« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月

ジャズ・ギタリスト、マイク・スターンを聴く イン 浜松 

 やはり、迫力があった。

日本人のジャズは、草食系

だが、

本場アメリカのジャズは、肉食系

だと感じた。5月30日、日曜日午後、浜松でのジャズ・ウイークのコンサート(ヤマハ・ジャズ・ウイーク)である(B席=3000円)。トリオでの出演で、アクトシティ大ホールだ。ただ、スターンは、かのマイルス・デービスの下で、ジャズ・ギタリストとして抜てきされたということのようだが、どうもマイルス流のしっとりしたモードジャズという感じではない。どちらかというと、ビバップ風の迫力があった。

 日本人としては、佐藤允彦(まさひこ)氏がジャズピアノで出演。ボーカリストでは、Akikoがうたっていた。楽しいジャズを聴かしてくれた。夜の公演だったら、もっと盛り上がっただろう。

 たまには、ジャズもいい。そんな1日だった。2010.05.31

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「死刑裁判」の現場 土本武司氏のためらい

  世界的な潮流はEUなどを中心に死刑廃止の方向なのに、日本はむしろ死刑支持論が国民の間で最近強まっている。日本のこの現状に一石を投じる番組を見た。強力な死刑存置論者として知られる高名な検事のためらいのドキュメンタリーである。

 自分が検事として死刑を求刑し、裁判で被告がそれを受け入れ、判決でも死刑が確定した死刑囚。なのに求刑した検事本人が、死刑囚との文通から、十分に更正ができたと判断し、なんと、

 死刑執行を停止してほしいとする「個別恩赦」

を上司と相談していた。そんなドキュメンタリーが、5月30日、日曜日夜のNHK教育テレビで放送していた。1971年11月8日に東京拘置所で死刑が執行された長谷川武死刑囚の事件である(執行時28歳、初犯で死刑)。

 個別恩赦とは、刑事訴訟法の規定であり、公判記録の紛失など、個々の特段の事情に照らして適用されるのに、そしてそれは非常に例外的であるのに、完全に更正はしているとはいうものの、それ以外に特段の事情がないのに適用を一時的にしろ、検察内部で検討、あるいは相談していたとは驚きだ(もちろん、適用申請はしなかった)。

 「死刑裁判」の現場 検事と死刑囚の44年 捜査検事に届いた死刑囚からの手紙9通

という番組だった。その捜査検事とは、これまた、なんと、強硬な死刑存置派の元最高検検事の土本武司氏(75歳)だというのには、二度、びっくりした。いわゆる「鬼検事」にも涙というストーリーであり、それでも放送前の当初、死刑存置、あるいは容認派の代表として、死刑支持の信念、あるいは発言を繰り返すのだろうと想像していたが、まったく外れた。

 ただ、土本氏は、現在でも、死刑存置派であるとの趣旨を番組では語っている。同氏はこの番組で

 「死刑制度がある以上、特段の事情がないのに死刑を執行しないのは法治国家を破壊する」という趣旨のことを語っていた。

 それでもなお、場合によっては、ためらいがある。番組はそこに焦点を当てていた。

 死刑制度について、最近の内閣府の世論調査で「死刑はやむを得ない」とする人が国民の85.6%と、これまでの調査の中でも最高となっているものの、しかし、それは観念上の話だからそうなるのであってとして、土本氏は

 「もう一歩、深く重いところで人の命を考えると、できれば(死刑制度は)ないほうがいい」

とも語っていた。

 この場合の「深く重いところ」というのは、廃止論とか存置論とかというそんな抽象論ではなく、死刑執行の現場を実際に見て考えると、という意味である。現在、死刑執行の現場は非公開だが、土本氏が高検検事として、死刑執行に立ち会ったその経験が語られていた。これには、説得力があった。

 番組では、土本氏の詳細な実見記録メモと、NHKが独自に入手した資料をもとに死刑執行の様子がかなり詳細に再現されていた。絞首刑台のことを「刑檀」と書かれていた。

 死刑執行は、おおむね「南無阿弥陀仏」と唱えたり、読経、焼香があるなど、仏式

 宗徒ではない土本氏もこれには、戸惑ったらしい。それに、生きている人を目の前にして、その人の冥福を祈るというのも異様だったようだ。

 読経の中、医務官が心停止確認。

「絶息確認」

と執行官(刑務官)が告げ、執行が完了するという。

 これに対して、実見した土本氏は、

「正視できない」

「悪いことをしたんだから、一番重い刑を科してやるんだという気にはならない」

とも述懐していた。

死刑制度の具体的な現場を見た後では、もう一歩、深いところで考えると、

「できればないほうがいい」

ということになったのはこの体験が言わしめたのだろう。

 この長谷川死刑囚の場合、強盗殺人事件について謝罪する意味で死刑を受け入れた。そして刑が執行された後、母親は電車に飛び込んで、自殺したという。

 番組が、どういう趣旨で放送されたのか、よく分からなかったが、裁判員制度1年とは無関係ではないだろう。

 裁判員へ、死刑判決は、よほど慎重に

ということを検事の側から警告したものであろう。

 無実の冤罪者を出してはならない。同時に、法治国家として有実の犯罪者を見逃してはならない

というのが土本氏の信念だ(冤罪をつくりだしてはならないのは、その陰に有実の犯罪者を見逃しているという問題がある)。その土本氏からして、死刑裁判にはためらいがあり、重い課題なのだということが番組から伝わってきた。

 最近、NHKは、冤罪をテーマとした

元死刑囚、免田栄さんの冤罪者を訪ねる旅「裁判員へ」

など、裁判員制度の在り方をめぐる番組に考えさせられるものが多い。今回の番組も、

 「死刑(の目的)とは、一体何なのか」

 教育刑なのか、応報刑(つまり、復讐の論理)なのか、

  そもそも死刑は必要なのか

という求刑する側の検察側からの一つの問題提起として評価したい。

  この長谷川死刑囚の場合、否認事件ではなく、まだ、深刻さがそれほどではない。これが否認事件の場合、冤罪死刑ということもあり、事はより深刻だ。

 その場合でも、なお、死刑は必要だとするには、よほどの強い理由が必要だろう。それは何なのか。

 被害者のことを考えあわせると、そんなことを問いかけるのは甘いと思われるかもしれないが、死刑支持の突き詰めた根拠をあらためて考えさせられた番組だった。

 2010.05.31

 追記

 先に、土本氏がいみじくも

「もう一歩、深く重いところで人の命を考えると、できれば(死刑制度は)ないほうがいい」

と言ったが、死刑制度がないEUの考え方にも通じる。欧州連合(EU)の加盟条件は、戦時を含めてすべての条件の下での死刑の全面廃止を規定している。このため、EU加盟国ではない欧州諸国も最近では、ベラルーシなどを除けば、ほとんどが死刑廃止国。

 廃止の理由は

「死刑は最も基本的な人権、すなわち生命に対する権利を侵害する極めて残酷、非人道的な、人間の尊厳を冒涜する刑罰である」

という国家の基本に関する考え方に基づいている。冤罪防止という面もあるが、死刑廃止は国家というもののそもそもの存立基盤であり、世論調査で是非を問うべき以前の国家の前提であるらしい。EU関連の公文書に出てくる文言であるという。

 逆に言うと、政府は世論で是非で問わなくてもいいように国民に廃止に理解を求めるのが筋とでもいうような考え方だろう。

 EUの考え方は、超先進的な発想であり、中国、韓国、北朝鮮、日本など存置国にはなかなか理解できない考え方ではある。土本さんの苦悩もそこにあると気づいた。2010.06.23

 追記 2011.10.13

  10月13日付毎日新聞朝刊によると、

 土本元最高検検事「絞首刑は憲法違反」と証言

という記事が出ている。

5人が死亡した放火殺人事件の裁判員裁判(大阪地裁)で、土本武司元最高検検事が弁護側の証人として出廷。死刑執行に東京高検検事として立ち会った経験を具体的に述べるとともに、その経験をもとに

「絞首刑はむごたらしく、正視に堪えない。残虐な刑を禁じた憲法に違反する」

と証言した。証言した理由として、「裁判員に絞首刑が何たるかを具体的に知らずに死刑の適用をするかどうかを判断することはよくないと思ったからだ」と述べた。

  現役時代、死刑容認派だった土本氏。元最高検検事としての証言とはいえ、「死刑は憲法違反」という裁判での証言は重い問題提起であろう。

 これを機会に、死刑制度の具体的な内容がもっと公開されていくことが必要だと感じた。

 ● 補遺 最近の死刑廃止論議 2014.10.17記

 BS-フジの夜の討論番組「プライムニュース」(2014年10月16日放送)は、

 死刑制度を考える

というテーマを取り上げていた。国会での死刑廃止をめぐる最近の論議である。ゲストは、死刑廃止を推進する議員連盟会長の亀井静香衆院議員と、重罰論者の鳩山邦夫衆院議員(元法相)。専門研究者は四宮啓國學院大法科大学院教授。

 論点は、

 極刑にどのような選択肢を設けるか

ということである。それには、おおむね次のようなA案とB案が提示されている。

 A 死刑、仮釈放のない終身刑、一定条件を満たせば仮釈放のありえる無期懲役刑

 B 死刑は廃止。仮釈放のない終身刑、一定の条件を満たせば仮釈放のありえる無期懲役刑

 死刑廃止を推進したい亀井氏は、もちろん基本的にB案支持。これに対し、重罰主義の鳩山氏は、死刑は極力少なくするも、死刑は現行どおり存続派。つまり、B案に賛成する。

 研究者の四宮教授は、国家であろうがなかろうが、またどんな理由があろうと人の命を奪うことは、人類の普遍の原理「人間の尊厳」に反し許されないこと、また死刑廃止の方向は世界の潮流であることにより、死刑廃止支持派(B案派)。日本弁護士連合会も、2013年6月の死刑制度にかんする提言で明確に「死刑を廃止して」としており、B案を支持。

