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城を訪ねる小さな旅 天浜線に乗車して

 秋晴れの先日、静岡県掛川市から天竜まで、天竜浜名湖線を「1日乗り放題フリー切符」(1500円)で楽しんだ。いわば城を訪ねる小さな旅といったところだ。

 まず掛川城。幕末の安政の大地震で倒壊し、以後、廃城となっていたのが、最近の平成時代に入って、ほぼ当時のまま木造で天守閣まで再建された。この城は

 山内一豊の城

として全国に有名だ。というべきか、司馬遼太郎の「功名が辻」(2006年NHK大河ドラマ)で知られている城と言ったほうが分かりやすいかもしれない。妻、お千代の内助の功

 黄金10両の馬

で有名だ。持参金を夫がのどから手が出るほどほしがった馬購入代金に使ったという話である。これがきっかけで、かつての敵、織田信長に見いだされるきっかけになり、その後も重用されるという幸運をつかむ。後日、関ケ原で、軍功を挙げて、土佐藩に転封している。

 快晴で天守閣からは、東に富士山、西に浜松のアクトシティ

がくっきりと見えた。

 そこから、天浜線に乗り、遠州森、天竜二俣、二俣本町へ。二俣本町では、

 徳川と武田が争奪戦を繰り広げた「二俣城」

に行った。天竜川沿いに天守閣の石垣土台があるが、二の丸、三の丸もある。しかし天守閣そのものはない。ただ、静岡国民文化祭ということで、仮設の一夜天守閣(張りぼて)がつくられていた。名付けて

 二俣一夜城

というそうだ。本格的な山城ではないが、平城でもない。小高い山の上に築かれた戦国時代の城。ボランティアの説明によると、設計図のたぐいは一切ない。さらに、本当に天守閣があったのかどうかも、不明とか。

 この城、徳川と武田のいわゆる三方原合戦後、武田側に奪われている。直後、信玄が病没し、ふたたび家康側に戻ったという経緯がある。現場に立ち、そんな歴史の攻防に思いを馳せた。

 この二俣城の北方には、高根城などもある。このほか浜松市域だけでも浜松城をはじめ80以上の城がある。ほとんどが山城だが、いずれも天下にその名を知られた武田軍勢の侵攻を食い止めるものであったのだろう。その多さに徳川家康の執念が伝わってくる。

 ただ、小生の勘違いがひとつあった。

 二俣城は、秀吉が一夜で築いたと言われている「墨俣(すのまた)一夜城」とは別

だということである。こちらのほうは、岐阜県大垣市の長良川沿い。

 今回の小さな秋旅の小さな発見だった。2009.11.08

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