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2010年8月

もんじゅは、どこへ行くのか 原子炉容器内で落下事故

 8月27日付静岡新聞朝刊第二社会面に3段で

 もんじゅ、装置落下か 原子炉容器内 燃料交換用の3トン超

 再起動した高速増殖炉もんじゅだが、トラブル続きだったが、ここに来て、炉心を覆う原子炉容器内で、燃料交換に使う装置をつり上げて撤去する際、全長約12メートル、重さ約3トンの装置が落下した可能性があると、日本原子力研究開発機構が発表した。

 もし、この事故が燃料交換作業中に起これば、大変な事態だ。

 再起動したもんじゅは、今、本格運転に向けて慣らし運転しているが、組織内の士気は設置当初に比べて相当低下している。このままでは、とても、高速増殖炉原型炉という技術確立の目的は達成できないであろう。ましてや、営業運転を前提とした経済性を確かめる、その次の段階の実証炉建設は夢のまた夢であろう。

 もんじゅはどこへ行くのか。実用炉に至る前に、廃炉になるだろう。日本の大型実用研究プロジェクトのお定まりのコースをもんじゅも歩むのではないか。この重大事故を聞いてそんな不安を抱いた。2010.08.30

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小椋佳、浜松で意気軒昂コンサート  演奏家ドラマ「黒い瞳」 舞台はスペイン

  久しぶりに、浜松とは縁の深い小椋佳のコンサートに出かけた。「歌創り40年、旅途上。」と銘打ったコンサートツアーなのだが、テーマは運命的な)めぐり合いという意味の「邂逅(かいこう)」で、場所はアクトシティ浜松。66歳と、歳を重ねて、いい老い方をしていたのが、うれしかった。意欲的でもある。

 たとえば、ステージのバックに控える若いバンド演奏家の方々が、それぞれの演奏位置は動かず、演奏家によるいわば音楽ドラマを30分ほど披露していた。舞台はスペイン。フラメンコ・ギタリストの若き日の恋と挫折の物語「黒い瞳」。小椋さんが、ステージで物語の地の文を詩的に読み上げ、会話の部分を役を割り当てられた各演奏家が台詞を言うというなかなか凝った趣向である。

 テーマソング、あるいはドラマの中で流れる音楽の多くは、小椋さんが4年前に出したCD

 「未熟の晩鐘」

から採用していた。

 なにしろ、ピアニストが鍵盤の前で歌う。キーボード、ギタリストが演奏位置にとどまったまま、俳優のように台詞を言う。バイオリン演奏家にも台詞があるのである。初めてそんな舞台を観た。しかも、彼らは演奏もするのである。

 コンサート最後は、

 ときめきの「祭り創り」で、会場の手拍子でにぎやかに締めくくった。

 ともかく、座って歌うことの多い小椋佳さんが、今回、何曲かは立って歌っていたのが印象に残った。意気軒昂なコンサートで、元気が出た。年に何回かはこうした生演奏に出かけたいものだ。

 公演後、ときどき出かける赤提灯「なとり」で飲んでいたら、たまたま隣りの席のお二人さんもこのコンサートに出かけていたそうだ。ママさんも加わって、

 最近の歌事情

で盛り上がった。この夏、一番の「邂逅」だったかもしれない。それにしても今年の暑い夏も、そろそろ終わりだなあ。2010.08.28

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「薄幸の女」役が似合う木村多江さん  モンペ姿とエルメススカーフ

 映画「ゼロの焦点」で

薄幸の女

を好演していた木村多江さんが、最近のテレビ・インタビューで

 私は、日本一、モンペ姿が似合う女優

と話していた。そうかもしれない。笑顔より、泣き出しそうな顔のほうが印象的なのは女優として、俳優として、得をしている。

 ところが、どういうわけか、最近の女性誌2誌同時にカバーガールとして登場していた。

 一つは、「婦人公論」9月7日号。笑顔である。

 もう一つは「ミセス」9月号。こちらの方は、エルメスの(絹の)スカーフを羽織っての写真で、これまた笑顔。婦人公論のほうは、自殺3万人時代が特集されていたから、なんとなく、木村さんの薄幸の女姿がマッチしているような気もしたが、ミセスの方はどうも、イメージが違う。

