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「死刑裁判」の現場 土本武司氏のためらい

  世界的な潮流はEUなどを中心に死刑廃止の方向なのに、日本はむしろ死刑支持論が国民の間で最近強まっている。日本のこの現状に一石を投じる番組を見た。強力な死刑存置論者として知られる高名な検事のためらいのドキュメンタリーである。

 自分が検事として死刑を求刑し、裁判で被告がそれを受け入れ、判決でも死刑が確定した死刑囚。なのに求刑した検事本人が、死刑囚との文通から、十分に更正ができたと判断し、なんと、

 死刑執行を停止してほしいとする「個別恩赦」

を上司と相談していた。そんなドキュメンタリーが、5月30日、日曜日夜のNHK教育テレビで放送していた。1971年11月8日に東京拘置所で死刑が執行された長谷川武死刑囚の事件である(執行時28歳、初犯で死刑)。

 個別恩赦とは、刑事訴訟法の規定であり、公判記録の紛失など、個々の特段の事情に照らして適用されるのに、そしてそれは非常に例外的であるのに、完全に更正はしているとはいうものの、それ以外に特段の事情がないのに適用を一時的にしろ、検察内部で検討、あるいは相談していたとは驚きだ(もちろん、適用申請はしなかった)。

 「死刑裁判」の現場 検事と死刑囚の44年 捜査検事に届いた死刑囚からの手紙9通

という番組だった。その捜査検事とは、これまた、なんと、強硬な死刑存置派の元最高検検事の土本武司氏(75歳)だというのには、二度、びっくりした。いわゆる「鬼検事」にも涙というストーリーであり、それでも放送前の当初、死刑存置、あるいは容認派の代表として、死刑支持の信念、あるいは発言を繰り返すのだろうと想像していたが、まったく外れた。

 ただ、土本氏は、現在でも、死刑存置派であるとの趣旨を番組では語っている。同氏はこの番組で

 「死刑制度がある以上、特段の事情がないのに死刑を執行しないのは法治国家を破壊する」という趣旨のことを語っていた。

 それでもなお、場合によっては、ためらいがある。番組はそこに焦点を当てていた。

 死刑制度について、最近の内閣府の世論調査で「死刑はやむを得ない」とする人が国民の85.6%と、これまでの調査の中でも最高となっているものの、しかし、それは観念上の話だからそうなるのであってとして、土本氏は

 「もう一歩、深く重いところで人の命を考えると、できれば(死刑制度は)ないほうがいい」

とも語っていた。

 この場合の「深く重いところ」というのは、廃止論とか存置論とかというそんな抽象論ではなく、死刑執行の現場を実際に見て考えると、という意味である。現在、死刑執行の現場は非公開だが、土本氏が高検検事として、死刑執行に立ち会ったその経験が語られていた。これには、説得力があった。

 番組では、土本氏の詳細な実見記録メモと、NHKが独自に入手した資料をもとに死刑執行の様子がかなり詳細に再現されていた。絞首刑台のことを「刑檀」と書かれていた。

 死刑執行は、おおむね「南無阿弥陀仏」と唱えたり、読経、焼香があるなど、仏式

 宗徒ではない土本氏もこれには、戸惑ったらしい。それに、生きている人を目の前にして、その人の冥福を祈るというのも異様だったようだ。

 読経の中、医務官が心停止確認。

「絶息確認」

と執行官(刑務官)が告げ、執行が完了するという。

 これに対して、実見した土本氏は、

「正視できない」

「悪いことをしたんだから、一番重い刑を科してやるんだという気にはならない」

とも述懐していた。

死刑制度の具体的な現場を見た後では、もう一歩、深いところで考えると、

「できればないほうがいい」

ということになったのはこの体験が言わしめたのだろう。

 この長谷川死刑囚の場合、強盗殺人事件について謝罪する意味で死刑を受け入れた。そして刑が執行された後、母親は電車に飛び込んで、自殺したという。

 番組が、どういう趣旨で放送されたのか、よく分からなかったが、裁判員制度1年とは無関係ではないだろう。

 裁判員へ、死刑判決は、よほど慎重に

ということを検事の側から警告したものであろう。

 無実の冤罪者を出してはならない。同時に、法治国家として有実の犯罪者を見逃してはならない

というのが土本氏の信念だ(冤罪をつくりだしてはならないのは、その陰に有実の犯罪者を見逃しているという問題がある)。その土本氏からして、死刑裁判にはためらいがあり、重い課題なのだということが番組から伝わってきた。

