« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

あなたの1票は、住所によって差別されています 国民審査権の活用

 衆院選で300議席を超えるなど、民主党の歴史的な勝利が確実となっている。何しろ、文部科学大臣の塩谷立さんが静岡8区(浜松市中区)の小選挙区で落選、今、東海ブロック比例区(定数21)でかろうじて、滑り込んだというのだから、驚くほかはない。民主党は

 「本日、政権交代。」

 大惨敗の自民党は

 「日本を壊すな。」

という全面広告を全国紙にも地方紙にも打って、双方必死の戦いであった。そんな中、地方紙には載らなかったが、全国紙、たとえば朝日新聞には、こんな意見広告が1ページを割いて、掲載された。

 「一人一票」を実現する方法があります:

最高裁裁判官に対する国民審査権を行使することです。

 あなたの1票は、住所によって差別されています。

というのである。その例として、東京1区は、高知3区の選挙権を1票とした場合、

 衆議院    0.5票

 参議院については、鳥取県の選挙権を1票とした場合、

 参議院    0.2票

という数字を掲げている(静岡1区では、それぞれ、0.6票、0.3票)。参議院の場合、人口比では東京に比べて、鳥取県の有権者は5人分の重みがあるというわけだ。過疎地ほど1票の重みは増す。

 こうした実態について、最高裁はどういう判決を下したか。意見広告は、今回審査を受ける9人の裁判官について、2007年最高裁判決で、那須弘平裁判官と涌井紀夫裁判官は、「1票の不平等」を「憲法に適合し有効」と判断したから、だから、1票の不平等に反対なら、

 有権者は国民審査で、これらの裁判官に「×」をつけよう 

と呼びかけている。呼びかけ人は一人一票実現国民会議。どんなメンバーかと思ったら、ジャーナリストでは

 屋山太郎、櫻井よしこ、大宅映子

など、首都圏の住民か、首都圏で活躍している人である。なぜか長島一茂(野球評論家)なんかも入っているが、総勢40人。

 こうした意見広告は、国民審査が形骸化している中、審査の活用策としては意義がある。ただ、1票の格差是正だけで国民審査を活用するには物足りないし、限界もある。

 国民主権の下では、最高裁も批判にさらされるということを明確にするには、県単位の弁護士会、あるいは日本弁護士連合会による裁判官ごとの評価書の公表が大事であろう。これを参考に有権者が国民審査を行うというもので、今後、論議が必要だろう。今回の意見広告は、そうした試みの第一歩として意義がある。2009.08.31

後日談。2009.09.02

目立たないが、9月2日静岡新聞の片隅に、2段で

 最高裁国民審査 9裁判官 信任

と出ている。当たり前であり、ニュース性はない。問題は、上記の涌井、那須両裁判官がどの程度、「×」が付いたか、である。

 新聞によると、

 櫻井=465万票、竹内=449万票、涌井=517万票、田原=436万票、

 金築=431万票、那須=498万票、竹崎=418万票、近藤=410万票、

 宮川=401万票

であり、明らかに、有意に涌井、那須両裁判官の票数がほかよりも多い(端数切り捨て)。これは一人一票実現国民会議の意見広告という組織的な運動のせいだろう。ざっとだが、この広告を見た人のうちの50万人が意識的に両裁判官に「×」をつけたのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ビッグウエーブの予感  毎日新聞1コマ政治漫画

 新聞にはたいてい1コマ政治漫画というのがある。一目で今の政治状況がわかる。静岡新聞にはそれがないのが寂しいが、衆院選前日の8月29日付毎日新聞1コマ政治漫画に、

 ビッグウエーブの予感

と題して、葛飾北斎の、あの「神奈川沖浪裏」(なみうら、富嶽三十六景の一つ)をもじったものが出ていて出色であった。富士山の代わりに国会議事堂が大波の奥に描かれている。大波に乗ってサーフしているのが、民主党の鳩山由紀夫代表、波に飲まれそうになっている手前の小船に乗っているのが自民党の麻生太郎首相という構図である。「経世済民」をもじって「経世済民術」と右肩に統一タイトルがついている。「済民」に「催眠術」がかけられているという趣向だ。「え・よこた しぎ」とある。なかなか考えた、お見事と言いたい出来である。

 ただ、この場合の「ビッグウエーブ」、つまり大波とは何か、については読者それぞれ考えてほしいという意味だろう。教育効果も狙っているように見える構図だ。

 ところで、そのビッグウエーブだが、同じ29日付毎日新聞の「近聞遠見」(岩見隆夫)に

遺言「この日本、何とする」

に出ている。先ごろ亡くなった政治評論家、細川隆一郎氏の亡くなる三日前に「ラジオ日本」放送で、残した言葉として、

 「こんどの選挙は、吉田茂の(1951年のサンフランシスコ)講和、(1955年の)保守合同、(1960年の)岸信介の安保改定に匹敵する大きな変わり目だ」

という隆一郎氏の「遺言」が紹介されている。その上で、鳩山代表は「この国を何とするか、を決める時だ」と結んでいる。1990年代前半の細川護熙「殿」の非自民新政権誕生が抜けているのが、お笑いだが(90歳で病床にあったとなれば無理もないが)、ともかく、大波の程度を、具体的に示していて面白い。

 隆一郎氏自身、この国を何とするか、ぼやくばかりで自説を具体的に披瀝していないのが、何とももどかしいが、それもしゃべくり嘆き節の政治評論家にすぎないのだから仕方がない。しかし、

 鳩山氏が、今、この国を何とするか、を決める時である

という指摘は正鵠を射ている。選挙期間中、政権交代は叫んだが、この国を何とするかについては、具体的に何も語らなかった。その責任は大きい。ぜひ、今後すみやかに国民に向って直接語りかけるべきである。そうでなければ、かつての殿様政権の二の舞になるであろう。そんな思いで、投票結果に注目したい。

 追記。

 この「近聞遠見」の挿絵(西村晃一氏・え)は、メガネをかけてネクタイ・ワイシャツ姿の隆一郎氏が腕まくりしてはしごを昇る構図である。このはしごとは、天国に通じるという「ジェイコブのはしご(ラダー)」であろう。思うに、隆一郎氏は、大波に乗る鳩山氏が「この日本を何とするか」、それを決める姿を見届けたかったであろう。あと少し、あと10日間、その時間を与えられなかったのは、隆一郎氏にとっては心残り、はっきり言えば政治評論家としては不幸であったろう。

 なお、隆一郎氏は、15年前に94歳で亡くなった政治評論家、細川隆元氏のおいにあたるらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冬の大雪山に降る雪の巨大結晶 ワンダー×ワンダー

土曜日夜のNHK番組「ワンダー×ワンダー」(8月29日放送)を見ていたら、なんと、冬の大雪山系(北海道のど真ん中、十勝)では、

 上空でできる小さな雪の結晶が、そのまま地表まで単独で六角形の形のまま成長し、巨大結晶(1センチぐらい)になる

という映像を公開していた。結晶同士がくっつかないくらい空気が乾いていて、しかも、それくらい、そうとうな低温(零下15度以下)が地表までつづいているからだという。大雪山系に西からやってくる風はそれまでに水分をほとんど落としていて、渇いているという気象条件がこうした巨大結晶を生み出しているらしい。