 日本一の薄幸の女を演じてもらいたい。魅力的であるような、そうでないような微妙なところがこの人の俳優としての非凡さだろう。エルメスは似合わない。2010.08.23

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8・22韓国併合100年 「坂の上の雲」を読む

8月22日は、

韓国併合100年

である。8月10日に、この併合について、

 「その意に反して行われた植民地支配」

との文言が菅直人首相談話に盛り込まれた。併合に関しては、「併合条約は強制的にていけつさせられたものであり、無効」との立場を堅持する韓国側に近い歴史認識である。これに対し、日本側は総じて、当時の国際法に照らして、有効との立場。これまでの政府見解は、この線に沿って、ややあいまいに、1965年の日韓基本条約第二条「(併合条約は)もはや無効」との見解を今も、堅持し、今回の首相談話発表後もこの「もはや無効」見解の見直しは考えていないという。

 歴史の事実は両国で一致することはあっても、歴史認識はどんなに議論しても、その立場が異なることから、完全に一致することはないだろう。また、一致させなければならない必然性もないように思う。とすれば、お互いの立場を尊重して、過去の事実を無視せず、直視し、

 未来志向

で対応していくことが現実的であり、相互利益につながるたろう。政治とは、結局、妥協である。ただ、無原則ではなく、未来志向という両国相互の利益を考えた上での妥協なのだ。

 こうした併合(1910年8月)が、どういう経緯で行われるようになったのか、あらためて

 「坂の上の雲」全6巻

 を今、再読している。日清戦争、日露戦争、それを受けた韓国保護条約、そして、併合条約。当時の東アジアの国際情勢を読み込みながらの司馬遼太郎の悪戦苦闘の歴史小説である。

 このタイトルであるが、司馬さんは、小説の中で

 この当時の日本は、個人の立身出世ということが、この新興国家の目的に合致していたという時代であり、青年はすべからく大臣や大将、博士にならねばならず、そういう「大志」むかって勉強することが疑いもない正義とされた。(第一巻より)

と書いている。つまり、坂の上の雲とは、個人の大志=国家の正義を指すのだろう。そこには国民にも国家にも、ひたむきな明るさ、伸びやかさがある。それを司馬さんはその明るい上向き視線を「坂の上の雲」と、文学的に表現したのであろう。

 しかし、そうであっても、朝鮮にとっては、この「坂の上の雲」は、韓国併合という歴史的な屈辱への道につながっており、いい迷惑であったろう。日本の植民地支配の第一弾であることは間違いない。

 司馬さんの小説には、一切、朝鮮側からの見方が一切ないのは、やや寂しい。小説のテーマがあいまいになるのを避けたからだろう。

 この併合にいたるまでの、日本海海戦などロシアとのすさまじい戦争については、ロシア側から描いたものに

 「海の史劇」(吉村昭、新潮文庫)

という名著があり、司馬さんの大作読了後に、読んでみたい。日露戦争では圧倒的に有利なはずのロシア側にも、負ける理由がそれなりにあったことがわかるだろう。2010.08.22

 追記

 日韓併合など、日韓の在り方については、司馬遼太郎さんが

 「以下、無用のことながら」(文芸春秋)

の中の

 日韓断想

で、

 「私が、民国の韓国や共和国の朝鮮、または日本を思うとき、はるかな背後に、遠景として、当時まだ沃野だったシベリアの野や湖が広がるのである。 中略  「同じ顔の兄弟」を思うとき、シベリアの古代風景を脳裏に展げるべきである。わずか数千年の時間の前にはソウルも平城も東京も、実に小さな存在にすぎない。 中略  近景だけしか見ないのもこまる」

と指摘し、未来志向とともに、遠景志向も大事だと強調している。

 鋭い指摘だと感心した。2010.09.19

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「優柔決断」のすすめ 日本一の事例とは?

