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私は虫である 「ファーブル昆虫『絵』」の熊田千佳慕、70歳からの30年

 土曜日はNHK「アーカイブス」を楽しみに見ている。今週は、今夏8月に98歳で亡くなった

 熊田千佳慕 「私は虫である」

という1991年に放映された「プライム10」を紹介していた。熊田の生涯を、一言で言えば、克明な観察を行い、いわば

 「ファーブル昆虫記」に相当する細密画づくり100枚に、晩年の30年を賭けた男

というものである。

 ガの「夜間飛行」

 満天の星空の下「コオロギの愛のセレナーデ」

 カエルと虫の「天敵」

などを紹介していた。テレビを拝見して、感心したのは、

 「人生、70歳を過ぎてから面白くなってきた」

 「よく見ること、これが私の基本」

 「虫の知恵はどこからくるのだろう」

 「私は虫である。虫のこころがわかる」

という言葉である。最後の言葉などは、地べたにはいつくばって、虫の目線になって克明に観察することから到達したものであろう。人生唯一人の師と仰ぐアンリ・ファーブル(1823-1915、92歳)もまた、中学校の数学・物理教師を引退した後、昆虫の生態を30年間続けたのだろう。そうして、かの「ファーブル昆虫記」が誕生した。

 この番組を見て、つくづく感じたのは、

 熱中できるものを持つことで人生楽しくなる

ということであり、

 本当にやりたい仕事って何 ?

ということを、熊田さんは視聴者に語りかけていたのではないかということである。

 少し調べたら、フランス人、ファーブルは、その克明な観察体験から、同時代人が唱えていた

 ダーウィンの進化論には否定的だった

という事実に突き当たった。さもあろうと、納得がいった。というのも、昆虫にも主体性がある。生物の進化は、環境にひたすら引きづり回されてきただけというのは、あまりにも乱暴で、粗雑であるとファーブルには思えたのであろう。虫の知恵はどこからくるのだろうと不思議がったり、虫の心がわかるという熊田さんも、同感なのではないか。私の研究にとって重要なヒントが得られたように思う。虫には主体性があるのだ。

 ところで、この番組には、昆虫採集が趣味のフランス文学者、奥本大三郎氏がゲスト出演していた。趣味が高じて自宅に「ファーブル昆虫館」をつくったほどの昆虫マニアである。「昆虫記」10巻の翻訳者でもあるところが、いかにもユニークなフランス文学者らしい。

 最後に、一言。熊田さんのように、あるいはファーブルのように、老いてからも、

 本当にやりたい仕事って何 ?

  何か熱中するものがありますか ?

  いい番組を見た。作家の渡辺淳一さんには悪いが、人生老いても恋を、だけではむなしい。

 最後に、熊田さんの挑戦に、生涯、貧乏に耐え、黙って支え続けた、いかにも日本人女性らしい糟糠の妻の偉大さを忘れてはなるまい。2009.10.10

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