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決定論的な地震予知、確率論的な地震予測

 5月21日付静岡新聞の社会面に

 太平洋沿岸で(昨年に比べ)確率上昇/静岡市89.8% 地震動予測地図更新

と出ていた。政府の地震調査委員会がまとめた「今後30年以内に震度6以上の揺れに見舞われる確率」である。紙面には、日本地図に確率ごとに色分けして、図示されている。これが、確率論的な地震予測である。

 これに対して、いつ、どこで、どの程度の地震が起きるかということを予知するのが、

 決定論的な地震予知

である。社会の関心は、科学的な根拠がはっきりしている長期的な確率論的な予測よりも、はるかに決定論的な予知のほうが高い。

 なにしろ、この記事によると、90%の確率で、30年以内に震度6以上の地震が静岡県に起きるとしているが、震度6以上と言えば、これは東海地震が30年以内にほぼ確実に来るということを意味する。これはよくよく考えると、大変なことだ。東海地震が30年以内に、ほぼ確実に起きるのにもかかわらず、そして、その確率も年々高くなっているにもかかわらず、社会の関心はほとんどない。

 社会は、確率的な考え方に慣れていない。決定論的予知がすべてなのだ。たとえ、その予知が科学的な根拠がしっかりしていなくても、分かりやすい決定論的地震予知が好まれるのだ。地震学者が、科学的な根拠があることから、決定論的な予知ができなかった阪神大震災の以後は、確率論的予測をいくら喧伝しても国民の地震に対する備えは高まらないのは、このせいだ。国民にとって根拠があるかどうかは問題ではない。

 静岡新聞「窓辺」の吉田明夫氏(判定会委員)のエッセーでもこの点に着目した主張がほしかった。予知と予測の違いについて説明しただけの5月14日付「窓辺」では、誰も関心を寄せないだろう。もったいない。

 ちなみに、5月21日付静岡新聞夕刊「窓辺」の吉田さんの

 地震予知

の話も、とても判定会委員とは思えないほど、ちょっと物足りない。エッセーの最後に、興味のあるのは、

 ゆっくり滑りの開始が差し迫っていることを知る手だてはないかという問題

であると指摘しているが、

 これについては別の機会に譲りたいと思います

と結んでいるのは、残念だ。間延びのする話を長々と述べて、その最後にこれでは、読者をバカにしていると言われても仕方がない。予知に対する自信と定見がないから、こうなったのだろう。冒頭からずばりこのことに切り込むべきだった。

 それと、もうひとつ、

 この意味で、東海地震予知の戦略は緊急地震速報と似ているところがある

と書いているが、間違いか、百歩譲っても読者に誤解を与える。

 ゆっくり滑りという地震発生前の兆候をとらえ、いち早く知る予知技術と、発生した地震をいち早く速報する速報技術とは、「いち早く」という点では似ているかもしれないが、知る手立て、方法がまったく違うレベルの話。ごっちゃはこまる。予知の難しさについて、県民に誤解を与えかねない。

 それにしても解説はいらない。判定委員としての見識、明確な主張がほしい。元気象庁地震予知課長がこれでは、心もとない。

 このエッセーをいくつか読んだ範囲の印象だが、

 今の判定会の人材では、東海地震の予知について、招集がかかっても、結局、的確、迅速な結論はでないのではないか。ああでもない、こうでもないの、危険な小田原評定になりかねない。

 ずばり、切り込んだ話が聞きたい。2010.05.21 

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コメント

 すばらしいお話ですね。ハイゼンベルグの不確定性原理を有する、一種の振動した粒子同士の衝突を考えると、数回衝突すると等確率性が出てくると思われるが、そういった発表をする物理学者がいない。等確率の原理の確定こそが、人類普遍の財産になるのに。量子力学と熱力学を分断させようと楔を打つ発言がネット上でも散見されている。だれかこのへんを研究してくれませんか~。あと、熱力学と量子力学を分断する意図をもった圧力団体の正体をしっていれば教えてほしい。

投稿: アンチ分断主義者(物理学者の卵) | 2014年7月13日 (日) 18時43分

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