 プロ野球の元ヤクルト捕手の古田敦也さんが、先日、民放の「テレビ寺子屋」という講演会番組で、

 「優柔決断」のすすめ

というタイトルで話をしていた。キャッチャーがピッチャーにサインを出すときの迷いや決断などの様子を例に、その苦労を語っていた。要するに、結論は、

 いろいろ迷いはあってもいい。しかし、締め切りやデッドラインがきたら、必ず、先送りせず、失敗してもいいから、ともかく自分の責任で決断する。それができるようになれば、組織の中で自立できる

 ということだった。問題解決の能力にはこれが必要だとも指摘していた。言い換えれば、世の中、拙速を戒める言葉が流行っているようだが、巧緻よりも拙速を大事にしたいということだろう。負けてから、いくらすばらしい作戦を思いついても意味はない。一定の時間がすぎたら、そこで見極め、決断する。

 いわば、巧緻より拙速のすすめ

でもあろう。

 この話を聞いて、いかにも、情報をうまく生かす名捕手と言われた古田さんらしい指摘だと思ったが、問題は、その決断するときの状況である。

 つまり、まわりの反対を押し切って決断するのか、それとも周りに押されて決断するのかということだ。

 昭和天皇の開戦聖断のように、軍部などまわりからせっつかれて、不本意ながら同意し、決断した場合、当初は、一時的にうまくいく。しかし、やがて、それが英断とは程遠いもので、大混乱になる。責任の所在もあいまいになる。

 これに対し、最後の将軍、徳川慶喜の大政奉還の決断のように、まわりが猛反対しているなかで、いわば独断のように決めたときには、当初は大混乱になるが、それがしばらくたつと大英断とわかるようなものもある。この場合の責任の所在ははっきりしている。

 最近1カ月、考えることがあり、司馬遼太郎さんの

 「竜馬がゆく」(全5巻)

と、「最後の将軍 徳川慶喜」をじっくり読んでみた。大政奉還というのは、互いに一面識もない坂本竜馬と徳川慶喜の

 「優柔決断」

の賜物であったことを知った。互いに迷いに迷い、息詰まるような切迫した時局で、しかも、まわりの誰しもが到底無理と思いとどまらせようとしていた状況の中での出来事だったのだ。

 互いが、優柔不断であったなら、日本の幕末、明治維新はよほど変わったものになっただろう。

 盂蘭盆会も終わる京都・大文字の送り火の日、2010.08.16

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天国でもなく地獄でもなく 水底の英霊たちの「帰國」

 久しぶりに、あっと思うようなドラマをみた。TBS系の

 終戦ドラマ「帰國」 倉本聰脚本 主演? ビートたけし(上等兵)

である。8月14日、土曜日夜である。

 その感想を一言で言えば、終戦記念日のドラマや特集は、とかく懐古趣味になるところを、現代の日本に焦点を当て、英霊たちに批評させている点が、鋭いということだった。

 南太平洋に散った英霊たちが65年ぶれに夜の東京駅に帰国するという、いわば

 出征兵士の合言葉「靖國で会おう」を仮想実現、英霊たちが、思い思いに、人気のない夜の東京をさまようというもので、

 「あんまりじゃないか」という、現代の平和日本に対する痛烈な批判

が込められていた。

 戦没画学生たちの絵を提示した無言館(上田市)、靖国神社、浅草、神宮球場などが登場し、jまた、無責任なマスコミ批判あり、〝殺人事件〟あり、とかなかな面白かった。

 ただ、ラスト15分は、視聴者に対する念のための解説であり、要らないのではないか。英霊たちが、再び、東京駅から、悄然として、「恥を知れ」という憤りを持って、蒸気機関車に引かれて南海の海底に帰っていくシーンで終われば、ドラマとして、視聴者にそれぞれ考えさせるようになり、より余韻のあるドラマとなったであろう。

ドラマは、すべてをあますところなく表現してはいけない。余白を残すことがコツだろう。倉本氏もそんなことは承知のはずだろうが、ついつい、自分なりの体験や現代平和日本に対するやりきれない怒りや思い入れがあり、「親切な」ドラマになってしまったように思う。この点が少し残念。昭和という近現代史を事実に基づくドラマに仕上げることの難しさを思い知らされた。