 これには、世界的な雪博士として知られる中谷宇吉郎博士(石川県加賀市出身)もビックリだろう。単体で1センチもある雪の結晶である。小生、これまで雪の結晶は顕微鏡でみなければ、あの美しい形は見えないとばかり思っていた。でも、うまく成長すれば巨大化も可能なことを知った。そんな大雪山系だが、7月の夏になると、打って変わって

 さまざまな高山植物が咲き乱れる天空の美しい花畑

になるというのだから、自然はなんとも不思議である。

 この番組を見て、中谷博士が雪の研究を始めるきっかけになったのは、

 SNOW CRYSTALS  W.A.BENTLEY and W.J.HUMPHREYS  2453ILLUSTRATIONS 1931年出版

であったことを思い出した。米豪雪地帯のバーモント州の農民だったベントレー氏の50年にわたる雪の写真撮影の結晶であるが、中谷氏は、この写真集の美しさに感動し、雪の研究に一生をささげる決心をしたことはよく知られている。この写真集が小生の手元にあり、番組終了後、懐かしくなって、この写真集(ドーバーブック)を開いてみた。200ページ以上にわたって雪の結晶が整然と並べられている。ベントレー氏の並々ならぬ執念が感じられると共に、よくぞ、まとめてくれたと感謝せずにはいられない。

 わずか6ドルのこの本には、雪の結晶の写真が延々と並べられているだけで、どこにもそれらについて説明はない。一つの参考文献も記されていない。余計なものは一切ない。それでも、著者の訴えたいことが痛いほどわかる。探究心の深さも十分伝わってくる。自然科学における独創的な研究とは、こういうものをさすのであろう。2009.08.30

なお、ベントレー氏の伝記については、

 『雪の写真家 ベントレー』(神戸市のBL出版、078-351-5351)

という優れた翻訳(版画絵本)がある。原著はアメリカ図書館協会優良児童図書に選ばれている。また、1999年にはコールデコット賞も受賞している。科学ジャーナリストとして、一読を進めたい。大いに子どもたちに、小難しい理屈など知らなくても、科学する楽しさを知ってもらえるだろう。

 科学は、まず、感動から始まる。

そのことに思いをいたす番組であった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

65%以上が死刑囚 中国の臓器提供

 明日は、衆院選の投票日とあって、世の中、騒然としている。そんな中、8月29日付静岡新聞国際面を見て、

 やっぱりそうか、死刑囚か。臓器提供の準備が万端整ってから、死刑執行をすれば、こんな好都合なことはない。人権くそ食らえのいかにも中国らしい合理主義である。臓器移植はビジネス、共産党公務員の銭儲けの手段なのだ。

 そんなことを強く印象付ける北京共同伝の記事が出ている。

 65% 以上が死刑囚/ 中国 一般ドナーわずか

である。こんなことは、以前からわかっていた。しかし、今回は中国衛生省の次官が、中国で行われている臓器移植の65%以上は死刑囚が提供していると明らかにした。記事によると、中国は年間約1万1千件の臓器移植を行っている。しかし、ある専門家は過去約6年間に一般の人のドナーは全国でわずか130人。

 だから、65%はほんの一部であり、実際は9割以上は死刑囚ではないか

ということになる。銭、金がすべての中国人のことだから、当然、死刑囚の臓器は高い値段で、おそらく共産党員が売りさばき、そのカネはわが懐に入れているのだろう。

 中国では、臓器移植は、死刑執行はおいしいビジネスなのだ

そんな想像ができる。

 記事によると、中国で臓器移植を待つ患者は150万人という。それでも中国では臓器不足が深刻化している。これこそビジネスチャンスであり、今後、死刑執行の増加、それに伴って死刑囚を増産する政策が進むことだろう。

 問題なのは、これに便乗して、日本人も、こっそり、移植のために中国に出かけているようなのだ。こっそりだから、移植が失敗しても中国人はカネだけとって知らんぷり、日本人は泣き寝入りだし、こっそりだから、高額な移植金をふんだくられていることだろう。

 社会主義とは、しょせん、人間を徹底的に食い物にする、おぞましい社会体制だということが、ふたたびここでもあらためてわかる。2009.08.29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

焼酎ハイボールと宇宙技術 意外な関係にびっくり

 宇宙トイレだ、ウンコだ、とそんなことばかり話題にしているようだと、うんざりしてしまい、嫌われてしいそうなので、爽快な話もしてみたい。週刊ポスト8月21・28日号(創刊40周年大感謝号)を見ていたら、表紙をめくったカラーページにこんな広告が出ていた。

 焼酎ハイボール/下町の大衆酒場で愛される、あのうまさ。

 辛口チュウハイ/タカラ焼酎ハイボール

 真ん中に、アルコール分7%と書かれた辛口チュウハイ=ドライ=の缶のカラー写真が大きく出ている。

 そんな広告写真なら、別段、珍しくも何ともない、と、実は小生も思っていた。しかし、この缶をよくよく見ると、表面がデコボコになっている。開栓前には目立たないが、缶を開けた後に、ギザギザの「ダイヤモンドカット」模様が浮かび上がる。最初は、手が滑らないようにしているだけだと思い込んでいた。これが、なんと、

 宇宙工学から生まれた、いわゆる民生化した「スピンアウト」技術

だというのだ。うかつにも知らなかった。東洋製罐という企業が特許を持っているという。静岡県内にもこの会社の清水工場や静岡工場がある。

 内圧がかかっている円筒形アルミ缶を強度を保ちつつ、できるだけ軽量化する場合、こうした缶デザインにするといいらしい。宇宙でもできるだけ、必要な強度を保ちながら、軽量化を図ることが求められる場合が多いが、その成果がこれだというのだ。

 こうしたデザインは、宝酒造だけでなく、キリンチュウハイ「氷結」にも使われている。

 そんなことを知ったのは、これまた日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)のホームページに「ダイヤカット缶」として解説が出ている。それによると、

 「1960年代にNASAのラングレー研究所で日本人研究者、三浦公亮氏が行った、円筒形の構造体に力が加わって生じる変形パターンの研究」から生まれた。「このアイデアが、20年以上の時を経て缶のデザインに応用され」たのだという。

 このダイヤモンドカットで、強度を保ちつつ、円筒形のチュウハイ缶の重さを30%も軽量化することができたという。

 ホームページには、三角形のトラス構造のキリンチュウハイの事例が出ている。宝酒造のものも似ているが、少しことなる。

 プシュッと開栓すると、三角トラス構造が浮かび上がるのは、実用を兼ねた意外な趣向である。

 宇宙工学は、うまい、美しい

と言うことだろう。くさいだけが宇宙ではないことを知って、ホッとした。2009.08.28

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宇宙船のトイレ  やっぱり飛行士も困っているそうな

 やっぱりそうか、というような記事が8月27日付中日新聞に出ている。「宇宙は手の届くところに 宇宙船のトイレの話」だ。沢岡昭さん(名古屋市の大同大学長、宇宙航空研究開発機構(JAXA)技術参与)が、NASAでも技術開発が後回しになり、遅れていて、宇宙飛行士は苦労しているという「裏話」を詳しく書かれていて、面白い。トイレ開発では世界のトップを行く日本らしい技術に期待とも書いていた。