 A案支持は、鳩山氏だけだが、このブログで問題となった確定死刑囚が更生したかどうかで確定刑を減刑することには強く反対する意見を述べていた。つまり、元法務大臣であるだけに、現状維持的な改革=改善を目指しているように見受けられた。

 B案支持の亀井氏の発言で鋭いというか、面白かったのは、このブログ冒頭で書いた死刑廃止は世界の潮流なのに日本人は死刑支持派が年々増えていることについて、司会者に意見を求められたときの主張。

 「死刑に関する世論調査の設問の仕方が、重罰主義にかたまっている法務省官僚の恣意により間違っている。死刑、是か非かというような聞き方ではなく、A案のようないろいろな選択肢を示して回答を求めるならば、おのずと結果は異なる」

というものである。一理あり、少なくとも死刑賛成86%という圧倒的な支持はぐんと減るだろうとブログ子も推測する。つまり、極刑が死刑にばかり偏らず、もっと終身刑や無期懲役刑を選択する国民が増えるというわけだ。

 番組では専門家の四宮教授は

 「死刑の現場、実態などもっと情報公開を」

と提案していた。今のような実態をほとんど知らずに廃止するかどうか、うんぬんするのはおかしいというわけである。その通りだと思う。

 また、死刑確定から執行までの期間が最近では長くなる傾向があり、死刑囚の心身上の影響を別にすれば、事実上、外形的には死刑は終身刑となっている。このことは司法軽視になりかねず法治国家としてむしろこのほうが問題であろう。

 死刑判決を下すことも少なくない司法参加の裁判員制度がスタートして丸5年。極刑のあり方について結論を出すためには、実態をもっと表に出すことが必要だろう。

 ちなみにブログ子は、死刑存続派である。

 人の命は「一銭五厘」とまではいわないが、地球よりも重いとも思わないからである。量刑判断では人間はきっとその理性や合理性を発揮してくれると信じている。人間を信じる。これがブログ子の死刑存続の理由である。

 ● メモ 2014年10月21日記

 講談社の読書人の雑誌(PR雑誌)「本」2014年7月号に

 特別対談

 加賀乙彦×堀川惠子 戦争・死刑・日本人

  『宣告』と『教誨師』から読み解くこと

というのがある。精神科医で長く拘置所の医務官だった加賀氏には死刑囚を主人公にした小説『宣告』(新潮社、1973)がある。死刑廃止論者でもある。

 Image2019jpg 加賀氏は、対談の締めくくりで死刑制度と国家が国民を殺す戦争とは深い関係があるとも主張している。

 堀川氏はジャーナリストで、多くの死刑にかかわるノンフィクションを出版している。近著には、死刑執行に立ち会う浄土真宗の僧りょを主人公にした

 『教誨師』(講談社、2014年1月)

というのがある。堀川氏は、このノンフィクションで国民の死刑制度の実態に対する無関心さを突き崩したいと対談で語っている。このほか、テレビでも放送された

 『永山則夫 封印された鑑定記録』(いける本大賞)

などもある。テレビ(ETV特集、2012年)では「封印された精神鑑定の真実」というタイトルで放送されたのを、ブログ子も拝見した。

 精神鑑定した当の精神科医の鑑定結果と、永山の手紙などの内容との間には、埋めようのない謎やギャップ、あるいは深刻な矛盾があった。死を前にした死刑囚の心理状態の異常さはなかなかうかがい知れないことを知った。死刑制度を離れて、人間とは何ぞやということを、否応なく深く考えさせられた放送だったことを付け加えておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「展職」のすすめ 転職改め

 たまには、日ごろ読まないような硬い研究誌を読んでみたい、と年2回発行の

 「コミュニティ」(2010年145号、財団法人地域社会研究所、5月発行)

をぱらぱらと拾い読みしてみた。巻頭エッセーは、植物から見たコミュニティ。冒頭、いきなり、

 植物の社会にもコミュニティがある

となっており、びっくりした。東大名誉教授でこの地域社会研究所評議員の井手久登氏が書いているのだが、うまい入り方だ。人を引き付ける書きだしにまず驚いた。だから、

 植物社会学

という学問分野があるそうだ。19世紀末から使われているとあるから、おそらく、ダーウインの進化論が社会に浸透していったことと関連して、生まれた用語ではないかと想像したりする。

 そんな硬い話のほか、「教育じろん」で、キャリアカウンセラーの松尾一廣さんが

 展職のすすめ

という話を展開している。転職は元の職とは切り離された、どちらかというとマイナスイメージに対して、展職は、キャリアを切り開く発展型のイメージであり、「輝く未来の自分を築く力になる」と主張している。なるほどと、感心した。

 「新漢和辞典」(諸橋轍次著)で少し調べてみたら、

 「転」には、ころぶ。ころがる。次次に他へ移ってゆく。という意味がある。転向。転出、転入。転勤。転身。転居。転機。転移。いずれもこの意味である。

 これに対し、

 「展」には、ころがる。のびる。ひろがる。進むという意味がある。このほか、憂えが消える、という意味がある。展開。展望。展眉。などが、これに当てはまる。

 横にシフトする「転」に対して、「展」は、横にころがるだけでなく、上下にものびる、ひろがるという意味合いがありそうで、また、憂いが消えるというのだから、職を変えることを「展職」とすれば、明るく、プラス思考のイメージにつながる。

  たまたま読んだ難しい本にも、結構、愉快な話があるものだ。2010.05.24

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

科学ジャーナリズム小説、「天地明察」 渋川春海の生涯

 タイトルだけでは、その内容が分からなかったが、

 「天地明察」(角川書店)

は、どうやら、天文測量家、渋川春海の生涯を描いた小説らしい。著者は、「うばかた・こう」。これが、書店が今「いちばん売りたい」本に与えられる本屋大賞受賞作とは驚きだ。煩雑な数字の世界の話をどう面白く書いているのだろうか。それに興味を持った。ベンチャー事業という視点から物語が展開するようだが、読んでみたい。

 ひょっとすると、

 日本科学ジャーナリスト賞の一つ

に選ばれるかも知れない。つまり、異色の歴史小説と評されているが、単なる偉人伝ではないらしい。読んでみないとわからないが、科学と社会に目を付けた

 科学ジャーナリズム小説と位置づけられないだろうか。2010.05.24

| | コメント (0) | トラックバック (0)

温暖化は本当に人為的な原因で起きているか。 一度は論争相手の立場で考えてみよう

 静岡新聞の社説が、国連の温暖化報告書、いわゆるIPCC報告書をめぐる一連のデータ改ざん疑惑について、

 検証できる仕組み要る

と主張している。データの公平、公正な選択法、その品質を保証するルール、将来予測の計算に使った重要データの公開など、報告書に問題がないか、第三者が検証できる仕組みが必要ではないか、と問いかけている。そのとおりだろう。

 思うに、通常の論文の場合のように、論考の後に、筆者のe-mailアドレスを付けておくことを提案したい。そうすれば、問い合わせができるわけだから、筆者としても、データの取り扱いが慎重になるだろう。また、公開するかどうか、これまでは筆者の裁量に任されていたが、これからは、重要データについては原則公開を報告書執筆の条件にしてはどうか。この半年間のごたごたでは、公開せよ、ダメだという押し問答で混乱し、温暖化懐疑論者の不信感を一層募らせたことはやはり、反省すべきだろう。

 そんな思いで、5月23日付朝日新聞「書評欄」を見ていたら、なんと、チェコ大統領(経済学博士)が、新著

 『「環境主義」は本当に正しいか?」(日経BP社)

を書いたと書評が出ている。環境保護は必要だが、経済成長と技術の進歩と歩調を合わせて対応すべきであり、環境最優先主義、あるいは環境第一主義は結局失敗すると警告しているというのだ。うなずける。さらに、そもそも主流派の学説に疑義を唱えており、書評者は刺激的な著作と評価している。環境保護を絶対的な真実と信奉する謙虚さに欠けた傲慢さを嗜めているらしい。それは宗教であり、科学ではない。一読してみたい。

 この著作は明らかに、温暖化懸念派のアル・ゴア元米副大統領を意識したものだろう。「不都合な真実」は懸念派にも懐疑派にも双方の陣営にあるのだ。

 ところで、温暖化論争が科学スキャンダルにまで過熱しているらしいので、JR静岡駅前の大型書店「戸田書店」で、「地球温暖化」のコーナーをのぞいてみた。確かに、激しい、ヒステリックとも言えそうな書名が目白押しだ。

 「地球温暖化は止まらない 地球は1500年の気候周期を物語る」(東洋経済、S.フレッド・シンガー、デニスT.エイヴァリー)

 この本は、いわゆる国連のIPCC報告書同様、いわゆる正統派の主張。これについては、それこそ山のように多くの本があり、このほかにも、

 「温暖化地獄」(ダイヤモンド社、山本良一・東大生産技術研究所教授)

というのもある。予測を超える現実、暴走する温暖化と勇ましいというべきか、おどろおどろしい宣伝文句がついている。この類の本は、ここではこれ以上紹介しない。

 問題は、この正統派の主張に対して、異義、疑義を唱えている本がここ数年でも続々出ている。書棚をのぞいてみると、

 「暴走する『地球温暖化』論 洗脳・扇動・歪曲の数々」(文芸春秋)

 いかがわしい本ではない。武田邦彦(元名大教授で中部大学総合工学研究所教授)、池田清彦(早稻田大教授)、渡辺正(東大生産技術研究所教授)、薬師院仁志、山形浩正とそうそうたる著者たちである。武田氏は、内閣府原子力安全委員会専門委員や文科省科学技術審議会専門委員でもある。