 ドラマとは直接関係ないが、シリアスなドラマの提供だったが、その合間に流れるスポンサーCMがあまりに、ドラマの内容とかけ離れた明るく軽く、いかにも現代平和日本を象徴するようなものでありすぎて、違和感を覚えた。

 ビートたけし上等兵が「あんまりじゃないか」と憤慨する現在の平和日本は、このCMをさすかのように錯覚しそうで、CMを見るのが辛かった。こんなことも十分計算に入れて、倉本氏がシナリオを書いたとすれば、稀代の脚本家であり、したたかシナリオライターと言えるだろう。

 ひさしぶりに、自虐的ではない、考えさせるドラマを見た。2010.08.15

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玉砕という名の〝棄軍〟 隠された真実

 終戦記念日が近いというので、NHKスペシャルでも、このところ戦争をテーマにした番組が多い。その中で、8月12日夜

 玉砕 隠された真実

というのを見た。1943年、昭和18年5月のアリューシャン列島のアッツ島玉砕について、現状の紹介とともに、当時の玉砕の実態に迫っていた。敗北を「玉砕」という美名で表現したのは、このときが初めてだという。その後、この言葉が盛んに使われるようになった。これより前のニューギニアのペナ戦闘では、全滅した敗残兵に対しては、大本営は、おおびらに玉砕ということばは、国民に対して使われなかったらしい。

 要するに、玉砕とは、大本営が敗残兵を見捨てる棄軍

ということであり、番組では、元防衛大学校教授が現地調査などから、その実態の一部を伝えていた。撤退する手間隙も無駄というわけであろう。玉砕とは、その美しい響きとは裏腹に、強制的に敗残兵自身に自分の命を廃棄処分させてしまう、という冷酷な大本営方針なのである。それを可能にしたのが、

 生きて虜囚の辱めを受けず

という戦陣訓だったという。

 だから、玉砕命令にもかかわらず、図らずも生き残ったものは、その後を生きることは恥ずかしいことなのだという元アッツ島生き残り兵たちの証言は、なんとも重い。

 戦争とは、あらためて、かくも、冷酷なものだと思った。敵よりも、自国のほうがよほど残酷なのだ。2010.08.13

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映画「密約」を観た 請求権肩代わりの外務省機密漏洩事件

 沖縄返還に伴う原状回復費、いわゆる400万ドル肩代わりに関する

 西山事件

の映画である。観たのは浜松市民映画館「シネマ・イーラ」。この機密文書の存在については、この10年、その存在が確実視されるようになり、今年4月には東京地裁で、

 沖縄密約、存在認める 東京地裁 文書開示を命令

との判決が出ている。当事者の西山太吉さん(元毎日新聞記者)の喜びの声も報道された。我部政明琉球大教授の米公文書探索で密約文書の米側メモが発見されたり、もう一方の当事者で、当時の吉野文六外務省アメリカ局長が、その密約文書に署名したことを明らかにするなど、密約文書の存在が確実視されたことが、この全面勝利の「革命的な判決」(原告側)をもたらしたのであろう。

 ただ、この開示訴訟は、その後、民主党政権が控訴して、高裁で係争中。

 こうした一連の動きの元となった西山事件を社会派映画にまとめたこの「密約」は映画としても

 上質な仕上がり

といえるだろう。冒頭は、第一回公判から、すばり入っている。構成も3部になっており、事件の問題点を整理している。クロード・チアリのテーマ音楽も効果的だった。

  内容的にも、今の時点から観ても、最高裁の確定判決の年に制作されたにもかかわらず、

  国民の知る権利か、政府の外交上の秘密保持か

という論点を明確にしており、歴史の審判に耐える完成度の高い映画だった。

  にもかかわらず、小生もそうだが、世間一般には22年前(1988年)、細々と公開された時、この事件や映画について、それほど関心を示さなかったというのは、今回、大いに反省した。

 せめて、今後、控訴審の東京高裁、最高裁の判決に注目し、

 なぜ、存在するはずの公文書が存在しないのか、その理由を明確にする判決がでるかどうか、関心を持ちたい。どうしても時の政府の意向に従う傾向のある東京高裁、最高裁の体質にも監視を強める必要があろう。