 無重力では排せつ物は当然、落下しない。宙に浮いたままだ。ではどうして、尿やウンコを処理するか、ウンコなどは尻にくっついてなかなか取れない。これは大問題だ。

 記事から、少し引用してみると、「小便をチューブで吸引する尿便器のシステムは、(今でも)約四十年前のアポロ宇宙船とほぼ同様」らしい。若田光一さん活躍のあの国際宇宙ステーションでも使われているそうだ。男性と女性では、随分と勝手が違うように思う。かつては飛行士は男性ばかりだったが、それをそのまま女性用としても使うのだろうか、他人事ながら心配だ。

 大便については、「無重力状態では、(そのままでは)排せつした固体が落ちてゆかない」。「排便の時、便器の中心に向かって空気の流れをつくることによって、便を移動させる構造になっている」のだそうだが、飛行士の体調などによってはこれがなかなか思うようには移動してくれないのだそうだ。最後の手段は、ゴム手袋で「処理」することになるらしい。沢岡さんは、宇宙飛行士が文句も言わず辛抱していることに同情している。ステーションには、つい最近まで、なんとトイレが1台しかなかったという。故障したらと゛うするのか、心配だが、案の定、故障して、直すのに苦労した話が紹介されている。

 「すべての回収液体は浄化して飲料水をはじめ、さまざまな用途に使われる」

さまざまな用途には、風呂水、シャワー水には使われない。ステーションには、そんな設備はないからだ。当然と言えば、当然だが、驚くべき宇宙環境である。

 それを少しでも改善したいと、沢岡さんたちは、

 進んだ日本のトイレ民間技術を宇宙へ応用したい

として、大同病院の看護師や地元企業の技術者と協力して、研究をはじめているという。

 宇宙に快適なトイレ環境を

というわけだ。今でもステーションで使われている2台のロシア製宇宙トイレは、1台が、なんと

 1900万ドル

もしたという。

 宇宙に温水洗浄便座が当たり前になるのは、いつのことだろう。数年の飛行時間がかかりそうな火星有人飛行がアメリカでは計画されているが、その成否は少し大げさに言えば、

 トイレ環境の整備

がカギを握っている。2009.08.27

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「気骨の国民審査」にするために  最高裁判事はどう決まるか

 このブログでも、以前紹介したが、

「気骨の判決」

を出したのは、戦前の最高裁にあたる大審院判事、吉田久氏である。衆院選とあって、最高裁判所裁判官国民審査公報が、わが家にも届いた。そこには、審査を受ける判事8人、長官1人について、それぞれ

略歴、最高裁判所において関与した主要な裁判、裁判官としての心構え

が掲載されていた。どの裁判官についても、多少なりとも知っていることはなかった。まったく知らない。これはある意味当たり前だが、公報を読んだ、あるいは見た素直な感想は

 これらの人は、どういう経緯で選ばれたのだろう

ということだった。というのも、公報に載っている裁判官9人のうち、竹﨑博允(たけさき・ひろのぶ)長官を含めて5人が、憲法判断が求められる大法廷判決に関与していない。これでは、国民は判断のしようがない。

 そんな思いで、新聞を見ていたら

 朝日新聞社説=最高裁国民審査/開かれた選任こそ課題だ

という社説が掲載されていた。朝日社説は憲法については、おかしな社説が多いが、これは的を射た主張である。「選考過程は一切国民の前に明らかにされず、ある日突然、内閣が「決まりました」と発表するのだ」、「どんな仕事をしてきた人がどんな理由で選ばれたのか、国民は知らされない。国民審査が形骸化している根本的な原因はこうしたことにある」と指摘している。社説は、判事や長官の選任過程を公開し、それを通じて「国民審査にも十分な情報を開示することだ」と結んでいる。これが、

 気骨の国民審査

をする条件であろう。朝日新聞もたまには、いいことを言う。2009.08.26

  ところで、問題は情報開示は必要条件ではあるが、それだけでは十分ではない。十分条件としては

 例えば、日本弁護士連合会などが、衆院選に合わせて

 最高裁判事の業績評価書

を作成し、有権者に参考意見として公表することだろう。公報に載っている最高裁での主な判決だけでは、判事なり立てである場合がほとんどであり、参考にはなりにくい。最高裁判事になる前の判決、あるいは業績について、弁護士会が調査し、意見書をつくることが一番、手っ取り早い

 開かれた司法づくり

となるのではないか。有権者に判断材料を提示した上で、イエスかノーか、審査を行うのが、憲法第76条に言う国民審査の本旨ではないか。自分に都合のいい情報のみを公報に掲載して、審査をせい、というのでは、憲法に言う国民審査の名に値しない。実をともなわない見せかけの審査だ。これでは、憲法判断を重要な責務とする最高裁自ら、憲法をないがしろにしていると言われても仕方あるまい。こうした改善策を自ら訴えていく姿勢がほしい。2009.08.26

| | コメント (0) | トラックバック (0)

脳神経倫理学 「すばらしき新世界」は来るか

 脳科学について、このごろ辛辣な批判をし、うんざりしていたせいか、脳科学嫌いになりそうになっていた。そんな折り、なかなかどうして、

脳科学は素晴らしい

と思わせてくれる冊子を拝見した。「脳を読み取ることで」という特集を組んでいる「切り抜き速報 科学と環境版」(2009年9月、ニホン・ミック)にうれしくなったのだ。全国紙、地方紙、専門紙の中から選んだ記事が切り抜いて並べられており、最近の話題を一覧できて、大変に役に立つ。さまざまな分野で活躍している脳科学者が堅実な成果をきちんと出している様子がわかる。中でも、

 「注目集める脳神経倫理学/心が読み取られる/脅かされる内心の自由/怖い技術の悪用 新たな倫理が必要に」

は、面白い視点で書かれていて、興味をそそられた。右手を動かす動作を思い浮かべるだけで、離れた場所のロボットが実際に右手を動かす。そんな仕組みをホンダが国際電気通信基礎技術研究所(ATR)、島津製作所と共同開発したという。記事によると、90%の割合で、想念通りにロボットを動かすことができたという。これが、脳波計と脳血流を計測する近赤外光脳計測装置を併用して解析する世界初の手法で得られたというのだから、驚く。切り抜きの元の記事は、2009年7年7日付中日新聞朝刊。

 考えただけで、その内容がロボットに伝わり、その通りに動く

というのだから、びっくりである。

 こうした技術を高く評価し、その上でこの技術が社会に受け入れられるための脳神経倫理学を研究している石原孝二東大準教授は、

「今は脳科学の知識があまりにも安易に流布されている」

と現状を分析している。その通りであろう。記事によると、同教授のグループは、こうした脳神経倫理学という新分野の特質を明らかにし、脳科学の成果が社会にもたらす影響の制御可能性について検討を進めているという。こうなってくると、確かに

 脳科学の成果は、「内心の自由」というこれまでの人間観を大きく変えるインパクトを持つ可能性がある

と言えるだろう。

 例えば、こうした脳科学の成果を活用することで、刑事事件の被告の責任能力を判定するための精神鑑定も大きく変わるだろう。これまでの医師の判断から、「脳活動を計測し、数値で判定する装置」が判断する。そんな時代がそこまで来ている。

 これを怖いとするか、素晴らしいとするか。脳神経倫理学はどんな答えを出すのだろう。

これは、某有名脳科学者がやっているようなニセ科学ではない。現実に起こりうる「すばらしき新世界」なのである。2009.08.26

| | コメント (0) | トラックバック (0)

