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2010年3月

アカデミー作品賞映画「ハートロッカー」の狂気

 この映画を見た感想を正直に言えば、

 同じアカデミー賞(技術賞)となった「アバター」がいかにも貧相に思えた

というものだった。日本人すらそう思ったのだから、アメリカ人なら、イラク・バグダッド郊外での爆弾処理班の物語というこの映画にさらにショックを受けたのではないか。すごい狂気の物語である。ある意味、敵味方のはっきりした戦争状態よりも、敵味方のはっきりしない治安維持にあたる軍隊の緊張感が高いということが、映画を引き締めていた。

 これが女性監督が制作した作品かとびっくりもした。なにしろ、屈強な男ばかりで、女性はラストシーンで一人(主人公の妻)なのだ。「アバター」のほうがよっぽど女っぽいとは皮肉だ。

 この映画のテーマは、それと明示はないが、明らかに反戦だろう。

 特に、このことを強く印象づけるのは、胴に爆弾を無理矢理にまかれた人間自爆

だろう。家族がいるのに、無理矢理に自爆させられる男の悲劇が狂気となって観客席に迫ってきた。イラク人はこのシーンをどう見るのだろうと暗たんたる思いになった。

 さて、タイトル「The Hurt Locker」とは、行きたくない場所、つまり「棺桶」というぐらいの意味らしい。軍隊用語だという。爆弾処理現場のことだろう。それも灼熱の場所の。

 この映画は、会社の帰りが遅くなり、ちょうど自宅マンション近くのシネコンで上映中となっていたので、

 月曜日深夜10時

に見始めた。場内は、私と20代の映画好きそうな若者の二人だけだった。バケツのようなカップに入ったポップコーンを頬ばりながら熱心に見ていた。

 見終わって、家路に着いたら、

 寒風の中、煌煌とした満月が雲一つない夜空に青白く光っていた。

 入場料は、老人割引で1000円。見て得をした。久しぶりにそんな気持ちにさせてくれた映画だった。2010.03.30

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ああ、ポスドク 〝持参金〟480万円付きでも要らない現実

 たまたま「YAHOO! ニュース」を見ていたら、読売新聞配信の

 持参金480万円付きでも ポスドク就職支援苦戦

というショッキングな記事が目に入ってきた。ポスドクとは、博士研究員のことだ。要するに、科学技術振興機構が、文科省の事業費を使って、ポスドク雇用を持参金付きで後押ししようと、民間企業に募集を働きかけたが、募集40人に対し、採用が決まったのは、わずか29人。

 持参金480万円付きでもポスドクは要らない

という事態だ。日本には、現在、15000人ぐらいのポスドクが定職もなく、行き場を失っているが、この事態では、ポスドク問題解決は、ほとんど不可能のような気がする。

 伸び悩みの理由だが、読売新聞によると、企業が求める専門的な知識や技能と、ポスドクの能力に相当のズレがあるからだという。

 とすると、任期1年で、年収480万円で雇用しても、案外、伸び悩むことになるかもしれない。

 科学技術立国のこれが現実だとは、認めたくない惨状だ。

 こうなると、ポスドク側も、自分の狭い専門分野に閉じこもっていては、もはや突破口は開かれないことを、もっと冷徹に知るべきだ。大学の常勤の講師だけがすべてという時代はとうの昔に過ぎ去っている。

 カエルは熱湯に突き落とされれば、びっくりしてそこから飛び出て、やけど程度で助かる。しかし、少しずつ過熱された湯に長く浸かっていると、ゆで上がって結局致命傷になる。

 定職を求めているポスドクは今回のニュースを前者の熱湯と考えるべきではないか。将来の保障のない大学非常勤講師というぬるま湯に浸かっているととんでもないことになる。こう言うと、余計なお世話だという声がポスドクから聞こえて来そうだが、研究者養成には政府は巨額の税金を投じている。ポスドクはこの点の自覚が必要だ。それには自分の能力を大学だけではなく、専門以外の分野にも手を伸ばすなど、もっと広く社会で生かす努力を真剣に考えてほしい。そんなニュースだったように思う。2010.03.29 

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栽培漁業って何 ? クロマグロが教えてくれたこと

 大西洋や地中海で捕獲した、あるいは畜養されたクロマグロの日本への輸入ができなくなるのではないか、というので、このところ大騒ぎになっている。しかし、どうやら今しばらくはそうしたことはないようだ。ただ、近い将来、大幅に規制されることは避けられないと、一連の動きを見ていて感じた。当面は資源管理とともに、規制するかどうかという駆け引きというか、情報戦に怠りがないようにすべきだろう。

 問題は、では取り尽くさないため、具体的に日本は国内でどんな対策を今後強化していくか、ということだ。

 そんな思いで、テレビを見ていたら、民放テレビが東京海洋大学の研究者が行っている研究成果を紹介していた。なんと、

 サバのメスの子どもに、同じサバ科であるクロマグロの生殖細胞を移植し、クロマグロの受精卵を産ませる方法

というのだ。サバの子どもを〝借り腹〟として利用するというのだから、驚いた。その卵を大きく育てようというのだが、自然の海ではほとんどの卵がほかの魚に食べられてしまう。サバの借り腹でつくったクロマグロの卵なら、自然の海と違って効率的にクロマグロを育てられるというわけだ。

 もっとも、この場合でも、卵からかえったクロマグロの稚魚は、何を食べて成魚になるのか、ということが分かっている必要がある。プランクトンであろうか。それが問題だ。

 クロマグロではないが、稚魚は何を食べるのかという点について、土曜日のNHK夜のニュース番組で、ウナギの稚魚がシラスウナギにまで成長する間に食べているのは、これまで不明だったが、ごくごく小さい

 ホヤのふん

であることを突き止めたと、九州大学の研究者の成果が紹介されていた。水産庁の水産総合研究センターとの共同研究でもあるらしい。

 このように稚魚を成魚に育てる「栽培漁業」では、稚魚が入手できたとして、稚魚が何を食べて大きくなるのか、ということを突き止める研究に苦労がある。

 事実、小浜栽培漁業センターでは、この問題を解決し、

 幼生期の稚魚、ゾエアから、成魚のズワイガニを栽培することに成功

していると件の民放番組は伝えていた。ここまで来るのに10年の試験研究が必要だったという。

 さらに、稚魚が何を食べて大きくなるのか、ということとともに、その稚魚をどのようにして入手したり、確保するかという問題もある。

 入手先が栽培漁業で育てた成魚の受精卵であれば、完全養殖であり、マグロでは近畿大学で実用化に成功。成魚は大阪中央市場に出荷されているという。味は天然ものとたいして違わないという。

