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最高裁、久々に「気骨の判決」 調書裁判からの決別

 10月17日付静岡新聞の社説に

 広島女児殺害事件 / 調書裁判からの決別を

というのを読んだ。すでに始まっている裁判員裁判を意識した判決であり、1審重視の姿勢を鮮明に打ち出しており、久々の「気骨ある判決」である。裁判員裁判の推進を掲げる最高裁が自ら、全国の高裁に対し司法改革にあたっての意識改革をあらためて求めたものであろう。

 この最高裁判決もそうだが、つくづく、保守的と思われがちだった司法の内部にも、このところ変化というか、「異変」が起きていることを感じる。1審の鞆の浦判決しかり、控訴審の沖縄海岸埋め立て裁判にしろ、これまでなら考えられないような判断が示されている。やはり、開発、地元活性化というよりも、歴史的な遺産である景観を、国民の財産として大事にしよう、取り返しのつかない環境破壊をやめて保護しようという流れが、保守的な司法界にも少しずつ浸透しているように感じる。これが、歴史的な政権交代という政治の変化のせいではないことを祈りたい。交代があろうが、なかろうが、司法はあくまでも政治から独立していなければ、

 「気骨の判決」を出した大審院判事(民法)、吉田久

に申し訳ない。

 ただ、とは言っても、まだまだ、地元の公益性と、国民全体の公益性とのどちらを優先すべきか、という点では、やはり、地元優先、公共事業優先、開発と活性化優先の従来の考え方が、司法界でも行政でも主流である。まだまだ総論賛成、各論地元優先だ。鞆の浦景観裁判でも、全国的には、公共事業を差し止めた地裁判決を歓迎する意見が多いのに対して、地元の広島県は、これまでの経緯から納得せず、またほかの公共事業への影響が大きすぎることもあって、控訴する方針を明らかにしたのもその表れであろう。

 沖縄・那覇市の埋め立ての差し止めの裁判も、沖縄の美しい海を守れ、さまざまな渡り鳥の、いわば「ハブ海岸」を守れだけでは、地元自治体としては、地元の活性化はどうしてくれるのだと言いたくもなる。環境を守るだけでは、市民の生活は成り立たないというのもわかる。こちらも、広島と同様、総論賛成であり、自分のところだけは、総論は置いといて地元優先でお願いします、というのが地元の本音なのであろう。

 こうなると、気骨の判決も大事だが、それだけでは問題は解決しない。合意形成に向けた政治の出番なのだとつくづく思う。2009.10.18

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