京大の博士、タダで派遣 ! 「もったいない」小中高校へ

  きょうの毎日新聞(8月24日付)を読んでいたら、なんだか、私自身、妙に情けなくなるような記事にぶつかった。こうだ。

 京大の博士 タダで派遣/ 就職できない若手研究者/ 「もったいない」小中高校へ

と、見出しにある。その出だしは、

 「博士号を取得したものの、常勤職が見つからないポストドクター(ポスドク)を、京都大が全国の小中高校に出前講座の講師として無料派遣する。大学のPRとポスドクのキャリアアップという一石二鳥を狙う。」

というのだ。派遣旅費を含めて学校側に一切負担はないという。そこまでするか、という印象だが、果たして、一石二鳥になるかどうか、どうも二兎を追う者は一兎をも得ず、になりかねないように思う。

 こう言っては何だが、私の苦い経験では、大学の宣伝にも、若手のキャリアアップにもならないような気がする。それどころか、大学の悪評が広まり、優秀な後輩が来なくなる恐れのほうが怖い。若手のキャリアダウンがかえって加速するような気もする。一石二鳥にするには、大学の研究職に固執する意識を改めることが前提ではないか。そんな気がする。

 この記事によると、全国に常勤研究職に就けないポスドクは、なんと

 16000人(うち京大在籍は全学で約1100人、2006年度)

もいるというのだ。

 若手研究者よ、こもらず、もっと社会に出よう ! 

 これが私の苦い経験からのアドバイスである。2009.08.24

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「直感」で決まる総選挙 ?  マニフェスト選挙否定の能天気な脳科学

 先の「FRIDAY」8月26日増刊号の「ファフロツキーズ現象」の記事はりっぱな科学記事であるのに対し、週刊ポスト」8月21日・8月28日合併号「創刊40周年大感謝号」の

人気脳科学者のサイエンス・エッセー「脳のトリセツ」 第7回 「直感」で決まる総選挙

はあまりに乱暴だ。トリセツとは、「取り扱い」の略だろう。巧みに言葉をもてあそんだ、そして、科学を装った「ニセ科学」と言われても仕方がないのではないか。また、この見出しでは、マニフェスト選挙を真っ向から否定しているとも受け取られかねない。これでは真剣に政策を訴えている候補者は立つ瀬がない。ばかりか、第一、「直感」で有権者が政党を選ぶというのは本当だろうか。そんな有権者もいるかもしれないが、ごく一部だろう。大部分の有権者については、そんなバカなことはない。マニフェストを読んだりして、候補者の訴えに耳を傾けて、有権者はいろいろ考えているのだ。一部の脳科学者ほど能天気ではない。

 「直感」と、かぎかっこがついているので、何か意味深長な言葉かと思ったが、本文中には何の説明もない。脳科学では直感をどう考えているのかの説明もこれまたない。いきなり、

 「結局は、最後はどちらに投票するかという選択は脳内の感情の回路を中心として生み出される「直感」によるしかないのである」

と結論付けている。りっぱな業績のある脳科学者とも思えない言い方だ。あまりに軽薄であり、これでは「NO ! 科学」だ。この「脳のトリセツ」には、立派な経歴の著者名と顔写真が掲載されているが、ここでは恥ずかしくて、とても紹介できそうもない。

 つまりは、脳科学と総選挙を、無理無体に結びつけようとしたところにそもそも無理があったということだろう。はっきり言えば、総選挙という、現在の脳科学の限界をこえた領域にまで、脳科学の成果を適用しようとしたところに無理があるのだ。

 一事が万事、こうなのだが、脳のトリセツよりも、「脳科学のトリセツ」が必要ではないか。全国の良識ある脳科学者はこの事態をどうみているのだろう。脳科学界の良心はどこへ行ってしまったのだろう。このまま放置すれば、脳科学の威信、ひいては科学界の威信にかかわることではないだろうか。困ったものだと、まゆをひそめているだけではすまない事態だ。また、ここまでくると、週刊誌の記事だから、まともに相手にする気にもならない、ではすまない。

 というのも、この号には、

 直前完全予測リポート/ グラフと%で民主267Vs自民153を大分析/ 300選挙区候補者600人「当落確率データ」全公開 !

として、なかなか読ませる詳細な科学的な分析が掲載されているからだ。「他誌には真似できない」とまで誇っているが、なるほど確率予測など、いちいちうなづけるまっとうな分析である。同誌には、立派な分析もあるのだ。これとはあまりにかけ離れた「サイエンス・エッセイ」である。2009.08.23

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食べる楽しみ 南極料理人

 最近、公開された

「南極料理人」(沖田修一監督・脚本)

を見て、確かに、南極に1年半も生活するとなると、

 食べる楽しみ

ぐらいしかないだろうと、思えてきた。舞台はドームふじ基地。この映画には、主演の堺雅人さんが料理人として出ていたが、準主役の気候学者役に

 生瀬勝久(なませ かつひさ)

さんも出ていた。目のギョロっとした特徴のある俳優で、小生、NHKサラリーマンNEOで、その活躍を拝見していた。国立極地研究所が製作に協力していたようだ。

 やはり、極地となると「健康第一」であり、その旨の張り紙が基地内に張り出されていたのが面白かった。小生の好きな納豆も朝ごはんに出ていた。味噌汁も。

 この映画を見終わって、小生もかつて研究者として、岡山県浅口市鴨方町の竹林寺山の山頂にある

 東京天文台 岡山天体物理観測所(現在は国立天文台所属)

に年に何回か、観測のために大学院生の時代でかけて一週間ぐらい山にこもったことを思い出した。たしかに食事は唯一の楽しみであることが実感できた。食事づくりが面倒なので、来る日も来る日も、朝昼晩と

 ボンカレー

ばかり食べていたら、すっかり元気をなくしてしまったという記憶がある。それが、この映画のように1年半だと、食事は元気の元、気力の元、健康の元である。

 久しぶりに、かつての大学院生時代を思い出させてくれた映画

であった。堺雅人さんのような料理人のいる観測所は幸せであろう。乗鞍コロナ観測所、富士山測候所なども、冬はなかなか厳しい状況であろう。いずれも、今日、その当初の機能は終わって、別の目的で再利用されるようだが、小生にとっては少し寂しい。2009.08.23

| | コメント (0) | トラックバック (0)

推定無罪 最高裁自ら否定した「のりピー」事件

 意外なところで、意外な発想を聞いて、感心した。8月22日、土曜日午後、浜松市のアクトシティ浜松大ホールで、第13回日本看護管理学会の市民公開討論会

 看護はどう見える どう見せる

が開かれた。2000人以上の看護師が「看護の可視化」について研究や討論が行われ、最終日に、公開討論が行われたわけだが、その中で、壇上のパネリストの一人、

 隅本邦彦氏(江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授)

の発言に驚いた。大麻事件となった酒井法子容疑者事件で、酒井容疑者が最高裁製作の「裁判員裁判」PRビデオに出演して、最高裁で確定判決が出るまでは、容疑者、被疑者はあくまで「容疑者、被疑者」であり、推定無罪であることを裁判員はとくに認識して裁判に臨んでほしいと、最高裁はビデオを通じて広く国民に訴えた。

 なのに、最高裁自身、酒井容疑者が逮捕された段階で、まだ起訴もされていない取調べの段階で、あたかも真犯人であるかのように、この推定無罪を訴えるビデオの放送を中止してしまったのは、最高裁自ら、推定無罪の原則を踏みにじるものだと、隅本教授は指摘した。そのとおりだろう。最高裁の汚点である。