 今回のクロマグロ騒動は、日本人のクロマグロの食い過ぎ(誰があんな高級魚食べているの?)への反省と、栽培漁業や、さらに進んで完全養殖への技術開発の強化を加速する必要があることを教えてくれたように思う。む2010.03.29

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東大合格女子大生の「私の1冊」  私も理系名著2冊

進学の季節でもある年度変わりの「週刊ポスト」(3月26日号)を読んでいたら、「Zoom」という欄で

 東大合格女子に聞いた「私の1冊」 見事難関を突破した才媛たちがオススメする本とは

という企画が目に入った。トップは

 愛知県の南山高校女子部から現役で理科2類合格に進学した

 小川奈美さん

が紹介されていた。すらっとした美貌だが、オススメではなかったが、感銘を受けた本として

 「理系のための研究生活ガイド」(坪田一男)

が挙げられていた。研究者を目指しているのでぴったりの1冊とコメントしていた。もうひとりの女性(理科三類に現役合格)は、感銘を挙げた本として

 「ご冗談でしょう、ファインマンさん」(R.P.ファインマン)

を挙げていた。自分が感銘した本を他人にも薦めるかどうか、やや問題もあるが、いずれも、理系大学院まで出た小生も、読んだ記憶があるから、すごいと感心した。ファインマンの本は、その題名のとおり、ユーモアのある名著だ。

 研究者になれるかどうかは、別として、若くて美形の理系が増えてくれるのはうれしい。ただ、論文書きもさることながら、大量にあふれるポスドクなど、研究環境の厳しさを乗り越えられるかどうか、引く手あまたの美形であるだけに心配ではある。私の知る限り、美形の研究者は、どういうわけか、極めて少ない。

 そんな減らず口をたたいてばかりでは申し訳ないから、私も最近読み直したものの中から、オススメの、そして感銘を受けた理系名著を2冊紹介しておこう。

 「盲目の時計職人 自然淘汰は偶然か?」(リチャード・ドーキンス、早川書房)

 「生物進化を考える」(木村資生、岩波書店)

後者は「自然淘汰はほとんど偶然」と主張していて、いかにも提唱者らしい独創性と説得力がある。いずれも、理系に限らず、文系にも薦めたい教養書であるが、ハウツーものではない。この二冊をセットでじっくり読むと、

 漠然と知ったつもりでいた進化について、その真相が具体的にわかる

 読者にハッと気づかせてくれるのが名著だ。理解できない部分はそっとそのままにしてともかく繰り返し読んでほしい。小生もこの本を久しぶりに読み換えして、何度もハッと気づかされたことを付け加えておこう。何度も読みたくなる本、それが名著だと思う。そして、

 読めば読むほど味がでてくる。それがその人にとっての名著だろう。

 研究生活ガイドには、おそらく、それはないだろう。2010.03.28 

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天空のガラパゴス島 南米ギアナ高地のテーブルマウンテン

 毎週土曜日に楽しみに見ているNHK番組「ワンダー×ワンダー 」で、3月27日放送分は

「天空のロストワールド 南米ベネズエラ東部のギアナ高地」

を取り上げていた。番組は、奇怪な頂上が真平らなテーブルマウンテンの大きな滝を紹介していた。しかし、小生は、外界から何億年も隔絶したマウンテンにある大滝に行き着くまでの道すがらに生息している生物、たとえばカエルなどが、外界には見られない独自の進化をとげていたらしいという事実に感心した。

 紹介されたカエルには、通常はある水かきが後ろ足にはない、カエル飛びのようなことはできず這って移動する、卵を産卵するのではなく、つまり卵生ではなく親の姿のまま生まれてくる胎生であることなどを紹介していた。オタマジャクシからカエルになるのではなく、いきなりカエルの姿で生まれてくるというのだ。そういう両生類がいるとは知らなかったが、これも、回りから断崖で隔絶した頂で生息する生き物の独自の進化を想像するとうなずける。テーブルマウンテンの頂には、こうした独自に進化した動植物が多く生息しているらしい。

 つまり、種の起源、言い換えると新種が形成される主要な過程は地理的な隔離である

ことを強く示唆する。

 まさに、テーブルマウンテンは、「進化論の山」

というような印象を受けた。というか、感動を受けた。ギアナ高地には、こうした隔絶したテーブルマウンテンが100以上あるというから、それぞれの頂上に生息する動植物をこうした進化論的な観点から比較調査すると、それらがほぼ同じ時期に形成されたとして、また、当初はつながっていて同じような動植物相だったとして、その後、

 種は変化する。その遺伝的な変化のメカニズムは地理的な隔絶という自然淘汰

ということが、まず裏付けられるのではないかと思う。

 さらに面白いと思ったのは、その比較から、さらに突っ込んで

 決定論的なダーウィン進化論あるいはそこから集団遺伝学を取り込んで発展したネオ-ダーウイニズが正しいのか、それとも、進化に寄与する突然変異には、生存に有利な突然変異ばかりではなく、むしろ生存に有利でも不利でもない突然遺伝子もあり、中立な突然遺伝子の偶然による種内拡散という確率論的な中立説が正しいのか、が判定できるのではないか。つまり、さらなる確証となるのではないか。

 決定論のダーウィン説が正しければ、どのテーブルマウンテンの頂も、過去も現在も環境がおおむね同じであることから、どの山の頂も、外界から隔絶されているとはいえ、ほぼ似たような動植物相になっているはずだ。山によって動物相に統計的な意味で有意な差はないはずだ。

 しかし、これに対し、突然変異が種内に広がっていくのには偶然が大きく左右するとする中立論では、圧倒的に多い中立突然変異によって、生存可能な体制の範囲内で、それぞれの山の頂の動植物相は大きく異なっているはずだ。累積淘汰という必然論のダーウィン説よりもバラエティの幅が大きいはずだ。標本数(山の数)100として、動植物相に有意な差がある。中立説は淘汰論を否定するものではなく、決定論的な累積淘汰を否定するだけである。こう考えると、十分統計的に意味のある成果が期待できるのではないか。

 同じ、進化の島、マダガスカル島(アフリカ東岸)では、島は1つしかなく、こうした比較はできないので、ギアナ高地は進化論の検証の場になるだろう。2010.03.28 

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新教養科目「科学と料理」 ハーバード大・工学応用学科 世界的シェフが講師役

 3月26日付静岡新聞を見ていたら、

 ハーバード大、「料理と科学」

という教養科目を新設するという記事が出ていた。同大には教養科目、リベラル・アーツを重視する伝統があるが、それにしても、科目のサブタイトルは

 高級料理から軟らかな物質の科学まで

というから、びっくり。授業では講師が料理の秘訣を説明した後で、同学科の物理学などの教授陣が、それを科学的に裏付けるというユニークなもの。おそらく、日本にもひろがるだろう。ただし、栄養学や健康学を離れて、こうした柔軟な発想が大学にあるかどうか、が課題だろう。