 こんなメンバーが、頭を冷やして「環境危機」の真贋を見極めよ、「地球は危ない」は本当か、と問いかけているのだから、正統は穏やかではないだろう。

 温暖化懐疑論者も、負けてはいない。こんなタイトルの本がある。

 「地球温暖化対策が日本を亡ぼす」(PHP)

 著者は、東工大理学部教授の丸山茂徳氏。今のようなEU主導の温暖化脅威論は〝不都合なウソ〟と手厳しい。

 「地球温暖化戦争」(新潮社、グウィンチ・ダイヤー)

 気温が2.6度上昇すると核戦争が起きると予測しているから、びっくりだ。

 まだまだあるが、

 「地球温暖化のウソとワナ 史上最悪の科学スキャンダル」

というのもある。これも歴とした著者で、伊藤公紀横浜国立大大学院教授と先ほどの渡辺正東大教授だ。

 こうなると、温暖化は人為的に起きているという正統派の主張を本当に信じていいのだろうか、不安になる。

 一度、論争している人は、自説を主張するだけでなく、論争の相手の立場で考えてみる必要がありはしないか。自分の説は間違っているかも知れないという謙虚さで点検するのだ。なぜなら、そもそも温暖化の人為性については、不確定性がかなりあるからだ。科学分野のこうしたあいまいさが政治の介入を許し、混乱を招いている。

 双方ともに、一度、頭を冷やす必要がある。そして、ルールをつくろう、そんなことを社説は訴えているのではないか。2010.05.23

| | コメント (0) | トラックバック (0)

美をめぐる心理的な闘争  「利休にたずねよ」を再読して

 新茶の季節ということで、休日にはお茶を楽しんでいる。ふと、山本兼一さんの直木賞受賞作

 「利休にたずねよ」(PHP)

をあらためて読み返してみた。帯には

「おのれの美学だけで天下人、秀吉と対峙した男、千利休の鮮烈なる恋、そして死」

を描いた。それも、時間をさかのぼる形式で書かれているのが面白い。読み返した感想を言えば、これは

 美をめぐる秀吉と利休の心理的な闘争

を描いたものだということだった。わび、さび茶に、利休の秘めた恋をからませたのがユニーク。この恋が、わざ、さび茶につややかさを生み出したというのが山本流のテーマであったように思う。それに対する秀吉の嫉妬が利休を死に追いやった。その間の関係者の心理的な、というか人間の心理を掘り下げたものだろう。

 小説とは、人間の葛藤を描くこと、男と女の心理を描くことだ

ということを、徹底的に、そして見事に作品化したように思う。

 利休はなぜ死を賜ったのか。利休の茶にはなぜつややかさがあるのか。利休の死と恋をめぐる心理劇。小説をじっくりと再読すると、最初には気づかなかった新たな読み方、テーマが見えてくることがある。読み手の環境や心境が変わり、それが再読時の読み手の心理に影響するからだろう。2010.05.23

 追記 2010.05.24

  5月23日付日経新聞「美の美」は、偶然だか

 千利休 「闘うわび茶」

だった。見開きで、先週に続いての連載。記事(文・内田洋一)でも、

 利休はなぜ自刃したか

については、謎であるとして、いろいろな説を紹介していた。ただ、大徳寺山門事件は、利休などの北政所派と石田三成などの淀君派との「政争の具」となり、淀君派が巻き返し、利休が粛清された「可能性は高い」と解説していた。秀吉は利休を死に追いやるつもりはなかったが、この流れの中では秀吉といえども抗しがたかったというのだ。こうした背景は小説では、「石田三成」の章以外ではほとんど出てこないが、大きな流れてしては、いかにもありそうなことであったと思う。結果を知っている今から思うと、そんなバカなと後知恵として思うが、現在進行形の当時としてはあり得る話だ。

 秀吉と利休の美をめぐる格闘だけではなかった。事実は小説よりも奇なり、ということか。いずれにしても、

 闘うわび茶

は言い得て妙だ。事実はその通りであったろう。権力者、秀吉も歴史に翻弄されていたのだ。

 追記 2010.05.29

   こうした「闘うわび茶」という見方に対し、

 人生の可能性は、自分の心の中にあるということを(狭い)茶室は語っている

という内省的な見方がある。5月24日付静岡新聞夕刊「窓辺」に「茶室の原理」と題して書いている熊倉功夫・静岡文化芸術大学学長だ。当然、こういう見方はあるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プロパブリカ 苦境の米ジャーナリズムに非営利ネットメディアの新風

 5月21日付朝日新聞「ひと」欄に

 米ピュリッツアー賞を受賞した医学博士のネット記者、シェリ・フィンクさん

が紹介されていた。ニューヨークタイムズの日曜版別冊雑誌に載った極限状態の病院を舞台とした安楽死調査報道が受賞作。20ページ近いものだ。

 苦境の米ジャーナリズムに非営利ネットメディアの新風が登場した象徴

だろう。伝統的なメディアに代わってオリジナルな報道、オリジナルな調査報道が担える力を備えてきたことを象徴的に受賞は証明した。

広告を掲載しない、このメディア「プロパブリカ」(NPO法人)について、NHKが5月22日土曜日夕方の「海外ネットワーク」の中の「ワールド・トレンド」コーナーで紹介していた。記者は元大手新聞社の記者を含めて35人で、うち8人がピュリッツアー受賞者というから、エリート集団だ。運営は篤志家(慈善事業家)の寄付でまかなわれており、記事は、記事内容にふさわしい媒体に無償で提供されているとのことに驚いた。苦境で大手が手間と時間と資金が必要な調査報道の質の低下に歯止めをかけたいというわけだ。

 テキサス・トリビューン

でも寄付による新しいジャーナリズム、つまり広告掲載のない

公共ジャーナリズム

を模索している様子も紹介されていた。寄付を受け続けるには、質の高い調査報道を続けていかなければならないと同社の幹部はインタビュー答えていた。

 かつて、「選択」2006年4月号に

 「回復不能」に至る米ジャーナリズム 右傾化と商業主義の中で歪む使命感

という記事が掲載され、盗用、捏造、国威発揚ニュースが氾濫している実態の背景が紹介されていた。最近でも、「Newsweek」日本版(2009年9月16日号)で、ネットの波で

 新聞絶滅へのカウントダウン

と題して、150年近い伝統を持つロッキー・マウンテン・ニュース紙など、名門紙の廃刊ラッシュが紹介されていた。オーバーだが、「すべての地方紙がなくなる恐れもある」と書いていた。この号では、米国だけでなく、イギリスでもメディア革命が起きている様子を紹介してい.る。

 こうした事態は、おそかれ早かれ、いや、もう日本でも始まっている。日経では

 本格的な有料電子新聞

への移行がこの4月からスタートした。かつての杉山隆男の

「メディアの興亡」(活字から、新聞製作のコンピューター化)

を思い出す。まだ、数万部だが、その行方が注目される。

 しかし、どんなに新聞製作の方法は変わっても、

 ジャーナリズムの批判精神、権力批判

が変質することはないだろうし、変質させてはならないだろう。また、

 ネットにジャーナリズムが望めるか

という長年の問いかけに、

 「イエス、アイ、キャン」

とこたえたのが、今回の受賞だ。

 そのことを専門知識を持ったネット記者のフィンクさんは教えてくれたように思う。2010.05.22

| | コメント (0) | トラックバック (0)

浜松JAZZフェスティバル ビ・バッブからモードへ、そして即興のフリー

 きょうから、浜松では

 ジャズ・フェスティバル

である。音楽の街らしいイベントだ。どんな

 コール&レスポンス

があるのだろう、JR浜松駅でも演奏があるらしいから、楽しみだ。

 ところで、ジャズと言えば、

 かつては、小刻みでテクニカルな「ビ・バッブ」のサックス奏者、

 チャーリー・パーカー

が知られていると思う。しかし、最近では、ちょっとスローな、あまりテクニカルではない

 マイルス・デービスのモード・ジャス

が聞きやすい。この変化は戦後ジャズ界の革命らしい。

 そして、最近は

 フリージャズ

か人気らしい。

 最近、NHK番組でジャズ教室「音楽の学校」が放送されていた。坂本龍一、大谷能生、山下洋輔氏などが案内役を務めていた。

 今夜(5月22日深夜)は、その

 フリージャズ

だ。楽器を叩いて出す音もOKの自由奏法。コード(和音)もないような、この即興の分野でも、

 ブルーノート

はあるのだろうか、楽しみだ(もちろん、ない)。コールマンやコルトレーンがよく知られている。久しぶりに、音楽の町の

 生演奏「ダブルキング」

でも行くか。小生のあったジャズ、それはモードかなあ。

「So What ?」(それで ?)

 それにしても、黒人の労働歌から出発したJAZZ。

 JAZZって何 ?