 それにしても、一時はこの事件について自ら「封印」し沈黙を守っていた西山元記者の晩年の執念にはすさまじいものがあったようだ。その執念には、西山さんの新聞、テレビのニュース報道に対する不信感や怒りにもつながっているように思えてならない。

 どんな信念も、それを正しいと思ったら、生涯、貫こうとする執念がなければ、その信念は本物ではない

というのが、今回の映画を観た感想である。このあたりについては、映画のエンディングでふれているような、ふれていないような、意外なほどあっさりとした終わり方になっているのは、少し残念な気がした。もっと気が利いたまとめ方があったのではないか。つまり、映画を見た人に、

 国民の知る権利

というものは、単なるお経の文句ではなく、これほど重要なものだと具体的に心にしみるような終わり方がほしかった。

 日本外交には「密約」が多いとされている。この映画を契機に、主権者である「国民の知る権利」を政治に定着させたい。2010.08.11

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広島原爆「死亡曲線」 日本の医学界は何をしてきたか 長崎にもあるはずだが

 先日のNHK「封印された原爆報告書」を見た感想を一言で言えば、

 日本の科学界、医学界の恥部

をあばいたといえるだろう。この番組では、自ら開発した広島原爆の威力、殺傷能力を知りたいアメリカと、731細菌部隊など戦争犯罪から逃れたい旧日本陸軍(医務局)の利害が一致したことから、日本側は、原爆投下直後の広島原爆被害の

 医学的調査報告書(181冊の英文ファイルで構成、総計1万ページ)

を国家プロジェクト規模、つまり、都築正男東京帝国大学教授ら約1300人を動員して、アメリカから頼まれもしないのに、積極的に情報収集にあたり、わざわざ英文に翻訳して、アメリカ側に渡していた事実が克明に暴き出していた。日本政府は、投下で被曝した日本人よりも、投下したアメリカに協力することを優先したのである。あるいは、そう思われても仕方がない実態だ。調査を命じた三木某旧陸軍医務局少佐も、取材証言で

 「731部隊のようなこともあり、戦争犯罪から日本が逃れるのに、報告書づくりは役に立つ。それも、早く自発的に報告書を提出すれば、それだけ『有効なカード』になる」

との趣旨の発言をしている。占領軍への配慮、迎合であろう。いずれ要求があるはずだから、早く報告書を作成して、こちらから持って行ったほうが得策という判断という見方を三木少佐はインタビューでこたえていた。

 せっかくの被害調査が、肝心の日本人被害者の救済にはまったく生かされず、アメリカの戦後の核開発にのみ貴重なデータを提供していたという。

 これは、いわば、被爆国にしかできない極めて重要なデータである。しかし、その被爆国の被害者救済には、長く非公開扱いにされて、一切、活用されなかったのだ。

 その代表が、爆心地からの距離によって死亡率がどう変化するか、学校で集団で学んでいた17000人の子どもたちの死亡被害状況からまとめられた図である。提出(あて先はアメリカ陸軍、アシュレー・オーターソン大佐)された181冊の英文ファイルからは、この死亡曲線などを含む成果がアメリカ軍によってりっぱな論文(全6巻)にまとめられていた。しかし、つい最近ので、極秘扱いで、公開されていなかったという。

 この調査は、原爆投下直後の8月8日にスタートしている。

 とすれば、必ず、長崎原爆の投下直後にも、広島と同様の調査が行われたはずだ。広島との比較から、さらに精密で貴重なデータが得られることは科学者ならすぐにわかるはずだからである。ただ、この番組では、こうした長崎原爆の医学調査報告書があるはずたとの言及はなかった。今後の調査が期待される。

 これらのデータは、旧ソ連は、シベリアでの原爆実験では、ヤギなどの動物を使って収集しているが、人間への殺傷力調査は、さすがにできなかっただろうから、アメリカへの日本のデータ提供は、アメリカにとっていかに貴重であったかが、わかろうというものだ。