 ところで、同紙には、1面コラム「大自在」はカツオやマグロの話で、わさびの話が出ている。わさびは、山葵と書くぐらいだから、駿府と関係がある、あるいは徳川家と関係があるとは思っていたが、

 静岡市北部(葵区有東木地区)はわさび栽培の発祥の地

と出ていた。静岡市の駿府公園には、大きなわさびをかたどった

 わさび漬け発祥の碑

がある。もっとも、わさびは冷たい清涼な水の流れる里山傾斜地にどこでも自生するらしいから、自生なら発祥の地の特定はできないが、わさび田による栽培なら、特定があるいは可能なのだろう。自生なら、奈良時代の「本草和名」にもわさびのことが書かれているという。栽培地の有東木地区には、

 400年17代続く「わさびの門前」という農家があり、本わさびはもちろん、いろいろなわさび漬けを直接、通信販売などで販売しているという。

  それはさておき、日本でも

「科学と日本料理」

という大学教養科目ができないだろうか。日本料理の鉄人、道場六三郎が料理人としては適任だろう。静岡大工学部(浜松市)が名乗りをあげてほしい。ちと硬いが、物質工学科はどうだろうか。なにしろ、コラム「大自在」によると、浜松城を居城にしたこともある葵の御紋の徳川家康は、わさびをことのほか珍重したというではないか。硬い工学ではなく、わさびの利いた「軟らかい工学」は、きっと学生から歓迎されるだろう。2010.03.26

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「悔しさをバネにして」 プロサッカー選手、KAZUの場合

 プロサッカー選手の三浦知良さん(43歳)は、20代後半、こう思ったそうだ。

「30歳になったら、頂点でスパッとやめる」

 ところが、そうはならなかった。今も、J2横浜FCで現役生活を続けている。頂点とは、W杯フランス大会(1998年6月)出場のことだろう。イラクに最後の最後で負け、W杯出場を逃したあの「ドーハの悲劇」(1993年)の体験者だけに、実感がこもった言い方だった。

  3月23日夜のNHK番組「プロフェッショナル 仕事の流儀 三浦知良スペシャル」での、三浦選手の話だ。それによると、フランス大会に出場できなかった、その

 「悔しさをバネにして」

今日まで、不器用な自分を励まし、努力してきたと言う。ブラジル「サントスFC」とプロ契約して25年目の挑戦が、ケガに悩みながらも、J2横浜FCで今年始まったのだ。自分の過去というものをいったんすべてゼロにして、一からではなく、ゼロから出発したいという姿勢には感動すら覚えた。クロアチアに移籍したのも、今の横浜FCに移籍したのも、そんな思いだったのだろう。

 規模は違うが、定年後、小生も、スパッと会社を離れ、転居、転職した気持ちと通じるものがある。三浦選手は、静岡市出身(静岡学園高校中退し、ブラジルへサッカー留学。実家は静岡市内のすし店)であるだけに、浜松市に転居した小生としては、

 「悔しさをバネにして」

という言い方に共感できた。

 ところで、静岡県内では、ジュビロ磐田から、これまた「高齢の」、同じFWの

 ゴン、こと中山雅史選手(42歳、静岡県藤枝市出身)がJ2札幌に完全移籍

した。こちらは、フランス大会に出場したが、札幌移籍にあたっては

 引退考えたことも

あったという(2009年12月29、30日付静岡新聞1面インタビュー記事)。記事によると、それでも、「ぶざまでもいい。札幌でさらに成長したい」との思いがあったからだ。のたうち回ってもいい。それが

「ぼくのサッカー人生」

と受け入れるというのだ。すごい。中山選手の場合、悔しさよりも

「ぶざまでもいい、成長したい」

というのが人生哲学なのだろう。いずれにしても、サッカーが好きであり、すべてであるということだろうか。そういうものが持てたのは幸せだと思う。

 幸せは、待っていては来ない

そんなことを思った番組だった。2010.03.24

追記。

 この番組、茂木健一郎、例の悩、いや脳科学者氏が司会しているのだが、

 今回が最後

かと思ったら、10月から本格、再スタートとなるようだ。どうも口数が少なく、元気がないと思っていたら、これだった。ただし、再スタートのときに、茂木さんが再び司会をするかどうかは、番組では明言されなかった。視聴者の反応を見て、今後判断するということらしい。やれやれ。

 プロジェクトⅩといい、この後継番組といい、最後はごたつくなあ。2010.03.24

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NHK、テレビ・新聞の未来を徹底生討論 ツイッターの威力にタジタジ

 3月22日夜のNHK生番組

  テレビ・新聞の未来を徹底生討論(司会 NHK解説委員長)

を見た。というよりも、テレビ画面を見ながら、慣れない手つきで、覚えたばかりのツイッターを使って、テレビ画面の下欄のテロップ部分に自分の意見を投稿してみた(#nhkへ)。

 疲れた。生討論の内容よりも、下に次々と投稿されてくるツイッターの意見を目で追うだけでも老骨の小生には疲れる。テレビでの討論内容が落ち着いて追えない。出演者も司会も慣れないせいか、落ち着かない話方、司会の仕方になっていたように感じた。さらに、ツイッターの内容によって、番組の話の流れが変わるようで、こわい。

 とても、落ち着いてものを考えるじっくりとした生討論とはいかなかった

というのが、正直な印象。出演者の選択も、女性教授も含めて老人ばかり。ツイッター世代の20代の若者を一人くらい登場させたらよかった。しかも、出演者がほとんど、テレビ業界、新聞業界の、いわゆるイスタブリッシュな人たちばかりでは、結論は決まりきっている。そんな感想を持った。

 ツイッターの威力、通信メディアとしての可能性は否定しないが、じっくりものを考えようという道具としては、新聞に劣る。テレビにすら劣る

そんな感想だった。

 小生の投稿は、おおむね次のようなものだった。テロップで流れたかどうか、ついにわからなかった(あるいは、そもそも小生の使い方が未熟で、#nhkに届かなかったのかもしれない)

 これからの新聞の生き残りでは論説、主張の充実が勝負。情報の質だ。新聞はもちろん、テレビも速報性はそれほど大事ではないだろう。

 いいにつけ、わるいにつけ、放送・新聞というマスメディアと、ツイッターという通信の融合は今後もますます進展するだろうということを、小生はついていけなかったが、そういう形式にした番組自体が予感させた。