2010.05.22

| | コメント (0) | トラックバック (0)

決定論的な地震予知、確率論的な地震予測

 5月21日付静岡新聞の社会面に

 太平洋沿岸で(昨年に比べ)確率上昇/静岡市89.8% 地震動予測地図更新

と出ていた。政府の地震調査委員会がまとめた「今後30年以内に震度6以上の揺れに見舞われる確率」である。紙面には、日本地図に確率ごとに色分けして、図示されている。これが、確率論的な地震予測である。

 これに対して、いつ、どこで、どの程度の地震が起きるかということを予知するのが、

 決定論的な地震予知

である。社会の関心は、科学的な根拠がはっきりしている長期的な確率論的な予測よりも、はるかに決定論的な予知のほうが高い。

 なにしろ、この記事によると、90%の確率で、30年以内に震度6以上の地震が静岡県に起きるとしているが、震度6以上と言えば、これは東海地震が30年以内にほぼ確実に来るということを意味する。これはよくよく考えると、大変なことだ。東海地震が30年以内に、ほぼ確実に起きるのにもかかわらず、そして、その確率も年々高くなっているにもかかわらず、社会の関心はほとんどない。

 社会は、確率的な考え方に慣れていない。決定論的予知がすべてなのだ。たとえ、その予知が科学的な根拠がしっかりしていなくても、分かりやすい決定論的地震予知が好まれるのだ。地震学者が、科学的な根拠があることから、決定論的な予知ができなかった阪神大震災の以後は、確率論的予測をいくら喧伝しても国民の地震に対する備えは高まらないのは、このせいだ。国民にとって根拠があるかどうかは問題ではない。

 静岡新聞「窓辺」の吉田明夫氏(判定会委員)のエッセーでもこの点に着目した主張がほしかった。予知と予測の違いについて説明しただけの5月14日付「窓辺」では、誰も関心を寄せないだろう。もったいない。

 ちなみに、5月21日付静岡新聞夕刊「窓辺」の吉田さんの

 地震予知

の話も、とても判定会委員とは思えないほど、ちょっと物足りない。エッセーの最後に、興味のあるのは、

 ゆっくり滑りの開始が差し迫っていることを知る手だてはないかという問題

であると指摘しているが、

 これについては別の機会に譲りたいと思います

と結んでいるのは、残念だ。間延びのする話を長々と述べて、その最後にこれでは、読者をバカにしていると言われても仕方がない。予知に対する自信と定見がないから、こうなったのだろう。冒頭からずばりこのことに切り込むべきだった。

 それと、もうひとつ、

 この意味で、東海地震予知の戦略は緊急地震速報と似ているところがある

と書いているが、間違いか、百歩譲っても読者に誤解を与える。

 ゆっくり滑りという地震発生前の兆候をとらえ、いち早く知る予知技術と、発生した地震をいち早く速報する速報技術とは、「いち早く」という点では似ているかもしれないが、知る手立て、方法がまったく違うレベルの話。ごっちゃはこまる。予知の難しさについて、県民に誤解を与えかねない。

 それにしても解説はいらない。判定委員としての見識、明確な主張がほしい。元気象庁地震予知課長がこれでは、心もとない。

 このエッセーをいくつか読んだ範囲の印象だが、

 今の判定会の人材では、東海地震の予知について、招集がかかっても、結局、的確、迅速な結論はでないのではないか。ああでもない、こうでもないの、危険な小田原評定になりかねない。

 ずばり、切り込んだ話が聞きたい。2010.05.21 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

現代短歌と科学  松村由利子さんの挑戦

 5月19日付毎日新聞を見ていたら、

 科学ジャーナリスト賞を受賞した歌人

というのには、驚いた。もともと毎日新聞記者で、つい最近まで20年間勤めた。その間、科学記者だったこともあり、同時に、短歌もつくっていたというから、「短歌を通じて読者を科学の世界に誘い込む」ことができたのだろう。記事によると、趣味はダイビング。だからか、美しい海の沖縄・石垣島に在住しているのだろう。

 受賞作は「31文字の中の科学」(NTT出版)

 異能の女性の活躍が楽しみだ。福岡市出身。歌集には「大女伝説」。

 追記。2010.05.19

   短歌ではないが、科学川柳というのがあったと思う。今は亡き今川乱魚さん撰者の

 科学川柳「サイテク川柳」

である。確か、科学技術広報財団のPR誌の広報誌にも作品が掲載されていたように記憶する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「新・三銃士」が面白い理由 佐藤東さんの人形指導

 これだから、夕刊は見逃せない。5月18日付読売新聞夕刊に

 NHK人形劇「新・三銃士」の人形指導の佐藤東さんの人物紹介

が出ている。大人が楽しめる人形劇だが、面白いのは脚色が三谷幸喜さんだからだと思っていた。しかし、それだけではない。人形のつくりもいいが、もうひとつ、人形指導がしっかりしているのだ。子供向け人形劇は昔から多い。しかし、大人も楽しめる人形劇となると、ずっと少ない。だから、なかなか人材が育たない。

 最近は子供向け番組が少なくなるのに伴い、人形劇の放映も少なくなっているという。だから、国際市場に打って出るという。それだけ、作品に自信があるからだろう。

 日本のアニメは世界に通用するりっぱな芸術だが、人形劇も、世界に通用するものにしてもらいたいものだ。なにしろ、日本には伝統的に文楽があるのだから。2010.05.18

| | コメント (0) | トラックバック (0)

団塊世代には心にしみる映画  「マイレージ、マイライフ」

 定年前後に見た映画だったからだろうか、最新作「マイレージ、マイライフ」を見た感想を素直に言えば、

 団塊世代には心にしみる映画

だった。

 人とのつながりを大事にして、もっと身軽に生きたい。あまりに重い「人生の荷物」を背負いすぎている。そんな反省をした。

 ストーリーはすごい。なにしろ、企業のリストラ対象者に解雇を通告する

 リストラ宣告人

の物語だ。いかにもリーマンショックを受けて書かれた映画のような気がする。二度と会わない相手に解雇通告し、人生のリセットを淡々と告げる。そんな主人公はこれまで家族とのつながりを避けてきた。わずらわしいというわけだ。それがふとしたことから、人とのつながりを求め始めた自分に気付く。

 ただ、それだけの物語だが、いや、それだけだからこそ、G.クルーニーの演技力なのだろう、スマートに、ソフィスティケイトされた作品に仕上がっている。

 べたつかない映画とはこういうのを言うのだろう。見て得をした映画だ。「ふれあい」の中村雅俊が主演した邦画「60歳のラブレター」とでは、役者の格が違う。2010.05.18

| | コメント (0) | トラックバック (0)

富士山新聞 ふるさとの富士山、なんと321座とか

 ほとんど毎日、JR通勤しながら、静岡市に勤めているから、自然と富士山に興味を持つようになった。県外から移り住んできたから余計である。そんな中、JR車中で、5月18日付静岡新聞を見ていたら、中に

 富士山新聞

という新聞が織りこまれていた。同社と山梨日日新聞との共同発刊らしい。富士山と生きると1面に大きく書かれていた。これまで富士山新聞というのがなかったのが不思議だ。中身は山梨と静岡の県境の毛無山に金山があったことや、富士山の世界文化遺産登録運動の現況などが紹介されていて、なかなか面白い。さらには、

 世界の富士山、日本の富士

というのもあり、フィリピンのルソン富士、日本では蝦夷富士として羊蹄山が紹介されていた。当然あると思っていた美しい富士山

 「私の1枚」企画

では、小生は、夜の富士山を星の日周運動とともに長時間露出で撮影していた

 七面山星降る霊峰(銀賞)

がすばらしいと感心した。いずれにしても静岡、山梨らしい企画だった。

 ところで、ふるさとの富士、国内にどれくらいあるのだろう。ふと、そう思った。各県1つずつとして、50くらいだろうと思っていたら、本物の富士山も入れて、

 なんと321座も

あるというのだ。それだけ火山が多いということだろうが、FDA機内誌「ドリーム3776」2010年3月号に、

ふじさんトリビア

として紹介されている。北は先の羊蹄山から、南は本部富士と呼ばれている日良山(沖縄県)まで321座で、富士市のホームページにこれだけすべて掲載されているという。どうして調べたかというと、1988年、静岡県富士市の富士商工会議所が全国の自治体にアンケートを送って調査し、この〝難事業〟に挑んだのだという。ほとんどの自治体がきちんと調査に応じたのにはわけがある。おらが富士山の石を本物の富士山の山頂に持ってきて、ケルンとして積みませんか、と呼び掛けたのだ。うまい。これで全国から「おらがふるさとの富士山」の石がすべて集まった。この話題は、ケルンで完成した朝、ニュースとして全国に流れたという。

 さらに、雑学をもう一つ、地上で、本物の富士山が見える最も遠い土地はどこか。

 この機内誌によると、富士山が見える最遠地は

 紀伊半島の那智勝浦近くの色川富士見峠(妙法山)

で、富士山から、322.9キロも離れている。数年に1度か2度程度しか見えないという。台風一過の澄んだ大気状態など、条件のいい、それも夜明け前だけに見えるという。その最遠地からの写真が掲載されている(撮影者は、仲賢、京本孝司さん)

 執念の1ショットに脱帽だ。それだけ富士山は全国から愛されていると言うことだろう。

 もう一つ話題。この機内誌によると、富士山写真の第一人者として知られている白籏史朗さん、これまたなんと、誕生日が富士山の日の2月23日なのだ。生まれは富士山の山ろく、山梨県大月市。ご本人の話だから間違いないだろう。びっくりした。2010.05.18

| | コメント (0) | トラックバック (0)

弁護士にとって再審裁判の敵は誰か 袴田事件「救う会」に参加して

 5月17日付中日新聞浜松版に、死刑囚、袴田巌(74歳)さんを「救う会」集会の記事が小さく出ている。

 袴田事件無実訴え集会

というベタ記事だ。1966年に静岡県清水市(現静岡市清水区)で起きたみそ製造会社経営者1家4人殺しである。捜査段階での拷問に近い取り調べで得た「自白」供述が招いた冤罪ではないかとみられている事件だが、集会に参加してみて、遺留品とされる「5点の衣類」などに腑に落ちない疑問が次々に出てきていることを知った。袴田さんがとてもはけない衣類だったという。死刑判決を書いた静岡地裁元裁判官、熊本典道氏も、無罪意見だったが、主任裁判官として、多数決の結論、死刑判決を欠かざるを得なかったと告白している。ただ、この事件では、足利事件のように、巌氏が犯人ではないという決定的な証拠もないという際どいところが、今一つ再審が盛り上がらない要因ではないか。しかし、その場合は、

 推定無罪の原則

を適用すべきだが、これが現実には、死文化しているという現状がある。むずかしい。

 参加して、印象に残ったのは、再審を申請した場合の証拠開示、再審決定、さらに再審裁判での弁護士の「敵」というのは、この集会で講演した袴田事件再審弁護団、伊豆田悦義弁護士によると、

