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月の輝く夜に 浜名湖・新居町の手筒花火

 一度見てみたいと思っていた三河花火。人が荒縄を巻いた竹筒を小脇にかかえて、上に向って花火が飛び出す。いわば、ロケットの噴射が上に向っているようなもので、反動で竹筒が滑らないように、抱えやすいように荒縄を巻いているのだろう。

 なかなかの工夫であり、花火の源流、あるいは三河出身の徳川家康もかくのごとき花火をみたのか、とその様子を彷彿させる光景であった。今では珍しい手筒花火である。それが静岡県浜名郡新居町の大納涼大会で、町制施行120周年のひとつとして、まて、来年、町が湖西市と合併することを祝い、町の若者たちにより披露されると聞いて、出かけた。会場となったのは、町立新居小学校で、風のない、そして、満月に近い晴れた夜だった。

 竹筒は、100本近く用意され、それを青年団らしい若者が1本ずつ抱えて、踊りながら手筒花火を次々と披露していた。万一、竹筒が真横に向けたら、観衆に火の粉がかぶるので、やや危険ではあるが、そこは注意して何回もリハーサルや訓練をしたのであろう、見事、上空に向けたまま、そして、多少角度を変えて、花火のダイナミックな面白さを見せてくれた。火のついた竹筒を抱えた5、6人が踊るので、壮観だ。一見、簡単そうだが、難しい技のように感じた。

 月の輝く夜の、華麗なる演出

に感激した。小学校の校庭一面に、竹でつくったロウソクの万灯が揺らめいていた。そして、多くの灯篭のやわらかな明かりには、俳句がしたためられていた。粋な演出である。

 新居町は、俳句の盛んな町であることを知ったのもうれしかった。

 その中の一つに、

 浜名湖の 波おだやかや 青田風 (ゆかり)

 というのが、あった。潮の香りのする新居町である。2009.08.09

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