 それとは別に、この番組のよかった点は、アメリカのマスメディアの最新状況が紹介されていたことであり、いずれそうした事情は日本にも及ぶであろうと感じた。テレビのデジタル化、新聞の電子化・デジタル化、紙メディアの衰退などだ。既存のマスコミ界に生きている小生としては、ツイッターを取り入れたせわしない討論形式にはついていけなかったが、この紹介報道は参考になったと報告しておこう。

 司会の解説委員長さん、慣れないのにご苦労さまでした。小生も含めて、老兵は去るのみという印象でした。2010.03.23

  追記。

 こんな話ばかりで、肝心の討論の中身がないのも心苦しいので、少し追加すると、オンラインメディア、つまりネットニュースというのは、

 宿主の命を少しずつ奪っていく寄生虫

ということだろう。宿主とは、訓練を受けた沢山の記者を使ってニュースを取材している新聞やテレビを指す。自分では一切、ニュースをつくらない、単にコピーしているだけのオンラインニュースメディアは「無料ニュース」でかなりの数の読者を新聞業界から奪っていると言うことだろう。このことが、新聞界やテレビ界を窮地に陥れている。

 事実だが、新聞界もテレビ界もこうした事情は以前からよくわかっていたにもかかわらず、ほとんど有効な手を打ってこなかったことも問題なのである。手をこまねいていたのだ。この影響は、日本でもアメリカでも、地方紙に、記者の希望退職というリストラなど、大きな、そして深刻な影響を及ぼしている。

 アメリカの最新事情については、

 「新聞・テレビ絶滅」と題して特集している日本版「Newsweek」9月16日号(2009)に詳しい。

 また、日本については

 「テレビ・新聞陥落」を特集した「週刊東洋経済」2009年1月31日号に詳しい。この号では、頼みのネットも稼げないと指摘している。

 そんな中、日経新聞は2010年4月から本格的な電子新聞(月4000円)をスタートさせるとしているし、部数減少著しい毎日新聞社は、共同通信再加盟を最近果たした。また、地方紙(たとえば新潟日報)に現地印刷を委託するなど、経営合理化を急速に進めている。夕刊を廃止する新聞社も少なくない。

 全国紙に次いで、静岡新聞社も記者を含めて希望退職者を今年から今後常時募集し始めた。紙メディアは、衰退メデッアであることはもう間違いない。テレビ業界も、来年夏のアナログ放送停波で巨額の設備投資などを強いられ、広告収益が上がらない中、体力が低下している。

 テレビ業界も新聞業界も紙面、いや四面楚歌なのだ。

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スイス、2大鉄道と4大名峰8日間、行きたいねえ~

 昨日のこのブログで、マッターホルンをゆっくり眺めて、人生、ゆったり気分を味わいたいと話した。

 そんな気分で、今日3月22日付中日新聞朝刊を見ていたら、JTB旅の通信直販「旅物語」(052-715-5013)として、

 スイス、2大鉄道と4大名峰8日間

という広告が出ていた。あす、3月23日朝から、電話予約が始まると言う。日ごろ、この種の広告には縁がないとあまり見ないのだが、土曜日に見た番組に影響されたのか、ついつい目が行ってしまった。旅行代金は、出発日の違いにより、お一人様約30万円(5月出発)からお盆の8月の約43万円。これを高いと見るか、安いと見るかは、人それぞれだが、値段が違っても、8日間のコースは同じ。中部国際空港から飛び立って、こうだ。

 第一日目。夜、チューリッヒ到着。マイエンフェルト宿泊。

 第二日目。ベルニナアルプス観光。世界遺産ベルニナ鉄道の旅。サンモリッツ宿泊。

 第三日目。氷河特急パノラマカーの旅。グリンデルワルト宿泊。

 第四日目。ヨーロッパ最高地点駅ユングフラウヨッホへの登山列車旅行。

        ツェルマット宿泊(2泊)

 第五日目。マッターホルン観光とハイキング。登山鉄道でゴルナーグラート展望台へ。

        ツェルマット自由行動。

 第六日目。モンブラン観光。ロープウエーでエギーユ・デュ・ミディ展望台へ。

        夜、ヨーデルディナーショウ。ジュネーブ宿泊。

 第七日目。ジュネーブから帰国へ。機中泊。

 第八日目。朝9時、中部国際空港。

 体力が持つかなあ~とは、思うが、行ってみたい。50万円が問題。二人で行けば100万円だ。二か月分の給料じゃないか。暇はある。いつかは、来年の夏には、ホント、行ってみたいツアーだ。行くぞ。いくぞ。行くなら体力がまだある60代前半だ。定年退職記念で、どうだ。

 今年は、南アルプスでがまんするが、このツアー、行ってみたい。人生、最後の旅として、閻魔様にも報告したい。2010.03.22

 追記。

 話はぐっと身近になるが、浜松市できのう、

 がんこ祭

で盛り上がった(がんことは、度をこえたというぐらいの意味)。浜松よさこいまつりだ。今年は10回目で、「はまよさ」で親しまれているらしい。はまよさでは、よさこいのように必ずしも持つ楽器は鳴子でなくてもいい。どんな楽器を持っていてもいいらしい。楽器の町、浜松らしい。 

 土日には、JR浜松駅周辺は大変な賑わいだった。浜松に転居して、1年半になるが、確かにこうしたイベントを見ていると、

 浜松は若者の町

という雰囲気だ。踊りに参加するのは、139チームというからすごい。

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氷河が動く時 天を突く「奇跡の造形」、マッターホルン

 ヨーロッパで最も高い山、

 モンブラン フランスとイタリアの国境

の山頂は、年中雪に覆われた万年雪。だから、「白い山」と名づけられたのだろう。標高4800メートル。頂上付近までロープウエーがあり、一般観光客もその山小屋に泊まれるという。そこから山頂まで、年中、雪景色を楽しみながら、「登頂」できる。

 毎週土曜日、楽しみにしているNHK番組「ワンダー×ワンダー」の今週は、ヨーロッパアルプスの絶景紹介だった。

 これだけなら、たいしたことはなかった。問題は、同じヨーロッパアルプスの

 マッターホルン、4500メートル スイスとイタリアの国境

に話が及んだときだった。天を突く、異様な山は万年雪ではない。それだけに、岩で切り立ったような稜線がはっきりと見えて、

 どうしてあんな風になったのだろう

と考えさせる。番組では、実は

 氷河地形

だと紹介されていた。ヨーロッパは過去に何度も氷河に覆われており、氷が地形を削り取ったのが、あのマッターホルンなのだという。山頂に雪がないときに、そんな地形を見せてくれるのだ。氷河が流れる速さは、