 検察官ではなく、裁判官

であるという指摘だった。先輩裁判官の下した確定判決に疑問を投げ掛けるからだ。そんなことは裁判官とてもなるべくならしたくないのが本音であると指摘していた。その通りだろう。推定無罪の原則がなかなか現場で適用されない背景でもあろう。

 そうしたことに打ち克ち、再審への道を開くには、まず再審申請した後の弁護士、検察官、裁判官の三者協議において、証拠開示を求めるに際し、

 事件との関連性、無罪を証明にとっての重要性

が論理的であることが求められる。ここが勝負であり、現在、検証実験など、その準備をしているという。しかも、その証拠に新規性や明白性が求められることから、再審決定の道は一般市民が考える以上に険しい。こうした地道な作業を現在、袴田事件再審請求後の現在、行っているという。

 同時に、伊豆田さんによると、証拠の扱いについて裁判官は自由裁量が認められているが、

 請求をぞんざいに扱ったり、あるいは再審決定しても、軽々しく提出証拠を扱うと、注目している国民から批判される

という緊張感を再審裁判官、あるいは再審請求にかかわる裁判官に持ってもらうことが大事だ。その意味で、こうした「救う会」の活動は大事だという。市民の事件に対する関心度が高くなれば、その分、裁判官は、これまでできるだけ再審は開きたくないという心理から、再審を決定し、真実を明らかにしなければならないという方向に心証が変わる

という。

 この話を聞いて、ふと、最近、つまり、菅家利和さんの足利事件(東京高裁、再審開始決定、2009年6月)以後、

 再審が動いた

という事例が複数ある。

 布川事件、最高裁が検察の特別抗告棄却、再審開始決定(2009年12月)。再審請求から26年ぶり。水戸地裁で再審。

 狭山事件、最高裁が検察の特別抗告を棄却、再審開始決定。東京高裁も検察に証拠   開示を勧告(2009年12月) 再審請求から32年ぶり。東京高裁で再審。

などがその例だ。世論の動向が、最高裁や高裁を動かしたと言えよう。

 その辺の事情については、

 季刊誌「冤罪File」(キューブリック)2010年3月号の「特集 再審が動いた!」に詳しい。

 「救う会」= 渥美邦夫会長 浜松市浜北区中瀬950-3 053-588-0177

  追記

 5月19日付静岡新聞の社説に

 袴田事件/まず死刑執行の停止を

という主張が出ていた。死刑囚が心神喪失の状態に陥った時には法務大臣の判断で死刑執行の停止ができるという刑訴法の条文を適用するべきだという論旨であり、袴田さんはこの規定に適合するとしている。一端停止して、その上で再審で白黒つけるべきであるという趣旨だろう。これまでこの規定が死刑囚に適用された事例はないらしいが、今回の「救う会」に参加してみての実感として、妥当な判断ではないかと感じた。

 ただ、被害者の遺族としては、複雑な思いであろう。その辺も考慮して、法務省は適用するかどうか見極めたいところだ。というか、法務省としては前例がないところから、踏み切れないだろうが、死刑廃止など人権派の千葉景子法相は、執行停止には前向きなのではないか。今後の推移を見守りたい。2010.05.17

| | コメント (0) | トラックバック (0)

変な給食 子供にとって「牛乳」は健康に良い食品か 牛乳神話について

 たまたま会社の昼食時のひとときに読んでいた「週刊文春」(2月18日号、2010年)を読んでいたら、

 あなたのお子さんも食べている (最近の)日本全国「変な給食」

という特別企画が目に入った。全国の小学校で出されている給食の中から、10市の給食メニューが写真入りで紹介されている。その一つ、愛知県で出されている給食は

 やきそば、チキンペンシルソーセイジ、パイナップル、牛乳

となっている。写真でみると、その栄養価については、わからないものの、なんだかわびしいような、さびしいような、「変な給食」と感じた。紹介された写真は幕内秀夫氏が取材、再現した「変な給食」(ブックマン社)からのもの。

 特別企画では、メニューについていろいろ〝変な〟点を指摘しているが、どの給食にも必ずついている牛乳については、ひと言も言及がない。牛乳が育ち盛りの子どもには欠かせないから、ついているのは当然として、批判はないのだろう。

 小生思うのだが、この当然と思っていること、つまり、

 牛乳は、子供の成長や健康に大きく貢献している健康に良い食品

に思い込みはないだろうか。かつて、定期購読のオピニオン誌「選択」に、これに異義をとなえる記事が載っていた。三万人のための情報誌「選択」2004年7月号の「牛乳は良い食品ではない こんなにある危険因子」である。この記事によると、問題なのは牛乳に含まれている

 糖質成分である乳糖

なのだという。

 このなかでは、たしか、アメリカでは油脂の多い牛乳は必ずしも子供の健康に良い食品ではないとして、米連邦取引委員会の見解が紹介されている。牛乳を飲むと下痢をするというのも、牛乳が人によっては必ずしも健康に良い食品ではないことを示しているという。一度、この問題、つまり、日本の子供ではどうなのか、検証する必要があるような気がする。

 それにしても、給食のメニューに牛乳が必ずと言っていいほどついているには驚いた。いまだ、

 日本には牛乳神話

がゆるぎないことの証拠だろう。2010.05.14

| | コメント (0) | トラックバック (0)

駿河湾のホタルイカ  富山湾だけじゃない「海の宝石」

 月曜日付の静岡新聞朝刊には、毎週楽しみにしている「科学欄」が掲載されている。5月10日付には、「静岡海描」シリーズ第3回

 「海の中の蛍」 ホタルイカ 春の夜にまばゆい光

には、参った。そして、びっくりした。水中写真家の阿部秀樹さん(沼津在住)が撮影した見事な青い光を放っている駿河湾のホタルイカの写真が載っているのだ。

 今ごろの季節、駿河湾と言えば、

 サクラエビ

だ。深海から、夜、漁船の光に誘われて、浮かび上がってくるらしい。

 小生、北陸の生まれだから、今ごろの季節、富山湾でも、深海から、夜、ホタルイカが海面に浮かび上がってくることは、知っており、富山湾に限らず、日本海のあちこちで、ホタルイカが水揚げされる。しかし、駿河湾にホタルイカが生息しているとは、知らなかった。

 「私がよく潜る沼津市の大瀬崎では4月から5月初旬の夜に限って突然現れ、多いときには数百匹にもなる。」

と書いている。不思議なことに日中はほとんど姿を現さないという。ホタルイカもそうだ。阿部さんは、海岸近くの堤防で夜、ホタルイカが上がってくるのを待つ。数が増えてきたとき、素早く網を入れてすくい上げると、網の中はまばゆい光に照らされるという。

 私も、富山湾の海岸で夜、海岸に「身投げ」するホタルイカを網ですくい上げたことがあるが、とても幻想的な光景だった。それをすぐに宿に持ち帰り、そのまま酢みそや、山葵醤油で食べた記憶がある。

  記事によると、足だけでなく、腹などの全身に数百の小さな発光器がある。ホタルイカの光は、青色発光LEDのまばゆいまでの「青」である(ここが、ほのかな黄緑色を放つ発光クラゲとは異なる)。分かりやすく言えば、クリスマスの時に、樹木に多数の豆電球を巻き付けて電飾するイルミネーションの色だ。

   ところで、発光クラゲのように、外部から刺激がなくても、自らホタルイカが発光する

 進化論的な意味

とは何か、ふと、気になった。自然淘汰によって種が変化する、つまり進化するとして、

 まばゆいばかりの青色発光はホタルイカの生存にどう有利なのだろう

 あるいは、夜発光することの意味は何だろう

  生存に有利とは、捕食にどう好都合なのか、生き延びるのにどう好都合なのか、繁殖行動にどう好都合なのか、のいずれかが考えられるが、どうもよく分からない。

  そんなことをダーウィン、いやホタルイカに聞いてみたい。そんなことを考えると、夜の海はまだまだ謎だらけのように感じた。2010.05.11

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もんじゅと熱核融合炉と 14年ぶりに動き出したけれど

 ナトリウム漏れ事故から14年、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」が再点火されて、臨界に向けて動き出した。放射性物質の漏れだしを検知する機器が誤作動するなど、起動から一週間、トラブル続きだ。結論的に言えば、

 もんじゅが臨界に達することはあっても、定常運転を続けることはできないだろう

という予感が当たりそうだ。今は、臨界前の段階のトラブルだが、核分裂が連続して起こる定常運転中に事故が起こらないか、不安だらけである。かつての動燃の日本原子力研究開発機構も、本音では、運転再開はしたくないだろう。危険だからだ。もう一度、ナトリウム漏れ、核燃料漏れを起こせば、計画は中止となるだろう。

 検出器が誤作動しているのだから、まだ安心、大丈夫

というのはとても怖い。異常な臨界にたっているのが、もし、検知できないということになれば、制御できなくなる恐れもあるからだ。初期トラブルと簡単に片づけられない深刻な事態と受け止めるべきだろう。

 それと、もんじゅは何を目指して再開するのか、ということが明確ではない。究極的には、国の原子力政策の根本である核燃料サイクルの確立を目指す。その中で、原型炉としてのもんじゅは、本当に、実証炉建設が可能かどうか、技術的な問題点を洗い出すのが使命だろう。「夢の原発」プルトニウム発電の実用化を目指すのは実証炉である。

 おそらく、日本の大型技術開発のこれまでの失敗事例と同様、

 実用化の要、実証炉建設の直前で、撤退するだろう。つまり、廃炉ではないか。

 めざすべき目標の不明確さ、14年前のもんじゅ事故時の教訓を生かせる人材の散逸、旧動燃から二度も機構改革していることによる士気の低下-というソフトの欠陥が、〝やっかいもの〟もんじゅの大きな不安だ。