 この調査報告書づくりは、いわば、

 原爆版731部隊

というべきだろう。被爆国日本のおぞましい実態を暴いたものとして、この番組を高く評価したい。2010.08.08

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ピアノと潜水艦

 「楽器の街」浜松市に住んでいるから、ヤマハ、カワイ楽器というメーカーがあるのは知っている。

 そして、明治33年、1900年に、本格的なピアノが

 山葉寅楠氏や、河井小市氏の共同開発

で生まれたということも知っていた。

 しかし、その後、日本では、そうした楽器による音楽教育が潜水艦のソナーによる反射音から、それが潜水艦によるものか、はたまた魚群か、それとも単なる岩によるものかを判定する人材育成につかわれたというのだから、びっくりした。

 音感のすぐれた人が潜水艦乗りになったのだという。先日のNHK「歴史秘話ヒストリア」を見ていて、そのことを知った。山葉氏も河合氏も、よもやそんなことは想像だにできなかったであろう。

 戦争と音楽教育

 それは何も、お涙頂戴のあの失敗作の映画「月光」だけではない。

 これでは、日本の戦前の本格的なピアニスト、久野久子さんも、小倉末子さんも、泣いても泣ききれなかったであろう。

  まもなく、終戦記念日がやってくる。戦争とピアノについて考える日にもしたい。10.08.05

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スイス「氷河特急」は人為ミスですまされるか 

 7月31日付の静岡新聞を見ていたら、

 スイス脱線、原因は「速度超過」 当局が暫定調査結果

という記事が出ていた。世界一遅い特急ということで、原因はスピードが遅すぎて、脱線したのではないかとの推測が複数のメディアで専門家の意見として取り沙汰されていた。

 小生、

 「スピードを出さなかったので、脱線」

というのも奇妙だな、とは思っていた。低スピードだとカーブで遠心力がほとんど働かないために逆に脱線するというのだが、どうも納得しにくかった。

 ところが、記事では

「スピードを出しすぎて、脱線現場での制限速度をこえていた」

というのが調査結果であり、「人為ミスと断定した」という。

 制限速度が時速55㌔のところ、脱線した5両目の速度計では当時56㌔だったという。それで、引きずられて最後尾の6両目が脱線大破したという。わずかの超過で脱線というのも余裕のない点で問題だが、それよりも、

 そうしたスピードの出しすぎという結果を招いた「人為ミス」を招いた原因は何か

ということを究明するのが、事故再発防止には大事だろう。スピードを出しすぎても、警告を発する仕組みはどうだったのかなど、組織事故の可能性はなかったのか検証するべきではないか。そうしないで、個人の、つまり運転士の規則違反として刑事訴追ですますと、また、事故はおきるだろう。

 脱線時の特急は、予定よりも運行が遅れていたらしい。運転士を急がせた。それで、後部車両がまだ制限区域を抜け出る前に、早々とスピードを上げた結果、後部が脱線したということが原因らしいが、運転士氏が急ごうとしても、警告を出すなど一定の歯止めはどうなっていたか。慣れによる規則無視はなかったか。規則無視を戒める組織的な対策は日ごろとられていたかなど、いろいろ考えるべきことはある。つまり、

 人は、ミスをするものだという前提で、組織的に事故を防止する

これが基本であろう。運行が予定よりも遅れていても、安全に運行できる工夫がほしい。運行が予定より遅れることは、よくあることだ。そのたびに、乗客が危険にさらされるのでは、おちおちスイス特急には乗れないだろう。

 ちなみに、小生も、このスイス「氷河特急」、

 2大鉄道と4大名峰8日間

という今月下旬のある大手ツアーで出かける予定だったが、キャンセルした。

 このままでは、また、事故は起きるだろう。2010.08.02

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映画「BOX 袴田事件 命とは」 人をどう裁くか、裁判官の苦悩

 静岡県清水市(現・静岡市清水区)で起きた強盗放火、1家4人殺し事件、袴田事件を扱った映画

 「BOX」(高橋伴明監督)

を、この事件で死刑が確定した袴田巌の地元、浜松市の映画館「イーラ」で見た。上映後、初日とあって高橋監督、榎本館主、死刑囚の姉袴田秀子さんの舞台あいさつ(観客との交流会)があった。この映画の制作の目的は

