« 凧揚げと御殿屋台と 浜松まつり考 新エネルギーと町名は浜松の活力 | トップページ | 文化としての富士山 写真家、石川直樹氏の主張 »

金沢「熱狂の日」 意外な人、懐かしい人、これから付き合いたい人に出会った旅

 メンデルスゾーン(1809年生)、ショパン(1810年)、シューマン(1810年)が生まれて200年。彼らの名曲を身近に感じてもらおうと、金沢市内のさまざまなところでクラシック演奏会が開かれた。

 ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)金沢

の1日に、小生も参加した。誰もが一度は聞いたことのある名曲が多かった。久しぶりの金沢だったが、参加した結論を先に言ってしまえば、

 名曲を通して、意外な人、懐かしい人、これから付き合いたい人に出会った旅だった

ということだろう。もっと言えば、

 熱狂の中、静かに自分のこれからを探す旅だった

ように思う。クラシック演奏の場で

 出会った知人のそれぞれの人生を映し出し、そして交差させてくれた1日

だった。小生がいたく感激したのは、メンデルスゾーンのよく知られた名曲、

 バイオリン協奏曲 ホ短調 op.64

であり、井上道義さん指揮で、世界的なバイオリニスト

 レジス・パスキエ

の緩急のきいた大熱演には驚いた。親しい友人と県立音楽堂近くの洒落たレストランで、演奏の余韻を楽しんだ後9時過ぎ、ひとり、市中心部の

 四高記念文化交流館

に佇んだ。建物自体はライトアップされていたが、誰もいないその影の片隅にひっそり置かれた御影石の文学碑に目がとまった。小説家で詩人の井上靖の「流星」である。

 見事な詩だった。気が引けるが、全文はこうだ。

 流星

 高等学校の学生の頃、日本海の砂の上で、ひとりマントに身を包み、仰向けに横たって、星の流れるのを見たことがある。十一月の凍った星座から、一條の青光をひらめかし、忽焉とかき消えたその星の孤独な所行ほど強く私の青春の魂をゆり動かしたものはなかった。

 それから半世紀、命あって、若き日と同じように、十一月の日本海の砂丘の上に横たわって、長く尾を曳いて疾走する星を見る。併し心打たれるのは、その孤独な所行ではなく、ひとり恒星群から脱落し、天体を落下する星というものの終焉のみごとさ、そのおどろくべき清潔さであった。

 四高出身者の井上さんだからこそ、書けた詩だと思う。井上さんの誕生日は

 5月6日(1907年)。

 いまからおよそ100年前だ。この文学碑に目を止めながら、

  小生にとって、

 終焉のみごとさとは何んだろうか

 終焉の清潔さとはなんだろうか

 そんなことを静かに考えさせる「熱狂の日」の夜だったように思う。ただ、夜空は晴れてはいたが、星は見えなかった。2010.05.06 

|

« 凧揚げと御殿屋台と 浜松まつり考 新エネルギーと町名は浜松の活力 | トップページ | 文化としての富士山 写真家、石川直樹氏の主張 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533942/48287417

この記事へのトラックバック一覧です: 金沢「熱狂の日」 意外な人、懐かしい人、これから付き合いたい人に出会った旅:

» ブログ管理人 [ブログを拝見しました 。]
すてきなブログですね  ^^  また来ます。 応援たま ♪ [続きを読む]

受信: 2010年5月 6日 (木) 20時49分

« 凧揚げと御殿屋台と 浜松まつり考 新エネルギーと町名は浜松の活力 | トップページ | 文化としての富士山 写真家、石川直樹氏の主張 »