 ところで、このもんじゅ、2050年ごろに実用化させるとしているが、もんじゅ運転再開のニュースの横に、こんなニュースが5月7日付静岡新聞朝刊「GLOBAL FLASH」に出ている。

 国際熱核融合炉(ITER)、フランスで本格着工へ

未来のエネルギーとして核融合が有効かどうか検証する施設で、中核のトカマク装置などの主要施設がフランス南部のカダラッシュで今夏本格的に始まるというニュースだ。プラズマ点火は2019年。こちらの実用化時期は記事には出てこないが、もんじゅ同様、2050年前後を目指しているらしい。核分裂と違って核融合なので、運転中に放射能を基本的に出さないのが特徴。

 もんじゅを経て、核分裂の高速増殖炉が実用化するか、それとも未来のエネルギーは熱核融合炉となるか。2010年は、その見極めの出発年となりそうだ。2010.05.10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サスペンス倫理学? 映画「運命のボタン」

 ヒマだったので、近くの映画館に出掛けた。上映中の映画から、その場で面白そうな、というよりは、タイトルだけでは少し意味不明なも

 「運命のボタン」

を見た。設定は、

 届けられた箱の中のボタンを押せば1億円。ただし、押すと同時に、あなたの知らない誰かが死ぬ。押すかどうか、夫婦で相談するのはいいが、ほかの人に相談するのはダメ。制限時間はボタンを入れた「The Box」が届いてから24時間。押さなかった場合は、そのまま箱は返還。押したら、その場で現金1億円が届けられる。

 映画では、自分たちが幸せになるが、それと引き換えに誰かが死ぬという良心の呵責など、悩んだ末、結局、押す。1億円をすぐにもらうのだが、ことは大事になる。

 私は、良心の呵責には苦しまないが、自分の身が危ないので、押さないが、大抵の人は、押すだろう。その結果、どういうことが起きたか、それは映画を見てほしい。

 この映画を見た感想は、ひと言で言えば、とても知的な

 サスペンス倫理学

だということだった。面白い。いろいろ考えさせられる。単純な利己主義でも、単純な利他主義でもない陰影のある作品に仕上がっていた。

 この映画を見て、もし、逆の設定をしたらどうなるか、と考えた。つまり、

 ボタンを押せば、その瞬間、あなたは死ぬ。ただ、押すと、あなたの知らない誰かに現金1億円が届けられる。

そんな設定だ。究極の利他主義、自己犠牲と言ってもいいだろう。1億円が届けられたことをあなた自身が確かめることができない。それでも、自分の知らない誰かを経済的に援助したい、と思うかどうかである。

 届けられる相手が虐げられた人と分かっていれば、イエス・キリストなら、ボタンを押すだろう。しかし、そのほかはどうだろう。いずれにしても、宝くじに当たったようなものだろう。

 この場合も、小生には身の危険はないけれども、ボタンは押さない。1億円が届けられた相手の身が危険だからだ。

 この二つのケースをいろいろ考えたが、結局、映画の設定でも、その逆の設定でも、つまり、

 自ら選択して1億円を得る場合でも、降って湧いたように突然1億円が手に入った場合でも、勤労以外で得た悪銭は身につかない、いや、身を滅ぼす

ということに落ち着いた。

 この映画には、もう一つ、体に障害を持った人の心の痛みも織りこまれていて、ストーリーに多面性を持たせているのに、感心した。監督や脚本の出来がいい。2010.05.10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NPT再検討会議で思うこと 長崎、そして焼津がよみがえる日 第五福竜丸はなぜ「夢の島」にあるのか

 今、NYで5年に1度の

  NPT(核拡散防止条約)再検討会議

が開催されている。これに伴い、民間の平和国際会議も開かれて、被爆マリア像を携えた長崎大司教の高木三明さんや、ビギニ環礁の水爆実験で被爆した第五福竜丸の元乗組員だった大石又七さんが核廃絶を訴えた。

 再検討会議では、広島市長、長崎市長、第五福竜丸の母港のある焼津市の清水泰市長も参加し、分厚い市民から集めた廃絶署名を再検討会議の責任者に手渡していた。

 こうした中、あらためて、広島、長崎の被爆に関する本、3冊をこの大型連休明けの休みにまとめて読んでみた。

 「長崎 旧浦上天主堂 1945-1958 失われた被爆遺産」(岩波書店、横手一彦・文)

  「ナガサキ 消えたもうひとつの「原爆ドーム」」(平凡社、高瀬毅)

  「ヒロシマ・ナガサキ 二重被爆」(朝日文庫、山口疆)

最初の2冊は、

 なぜ、長崎には被爆遺跡が残っていないのか

という素朴な疑問から出発し、今もなお、広島に比べて、自虐的ではあるが、

 「劣等被爆都市長崎」と地元で言われたりもする

のはなぜかに迫っている。旧浦上天主堂の廃墟を完全に取り壊したのには、どこからか政治的な、あるいは宗教的な強い要請があったのではないかとの仮説が提示されており、うなづける面もある。仮説を具体的に立証する確証をつかむのはなかなかむずかしいだろうが、今後の検証が待たれる。

 最後の山口さんの書は、まさに

 衝撃の書

である。こうした二重被爆者は、同書によると、約200人ぐらいいたのではないかという。この山口さんについては、このブログ(1月16日付)で書いた。ここではこの本に書かれている気になる一文を紹介したい。それは、ドキュメンタリー映画「二重被爆」の企画・プロデューサー、稲塚秀孝さんの文章である。この本の最終ページに出ている。この映画には山口さんも登場する。その山口さんは、2006年8月、国連軍縮委員会事務局の主催で、国連のホールで「二重被爆」を上映した際、150人の観客に向って、静かに次のように述べたと言うのだ。

 日本のことわざでは、「二度あることは三度ある」と言います。しかし、絶対に3度目の被爆があってはならない

と訴えたのだという。その通りだとつい、思ってしまう。

 しかし、事実は、1954年3月に第五福竜丸事件として三度目の被爆がまたもや日本人に発生していたのだ。長崎も「劣等被爆都市長崎」という自虐的な言い方が地元にあるが、山口さんのような人でさえ、こういう言い方をするくらいなのだから、第五福竜丸の母港

 焼津市もまた、忘れ去られた〝被爆地〟

なのだろう。焼津市は

 第一回の焼津平和賞を今月、2010年5月31日に発表し、6月30日に授与式

を行うことにしている。焼津市が、忘れ去られた〝被爆地〟とならないよう、しっかりした平和賞に育てたいものだ。そして、長崎のように市民が一つになりにくい環境をつくらないことだ。市民が素直に参加できないような市民感覚から遊離した平和賞や平和運動は、またまた禍根を残す。

  消えたもう一つの「原爆ドーム」

という言い方から、付け加えると、

 なぜ、第五福竜丸は都立第五福竜丸展示館(東京都江東区の夢の島公園内)にあるのだろうか

 なぜ、廃船(1967年)後、被爆時の母港、焼津港に展示されなかったのだろうか

 あるいは、なぜ、焼津市には、今、その小さな模型しか展示されていないのだろうか

という素朴な疑問が強く残った。その模型は、焼津市歴史民俗博物館にある。その経緯はともかく、長崎に被爆遺跡がないのと、どこか通底するものがあるように思えてならない。都合の悪い歴史を消し去ろうとするものへの怒りがこみ上げてきた。この場合、歴史を消し去ろうとするものが、その時々の権力者とは限らない。「原爆マグロ」はいらない、イメージが悪くなるという切実な声をいかに乗り越えていくか、そこが悩ましい。だから、

 核廃絶の道はよほど遠い

 若き日の数奇な運命と、晩年の崇高な行動をつづった山口さんの近著などを読んで、そんな強い思いを抱いた。2010.05.09

| | コメント (0) | トラックバック (0)

科学と技術 どう違う 「科学・技術」の言い換えについて

  先月(4月8日付と4月12日付)のこのブログでも書いたが

 どう違う、科学と技術 科学技術でいいか

という論争が少しずつ取り上げられるようになってきた。5月3日付の静岡新聞「科学欄」にも、論説委員の井上正男さんが

 「科学・技術」用語言い換え どう違うのか論議を

との論説を展開している。主張内容を一言で言えば

 科学と技術の役割をごっちゃにしないで、きちんと区別して、それを政策論議や予算編成に生かそう、というものだ。こうしたごちゃまぜは、明治期に西欧文明を、追いつけ追いぬけの掛け声の下に、輸入学問として一挙に取り入れたことが原因と分析していた。だから、勢い、経済活動、つまり産業発展の道具としての技術が重視されたというのだ。

 ひろく、全国の大学を見渡すと、

 長岡技術科学大学とか豊橋技術科学大学

とかいうように「技術科学」を冠した大学も最近では登場している。

 長岡技術科学大の教育・研究の基本理念は「(実務訓練重視の)技学-技術科学」であり、大学の英文表示も「Nagaoka University of Technology」となっており、技術重視の姿勢を明確にしている。

 豊橋技術科学大学の基本理念も「技術を科学で裏付け、新たな技術を開発する学問、技術科学を教育・研究の使命」としているとして、技術開発の重視を掲げている。

 いずれも比較的に新しい大学であり、技術重視はやむを得ないとも言える。科学と技術が相互に刺激しあい、進展していくというダイナミックな視点を大切にしてほしい。そのための言い換え論議を今後盛んにする必要があろう。

 それはそうと、科学技術という言い方よりも、技術科学という言い方のほうが、内容的には技術重視のニュアンスが強いというのは、意外な結果だ。

 やはり、「科学・技術」と「・」を入れたい。2010.05.08

| | コメント (0) | トラックバック (0)