 意外なところで意外な発想を聞いて、うれしかった。これだから、現場を踏むこと、出かけることの重要性を思い知らされた一日であった。2009.08.23 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

空飛ぶ「オタマ」 ありがとう「FRIDAY」8月26日増刊号

 やれ総選挙、政権選択、政権交代だ、やれ新型インフルエンザだ、と世の中、騒々しいが、こんな時こそ、たまには、「フライデー」を読んでみよう、日ごろ滅多に読まないが、忘れかけていた重要なことがきっと出ているに違いない。「科学と社会」について、きっと編集部はいい記事を書いてくれているに違いない、そんなことを思っていたわけでは、必ずしもない。ないが、期待したとおりのすばらしい記事が最新号に出ていた。

 カエル、亀、魚、ワニからお札まで !! / 空から降ってくるのは「オタマジャクシ」だけではなかった/ 世界で起きた「ファフロツキーズ現象」大研究   同誌8月26日号(2009年)

である。ファフロツキーズとは、

 Falls From The Skies (空からの落下物)

の略称なんだそうだ。知らなかった。石川県七尾市から始まった、例の6月のオタマジャクシ事件を取り上げて、その後について、国内のこれまでの出来事を表に整理し、世界にまで話を広げて「大研究」をしていた。夏休みの自由研究の格好の材料であろう。原因として、竜巻説、渡り鳥説、飛行機説、宇宙人説・都市伝説など、これまで取り沙汰された説をおさらいしていて、ここまでなら、さして、新味がない。しかし、面白かったのは、

 世界ファフロツキーズ現象MAP

を写真付きで世界地図にまとめたのが、すばらしい。それによると、日本ではオタマジャクシが多かったが、アメリカでは亀(1894年5月、ミシシッピ州)やワニ(1877年、ノースカロナイナ州)が降ってきているという。オーストラリアでは、イワシ(1988年クイーンズランド州)、イギリスでは、ミイラ化したウナギ(1918年8月、サンダーランド)、コイン(1968年、ラムズゲート)、トウモロコシ・インゲン(1979年2月、サザンプトン)、10ポンド紙幣(1995年2月、キドリントン)などなど。これだけ調べるのは、大変だったろう。なのに、記事をまとめた著者の名前がないのは、残念。編集部の部員の努力なのだろうか。

 不思議発見としては、UFO研究が有名であり、長年、もう50年以上、アメリカ空軍も神経を尖らせ、専門家に徹底した調査を依頼し、その結論も出ている。これからは、もう一つ、

 ファフロツキーズ現象の研究

にも、目を光らせ、本格的な調査が必要ではないか。単なる夏の不思議現象として、このまま忘れ去るには惜しい。この現象は、立派な科学的な対象になる。この点がニセ科学とは決定的に異なる。そんな気持ちしてくれた記事であったように思う。 

 ありがとう、フライデー増刊号。2009.08.23

  参考だが、こうした現象も含めた超常現象については、

 「超常現象大事典」(成甲書房)

がある。3000円。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気骨の判決 ふるさとの力、ありがとう

 先の日曜日(8月16日)に、NHK終戦ドラマスペシャル

「気骨の判決」

を見た。「戦争のために真実を曲げていいのか」と、東條英機首相と闘った大審院裁判官、吉田久の物語である。NHK記者がまとめた本(「気骨の判決」、新潮新書)が原作である。

 驚いたのは、裁判官、吉田氏の出身が福井市の中心部の佐佳枝町であることだ。小生が生まれたのは福井市毛矢町だが、その隣りの地域である。ほんの目と鼻先のところである。福井地方裁判所にも近い。

 吉田氏が生まれてから、約60年後に小生が戦後の昭和23年に生まれたわけだが、こんなりっぱな人物がいたとは、とんと気づかなかった。

 福井市の偉人には、幕末の志士、橋本左内がいる。ここに、気骨の人物、吉田久を得た。ともに、時流に流されないで、時代を駆けぬけた人物である。誇りに思うとともに、

 それに引き換え、自分は

という忸怩たる思いは、やはり抱かざるを得ない。

 還暦を迎えて、初めて知った

 ふるさとの力、誇り

である。

ありがとう、ふるさと福井。2009.08.19

追記。2009.08.28

こうした気骨の人は、なにも、吉田氏だけではないことを、意外な記事で最近、具体的な資料で知った。

 気骨の反軍国会演説

である。よく知られた斎藤隆夫元帝國議会衆議院議員で、これは戦雲急を告げる真珠湾攻撃前の1940年2月2日の第75回帝國議会の演説である。当然のことながら、というべきか、国会自ら斎藤氏を除名している。

 賛成296、反対7、棄権144

 この7人とは誰だろう。

 斎藤氏のこの時の心境がどのようなものであったか、想像するにあまりあるが、具体的な史料が出てきた。

 そんなエッセーが、8月28日付読売新聞朝刊「磯田道史の 古今をちこち」に出ている。磯田氏が、露天の古道具店市でわずか500円で買い取ったという斎藤氏が残した「色紙」である。引用すると

 吾が言は即ち是れ万人の声

 褒貶毀誉(ほうぼうきよ)は世評に委(まか)す

 請う百年青史の上を看る事を

 正邪曲直おのずから分明 (原文は漢詩)

    第七十五帝国議会去感  斎藤隆夫

となっているそうだ。さもありなん、という色紙である。これを読んで、磯田氏は

「自分がきちんと歴史を書かねば正しいことをして不遇に終わった人物は犬死にになる」

と書いている。その通りであろう。「武士の家計簿」をものにした日本史家らしいというべきか、あるいは、らしからぬというべきか、気骨の一文と感じ入った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

驚異の数字 円周率と100メートル走

 世界陸上選手権大会で、なんと、男子陸上100メートル競走で

 9秒58

という驚異的な記録が誕生した。これまでの自己記録を、わずか1年で

 0.11秒

も縮めた。この記録を出した決勝では、ほかの選手に対して、圧倒的な強さを示していた。陸上スポーツの専門研究者も驚く記録である。かつて、専門家の間でも

 人間の限界は、9秒7台

と言われてきたが、ボルト選手(ジャマイカ)は軽々と破った。日本人選手で10秒を切る公式記録はない(伊東浩司10秒00が最速)。これではもはや話にならない。

 それでは、世界記録はどのくらいこれから伸びるのだろうか。限界はあるのだろうか、そんなことを考えていたら、8月19日付静岡新聞1面日コラム「大自在」に、

 「統計学の分野では9秒29という数字が弾き出されている」

という。思うのだが、これまで誰も想像しなかったようなボルト選手の活躍を見ていると、

 事実は、統計(9秒29)よりも高速なり

ではないか。いずれ、9秒29をこえるスプリンターが出てくるだろう(2009.08.19)

 もう一つの驚異の記録は、

 円周率=2兆5769億8037万桁

である。筑波大学計算機科学研究センターで、スーパーコンピューターで73時間あまりで到達した。これまでの記録は、2002年に出した東大+日立製作所チームによる1兆2411億桁である。

 ところで、この前人未到の記録、どうしてその結果が正しいと証明できたのだろうか。誰もしらないのだから、デタラメを申告してもわからないのではないか、というわけである。

 計算に成功した研究センターによると、二つの異なる円周率計算式で独立して計算した結果、上記の桁まで一致したという。いやはや、ご苦労さんということだろう。

 言うまい、そんな計算をして何になるとは。

 ところで、こんな面白い掛け言葉がある。

 うなぎと掛けて、パイ(Π)と解く。その心は、遠州(円周)でしょう

というものだ。浜松の夜のお菓子、「ウナギパイ」に掛けている。うまい。うまいはずだよ、最近決まった第一回「ウナギ」謎掛け大賞受賞作だもの。 うますぎる。こちらも、驚異のうまさである。夜のお菓子、なに、

 ブランデー入りの「真夜中のお菓子」もあるでよ。2009.08.17

| | コメント (0) | トラックバック (0)

HACHI  言っては何だが、犬を擬人化してはいないか

 私と同じ世代のR.ギア(59歳)が主演するというので観に行った。

 映画「HACHI 約束の犬」

である。この映画を見て、まず、ギアになぜ出演依頼が来たのかがわかった。彼は愛犬家であるからだろう。演技だけでは、あそこまで犬を手なづけることは難しい。この映画は、愛犬家にはたまらない映画ではあろう。

 ただ、心配なのは、忠犬ハチ公物語という人間に都合のいい話を、きっと犬も、人間同様に行動で示したと考えるのは、人間の勘違い、というか傲慢ではないか、という点だ。擬人化の誤りを犯しているような気がした。

 そもそも、同じ哺乳類であるとはいえ、

 人間の脳と、犬の脳とはまったく異なる構造と機能を持っている

ということを忘れてはなるまい。映画では、犬の目に人間世界がどのように映るかというモノクロ映像を出していたが、やりすぎではないか。ためにする映像である。

 犬には犬の世界がある。

 このことを忘れた映画だったと思う。ご主人様のお帰りを、ご主人様が死んでしまった後も、自らが死ぬまで10年も続ける。二君に仕えず、これぞ忠義である。そんな解釈は人間のあさはかさを示すものではあっても、犬にとってはあずかり知らぬ話であろう。迷惑な話だろう。お涙頂戴の映画にはちょくちょく人間の傲慢さを映し出すおかしな点があるので、だまされないよう、ご都合主義には注意が必要だ。

 ハチよ、人間の傲慢さを許してくれ。2009.08.16

  世の中、いろいろあるもので、「忠犬ハチ公のふるさと」とも言うべき秋田県の大館市では、8月16日夜の「大文字の送り火」で、いろいろ論議を呼んだが、結局

 大文字ではなく、「犬」文字で点火

した。その映像をテレビで拝見したが、あまりいい気分ではなかった。京都の送り火では絶対に実現しないイベントであろう。いくら秋田犬のふるさととはいえ、送り火に「犬」はなかろう。手段を選ばず、これ宣伝では、あまりに節操がない。

 秋田県民の矜持を疑う。

 鳳凰山に「大」の文字が点火されると、点の位置に、反射板による「・」が点灯した。大文字の送り火と言えば、京都・五山の送り火が有名だが、毎年、いたずらされないよう、この「点」の位置に監視員を配置しているのを思い出した。私も一度だけ、この監視員とともに、8月16日夜の大文字山に登ったことがある。

 去年の8月16日は、私は京・四条大橋でこの五山の送り火を眺めた。雨上がりで少し蒸し暑かったが、川風の中、京の風情があった。

 「犬」では、去りゆく夏も興ざめだ「ワン」。2009.08.17

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ほんまかいな、「魚釣り」「凧揚げ」もあった近代五輪 

 8月16日は日曜日とあって、ゆっくり起きて、TBS(=SBS)のサンデーモーニングを見ていたら、面白い解説をしていた。関口宏氏が司会をしている。2016年の五輪から、7人制ラグビーやゴルフが登場するかも知れないという話。これらがオリンピックの正式種目になるためのIOC理事会推薦を受け、今後開かれるIOC総会で過半数の賛成が得られれば、正式種目として承認されるという。

 それでは、過去にどんな種目が五輪の正式種目だったか、ということについて解説していた。それがなんと、マラソンなど8種目でスタートした第一回のアテネ大会後、

 魚釣り、凧揚げ

なども登場していたという。そればかりか、その後長く、

 絵画などの「芸術部門」

も近代五輪の正式種目(最大28種目まで)であったという、今では到底信じられないような解説に、びっくりするやら、あきれるやらであった。

  具体例を一つ挙げると、1936年のベルリンオリンピックの芸術競技絵画部門で日本画家、藤田隆治氏が作品「アイスホッケー」で参加し、銅メダルを獲得している。この作品は、ナチスが買い上げたという。

 これでは、7人制ラグビーが出てきても、なんらおかしくないわけだ。つまりは、IOCの気まぐれで正式種目が決まっていたのだ。IOC委員にはヨーロッパ系が多いことから、それに都合のいい種目が選ばれていた。そういえば、ヨーロッパでは、野球などほとんどほとんど見かけないから、今回復帰がかなわなかったのも無理はない。2009.08.16

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2700億円の「火事場泥棒」 科学界に良心はあるか

 今日は、旧盆である。のんびり、8月16日付静岡新聞を広げていたら、ギョッとするような社説が出ていた。

 科学研究2700億円支援/テーマ選定、拙速避けよ

というのが出ていたからだ。読んでみると、

 ドサクサにまぎれた2700億円の「火事場泥棒」ではないか。科学界の良心はどうなっている

 そんな思いにとらわれた。おそらく、共同通信社からの配信であろうが、社説の出だしにはこうある。

 「経済危機克服策として約14兆円の2009年度補正予算に科学研究も組み込まれた。中でも、2700億円の最先端研究開発支援プラグラムが研究開発で突出している。約30人の研究者に30億~150億円(平均90億円)を配分、3~5年間使えるようにして、研究者の自由度を高めた。その審査が内閣府のワーキングチームで進んでいる。」

というものだ。どんな人がワーキンググループに入っているのか、見て見たいものだが、麻生太郎首相は、6月の第一回支援会議で「選定の際にもめたら、私が最終決定する」と語ったらしい。日程ではこの8月末に決定とあるが、衆院選の終盤に急いで決める話ではない。選挙後に落ち着いて最終決定すべきだ、と社説は結んでいる。そのとおりであろう。むしろ、選挙前のドサクサに決定してしまおうという科学界の思惑がみえみえである。

 同時に、麻生首相が最終決定するというのは、本当にいいのだろうか。麻生首相に科学の中身について何がわかるのだろう。不安になる。政治的に最終決定するということだろうが、科学研究に政治的な決着はなじまない。それとも、中心研究者約30人は、どうせ科学政治家だから、それでいいと高をくくっているのだろうか。

 科学界は、経済対策の名の下に、国民の税金をかすめとるような「火事場泥棒」をすべきではない。

 科学と経済対策は無縁だ。2009.08.16

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あの戦争を何と呼ぶか 8月15日付静岡新聞社説

 8月15日付静岡新聞を読んでいたら、終戦記念日として、

 あの戦争を何と呼ぶか

という面白い視点の社説が出ていた。あの戦争とは、戦後は一般的には太平洋戦争と呼ぶのだが、果たしてそれでいいのだろうか、という問題意識から、論説委員が書いたらしい。