 今始まった、裁判員裁判制度について、この事件を通して、あるいはこの事件を材料にして、その危うさを知ってもらうのがねらい」

と話してくれた。プロのまじめな裁判官ですら、人を裁くことは、とりわけ否認事件では、いかに難しいか、それを知ってほしいということだった。したがって、監督自身は、裁判員制度には反対、つまり、廃止を支持しているという。

 この映画では、警察、検察の取調べで自白を迫る暴力的なシーンが執拗に出てくる。これを取り上げて、警察・検察関係者からは、事実を捻じ曲げており、「反社会的な映画」ではないかとの批判もあるらしい。しかし、監督自身はそんなことは気にしていない。むしろ、そうした批判があってもいいというぐらい自信を持っている。

 それは、監督自身が学生時代に逮捕され、手錠をかけられ、服役した時の体験で裏打ちされているからだろう。決して、暴力的な取調べは、ことさらに誇張したものではなく相当程度事実に近いものであることを身をもって知っているという。自信がある。

 作品の出来は、今ひとつであったと思う。ただ、袴田巌役の新井浩文は好演したと思う。その面を見ただけで、いかにも殺人犯らしい風貌。しかも、演技もうまい。そこにいるだけで存在感がある。そんな新井に、実は無実(と監督自身が考えている)死刑囚役をやらせている。ここに映画としてリアリティを感じた。

 それに対して、主役の熊本典道裁判官役の萩原聖人は、まったくばかばかしいほどの演技だった。ぺらぺらの正義心で、リアリティがない。うそっぽい。これでは、本職の裁判官もあきれるだろう。

 冒頭10分のごだごたもいらない。すっと事件に入るべきだった。また、ラストの5分もいらない。意味不明の裁判官と袴田巌のかけあいというか、じゃれあいというか、そんな映像を流しているが、それまでの緊張感がいっぺんに吹き飛んで、ふやけた映画になってしまった。

 上映後にこのラストシーン5分の意味について、高橋監督に直接、糺すと

「人を裁くことは、同時に裁く裁判官自身も裁かれていることを象徴的に表現した」

という趣旨の説明だった。どうも、そんなふうには小生には伝わってこなかった。

 それと、最後に、長々と字幕がでてきて、その後、袴田事件がどうなったかをくだくだ説明しているが、これは余計なことではないか。映画の印象が薄れるばかりか、何を訴えたいのか、あいまいになってしまった。

 袴田巌死刑囚は無罪であると主張したいのか

 それとも

 自白調書の信用性がいかに危ういもであるかを印象付けたいのか

 それとも

 人を裁くということはいかに難しいかということを主張したいのか、

 だから、裁判員制度は、かえって冤罪を生むと主張したいのか

どうも、直接、上映後、監督自身に問いたださなければならなかったのは残念だった。どうも、主張性のある映画をつくろうとしたという制作意図の割には、上映された映像からは、その主張が明確には伝わってこなかった。

 このブログでも取り上げた主張映画「命の山河」のほうが、映画の出来は稚拙だが、まだ主張が明確に伝わってきた。2010.08.01

 追記

 上映後の交流会で、袴田巌死刑囚の姉、秀子さんは、最近の巌の様子について、東京拘置所に面会に行ったことを話していた。

 7月14日に面会に行ったが「言うことは(相変わらず)トンチンカン」。その後の面会では「面会拒否」。その後も午後に支援者(新田)が面会に行ったが「面会拒否」。このときは、民主党政権初の死刑執行(東京拘置所)の日だったので、秀子さんの推測では巌死刑囚も神経質になっていたのではないかとのことだった。

 データ 

 この日の2人の死刑執行で、現在の確定死刑囚は、2人減って

 107人。

 千葉景子法務大臣は死刑廃止論者。死刑執行を機会に

 「死刑制度の存廃について、今後、国民的な議論が必要」とのコメントを記者会見で述べている。

  ただ、今年(2010年2月)の内閣府世論調査によると、死刑制度に賛成と「やむを得ない」を合わせると

 85.6%。

 こうした中で、死刑廃止の世論形成は相当困難だろう。

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