文化としての富士山 写真家、石川直樹氏の主張

 大型連休の5月4日夜、もう寝ようと思っていたら、NHK「視点・論点」で写真家、石川直樹さんが

 「日本の美・富士山」

というタイトルで、話していた。ほとんど毎日のように、職場でみていることもあり、関心をもって視聴した。しかし、話が難しく、何を言いたいのか、分からなかった。聞き終わって、少し考え込んだ。経歴を調べたら、写真家であるとともに、野口健さんのあとをおそって、

 2001年、世界7大陸最高峰の登頂に最年少の23歳で果たしたアルピニスト

でもあるということを知った。現在、33歳。いかにも「山男」という印象は受けない。むしろ、色白の優男。それだけに、言いたいことが何であったか、気になった。

 そして、ようやく、以下のようなことを言いたかったのではないか、と思い至った。

 富士山を、あがめる対象としてではなく、実際に登ることで、そこから何かを発見する対象と考えている。富士山を文化人類学的な視点で写真に撮りたい。つまり、富士山を通じて日本人とは何かをとらえたい。風穴で修業する人を撮るのもその一つ。吉田の火祭りを撮るのもそのためだ。富士山に登ってくるさまざまな日本人を撮影するのもそのためだ。

 ただ、そうとするならば、このコラムのタイトルも

 日本の美・富士山

というのではなく、たとえば

 文化としての富士山

とでもすべきだったのではないか。日本の美・富士山では、あがめる対象としての富士山の話をすると誤解される。すぐれた視点を提示したのに、ちょっと残念だ。分かりやすく話すよう、自戒したい。2010.05.07

| | コメント (5) | トラックバック (0)

金沢「熱狂の日」 意外な人、懐かしい人、これから付き合いたい人に出会った旅

 メンデルスゾーン(1809年生)、ショパン(1810年)、シューマン(1810年)が生まれて200年。彼らの名曲を身近に感じてもらおうと、金沢市内のさまざまなところでクラシック演奏会が開かれた。

 ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)金沢

の1日に、小生も参加した。誰もが一度は聞いたことのある名曲が多かった。久しぶりの金沢だったが、参加した結論を先に言ってしまえば、

 名曲を通して、意外な人、懐かしい人、これから付き合いたい人に出会った旅だった

ということだろう。もっと言えば、

 熱狂の中、静かに自分のこれからを探す旅だった

ように思う。クラシック演奏の場で

 出会った知人のそれぞれの人生を映し出し、そして交差させてくれた1日

だった。小生がいたく感激したのは、メンデルスゾーンのよく知られた名曲、

 バイオリン協奏曲 ホ短調 op.64

であり、井上道義さん指揮で、世界的なバイオリニスト

 レジス・パスキエ

の緩急のきいた大熱演には驚いた。親しい友人と県立音楽堂近くの洒落たレストランで、演奏の余韻を楽しんだ後9時過ぎ、ひとり、市中心部の

 四高記念文化交流館

に佇んだ。建物自体はライトアップされていたが、誰もいないその影の片隅にひっそり置かれた御影石の文学碑に目がとまった。小説家で詩人の井上靖の「流星」である。

 見事な詩だった。気が引けるが、全文はこうだ。

 流星

 高等学校の学生の頃、日本海の砂の上で、ひとりマントに身を包み、仰向けに横たって、星の流れるのを見たことがある。十一月の凍った星座から、一條の青光をひらめかし、忽焉とかき消えたその星の孤独な所行ほど強く私の青春の魂をゆり動かしたものはなかった。

 それから半世紀、命あって、若き日と同じように、十一月の日本海の砂丘の上に横たわって、長く尾を曳いて疾走する星を見る。併し心打たれるのは、その孤独な所行ではなく、ひとり恒星群から脱落し、天体を落下する星というものの終焉のみごとさ、そのおどろくべき清潔さであった。

 四高出身者の井上さんだからこそ、書けた詩だと思う。井上さんの誕生日は

 5月6日(1907年)。

 いまからおよそ100年前だ。この文学碑に目を止めながら、

  小生にとって、

 終焉のみごとさとは何んだろうか

 終焉の清潔さとはなんだろうか

 そんなことを静かに考えさせる「熱狂の日」の夜だったように思う。ただ、夜空は晴れてはいたが、星は見えなかった。2010.05.06 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

凧揚げと御殿屋台と 浜松まつり考 新エネルギーと町名は浜松の活力

 浜松まつりの最中、威勢のいいラッパの音を聞きながら、このブログを書いている。今、浜松のメインストリート、鍛冶町通りに集結した多数の御殿屋台を見てきた。

 その感想を一言で言えば、

 京・祇園祭の山鉾

というところだ。みやびではないが、勇壮、元気の出るまつりである。小生の住んでいる「塩町」の提灯をつけた屋台、それから「元魚町」「成子町」「東伊場」「肴町」「旅籠町」「三島町」など83もの屋台が次々とやってきた。屋台はいずれも、唐破風の二重屋根に彫刻である。「東菅原町」「西菅原町」というのもあった。

 小生がこの町名入りの提灯をみて、感激したのは、

 町名がよく保存されて、今もりっぱに〝現役〟で存在している

ということだった。昭和30年代の町名破壊、つまり、何丁目という言い方がまったくない。これは大変な財産だ。浜松市民はがさつであると言われているが、それは時の権力になびかない気骨の裏返しであり、たいしたものであるとこの提灯の町名に感心した。しかも、それを誇りにして、町おこしをしているところが、たくましい。

 ここが、町名破壊が極端に進んだ金沢とは違う。金沢は所詮、権力に弱い外様なのだ。

 この日、5月4日は晴れたので、久しぶりに

 凧揚げ合戦の会場、中田島砂丘

を訪れた。遠州は風が強いという特性を生かしたまつりだ。パンフレットによると、174の町内から凧揚げ合戦に参加している。ただ、凧の大きさは、いずれも、2メートル四方、だからたたみ二枚のほぼ正方形である。図柄が町によって異なる。小生も長男が生まれた30数年前、町内からたたみ1枚分の長方形の凧(デザインは金太郎。右下に息子の名前「正吾」)をもらった。

 この凧揚げ合戦で面白かったのは、合戦に破れて凧が地上に落ちたあとの処理風景だった。それなりの道具がある。松林のこずえに引っかかった凧をどう回収するか、とび職風の男性が巧みに松の木にのぼり、回収していた。凧揚げは、とかく上ばかりに注意が行くが、案外、地上での処理の方が面白い。そんなことに気づいた。

 帰り際、ふと、一人の古老に出会った。86歳の男性が、松の木に凧糸を結んで凧を揚げていた。町内の凧と同じ大きさだという。ただし、デザインは、家紋の

 三つ葉剣カタバミ

だった。聞けば、この30年、毎日のように凧を揚げてきたという。糸の長さは、約200メートルという。少し凧糸を触らせてもらったが、そうとうの力がいる。それを一人であげたというのだから、

 遠州人は強い。

 久しぶりに見る遠州灘だったが、明るく穏やかだった。

 追記

 遠州の凧は、ほぼ真四角の1枚の平面凧だが、全国には

 丸みのある奴凧

 いくつもの凧をつないだムカデ凧

などいろいろな形のものがある。立体凧もある。シンガポールだったと思うが、

 光る凧(カイト)

も最近では人気だという。小生の寝室にある凧は

 いわゆる六角凧、その中の文字は「龍」

である。

 追記

 書き終わってふと、また思った。遠州灘に流れ込んでいる天竜川。その河口には

 6基の3枚羽根風力発電棟がある。

 これも遠州は風が強いいという特性を生かしたものだろう。確か、浜松に近い愛知県東部海岸近くにも中部電力の風力発電所があったはずだ。

 浜松は、ひょっとすると、再生可能エネルギーの町

なのかもしれない。2010.05.04(午後9時半)。

 まつりのラッパはますます勢いを増している。

 さらに追記 2010.05.04

  この日、鳩山由紀夫首相は、就任後初めて沖縄を訪れた。

 普天間基地、県外移設を、の大合唱。首相、言い訳に終始。

 5月決着はほぼ不可能に、5月退陣の予感。政治が動く政局入りか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

元死刑囚、免田栄の旅 冤罪はなぜ繰り返されるのか

 浜松では、大型連休中は

 昼は凧揚げ合戦(中田島砂丘 )

  夜は御殿屋台引き回し(市内中心部)

でにぎわう。小生も、3日夜、引き回しを見ようと、市内に出かけた。浜松餃子やトウモロコシを食べながら。確かに、御殿屋台というだけあって、見事なものだ。屋台には町内の子ども、女性が乗り込み、法被姿の青年、あるいは男性陣が町内を引っ張りまわすという姿は、祇園祭。祇園祭のように優雅さはないが、元気いっぱい。そこがいい。

 小生の町内からも、「塩町」、「旅篭町」の提灯をつけた御殿屋台が登場していた。そのほか、「元魚町」「中山町」の提灯を点けた屋台が豪華練り歩いていた。

 ラッパの音は、深夜、1時ごろまで市内に鳴り響いていた。

 そんな中、ちょっとお祭りとは対照的にシリアスなNHK教育テレビ「免田栄の旅、裁判員へ なぜ冤罪は繰り返し起こるのか」を見た。裁判員制度がスタートして1年になるのを機会に、人を裁く、とくに死刑判決を出すのはいかに難しいか、よほど慎重な審理が必要だという内容。この

 冤罪はなぜ繰り返されるのか

について、先に免田さんの結論を言うと、

 検察・警察、裁判官、さらには弁護士までが、本音では被告を推定有罪としているからだ

 というものだ。判決が確定するまでは推定無罪という憲法の基本精神が空洞化しているのだと言う。裁判員は、よくよくこのことをわきまえてほしいというのが、免田さんの訴えたかったことだ。35年間、死刑囚として処刑におびえて暮らしてきた免田さんならではの重みのある主張だ。免田さんは、だから、

