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中立進化論  さらに「偶然」から「主体的な必然」へ

 静岡県三島市の国立遺伝学研究所教授の斎藤成也さん(福井県出身)が、最新刊

 『自然淘汰論から中立進化論へ』(NTT出版)

を上梓した。地元に住む者として、また、理系人間として、興味を持った。専門の分子進化学の最新の成果を、比較的に分かりやすく、また、進化論がダーウイン以来、どのような経過をたどって今日に至ったか、その結果を踏まえて現代の進化学の高見にまで、私たちを案内しており、少し程度は高いが、丁寧にまとめていた。好著だ。木村資生氏の革新的な2中立説論文も分かりやすく紹介している。眼からウロコのような明快な説明もあり、わかりやすさに目配りした労作でもある。

 注目すべきこの本の詳しい論評は、私には別の意見があり、いずれ、このブログで行うとして、その結論だけをここに書いておきたい。

 要するに、この新著は、分子レベルでは、生物の進化は、ダーウインの言う適者を生き残らせる自然淘汰ではなく、「遺伝的浮動」という偶然によって進行するということを丁寧に解説している。この中立進化説は、現代の分子進化学のパラダイムとして確立した、とも強調している。

 こう言うと、中立説は、ダーウインの進化論を否定したように受け取られるが、そうではない。「分子レベルでは」というただし書きがあり、ダーウインが考えたような、従って、私たち一般が考えているような生物個体レベル、つまり形態レベルではどうなのか、という点については何も答えていない。個体レベルでも、偶然(遺伝的浮動という)が支配して、進化が進むというのは、考えにくい(斎藤さんは、必ずしも、考えにくいとは考えていないようだが)。私は、形態レベルでは、偶然ではなく、

 「主体的な必然」が働く

と考えているが、つまり、分子レベルから形態レベル(個体レベル)に拡張するには、

 偶然から主体的な必然

に進化のメカニズムを転換する必要があると考えている。

 かつて静岡新聞の社説「法王庁と進化論 遺伝研の伝統を評価」(2008年12月11日付)にこう、書かれていた。

 「ダーウインの自然選択説では、自然環境に対して有益な突然変異を次第に蓄積しながら環境に適応していく子孫がより多く生き残れると考える。これに対し、遺伝研の木村教授は有益さがなくても変異遺伝子が偶然のゆらぎで集団内に広がることができるとする「分子進化の中立説」を提唱した。

 この説はダーウイン流の考え方と対立するものではないが、分子レベルの進化が生物の進化とどうつながるのかをめぐり、内外の自然選択派との間で論争が巻き起こった。その結果、ゲノムを活用した研究の重要性が認識されるようになった」

 おおむね、正しい記述だが、斎藤さんのこの本を読んで、より正確に、そして、より明快にすると、以下のようになるだろう。

 「ダーウィンの自然選択説では、自然環境の変化に対して、一定間隔で発生する有益な突然変異を親から子へ子から孫へと次第に蓄積しながら変化する環境に適応していく子孫がより多く生き残ると考える。これに対し、遺伝研の木村教授は、有益さがなくても変異遺伝子が遺伝的浮動、つまり偶然のゆらぎで集団内に広がることができるとする「分子進化の中立説」を提唱した。

 この説は、生物個体、つまり形態レベルの理論であるダーウィン流の考え方をただちに否定するものではないが、中立説のいう分子レベルの偶然による進化が、個体レベルの生物の進化とどういう関係にあるのかをめぐり、内外の自然淘汰派との間で論争が巻き起こった。その結果、ゲノムを活用した研究の重要性が認識されるようになった」

 要素還元論から出てくる最幸運者生存の中立説と、最適者生存のダーウィニズム、あるいは、全体論(ホーリズム)から出てくる幸運者生存の「主体性の進化論」(今西進化論)との関係を明確にすることが、次のステップであろう。

 斎藤さんは、新著の最後で、分子レベルの中立説の偶然性をそのまま敷延し、「生物進化だけでなく、人間社会においても、偶然の役割がきわめて重要である」として、個体レベルの生物進化を行き当たりばったりでもいいではないか、としているが、考えにくい。偶然が支配する分子レベルの話をそのまま個体レベルに延長するのは、還元論の重大な誤りではないか。

 盲目の偶然から、あれかこれか生物自身が選択できる「主体的な必然性」へ。これがこれからの進化論の目指すべき研究テーマではないか。2010.02.01

 追記

 適応とは、逆システム学的に言えば、それまでの進化過程で生殖細胞のDNAの調節制御部分が突然変異したものが次々に起動した多重フィードバックのことではないか。

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