 結論を先に言えば、私の場合、

 あの戦争は、恥ずかしい意味でも、誇りにする意味でも、そして、歴史の事実から目を離さないという意味でも、

 大東亜戦争

と呼ぶべきであるというものである。間違っても「太平洋戦争」、つまり、米国の言い方、「パシフィック ウオー」の直訳のような言い方で呼ぶべきではない。社説によると、あの戦争の呼び方として、このほか、

 十五年戦争

 アジア・太平洋戦争

 さらには、

 「今次の戦争」

という言い方もあるそうだ。もちろん、大東亜戦争というのは、開戦直後に政府が閣議決定した呼び方である。この名の下に、310万人の日本人戦争犠牲者が死んでいったのであり、2000万人とも言われるアジアの人々もこの戦争の名の下に、犠牲を強いられていったのである。太平洋戦争という聞いたこともない呼称の下に死んでいった「英霊」は一人もいないという歴史の事実に目をつぶるべきではない。

 この社説のライターは、どうやら、戦域に注目した

 アジア・太平洋戦争

と呼びたいらしい。陸軍は主として東アジアを侵略したから、これを見逃してはならないという意味だろう。太平洋戦争というのは、帝國海軍の発想だというわけだ。しかし、アジア・太平洋戦争の名の下に犠牲を強いられた日本人戦争犠牲者は一人もいない。この歴史の事実(真実ではない)を踏まえていないのが残念だ。ただ、この社説は、

 戦争呼称は、ジャーナリズムの宿題でもある。

と締めくくっている。あの戦争を何と呼ぶかは、確かに、今もってジャーナリズムの課題であるという意味では、そのとおりであろう。ただし、私は、上述したとおり、すでにその宿題を終えているが-。

 そんな思いで、同じ8月15日静岡新聞の1面コラム「大自在」を読んでいたら、

 「旧海軍の駆逐艦に乗艦中、西太平洋旧トラック諸島春島沖で空襲に遭い両手首を失った」静岡県出身の伊東朝雄さん

 のエピソードが出ている。たまたま、「週刊現代」8月15日号を見ていたら、

 水中に眠る太平洋戦争 あれから65年目の夏

というカラーグラフが掲載されているのを見つけた。「かつてトラック諸島と呼ばれた、ミクロネシア連邦のチューク諸島。その蒼い海の底には、太平洋戦争中に空襲を受けた日本軍の戦跡が、今も静かに眠っていた-」として、水中写真家の鍵井靖章さんの撮った写真が紹介されていた。

 水深42メートルの海底に眠る輸送船、富士川丸のマスト/ 富士川丸の船倉内から発見された九六式艦上戦闘機のコクピット残骸

 などが掲載されている。この空襲は1944年2月17日 米軍の急襲で在トラック諸島の兵力はほぼ全滅したという。トラック諸島といえば、連合艦隊の洋上前線司令部のある戦艦大和や武蔵も停泊した重要な軍港所在地である。いわば、

 アメリカ版「真珠湾攻撃」=米軍による旧トラック諸島急襲

と言えるかもしれない。このあたりから、日本海軍は絶対国防圏を維持できなくなり、転進に次ぐ、転進に追い込まれ、敗戦への道を転げ落ちていく。

 それはともかく、このグラフでも、あの戦争のことを太平洋戦争としているのが、少し気になったことを付け加えておこう。2009.08.15

| | コメント (0) | トラックバック (0)

焼き場の少年、よっちゃん  「原爆と人間展」を見て

 8.11駿河湾地震のあった日、静岡県庁別館21階のロビーで開かれていた

人間と原爆展

を訪れた。そして、

あの写真、直立不動で幼子(弟)をおぶった「焼き場の少年」

を見た。かつて全国紙が紹介した写真であるが、会場で案内をしてくれたのは、「静岡県原水爆被害者の会」(静岡県被団協)の川本司郎会長である。川本さんによると、少年の名前は、

「よっちゃん」

という。10歳くらいだという。撮影は1945年9月、長崎市。撮影者は、元米従軍フォトグラファー。この少年については、8月5日付静岡新聞1面コラム「大自在」に出ている。だから、出掛けたのだが、なるほど、戦争の悲惨さを見事に映しだしていた。

 戦争は二度と起こしてはならない

そんな感慨を強く抱かせる10歳少年の直立不動であった。

 この直立不動のよっちゃんを見て、なぜか、

映画「禁じられた遊び」

を思い出さざるを得なかった。あの深い悲しみを響かせていたギターの音色とともに、ラストシーンでの少女の悲しげな

「ミシェル、ミシェル」

という声が今も忘れられない。それにしても、よっちゃんは、今、どうしているのだろう。

「よっちゃん、よっちゃん」

消えた少年はどこへ行ったのだろう。2009.08.14

| | コメント (0) | トラックバック (1)

旧浦上天主堂の遺壁 消えたもう一つの「原爆ドーム」

 NHKが長崎原爆の日、日曜日に祈念式典を生中継しているのを見た。もう十数年、長崎には訪れていないので、せめてテレビで、思いを新たにしたいと考えていたら、

 原爆で破壊された旧浦上天主堂の遺壁の一部

が映しだされていた。式典の行われている平和公園にほぼ隣接する「爆心地」公園にあるものらしいが、尖塔の部分には聖者が立っていたのには、驚いた。現在の浦上天主堂は戦後、被爆して破壊された旧天主堂を完全に撤去し、すっかりその地に再建されたものと記憶していたので、まさか、その一部が移設されて、いまも残っているとは知らなかった。不明を恥じた。

 これが、消えたもう一つの「原爆ドーム」の一部

ということになる。この点について、静岡新聞の日曜日付書評欄で、九州大准教授の直野章子氏が、

 『消えたもう一つの「原爆ドーム』(高瀬毅、平凡社)

を紹介していた。なぜ、貴重な「もう一つの原爆ドーム=旧浦上天主堂」が完全に撤去されたのか、しかも、占領後の、しかも、原水爆禁止運動が盛り上がりを見せていた最中に完全撤去が決まったのか。その謎に迫っているという。キリスト教徒が、アジアでも名だたる大教会の真上で、原爆をさく裂させたとなると、「罪の象徴」となる危険性があり、米国としても完全撤去をひそかに工作したのではないか、という見立てらしい。

 そうした戦後史は、長崎平和公園の式典だけをみていては分からない。そんなことを思い知らされた映像だった。ただし、NHKの番組では、こうした説明は一切なかった。ただ、映像だけが、ズームアップされていた。少し不親切である。テロップで説明して欲しかった。しかし、そのおかげで、勉強にはなった。

 それはともかく、ぜひ、一度、読んでみたい本だ。2009.08.10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

月の輝く夜に 浜名湖・新居町の手筒花火

 一度見てみたいと思っていた三河花火。人が荒縄を巻いた竹筒を小脇にかかえて、上に向って花火が飛び出す。いわば、ロケットの噴射が上に向っているようなもので、反動で竹筒が滑らないように、抱えやすいように荒縄を巻いているのだろう。

 なかなかの工夫であり、花火の源流、あるいは三河出身の徳川家康もかくのごとき花火をみたのか、とその様子を彷彿させる光景であった。今では珍しい手筒花火である。それが静岡県浜名郡新居町の大納涼大会で、町制施行120周年のひとつとして、まて、来年、町が湖西市と合併することを祝い、町の若者たちにより披露されると聞いて、出かけた。会場となったのは、町立新居小学校で、風のない、そして、満月に近い晴れた夜だった。