 裁判員のみなさん、被害者の立場で裁くことになりがちだが、一度は、いや、何度も、自らを被告の立場において、そして、推定無罪の立場で被告の主張に耳を傾けてほしい。。少なくとも無罪を主張する被告には耳を傾けてほしい。そうしないと、無実の罪で死刑に処せられる人はなくならないであろう

と、概略そう訴えていた。 

  好企画だ。静岡市でも、死刑囚、袴田巌の袴田事件があり、現在、再審請求中ということもあり、関心をもって見た。

  この番組を警察関係者や検察にこそ、見てもらいたいと強く感じた。いや、裁判官にこそ見てもらいたい番組だ。裁判官も人の子、出世の妨げにならないよう、

  疑わしきは、裁判官の利益に

となりがちだからだ。 

  番組では、この結論に至るまでに、いろいろ具体的に冤罪原因を指摘している。

  第一。無実であるのに、なぜ被告は「やりました」と自白をし、署名までするのか、という疑問には、外界から隔離して、暴力に近い形で取り調べが行われており、極限状態になり、また自暴自棄になり、「自白」するという現実がある。憲法が禁止しているはずの物的証拠がないにもかかわらず、自白だけで証拠を固めようとする自白主義の弊害だ。DNAk時代に入ったとはいえ、まだまだ自白中心主義が横行している。自白は証拠の王様という考え方は、捜査現場では今も幅をきかしている。

  第二。目撃者の目撃証言がいかにデタラメで、検察や警察の誘導にかかりやすいか、このことを十分承知してほしい。目撃証言重視は、冤罪を生む大きな原因だ。その事例として番組では、甲山事件を例に挙げていた。目撃証言があるのだから、被告が犯人に違いないというのは、危険だとしていた。

  第三。最後の砦、最高裁の判決は、合議制で最終的には多数決。全会一致ではない。全員一致するまで合議を続けるべきであり、多数決では、冤罪を生む。ここにも問題がある。

  番組では、以上の三つが主な冤罪を生む原因として論じられていた。しかし、思うのだが、確定判決が出た後の再審請求にも問題があると思う。再審請求が最高裁の決定にお任せしているだけでいいのか。できるだけ再審をやりたくない、あるいは裁判の安定性の確保という建前をいいつのりがちな最高裁を動かすには、それこそ、検察審査会のような

 強力な「再審審査会」

という最高裁を牽制する仕組みが要るのではないか。国民感情ではなく、国民の良識を代表して、最高裁の再審開始のあり方をチェックする必要があるように思う。

 同時に、もう少し大きく言えば、最高裁裁判官の国民審査は現在、ほとんど機能していないが、この

 国民審査は国民の参政権の一つ

と考えて、活用し、積極的に最高裁裁判官の適否を、衆院選のたびに審査をすることも必要であろう。ただ、審査にあたってわかりやすく各裁判官を評価する方法を考える必要がある(この点については、小生は、日本弁護士会の踏ん張りを期待している)。今のような「おざなりな、そして味も素っ気もない1枚チラシ」では、とうてい国民は裁判官の良し悪しを正しく判断できないだろう。結果として、承認したことになるのは、ひどい。

 国民審査は参政権

という意識を醸成したい。今のように、最高裁裁判官がどのようにして決定されるのか、きわめて不透明な状態は改善すべきであろう。時の内閣の恣意性をできるだけ避けて、代わって国民が直接チェックするのがいいのではないか。

 最高裁裁判官の国民審査の死物化

はぜひ見直したい。長い間国民審査が空洞化したままであることを知りながら、国民の関心がないことをいいことに、何ら手を打たずに放置したところにも、最高裁の事なかれ主義がうかがえる。

 いやはや、いかにも、憲法記念日の5月3日にふさわしい(再放送)番組であった。2010.05.03

| | コメント (0) | トラックバック (0)

びっくり !  チンパンジーに「弔い文化」 ?

  大型連休前の4月27日付静岡新聞夕刊には、びっくりした。こんな見出しが出ていたのだ。

 チンパンジーに「弔い文化」 ?  母に背負われ死んだ赤ん坊、ミイラ化

というのだ。母親チンパンジーが死んだわが子をミイラ化するまでの1ヶ月ないし2ヶ月、ミイラ化するまで背中に背負い続けていたとという。アフリカ西部のギニアで京大チームが観察した。1例だけでなく、3例。しかも、いずれも、弔いの仕方を見て、学び、次の世代に引き継いだようだと研究チーム(松沢哲郎京大教授)。この日の夜のNHK「ニュースウオッチ9」でも、その様子の映像を流していた。ひょいと、ナップザックを背中に担ぐように母親はミイラ化したわが子を担いで、持ち歩いていた。わずか10秒ほどの映像だが、衝撃的だった。

 まだまだ確定したことは言えないらしいが、

 文化は人間だけが持つ特徴

という先入観を打ち破る可能性がある。

 このブログ(2009年9月27日)でも書いたように

 ほかの動物と区別する人間の特徴、ほかにはない根本的に異なる特徴などというものがあるというのは、人間の単なる驕りでしかないと感じた。根本的に異なる特徴などというものは存在しない。程度の問題なのだろう。動物は建築する、道具を巧みに加工するニューカレドニアカラスもいる。

 人間らしい行動として、ときどきあげれる「ウソをつく」

というのも、いずれ、ほかの動物でもみられるだろう。2010.05.02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

快晴、伊豆・城ヶ崎海岸ウオーキング へんてこな岬名の由来

 大型連休の一日を利用して、快晴の伊豆・城ヶ崎海岸、約10キロを職場仲間と歩いた。伊東市のこのあたりを静岡県などは、珍しい地質が多いということがあり、ユネスコ認定の地質の世界遺産「ジオパーク」にしてもらおうとの動きが最近、活発化している。

 果たして、どんなところか、現地を歩いてみたい

そんな思いで、この地に実家のある職場仲間を案内人に9人で出かけた。この日は快晴で、現地に向う新幹線の車窓、新富士駅からは見事な

 雲一つない快晴の雪の富士山

が眼前に広がったのは感激だ。しかも、最近、新雪が降ったこともあり、宝永山の下まで雪を頂いた見事な富士山であった。熱海駅で降り、黒い車体の普通電車「黒船電車」で南下、現地の伊豆急「伊豆高原駅」に到着、ここからスタート。

 海岸線にそって歩いたのだが、福井市出身の小生として、驚いたのは、海岸線全体が、まるで東尋坊のように、切り立った断崖、柱状摂理から成り立っていたことだ。この海岸が、近くの火山・大室山(または小室山)からの溶岩でできたことを思わせる光景だ。実際歩いてみると、溶岩からできたような岩がごろごろしていて、大変に歩きにくかった。それでも、遊歩道脇には、緑の葵の形をした葉のフキが沢山生えていた。

 もう一つ、驚いたのは、岬の名前がほとんどひらがなで、標柱に名前がかかれていても、ちょっと意味がわからないものがほとんどだった。しかも、数が多い。こんな具合だった。

 かさご根(ね)、こさいつな、さいつな、こばい、おおばい、びゃくび、ばったり、てんまじり、おとじろう、なが根、あぶな根、まる根、いがいが根

 この「いがいが根」は、まさに、東尋坊の小形版という印象だ。真下を覗くと足がすくむ。

 さらに、遊歩道に沿って北に向うと、岬の名前が

 なみだち、にちょう、だせんば

とりっぱな建物が並ぶ蓮着寺(日蓮聖人ゆかりの寺)まで続いていた。さらに北には、しんのり、ひら根、つなきり

と続き、私たちは、「城ヶ島ブルース」歌碑や灯台のある岬「ならいかけ」まで歩いた。さらにその先には

 もずがね、ふたまた、おおづり、まえかど

というのもあるらしい。そのあたりに「ぼら納屋」もあったらしい。

 そこで、いろいろ聞いてみると、

 これらは、江戸時代に行われていた「ぼら魚」の漁師が位置の目印につけたものらしい。その場所の形や伝説などを織り込んだという。

 中には、日蓮岬

というのもあって、やはりと合点した。「立正安国論」をとなえた日蓮上人が鎌倉幕府の怒りにふれて、伊豆・伊東に流されたところだろう。置き去りにされた小島、「まないた岩」も波に洗われていた。静かな蓮着寺奥の院から、その「まないた岩」を眺めながら、

 あそこに日蓮が置き去りにされたのか

と感慨に浸った。

 いろいろ感慨に浸った大型連休の一日であった。旅の終わりには、椰子の並木道を通った。

 伊東と言えば温泉であり、一風呂を伊東市内の「緑風園」で浴び、疲れを癒した。湯

上りのビールは、言うまでもなく、うまかった。2010.05.02

 注記 

  この小旅行に参加したのは、小生以外に次の職場仲間8人だった(全部で9人)。

 高瀬直樹、篠原光秋、佐藤満、藤田輝夫、鈴木寛一郎、田中実、瀧下勇。ほか原田何某が途中参加。

  今回は海中にどんな生物がいるのか、わからなかったが、

 「伊東ガイドブック 城ヶ崎海岸  海中生物編」(伊東市)によると、

 暖かい黒潮に乗ってやってくるので、南の海の魚が伊豆半島沖には生息しているという。その代表が

 チョウチョウウオ

という。いかにも熱帯魚らしい。海の宝石と言われているウミウシ類も多いらしい。そのせいだろう、この海岸一体には、ダイビングスポットも多かった。ダイビングリゾートハウス(レストラン)もあった。

 こんなことを考えると、

 伊豆は過疎地帯

とは言うが、文字通り、光が降り注ぐ、比較的経済的に豊かな人に人気の「自然も豊かな過疎地帯」だ。うらやましい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »