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3人称の社説、2.5人称の社説  柳田邦男氏の新しい視点

 ノンフィクション作家の柳田邦男さんが、講談社のPR誌『本』に連載していた

 2.5人称の視点が

 2010年2月号の

 今こそ「臨床の知」から再出発を

で最終回となった。医療現場、事故現場などの根本的な問題点を根底から見直し、新しい視点を具体的に提示した、いわば渾身の労作だ。感心した。

 この2年間、ずっと読んできたが、読み終えて、

 合理的で客観性はあるものの、どこか冷たい他人事の「3人称の視点」ではなく、また、温かくはあるが、客観性には欠け、また合理的でもない「2人称の視点」でもない、いわば、

 2.5人称の視点

とも言うべき視点は、実は、

 社説にも当てはまると、思い至った。

 これは、先日指摘した、元神戸新聞社論説委員長、三木康弘さんが阪神大震災で自分の父親を亡くして書いた社説

 「被災者になって分かったこと」が、実は、柳田さんの言う「2.5人称の社説」に対応することに気づいた。三木さんは、他人事の社説、3人称の社説を批判していたのだ。

 柳田さんは、JR福知山脱線転覆事故時のトリアージに対する問題点を指摘し、日本救急医学会が改善策を打ち出したことを例に挙げて、最終回の最後を、こう結んでいる。

 「このように、専門家の眼では十分に配慮したように見えても、患者・被害者の視点に立つと、現代社会の中には様々な分野で見落とされていたり切り捨てられたりしているものが、極めて多いことが見えてくる。専門分化が進む現代社会は、あらゆる場面で、『2.5人称の視点』によるきめ細かい検証と総点検が求められているのだ」

 このことは、社説にも当てはまるだろう。三木さんは、このことを15年も前の大震災時に、父親の死に直面し、自ら書いた「やりきれない」社説(1995年1月20日付)で訴えたのだ。この柳田さん、三木さんに共通する精神は、にわかには困難があろうが論説委員たるもの、受け継ぐ努力をするべきであろう。そんな思いで、柳田さんの連載を読んだ。

 連載は、いずれ単行本になるというから、あらためて読んでみたい。2010.01.25

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