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映画「沈まぬ太陽」  柳田邦男さんの「2.5人称の視点」を思い出した

 公開中の映画

「沈まぬ太陽」(原作は山崎豊子)

を観た。日本航空(JAL)を意識した国民航空(NAL)が舞台。その労働組合運動に委員長として先頭に立っていた主人公、恩地のその後の人生を描いたもの。左遷されても会社に妥協せず生きようとする委員長の恩地と、副委員長だった行天との確執が見ものだった。行天は、立身出世のため会社と妥協し、第二組合をつくり、会社に取り込まれていく。妥協しなかった恩地も、海外支店に左遷されて、家族との絆が壊れていくなど、辛い日々を送る。どちらも苦しい立場となり、かつて共に会社と戦ってきた二人の間の溝は次第に深くなっていく。そして、

 日航ジャンボ機の御巣鷹山墜落事故

を気に、恩地は事故家族の世話係になる。その間、会社の不正などが明るみになり、政治工作の果てに行天は破滅に向う。

 ジャンボ機墜落事故とその後の会社の対応が、この長時間映画のハイライトであるが、観終わって、

 柳田邦男さんの「2.5人称の視点 人の痛みを感じる企業への転換」

という連載を思い出した。講談社のPR雑誌「本」2009年10月号では、日航ジャンボ機墜落事故現場である御巣鷹山に慰霊登山をする様子が描かれている。これによって、日本航空が、これまでの体質を変えようとしている姿勢が描かれており、柳田さんが直接、日航の安全アドバイザリーグループとしてかかわった経験からの提言も盛り込まれていた。

 遺族の信頼を回復させ、社内的にも安全確保に本気で取り組むようになるには、事故を起こした企業自身が、

 現物を見る、現場に立つ、当事者・関係者の生の声・証言を聞く

ということが大切だと書いている。慰霊登山もその一つであろう。だから、柳田さんたちは、日航にも

 安全啓発センターの設置を提案、

し、提案を受けた日航側も、トップが率先して、その提案を直ちに実行に移した様子も紹介されている。

 映画でも

 絶対安全の確立

が会社の再建の土台であることが描かれていた。

 現在、日航は深刻な経営状態で、その再建が喫緊の課題となっている。そんななか、柳田さんは、この映画にどんな感想、感慨を持ったのだろうか、聞いてみたい。安全確保による信頼される企業再生と、経営の効率化、合理化を図り経営を再建することとは必ずしも矛盾はしない。が、どちらにも偏らないでバランスをとって両立させるのは難しい。

 この「沈まぬ太陽」の映画のラストシーンは、恩地の左遷先のアフリカ(ケニア・ナイロビ郊外)の夕日。地平線までなにもさえぎるもののない光景。「会社を辞めない」で不屈の精神で会社の再建に取り組んだ主人公の思いを主人公に語らせているが、何か違和感がある。アフリカの大自然に「逃げた」と言われても仕方ないだろう。ここは、しっかり、大自然の癒しに解決を求めるのではなく、大都会の人間集団の中で、生き抜く決意を語ってほしかった。たとえば、大都会のバックに沈みかけている夕日に向って、ジープではなく、歩道を歩いていくシーンぐらいにしてほしかった。

   この辺、原作がどうなっているのか、調べてみたら、

 アフリカ編上下 御巣鷹山編 会長室編上下の全5巻

となっている。大作なので映画ではこれらをかなり再構成し、コンパクトにしている。映画のラストシーンは、原作ではアフリカ編の下巻に登場している。

  アフリカの夕日は、明日を約束する力強さがあるとしている。映画ではラストで突然アフリカの夕日が登場し、唐突感がある。

  話は少しそれるが、それにしても、大惨事となった尼崎脱線転覆事故に対するJR西日本のなりふりかまわぬ組織防衛はひどい。被害者よりも企業防衛を優先した事故調査というのは被害者に対する裏切りである。これでは、死亡した被害者は浮かばれない。JR西日本の信頼回復は、一から出直しである。2009.11.01

   映画を見た感想は、以上だが、ふと心配になったのは、本物のJALが経営再建に大わらわ、言ってみれば「沈むJAL」なのだから、そんな時、こんな映画を公開されたら、たまらないのではないかということだった。そんな心配していたら、案の定、11月3日付静岡新聞朝刊に

 「沈まぬ太陽」日航批判/社内報で客離れ誘発に危機感

という囲み記事が出ていた。映画で描かれている組合つぶしや報復人事、役員の不正経理、経営幹部の政治家への利益供与や贈賄などについて、いくら「フィクション」と映画の最後で断ってあるとしても、明らかに日航をテーマにしていることは明らかであり、国民の日航に対する信頼を著しく損なうと批判している。いくら表現の自由があるからと言って、限度を超えれば、名誉棄損に当たるというわけだ。社内報では「しかるべき措置を講じることも検討している」と書かれているらしい。法的手段も辞さないと言うことだろう。

 ただ、これには難しい面がある。憲法21条が保障する表現の自由は、憲法12条が戒めているように、濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のために行使することを忘れてはならないという点だ。映画「沈まぬ太陽」はこの点、どうなのか。判断は難しい。また、原作について、10年以上前の作品なのに、日航が批判したという話は聞かないが、どうしたことだろう。2009.11.6

  追記

 上記の社内報の件だが、JAL側も、法的な手段も、と言えるほど、そんなに威張ることはできないのではないか、と思わせる記事が「週刊現代」2009年11月28日号に出ている。

 アップグレードは当たり前 JALにタカった政治家・官僚・マスコミ 盆暮れには株主優待券が

 という見出しで書いている。高級クラブ、株主優待券、コネ入社、接待旅行など、沈むJALにしたのは日本の翼を食い物にした小悪党たちの姿だ、と書いている。内部事情に詳しい関係者にも取材していて、映画「沈まぬ太陽」もまんざら見当違いではないことが分かる。法的な手段も、としているJALだが、こうなると、訴訟沙汰はできないだろう。起こせば、天に向かってつばをするようなものだ。やぶ蛇になる。2009.11.25

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