 1年に30センチ、1日にして約1ミリ、あるいは10年間では約3メートル

くらい。しかし、早回しで見ると、いかにも、とうとうと流れる氷河だということがわかる。今もヨーロッパアルプスは、氷河が流れている。19世紀半ばには、ヨーロッパ全体が氷河で覆われていたという氷河説が登場したが、氷河が動くということはなかなか信じられなかったのも無理はない。そんなことを教えてくれる番組だった。

 マッターホルンは、かつての氷河によって鋭く山頂が削り取られた氷食尖峰、ホルンという氷河地形の象徴

 なのだ。言ってみれば、山頂がのこぎり状ということだ。

 こうした氷河がかつてあったということは、ヨーロッパの人々、いや科学者であっても容易には想像できない。かつてヨーロッパは氷河に覆われていた、しかも、何度も、最近では数万年前までは、という発見の物語については、

 「氷河期の『発見』」  扶養社 E.B。ボウルズ

に詳しい。

 日本でも、小生の住んでいる静岡県の中央アルプスには、氷河地形が見られる。

 間ノ岳に多く見られる氷河の通り道、U字谷

 中岳南面には見事なカール(山頂付近に見られる氷河の侵食面)

といった具合である。カールはスプーンで山頂をえぐったようなくぼ地だ。

 静岡大学理学部の増沢武弘教授の近著、

「南アルプス お花畑と氷河地形」 静岡新聞社

はそんな南アルプスの魅力をカラー写真で見せてくれる。ありがたい本だ。

追記

 ところで、ヨーロッパや中央アルプスがかつて、たとえば数万年前、

 氷河に覆われていた

という話が本当なら、その逆、

 たとえば、今は寒い北極海は昔どうなっていたのだろう、という発想をしてみるのも面白い。

 ちょっと古い新聞だが、2006.06.01付日経新聞に

 北極は5500万年亜熱帯

 という記事が載っている。国際チームが英科学誌「ネイチャー」に発表したという。北極点の海底深くから採取した堆積物から、淡水の跡や、シダ植物の痕跡が見つかったのだという。これはどういうとかというと、

 今は北極はほぼ地軸と一致しているが、かつては、大きくずれていて、いまの赤道付近にあったのだろう。つまり地軸に対して、地球全体が動いている。それと、地球全体に対して、地球表面に「浮かぶ」大陸が、プレートテクトニクス説により、ごとごと移動する。人間には到底感じないくらいの速さでゆっくりと移動している ! 

からだろう。

 5000万年で1万キロ。1万年で2キロ。1年で20センチ。ということだから、大陸の移動速度は、平均すればせいぜい年20センチくらいだろう。

 これは人間中心の時間尺度でものを考えることの危険性を示していないだろうか。氷河は動かない、あるいは大陸は永遠に動かないと思い込むなど、とかく人間は日常生活の時間間隔で物事を判断しがちだ。だから地球規模の地質年代で時間をとらえること、あるいは想像することは人間には難しい。そんなことを教えてくれた番組だ。生物進化もまたしかりなのだろう。2010.03.20

 追記

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の

 地球観測研究センター

のホームページには、

 地球が見える

と題して、マッターホルンなど、衛星画像が多数公開されている。眺めているだけで、雄大な気分になる。

  それにしても、番組に出てきたマッターホルンを間近に見ることのできる

 スイスの有数山岳リゾート、ツェルマット

の山小屋に行って、何もしないで山ばかり眺めて一日を過ごしたいものだ。人生、最大のゆったりした気分になることだろう。

 それが、無理なら、この7月9から2泊の予定で開かれる

 南アルプス100人会議(静岡県静岡市最北端、南アルプス登山口、さわらじま)

に出かけ、せめて、お花畑が楽しめる

 千枚小屋(千枚岳山中)

まで登ってみたい。晴れていれば、氷河地形もある南アルプスの眺望がある程度楽しめるだろう。昨秋、さわらじままでは行ったが、今度は高山帯まで登ってみたい。2010.03.22

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のびる、戻る「ゴム鉄合金」 ! 柔、よく地震を制す材料の発見

  何気なく、仕事帰りの電車の中で、3月19日付毎日新聞夕刊を読んでいたら、

 のびる戻る「ゴム鉄合金」開発

という囲み記事が出ていて、ちょっとびっくりした。

 ゴムのように伸縮する高強度の形状記憶鉄合金を東北大の田中優樹博士研究員(金属材料学)らの研究グループが世界で初めて開発した

という記事である。米科学誌「サイエンス」で発表したらしい。

 記事によると、もとの長さの10~13%分を引き伸ばしても元の形に戻るというからすごい。鉄とニッケル、コバルト、アルミニウムを主成分とした合金らしい。すぐに何に応用されるのか、と気になるが、

 地震の制震装置

に役立つらしい。伸縮自在というと、強度が今ひとつという気がする。びくともしないのは鋼鉄だ。伸縮自在で、しかも破断しない強度の高い鉄という両立は、常識で考えても難しいだろう。

 東北大学の金属材料研究所は戦前から金属材料の分野、とくに鋼材研究では高い評価を受けている。代表的なのは、本多光太郎博士の強い磁石鋼(いわゆるKS磁石鋼の発明)。いかにも、そんな東北大らしい今回の成果だと思う。しかも、おそらく若いポスドクの研究成果だというところに、日本の研究体制にとって、明るいというか、値打ちがあるのかもしれない。

 柔、よく剛、いや地震を制す。2010.03.20

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聴導犬って知っていますか 犬が〝足話〟?

 目の不自由な人のための盲導犬を知らない人はいないだろうが、それでは耳の不自由な人のための

聴導犬

というのがいることを知っている人は少ないだろう。ブザーや目覚まし時計、信号音など日常生活に欠かせない音、あるいは安全のために欠かせない警報音、非常ベルなどのさまざまな音を聞き分け、主人に何の音が鳴っているのか、定められた合図(手話ならぬ、いわば〝足話〟? )をする補助犬だという。

 3月18日付毎日新聞夕刊を見ていたら、この聴導犬を育てる施設「あすなろ学校」(横浜市旭区)が生徒を募集しているという広告が出ていた。この学校は財団法人日本補助犬協会が運営している。広告によると、修了生には補助犬訓練士の資格取得など、卒業後の進路を拓くための支援もするらしい。

 全国的にも、社会で活躍している聴導犬はわずか数十頭にすぎない。また、聴導犬の訓練という歴史も、この40年くらいらしい。まだまだ馴染みのない学校だろう。

 若者の自立支援の学校でもあり、挑戦してみたいという青年はいないものだろうか。なにしろ、全国で1万人の耳の不自由な人がぜひ聴導犬がほしいと望んでおり、前途有望な職業ではないかと思うのだが。

