生き物のために、その設計図DNAがあるのではなく、その逆、つまり、何十億年と〝生き〟続けるDNAのために、生き物が盛者必衰の理のごとく、その入れ物として入れ替わり立ち代り、登場し存在しているにすぎない。永遠に生き残るのは、分化した体細胞からなる生物個体ではなく、DNAを内部に持つiPSなのだ。そのiPS細胞すら、DNAの永久保存箱にすぎない。

そんな気さえしてくる。

 もっと飛躍させれば、

 DNAを永遠に生きさせているのは〝誰か〟ということに行き着く。はて誰だろう。

 敬老の日にこんなことを妄想した。2010.09.20

追記 2010.10.05

10月上旬は、ノーベル賞ウイークと言われていて、10月4日、月曜日、6賞のトップを切って2010年のノーベル医学・生理学賞に

 世界で初めて体外受精を成功させたイギリスの生理学者、ロバート・エドワード博士

に与えられると、ノーベル賞委員会が発表した。博士は現在、85年で成功は、32年前の1978年。第一号となった、ルイーズちゃんは、少し太ってはいるものの、立派に成人し、今年32歳の女性として成人している。その映像を見て、試験管ベビーの成功当時、世界的に倫理的に問題があるのでは、とセンセーションを巻き起こしたが、それも歳月が解決し、今までに世界で約400万人が体外受精が成功し、各国で体外受精が浸透しているのは感慨深い。

 ということで、日本で注目されていた

 iPS細胞作成に成功した山中伸弥京都大教授

は「落選」した。しかし、いずれは、受賞するであろう。たぶん、実用化に目途が立つ10年以内には確実、早ければ基礎研究がほぼ確立する5年以内だろう。

  追記 2010.10.14

  「日経サイエンス」2010年11月号によると、

 幹細胞 未分化の倫理

と言う問題については、iPS細胞にも、受精卵を基にする胚性肝細胞(ES細胞)と似たような問題が、いや、より深刻な倫理問題があると指摘されている。

 iPS細胞(人工多機能幹細胞)とは、胚性幹細胞(ES細胞)に対し、体細胞性肝細胞

という言い方ができるからだ。皮膚からiPS細胞をつくり、そこから、生殖細胞、卵子、精子を作り出すことができるのだ。マウスではこれらを使って受精卵をつくり、子どもが生ませるところまで研究が進んでいるという。

 こうなると、

 iPS細胞は、卵子、精子などの生殖細胞や、それらからつくられる受精卵にかかわらないから、その応用には倫理問題は生じない

という言い方はできなくなる。

 こうしたことから、2010年6月の国際幹細胞研究学会でも生命倫理学者が盛んにiPS細胞研究・応用にかかわる規制の国際基準づくりが話し合われたという。その前提として喫緊の課題はiPS細胞の管理基準を定めることであろう。

 未分化の倫理に注目し、その在り方をしっかり見極めたい。

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