« 元死刑囚、免田栄の旅 冤罪はなぜ繰り返されるのか | トップページ | 金沢「熱狂の日」 意外な人、懐かしい人、これから付き合いたい人に出会った旅 »

凧揚げと御殿屋台と 浜松まつり考 新エネルギーと町名は浜松の活力

 浜松まつりの最中、威勢のいいラッパの音を聞きながら、このブログを書いている。今、浜松のメインストリート、鍛冶町通りに集結した多数の御殿屋台を見てきた。

 その感想を一言で言えば、

 京・祇園祭の山鉾

というところだ。みやびではないが、勇壮、元気の出るまつりである。小生の住んでいる「塩町」の提灯をつけた屋台、それから「元魚町」「成子町」「東伊場」「肴町」「旅籠町」「三島町」など83もの屋台が次々とやってきた。屋台はいずれも、唐破風の二重屋根に彫刻である。「東菅原町」「西菅原町」というのもあった。

 小生がこの町名入りの提灯をみて、感激したのは、

 町名がよく保存されて、今もりっぱに〝現役〟で存在している

ということだった。昭和30年代の町名破壊、つまり、何丁目という言い方がまったくない。これは大変な財産だ。浜松市民はがさつであると言われているが、それは時の権力になびかない気骨の裏返しであり、たいしたものであるとこの提灯の町名に感心した。しかも、それを誇りにして、町おこしをしているところが、たくましい。

 ここが、町名破壊が極端に進んだ金沢とは違う。金沢は所詮、権力に弱い外様なのだ。

 この日、5月4日は晴れたので、久しぶりに

 凧揚げ合戦の会場、中田島砂丘

を訪れた。遠州は風が強いという特性を生かしたまつりだ。パンフレットによると、174の町内から凧揚げ合戦に参加している。ただ、凧の大きさは、いずれも、2メートル四方、だからたたみ二枚のほぼ正方形である。図柄が町によって異なる。小生も長男が生まれた30数年前、町内からたたみ1枚分の長方形の凧(デザインは金太郎。右下に息子の名前「正吾」)をもらった。

 この凧揚げ合戦で面白かったのは、合戦に破れて凧が地上に落ちたあとの処理風景だった。それなりの道具がある。松林のこずえに引っかかった凧をどう回収するか、とび職風の男性が巧みに松の木にのぼり、回収していた。凧揚げは、とかく上ばかりに注意が行くが、案外、地上での処理の方が面白い。そんなことに気づいた。

 帰り際、ふと、一人の古老に出会った。86歳の男性が、松の木に凧糸を結んで凧を揚げていた。町内の凧と同じ大きさだという。ただし、デザインは、家紋の

 三つ葉剣カタバミ

だった。聞けば、この30年、毎日のように凧を揚げてきたという。糸の長さは、約200メートルという。少し凧糸を触らせてもらったが、そうとうの力がいる。それを一人であげたというのだから、

 遠州人は強い。

 久しぶりに見る遠州灘だったが、明るく穏やかだった。

 追記

 遠州の凧は、ほぼ真四角の1枚の平面凧だが、全国には

 丸みのある奴凧

 いくつもの凧をつないだムカデ凧

などいろいろな形のものがある。立体凧もある。シンガポールだったと思うが、

 光る凧(カイト)

も最近では人気だという。小生の寝室にある凧は

 いわゆる六角凧、その中の文字は「龍」

である。

 追記

 書き終わってふと、また思った。遠州灘に流れ込んでいる天竜川。その河口には

 6基の3枚羽根風力発電棟がある。

 これも遠州は風が強いいという特性を生かしたものだろう。確か、浜松に近い愛知県東部海岸近くにも中部電力の風力発電所があったはずだ。

 浜松は、ひょっとすると、再生可能エネルギーの町

なのかもしれない。2010.05.04(午後9時半)。

 まつりのラッパはますます勢いを増している。

 さらに追記 2010.05.04

  この日、鳩山由紀夫首相は、就任後初めて沖縄を訪れた。

 普天間基地、県外移設を、の大合唱。首相、言い訳に終始。

 5月決着はほぼ不可能に、5月退陣の予感。政治が動く政局入りか。

|

« 元死刑囚、免田栄の旅 冤罪はなぜ繰り返されるのか | トップページ | 金沢「熱狂の日」 意外な人、懐かしい人、これから付き合いたい人に出会った旅 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/48267577

この記事へのトラックバック一覧です: 凧揚げと御殿屋台と 浜松まつり考 新エネルギーと町名は浜松の活力:

« 元死刑囚、免田栄の旅 冤罪はなぜ繰り返されるのか | トップページ | 金沢「熱狂の日」 意外な人、懐かしい人、これから付き合いたい人に出会った旅 »