快晴、伊豆・城ヶ崎海岸ウオーキング へんてこな岬名の由来
大型連休の一日を利用して、快晴の伊豆・城ヶ崎海岸、約10キロを職場仲間と歩いた。伊東市のこのあたりを静岡県などは、珍しい地質が多いということがあり、ユネスコ認定の地質の世界遺産「ジオパーク」にしてもらおうとの動きが最近、活発化している。
果たして、どんなところか、現地を歩いてみたい
そんな思いで、この地に実家のある職場仲間を案内人に9人で出かけた。この日は快晴で、現地に向う新幹線の車窓、新富士駅からは見事な
雲一つない快晴の雪の富士山
が眼前に広がったのは感激だ。しかも、最近、新雪が降ったこともあり、宝永山の下まで雪を頂いた見事な富士山であった。熱海駅で降り、黒い車体の普通電車「黒船電車」で南下、現地の伊豆急「伊豆高原駅」に到着、ここからスタート。
海岸線にそって歩いたのだが、福井市出身の小生として、驚いたのは、海岸線全体が、まるで東尋坊のように、切り立った断崖、柱状摂理から成り立っていたことだ。この海岸が、近くの火山・大室山(または小室山)からの溶岩でできたことを思わせる光景だ。実際歩いてみると、溶岩からできたような岩がごろごろしていて、大変に歩きにくかった。それでも、遊歩道脇には、緑の葵の形をした葉のフキが沢山生えていた。
もう一つ、驚いたのは、岬の名前がほとんどひらがなで、標柱に名前がかかれていても、ちょっと意味がわからないものがほとんどだった。しかも、数が多い。こんな具合だった。
かさご根(ね)、こさいつな、さいつな、こばい、おおばい、びゃくび、ばったり、てんまじり、おとじろう、なが根、あぶな根、まる根、いがいが根
この「いがいが根」は、まさに、東尋坊の小形版という印象だ。真下を覗くと足がすくむ。
さらに、遊歩道に沿って北に向うと、岬の名前が
なみだち、にちょう、だせんば
とりっぱな建物が並ぶ蓮着寺(日蓮聖人ゆかりの寺)まで続いていた。さらに北には、しんのり、ひら根、つなきり
と続き、私たちは、「城ヶ島ブルース」歌碑や灯台のある岬「ならいかけ」まで歩いた。さらにその先には
もずがね、ふたまた、おおづり、まえかど
というのもあるらしい。そのあたりに「ぼら納屋」もあったらしい。
そこで、いろいろ聞いてみると、
これらは、江戸時代に行われていた「ぼら魚」の漁師が位置の目印につけたものらしい。その場所の形や伝説などを織り込んだという。
中には、日蓮岬
というのもあって、やはりと合点した。「立正安国論」をとなえた日蓮上人が鎌倉幕府の怒りにふれて、伊豆・伊東に流されたところだろう。置き去りにされた小島、「まないた岩」も波に洗われていた。静かな蓮着寺奥の院から、その「まないた岩」を眺めながら、
あそこに日蓮が置き去りにされたのか
と感慨に浸った。
いろいろ感慨に浸った大型連休の一日であった。旅の終わりには、椰子の並木道を通った。
伊東と言えば温泉であり、一風呂を伊東市内の「緑風園」で浴び、疲れを癒した。湯
上りのビールは、言うまでもなく、うまかった。2010.05.02
注記
この小旅行に参加したのは、小生以外に次の職場仲間8人だった(全部で9人)。
高瀬直樹、篠原光秋、佐藤満、藤田輝夫、鈴木寛一郎、田中実、瀧下勇。ほか原田何某が途中参加。
今回は海中にどんな生物がいるのか、わからなかったが、
「伊東ガイドブック 城ヶ崎海岸 海中生物編」(伊東市)によると、
暖かい黒潮に乗ってやってくるので、南の海の魚が伊豆半島沖には生息しているという。その代表が
チョウチョウウオ
という。いかにも熱帯魚らしい。海の宝石と言われているウミウシ類も多いらしい。そのせいだろう、この海岸一体には、ダイビングスポットも多かった。ダイビングリゾートハウス(レストラン)もあった。
こんなことを考えると、
伊豆は過疎地帯
とは言うが、文字通り、光が降り注ぐ、比較的経済的に豊かな人に人気の「自然も豊かな過疎地帯」だ。うらやましい。
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