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映画「密約」を観た 請求権肩代わりの外務省機密漏洩事件

 沖縄返還に伴う原状回復費、いわゆる400万ドル肩代わりに関する

 西山事件

の映画である。観たのは浜松市民映画館「シネマ・イーラ」。この機密文書の存在については、この10年、その存在が確実視されるようになり、今年4月には東京地裁で、

 沖縄密約、存在認める 東京地裁 文書開示を命令

との判決が出ている。当事者の西山太吉さん(元毎日新聞記者)の喜びの声も報道された。我部政明琉球大教授の米公文書探索で密約文書の米側メモが発見されたり、もう一方の当事者で、当時の吉野文六外務省アメリカ局長が、その密約文書に署名したことを明らかにするなど、密約文書の存在が確実視されたことが、この全面勝利の「革命的な判決」(原告側)をもたらしたのであろう。

 ただ、この開示訴訟は、その後、民主党政権が控訴して、高裁で係争中。

 こうした一連の動きの元となった西山事件を社会派映画にまとめたこの「密約」は映画としても

 上質な仕上がり

といえるだろう。冒頭は、第一回公判から、すばり入っている。構成も3部になっており、事件の問題点を整理している。クロード・チアリのテーマ音楽も効果的だった。

  内容的にも、今の時点から観ても、最高裁の確定判決の年に制作されたにもかかわらず、

  国民の知る権利か、政府の外交上の秘密保持か

という論点を明確にしており、歴史の審判に耐える完成度の高い映画だった。

  にもかかわらず、小生もそうだが、世間一般には22年前(1988年)、細々と公開された時、この事件や映画について、それほど関心を示さなかったというのは、今回、大いに反省した。

 せめて、今後、控訴審の東京高裁、最高裁の判決に注目し、

 なぜ、存在するはずの公文書が存在しないのか、その理由を明確にする判決がでるかどうか、関心を持ちたい。どうしても時の政府の意向に従う傾向のある東京高裁、最高裁の体質にも監視を強める必要があろう。

 それにしても、一時はこの事件について自ら「封印」し沈黙を守っていた西山元記者の晩年の執念にはすさまじいものがあったようだ。その執念には、西山さんの新聞、テレビのニュース報道に対する不信感や怒りにもつながっているように思えてならない。

 どんな信念も、それを正しいと思ったら、生涯、貫こうとする執念がなければ、その信念は本物ではない

というのが、今回の映画を観た感想である。このあたりについては、映画のエンディングでふれているような、ふれていないような、意外なほどあっさりとした終わり方になっているのは、少し残念な気がした。もっと気が利いたまとめ方があったのではないか。つまり、映画を見た人に、

 国民の知る権利

というものは、単なるお経の文句ではなく、これほど重要なものだと具体的に心にしみるような終わり方がほしかった。

 日本外交には「密約」が多いとされている。この映画を契機に、主権者である「国民の知る権利」を政治に定着させたい。2010.08.11

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