 若者よ、耳の不自由な人たちの切実な声に耳を傾けようではないか。2010.03.19

  追記

 静岡県富士宮市には、

 富士山ろく朝霧高原の風景にとけこむ「日本盲導犬総合センター」

というすばらしい施設がある。小生も、静岡県景観賞の選考で、訪れたことがある。こころが晴ればれするということで、2009年度の静岡放送賞に選ばれた。聴導犬の訓練施設にも、こうした施設があるのだろうか。そんな感慨を今、持っている。2010.03.20

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煙のでないたばこ でも、少しだがニコチン効果も

 3月18日付静岡新聞を見ていたら、

 JTが煙の出ないタバコ「ゼロスタイル」を近日発売。世界初

という記事が出ていた。カートリッジに「たばこの葉」を詰め、吸うという仕組み。香りと味が楽しめて、ライターもいらないから便利だという。しかも、少々だが、ニコチン効果もあるらしい。たばこに火を付けるのがいいのであって、それが要らないとなれば、果たして愛煙家が飛びつくかどうか、知らないが、

 禁煙場所でも、吸える

というのが、案外、受けるかも知れない。

 JTの涙ぐましいまでの努力には敬意を表したい気がする。果たしてこれで、紙巻きたばこがなくなる日が来るのだろうか。無煙たばこは、いわば禁煙ガムのようなものであり、紙巻きたばこは一向になくならないように思う。なぜなら、人間、そうそう合理的にはできていないからだ。嗜好品ぐらい合理的でないほうが、いい。今のようなたばこが日本に登場して、100年以上たつが、その形態や吸い方はほとんど変わっていない。

 紙巻きたばこは、不滅だろう。少なくとも100年くらいは。2010.03.18

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あんパンを献上した男 駿府博物館の山岡鉄舟(鉄太郎)展

 明治天皇の侍従をしていた山岡鉄舟については、徳川時代から明治にうつる境目で行われた歴史的な会見、江戸城無血開城の

西郷・勝会談をセットした男

という印象が強い。場所は江戸・三田の薩摩藩邸。しかし、この歴史的な会見が実を結ぶためには、鉄舟の決死の覚悟での下工作、談判があったはずである。その程度は小生もなんとか知っていた。しかし、鉄舟の覚悟のほどが伝わってくる展覧会がある。鉄舟の人となりや、かかわった明治の群像について

 山岡鉄舟と明治の群像展

を開催している駿府博物館である。静岡県外出身の私は、下工作の談判(西郷が提示した降伏7か条など)が行われた場所(西郷・山岡会談)が、静岡市葵区伝馬町の繁華街(トップセンタービル近くのベガサート)であると知って、はじめて博物館の帰りに、その歴史的な場所に立ち寄った(伝馬町通りは、旧東海道)。案内板だけだったが、会談は1868年(明治元年)3月9日に行われたらしい。

 見に行ったのは、3月14日、日曜日だったが、この日に談判の結果を受けて最終的な合意に向けて東京の薩摩藩邸で勝・西郷会談が行われたというから、思いひとしおだった。それにしても、明治時代の出発点が伝馬町の繁華街あたりにあったことに思いを馳せた。なお、石碑が建てられているところは、松崎屋源兵衛の屋敷があったという。

もうひとつ、この展覧会には、なぜか、

 静岡新聞 第一号、第二、第三号

が展示されていた。木版でB5くらいの大きさの冊子本型である。発行日はいずれも明治6年(1873年)2月。活字で日刊紙ではないものの、全国でも比較的に早い発行だろう。「官許」の印が押されており、定価は「貳銭」である。2銭である。

 なお、この新聞は、現在の静岡新聞(]1941年12月1日創刊、真珠湾攻撃の一週間前)とは無関係らしい。

 勉強になった日曜日であった。

 鉄舟というと、どこか堅いイメージだったが、会場で配られたパンフによると、

 あんパンを明治天皇に初めて献上した男

と出ていた。あんの日本文化とパンという西洋文化の融合であり、文明開化の象徴の1つである「あんパン」が山岡につながるとは面白い。山岡鉄舟という男が急に身近になった。この意味でも、繰り返すようだが、非常に勉強になった日曜日だった。2010.03.15

追記 2010.05.24

山岡鉄舟の生涯については、山本兼一さんの最新刊

 「命もいらず名もいらず」(NHK出版)

があることを知った。5月23日付静岡新聞「読書」欄に、文芸評論家の末國善己さんが「人生を変える一冊」となるような小説と高く評価している。書評によると、鉄舟は

 うそをつかない、己の心に恥じない、腹を立てない

などの生活ルールを厳格に守った生き方をしたという。あんパン男は、あんパンではなかったのだ。

 しかし、最初の二つはともかく、腹を立てない生き方は、今の世の中、無理というか、そんなことをしていれば、

 うつ

になるだろう。小生なら、腹を立てないために、腹の立つことを、大いに笑い飛ばそう、というのにしたい。これなら、うつにはならない。これが、うそをつかず、自分に正直に生きる人生のコツだ。 

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北海道森町の駅弁「いかめし」の驚異 シンプル イズ ナンバーワン 全国一 駅弁の甲子園

 久しぶりにNHK土曜番組「ワンダー×ワンダー」を見てみた。テーマは「駅弁の甲子園」。会場は都内の京王百貨店「Keio」。こんな面白いイベントがあるとは、ついぞ知らなかった。番組によると、これまでの全国一は

北海道森町の「いかめし」 老舗駅弁屋いかめし阿部商店 電話=01374-2-2256 

 森町は函館市の北側に隣接する自治体。12日間の大会で、なんと6万個以上も売れたという(京王百貨店に設けられた会場全体では33万個以上、7億円の売上)。断トツの一位で、この駅弁、もう40年近く№1を独走中なのだ。いかめしのことは、知っていたが、これほどとは思わなかった。その次は「牛肉どまん中」。そして、「甲州かつサンド」だが、静岡県関係では「富士宮やきそば」弁当もあった。器が有田焼の「有田焼カレー」。さらに、鹿児島県出水市の「黒豚赤ワインステーキ弁当」も現地取材も番組で紹介されていた。九州新幹線開通で地元消費が低迷することが予想され、販路開拓の一つとして出品されたという。ベスト10に入れば全国から注文が殺到するというから、イベントは販路開拓の重要なきっかけになるらしい。

 諸外国にはあまり例がない日本独特の弁当文化はすごい。

  ところで、あらためて、売れる弁当の特徴について、考えてみた。

 シンプルで、一点豪華主義の弁当

これが、訴求力のある駅弁ではないかということだった。あれもこれも入れては特色がわかりにくく、売れにくい。

 いかめし

と、これはわかりやすい。なにしろ小型スルメイカに、もち米とうるち米を入れて、特製の秘伝のたれを付ける、そんないかが2個入って、これだけなのだ。そのほかの具も、箸さえもついていない。箱も小さく、包装も今風ではなく、むしろ古風だ。

