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特別展北斎「冨獄152景」  様式化された富士山と生活感のある風景

 4月5日付朝日新聞朝刊を見ていたら、ヒマネタなのに、1面真ん中に

 いったいどれだけ離れたところから富士山は見えるのだろう

という記事が出ていた。ウェザーニュースという民間気象会社が情報提供を呼び掛けて得た結果の紹介だ。それによると、約200キロも離れた栃木県大田原市からも見えるそうだ。西では、約150キロ離れた愛知県田原市。南では、約100キロ離れた東京都利島(伊豆諸島)だったという。文献などによると、最も遠くから見えたのは、

 約320キロも離れた妙法山色川富士見峠(和歌山県)

だという。この記事で面白かったのは、

 都内から富士山が見える年間日数が最近では増加傾向にあるということだ。高度成長時代の1965年には、年間22日と過去最低だったのに対し、1999年には100日をこえ、昨年も101日だったという。1960年代には大気汚染が進んだからだろう。その後、ヒートアイランド現象が進んで、大気が乾燥し、霧や雲が発生しにくくなったからだと、観測を指導した教師(地理)は分析していると記事にあった。

 ところで、

 今、静岡市の駿府博物館で「北斎の152景」という特別展を開催している。カラー錦絵の本編(表富士)の36景、追加の10景、さらに色変わり4枚。さらに北斎がこの「冨獄三十六景」を描く前にかいた「富嶽100景」の102景、合わせて152景というわけだ。いずれも1830年前後に制作されたのだという。北斎が描いたほぼ全作品が一挙に看れるのだから、1000円の入場料は安いかもしれない。

 確かに、富士山に憑かれた男、葛飾北斎

という感じがした。並べて比較すると、やはり「冨獄三十六景」の46枚は、色使いが、全体青や緑で統一されている、あるいは富士山を自ら実見した実景を下地にしながらも、高度に様式化されているなど、完成度がスパ抜けて高い。それに、構図が大胆、たとえば、ど真ん中に太い幹の木が真っ直ぐに画面を二分している構図があったり、大きな桶の輪の中に遠景として三角形の富士山を配置するなど、びっくりだ。

 さて、北斎は、実際に富士山を、いろいろなところから見て、それを昇華し、自分なりにイメージして描いているが、それではどこからその冨士を描いたのか、その分析した表が、展示会場に張り出されていた。

 46枚のうち、三分の一は、江戸からだ。北斎は江戸に住んでいたから、これは当然

 ほとんどは雪を頂いた富士山だが、1枚だけ、夕景の両国橋から見た富士山は、雪のない黒い山だった。

 それでは、小生の住んでいる、そして富士山のすそ野の静岡県内からは、どうか。10カ所。もうすこし多いかと思ったが、こんなものかと合点した。このうち、静岡市からの景色は、

 駿州江尻 大風に菅笠や懐紙が何枚も飛ばされている様子

だった。

 様式化された冨獄図だが、こうした生活感のある風景

を北斎も巧みに描いているのには感心した。

 駿州江尻の図は、あきらかに文化的景観、生活感ある風景

であろう。三十六景には、愛知県豊橋の高台にある茶屋からの風景も描いていた。当時も、こんな遠いところからも、それも肉眼でちゃんと見えたのだ。2010.04.05

 追記

 気付いたのだが、「冨」獄三十六景であり、「富」嶽百景であるという点だ。注意しよう、「ワ」冠と「ウ」冠。

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