 最近、NHKは、冤罪をテーマとした

元死刑囚、免田栄さんの冤罪者を訪ねる旅「裁判員へ」

など、裁判員制度の在り方をめぐる番組に考えさせられるものが多い。今回の番組も、

 「死刑(の目的)とは、一体何なのか」

 教育刑なのか、応報刑(つまり、復讐の論理)なのか、

  そもそも死刑は必要なのか

という求刑する側の検察側からの一つの問題提起として評価したい。

  この長谷川死刑囚の場合、否認事件ではなく、まだ、深刻さがそれほどではない。これが否認事件の場合、冤罪死刑ということもあり、事はより深刻だ。

 その場合でも、なお、死刑は必要だとするには、よほどの強い理由が必要だろう。それは何なのか。

 被害者のことを考えあわせると、そんなことを問いかけるのは甘いと思われるかもしれないが、死刑支持の突き詰めた根拠をあらためて考えさせられた番組だった。

 2010.05.31

 追記

 先に、土本氏がいみじくも

「もう一歩、深く重いところで人の命を考えると、できれば(死刑制度は)ないほうがいい」

と言ったが、死刑制度がないEUの考え方にも通じる。欧州連合(EU)の加盟条件は、戦時を含めてすべての条件の下での死刑の全面廃止を規定している。このため、EU加盟国ではない欧州諸国も最近では、ベラルーシなどを除けば、ほとんどが死刑廃止国。

 廃止の理由は

「死刑は最も基本的な人権、すなわち生命に対する権利を侵害する極めて残酷、非人道的な、人間の尊厳を冒涜する刑罰である」

という国家の基本に関する考え方に基づいている。冤罪防止という面もあるが、死刑廃止は国家というもののそもそもの存立基盤であり、世論調査で是非を問うべき以前の国家の前提であるらしい。EU関連の公文書に出てくる文言であるという。

 逆に言うと、政府は世論で是非で問わなくてもいいように国民に廃止に理解を求めるのが筋とでもいうような考え方だろう。

 EUの考え方は、超先進的な発想であり、中国、韓国、北朝鮮、日本など存置国にはなかなか理解できない考え方ではある。土本さんの苦悩もそこにあると気づいた。2010.06.23

 追記 2011.10.13

  10月13日付毎日新聞朝刊によると、

 土本元最高検検事「絞首刑は憲法違反」と証言

という記事が出ている。

5人が死亡した放火殺人事件の裁判員裁判(大阪地裁)で、土本武司元最高検検事が弁護側の証人として出廷。死刑執行に東京高検検事として立ち会った経験を具体的に述べるとともに、その経験をもとに

「絞首刑はむごたらしく、正視に堪えない。残虐な刑を禁じた憲法に違反する」

と証言した。証言した理由として、「裁判員に絞首刑が何たるかを具体的に知らずに死刑の適用をするかどうかを判断することはよくないと思ったからだ」と述べた。

  現役時代、死刑容認派だった土本氏。元最高検検事としての証言とはいえ、「死刑は憲法違反」という裁判での証言は重い問題提起であろう。

 これを機会に、死刑制度の具体的な内容がもっと公開されていくことが必要だと感じた。

 ● 補遺 最近の死刑廃止論議 2014.10.17記

 BS-フジの夜の討論番組「プライムニュース」(2014年10月16日放送)は、

 死刑制度を考える

というテーマを取り上げていた。国会での死刑廃止をめぐる最近の論議である。ゲストは、死刑廃止を推進する議員連盟会長の亀井静香衆院議員と、重罰論者の鳩山邦夫衆院議員(元法相)。専門研究者は四宮啓國學院大法科大学院教授。

 論点は、

 極刑にどのような選択肢を設けるか

ということである。それには、おおむね次のようなA案とB案が提示されている。

 A 死刑、仮釈放のない終身刑、一定条件を満たせば仮釈放のありえる無期懲役刑

 B 死刑は廃止。仮釈放のない終身刑、一定の条件を満たせば仮釈放のありえる無期懲役刑

 死刑廃止を推進したい亀井氏は、もちろん基本的にB案支持。これに対し、重罰主義の鳩山氏は、死刑は極力少なくするも、死刑は現行どおり存続派。つまり、B案に賛成する。

 研究者の四宮教授は、国家であろうがなかろうが、またどんな理由があろうと人の命を奪うことは、人類の普遍の原理「人間の尊厳」に反し許されないこと、また死刑廃止の方向は世界の潮流であることにより、死刑廃止支持派(B案派)。日本弁護士連合会も、2013年6月の死刑制度にかんする提言で明確に「死刑を廃止して」としており、B案を支持。

 A案支持は、鳩山氏だけだが、このブログで問題となった確定死刑囚が更生したかどうかで確定刑を減刑することには強く反対する意見を述べていた。つまり、元法務大臣であるだけに、現状維持的な改革=改善を目指しているように見受けられた。

 B案支持の亀井氏の発言で鋭いというか、面白かったのは、このブログ冒頭で書いた死刑廃止は世界の潮流なのに日本人は死刑支持派が年々増えていることについて、司会者に意見を求められたときの主張。

 「死刑に関する世論調査の設問の仕方が、重罰主義にかたまっている法務省官僚の恣意により間違っている。死刑、是か非かというような聞き方ではなく、A案のようないろいろな選択肢を示して回答を求めるならば、おのずと結果は異なる」

というものである。一理あり、少なくとも死刑賛成86%という圧倒的な支持はぐんと減るだろうとブログ子も推測する。つまり、極刑が死刑にばかり偏らず、もっと終身刑や無期懲役刑を選択する国民が増えるというわけだ。

 番組では専門家の四宮教授は

 「死刑の現場、実態などもっと情報公開を」

と提案していた。今のような実態をほとんど知らずに廃止するかどうか、うんぬんするのはおかしいというわけである。その通りだと思う。

 また、死刑確定から執行までの期間が最近では長くなる傾向があり、死刑囚の心身上の影響を別にすれば、事実上、外形的には死刑は終身刑となっている。このことは司法軽視になりかねず法治国家としてむしろこのほうが問題であろう。

 死刑判決を下すことも少なくない司法参加の裁判員制度がスタートして丸5年。極刑のあり方について結論を出すためには、実態をもっと表に出すことが必要だろう。

 ちなみにブログ子は、死刑存続派である。

 人の命は「一銭五厘」とまではいわないが、地球よりも重いとも思わないからである。量刑判断では人間はきっとその理性や合理性を発揮してくれると信じている。人間を信じる。これがブログ子の死刑存続の理由である。

 ● メモ 2014年10月21日記

 講談社の読書人の雑誌(PR雑誌)「本」2014年7月号に

 特別対談

 加賀乙彦×堀川惠子 戦争・死刑・日本人

  『宣告』と『教誨師』から読み解くこと

というのがある。精神科医で長く拘置所の医務官だった加賀氏には死刑囚を主人公にした小説『宣告』(新潮社、1973)がある。死刑廃止論者でもある。

 Image2019jpg 加賀氏は、対談の締めくくりで死刑制度と国家が国民を殺す戦争とは深い関係があるとも主張している。

 堀川氏はジャーナリストで、多くの死刑にかかわるノンフィクションを出版している。近著には、死刑執行に立ち会う浄土真宗の僧りょを主人公にした

 『教誨師』(講談社、2014年1月)

というのがある。堀川氏は、このノンフィクションで国民の死刑制度の実態に対する無関心さを突き崩したいと対談で語っている。このほか、テレビでも放送された

 『永山則夫 封印された鑑定記録』(いける本大賞)

などもある。テレビ(ETV特集、2012年)では「封印された精神鑑定の真実」というタイトルで放送されたのを、ブログ子も拝見した。

 精神鑑定した当の精神科医の鑑定結果と、永山の手紙などの内容との間には、埋めようのない謎やギャップ、あるいは深刻な矛盾があった。死を前にした死刑囚の心理状態の異常さはなかなかうかがい知れないことを知った。死刑制度を離れて、人間とは何ぞやということを、否応なく深く考えさせられた放送だったことを付け加えておきたい。

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