聞くところによると、1941年ごろ小型スルメイカは商品価値が低く、なにかうまい有効活用がないかということで考え出された商品というから、びっくりだ。

 そんないかめしだが、シンプルなのが、かえってアピールするのかも知れない。

 これに対し、味はともかく、あれもこれも入れた、たとえば、高知県馬路の

「馬路温泉弁当」

などは、大会中、2610個しか売れなかった(それでも、すごいが)こととも関係がありそうだ。

番組は、売れる商品とは何か、ということを文句の付けようのない具体的な商品数で、しかも実演販売という目に見えるやり方で教えてくれた。その意味で確かにワンダーな番組だった。

 老舗はすごい。そう思うと、久しぶりに「いかめし」が食べてみたくなった。2010.03.14

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信じる者は治る 抗うつ剤の真実

 450円という安さもあって、駅のキオスクで車内暇つぶし用に何気なく買った「Newsweek」日本版(3月10日号)をぱらぱらと読んでいたら

 「抗鬱剤神話」の憂うつなジレンマ

という、ショッキングな記事を見つけた。5ページにもわたる記事だが、おもしろい。抗うつ剤の粒で、イラストをつくっているのも洒落ていてうまい。そのイラストも抗うつ剤ということで、抗うつ剤のつぶつぶで脳を描いていた。

 内容を簡単に言うと「欝は薬で治せる病気という概念を広め、医学界に革命をもたらした抗うつ剤。しかし極めて重度の患者を除けば、効き目は偽薬と大差ないと考える米研究者が増えている。患者の抗うつ剤に対する期待が効き目に大きく寄与するからだ」というものだ。

 憂うつなジレンマというのは、そのことを正直に患者に言うべきか、それとも、偽薬と大差ないとはいえ、せっかく効果があるのだから、唯一の希望である抗うつ剤の真実は隠しておくのが親切というものではないか、悩ましいということを指す。正直に言えば効果があるのに患者は処方する医師から離れていくだろう。黙っていれば、高価な抗欝剤を使い続けさせることになる。患者にみすみす出費を強いるようなことはかかりつけ精神科医として果たして親切なことか、良心の呵責に苦しむことになる。精神科医として憂うつだ。

 内容を結論的にひと言で言えば、次のようになる。

 薬を信じる患者は治る !

  抗うつ剤は病状改善に効果がある。ただし、その効果は偽薬と同程度。「極めて重度の患者を除き、抗うつ剤の効果の大半は患者の期待から生まれたものだ」。「脳への直接的な化学的作用によるものではない」。

 つまり、うつ病は、患者が処方された薬を本物と信じるかぎり、それが偽薬であろうと本物であろうと、薬で治る。逆に、処方された薬が本物でも、患者がそれを本物と信じなければ、偽薬程度の効き目もないというのだ。

 こうなると、信じる者は救われるのだ。

 さらに言えば、本物と信じた薬を飲まないで持っているだけで、うつ病は治る、かも ? !

  それにしても、米大手製薬会社、ファイザー社の広報担当者のコメントとして

 「抗うつ剤の効果がおおむね偽薬と変わらない」というのは医薬品を認可する「FDA(米食品医薬品局)でも学界でも業界でも周知の事実」

と書かれていたのにはびっくりした。ただし、これは、記事には注意書きがないが、重度の場合を除くという意味だろう。

 この記事には、抗うつ剤の効果を信じていなかった精神科医が、自分が軽いうつ症状になって薬を試してみたら効果があったことについて寄稿している。まさか、効果がなかったとは、商売柄、言えないだろうから、効果があったと書いたのだろう。ただ、本物の薬を信じていないのに、効果があったというのは、本文とは整合性がとれていない。効果がないはずだが、ひょっとしたら効果があるかも知れないと半信半疑だったからだろうか。それとも、本物は、偽薬と違ってある程度、直接的な脳への化学的作用があるったからだろうか。

 この精神科医の記事で面白かったのは、この抗うつ剤論争が過熱した要因としては

 抗うつ剤を処方しない精神分析医やソーシャルワーカーと、処方する精神科医との顧客獲得競争

があるとの指摘だ。精神分析医としては、薬に直接的な化学的作用があるとなれば、商売上がったりで、顧客が減るのではないかと恐れるというのだ。

 うつ病は、どの先進国でも、いまや「現代の国民病」と言われるほどに多くの国民を悩ましている。いずれ、日本でもこの問題が大きく取り上げられるだろう。この問題が米国で最近論争になったきっかけは、今年1月、抗うつ剤は軽度から中度のうつ病にはプラシーボ(偽薬)と同程度の効果しかないという論文(コネティカット大心理学者、アービング・カーシュ)が米国医師会報に掲載されたことだった。

 いずれ、日本でもこの論文は大きく取り上げられるだろう。450円は安かった。2010.03.12

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とうとう、「温暖化論争のでたらめ」と「Newsweek」3月10日号

 都合の悪いデータの隠ぺい、根拠のない氷河消失時期、ご都合主義とあら探しなど、このところ地球温暖化をめぐるさまざまな疑惑が噴出している。

 温暖化スキャンダルまたは、クライメートゲート事件

というのだそうだが、日本語版「Newsweek」3月10日号が表紙で、海に氷山が浮かんでいる写真にデカデカと

 温暖化論争のでたらめ

と見出しを打っている(温暖化のでたらめ、ではない点に注意)。スキャンダル(疑惑)と言っても、温暖化をめぐるドタバタというぐらいの意味だ。あるいは「不毛な温暖化論争」と言っていいかもしれない。同誌は10年ほど前にも、MIT教授による「温暖化のでたらめさ」を取り上げている。こちらのほうは、温暖化なんか起きていない、というものだった。

 さて最新号の中身を見てみると、

 気候変動でたらめ論争の罪

と題して、サイエンスジャーナリストのF.グタール氏が書いている。小見出しを拾ってみると

 データ公開をめぐる攻防

 「満身創痍」のIPCC

 偏った批判に弱いメタ分析

 科学者も変わり始めた

となっている。詳しくは同誌を読んでほしいが、科学者が変わり始めたというのは、同誌によると、

 温暖化を懸念している「世界でも最も著名な科学者の1人が反省の姿勢を示した」

ことをさすものらしい。

 軌を一にして、3月3日付中日新聞「文化」欄に、総合研究大学院大の池内了氏が、この温暖化論争をめぐるドタバタについて

 歪曲された〝科学〟的報告 社会の信頼 失う恐れ

と警告している。

「少しでも過誤があれば直ちに修正する、それでなければ社会的信用を失うことを肝に銘じたいものである」

として、科学者に自省を求めている。

 つまり、温暖化の事実を強く警告したいがために、ついオーバーな表現をしたり、偏った事例をことさらにアピールしたり、誇張した表現にしたりすることは、いくら善意とはいえ、事実を曲げていることに変わりはない。科学者は厳しく反省してほしい。科学者は傲慢であってはならない。

という趣旨だ。この点では、先の記事のジャーナリストの趣旨と同一だ。

 追記。

 この問題は、昨年11月からくすぶっていた。2009年11月26日付朝日新聞「環境」特集

 盗まれたメール COP15控え波紋 研究者「気温の低下隠した」 英米メディア過熱

 また、2010年2月25日付読売新聞も社説で

 社説 地球温暖化 不信を広げる研究者の姿勢

 この社説の最後は「地球規模の気候変動を正確に把握し予測することは、もともと容易ではない。研究者には、冷静な議論が求められる。」

と結ばれている。その通りであり、小生も人為的な原因で温暖化が起きていることには懐疑的であるが、それはともかく、予測がむずかしいことが、温暖化、とくに政治的な意味合いが強い人為的な要因による温暖化かどうかについて、懐疑派と懸念派が丁々発止やりあう余地を残している。

 正統派とみられる懸念派は、懐疑派をバカにするのではなく、もともと予測は容易ではないのだから、説得できる証拠をできるだけ分かりやすく提示するなど謙虚さが必要であることを今回のドタバタは示している。2010.03.09

 追記 2010.03.30

  1つだけ、注意したいのだが、

 環境テロリスト(エコ・テロリスト)に乗じられないことだ。温暖化懸念派にしろ、懐疑派にしろ、環境保護団体、グリーンピースから分離した過激派「シィー・シェパード」のようになっては、世論は支持しないだろう。特に、少数派の温暖化懐疑派は支持を取りつけたいとのあせりから、極端な二酸化炭素による温暖化否定派にならないことだ。懐疑派の信念とはかけ離れて、石油派に乗じられる。極端な温暖化懸念派も、なんとか温暖化を早急に歯止めをかけたいとの焦りから、過激に走ると、原発派にしてやられる。多数派なのだから、謙虚さが世論を引き付けるだろう。

 環境を守ることは大事だよ、でも、極端派は左右いずれも世論の支持を失うと心得よ。

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現代の「ノアの箱舟」 チリ地震大津波の教訓とは何か

 現代の箱舟ではないか、とみまがうようなチリ大地震に見舞われた現地光景(マウレ州か)をみた。周りは海などない山の中のようなところに、漁船だろうか、かなり大きい船が傾いて横たわっていた。3月4日夜の報道ステーション番組で流された映像だ。レポーターの男性記者も驚いていた。これが大津波によってかなり遠い海から運ばれてきたとは信じがたい。

 この地震では、日本では大津波がやってくると大騒ぎなのに、現地のチリ政府は、なんと、ハワイの太平洋津波警報センターが地震発生と同時に津波警報を発令したのにもかかわらず、

 「大津波は来ない」

と繰り返し、国民に落ち着いて行動するよう呼び掛けたという。3月4日付静岡新聞などが共同配信として伝えている。その後、あまつさえ、被害を確認しないまま、海軍が津波警報は不要と暫定的にではあるが、判断するという致命的な判断ミスを犯し、甚大な津波被害に見舞われてしまった。

 チリは過去に何度も地震を経験しており、地震の後に津波が来る恐れが十分ある、確率は高いはずなのになぜ、こんな誤った判断をしたのか、不思議だ。随分、遅れて、第2波、第3波対策では警報が出たらしいが、これは空振りとなり、高台に避難する国民は、右往左往した様子を番組は伝えていた。

 800人を超える死者が出たが、その大部分は津波被害だというから、政府の対応は大失態だろう。

 教訓。

 混乱する災害時には、いかに正確な情報をいち早く被災地に伝えるかが大事であるかあらためて認識した。

 過去の経験から、地震とは津波対策という思いこみも、ほかの被害に対する備えがおろそかになることから、危険だ。それと同じくらい、津波の経験がない住民に、その恐ろしさを実感してもらうことも大変だ。津波見物という無知から自分の身を危険にさらすことにもなる。

 津波などの地震対策では、経験にばかり頼らず、正しい地震の全体像をまず教育によって住民に身につけてもらうことが欠かせないのではないか。地震と言えば津波という思いこみは危険だ。キチンとした教育をせず、経験だけが頼りでは、こうした思いこみを生み、被害を食い止めることはなかなか難しい。

  このことは、チリ国民だけでなく、津波警報が出た際、津波見物に出掛け海岸に近づいた住民が少なからずいた日本にも言える。日本はチリ国民を笑うことはできない。2010.03.05

 地震対策では過度に経験に頼るのは危険。

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人生、いい、加減がいい テレビ寺子屋で鎌田實医師

 民放を見ていたら、「テレビ寺子屋」という番組で諏訪中央病院名誉院長の鎌田實さんが講演していた。

 「いいかげんがいい」

というタイトルだった。いい、加減という意味であり

「人生には加減が必要。これは適当でいいという意味ではない。ただ、人生、晴れる日も、曇る日もある。いつも緊張ではもたない」

おおよそそんな話をユーモアを交えて話していた。会場はほとんど中年女性だった。小生と同い年の鎌田さんだが、イラクの日中50度をこえる砂漠でこども治療にあたっていることは知っていた。しかし直接その話を聞くのは初めてだった。片足義足の少女の話など、涙なくして聞けないものだった。

 「アラビア人、イラク人というと、日本人は怖いと思うかも知れないが、そんなことはない。日本人と同じだ」

と話していた。

 個人的に、うれしかったのは、貧乏な家だったけれど、父親が大学に行くという話をしたら自由にしていいと認めてくれたという話。小生も京都の大学院に行くと言ったら、尋常高等小学校出の父は随分難色を示した。しかし結局、京都に行く日、JR福井駅まで見送ってくれた。風の強い3月(1972年)だったように記憶している。38年も前の話だが、この日こそ、私にとってその後の人生を決めた日だったように思う。

 その後は、確かに照る日、曇る日、雨の日があった。

 そろそろ人事の季節、異動の季節だが、照る日、曇る日のある人生、いい加減にするには、鈍感力が大事だ。「KY」も必要だ。

 敏感は短所と心得よ。鎌田さんの講演を聞いて、やや敷延してまとめると、こんな感想だろうか。2010.03.01 

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