 竹筒は、100本近く用意され、それを青年団らしい若者が1本ずつ抱えて、踊りながら手筒花火を次々と披露していた。万一、竹筒が真横に向けたら、観衆に火の粉がかぶるので、やや危険ではあるが、そこは注意して何回もリハーサルや訓練をしたのであろう、見事、上空に向けたまま、そして、多少角度を変えて、花火のダイナミックな面白さを見せてくれた。火のついた竹筒を抱えた5、6人が踊るので、壮観だ。一見、簡単そうだが、難しい技のように感じた。

 月の輝く夜の、華麗なる演出

に感激した。小学校の校庭一面に、竹でつくったロウソクの万灯が揺らめいていた。そして、多くの灯篭のやわらかな明かりには、俳句がしたためられていた。粋な演出である。

 新居町は、俳句の盛んな町であることを知ったのもうれしかった。

 その中の一つに、

 浜名湖の 波おだやかや 青田風 (ゆかり)

 というのが、あった。潮の香りのする新居町である。2009.08.09

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1993年8月9日って、何の日 細川護熙の現在

 いよいよあと10日で、政権選択を争点とした総選挙が始まる。その前の静かな土曜日、たまには、ヒマネタでも探そうと、2009年8月13日・20日号「週刊文春」の夏の特大号を読んでいたら、わたしよりのんびりとしている人がいた。かつて、自民党宮沢内閣が総辞職し、「変革」をかかげた細川内閣の第79代総理大臣、細川護熙氏である。内閣発足は1993年8月9日。

 ちょうど16年前のことであるが、件の細川殿は今、どうしているか、このところの自民党、麻生内閣のドタバタにまぎれて、すっかり忘れていたが、殿は、なんと、中国西安市の南郊の田舎にいたのである。文春によると、

 中国 詩心(うたごころ)を旅する

として、盛唐を代表する詩人、王維とかかわりの深い南郊に横たわる終南山の田舎畑に鍬をもって耕す姿で立っていた。王維の暮らしを楽しんでいるのだろう。同誌によると、

 行きて水の窮まる処に至り/坐して雲の起る時を看る 王維

ということになる。細川氏にとっても、「最も心休まる場」なのだろう。

 細川殿にとって、この16年の激動はどう映っているのだろう。

 そんな思いで、さらにぺらぺらと「夏の特大号」をめくっていたら、今度は、なつかしい「トンちゃん」の近況を伝える記事が出ていた。細川内閣を引き継いだ第80代総理の羽田内閣。ごく短命な内閣だった。そんな政権、あったっけという人は多いだろう。バス車掌から首相になったことで話題となった羽田孜氏も、今夏で政界を引退したようだ。その羽田内閣からバトンタッチしたのがトンチャン、こと第81代内閣総理大臣の村山富一氏である。「自社さ」連立政権である。歴とした日本社会党委員長から、総理になった。こちらは、ひょんなことで少しは記憶にあるという人もいるだろう。1994年6月から1996年1月まで国政の舵をとったが、ナポリ・サミットで水が合わず下痢に悩まされた首相。阪神大震災時の総理大臣と言えば、わかりやすいかもしれない。

 日本で一番最後に、この大地震を知った人物として歴史に残るだろう。

 今、85歳になるトンちゃんだが、同誌によると、チリン、チリンと、自転車に乗り、長いまゆをなびかせて、地元大分市内をあちこち出かけているらしい。政権選択の時を迎えていることについて、なんと

 「政権が変わっても政治は変わらん」

と激白したらしい。これは、まさに、自らの村山政権でもそうだったから、なかなか重い言葉と受け取った。記事によると

 「いずれにせよ、僕にはもう関係のない世界じゃ」

と言い残して、自転車にまたがり、路地裏に消えていったという。

 その姿は、現在の社民党の末路を暗示している。

  チリン、チリン。

 葬送の音色のようにも聞こえる。貴重な証言、ありがとう。2009.08.08

  お袋の命日8月8日に合掌-。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

内部被ばく、細胞から「証拠」!

 静岡新聞夕刊(8月7日付)に、

 被爆60年超、今も放射線放出/細胞から「証拠」/長崎大研究グループ撮影

という記事が出ている。その証拠の顕微鏡カラー写真も掲載されている。ようやく内部被爆の恐ろしさの具体像が明らかになりつつあるようだ。

 8月6日放送のNHK番組

 核は大地に刻まれていた 死の灰消えぬ脅威/旧ソ連実験場からの警告/多発するがんの真相は?/広島の科学者が実態解明

でも、旧ソ連時代を通じて盛んに地上での核実験が行われた旧セミパラチンスク核実験場近くの村での、がん多発など内部被爆の恐ろしさを紹介していた。

 直接被爆での被爆量はそれほどではなくとも、その後の内部被爆による被爆線量の蓄積は直接被爆量を上回ることがあることを、科学者の調査をもとに紹介していた。

 こうなると、

 内部被爆こそ、原爆症の根本原因

という日本被団協中央相談所前理事長の肥田舜太郎医師の指摘は、いよいよもって説得力がある。そんなことを思わずにはいられない長崎大グループの研究であり、番組であった。2009.08.07

 追加。2009.08.28

  これだから、地方紙を読むのが、やめられない。上記の広島大の研究グループの一人、

 広島大学原爆放射線医科学研究所の星正治教授

が8月26日付中国新聞に

 旧セミパラチンスク初の核実験から60年

と題して、インタビューに答えている。

 今も続く健康不安/支援・究明へ専門家養成を

と訴えている。8月29日で初核実験(長崎に落とされたものと同じプルトニウム爆弾)からちょうど丸60年がたつ。初実験は1949年8月29日ということになる。その間、なんと450回を超える。星さんは、私と一歳年上の61歳。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

複数の地方紙を読む 原爆資料館を例に

 地方紙の場合、地元の情報については、直接記者が取材して紙面に掲載する。そのほかについては、共同通信社からの配信を、デスクが県内事情などを考慮して取捨選択し、紙面づくりをする場合がほとんどだ。だから、配信されていても、地方紙によっては掲載する地方紙もあれば、しない地方紙もある。そんな最近の事例に、小生が愛読している静岡新聞の朝夕刊には掲載されなかったが、たまたま長野県で発行されている8月5日付信濃毎日新聞夕刊に配信記事

 ヒロシマの展示60年/核廃絶訴える原爆資料館

がある。配信そのままの見出しで、カラー写真と記事は、荒木甫浩・共同通信写真映像記者(信濃毎日の紙面にはこのクレジットはない)。広島原爆資料館(広島市中区)の過去と現在を写真を主体に半ページにグラフ風にまとめたものである。今では、年間140万人もの来館者があり、大学ノートの来館後の感想記録「対話ノート」もこの40年間で1100册にもなっているという。館長にもインタビューしていて、参考になる。興味深い内容として、資料館の源流が原爆投下から4年後、広島市の中央公民館の一室に「原爆参考資料陳列室」が開設されたことを知ったことだった。それが、現在では私が十数年前に訪れたときとは、見違えるように立派になり、資料も、その利用方法も充実していることを知った。

 これだから、なんとか、

 地方紙はせめて2紙読むべし

2009.08.07

| | コメント (0) | トラックバック (2)

過去に目をつぶる者は-原爆展と空襲資料館と

 今日は「広島原爆の日」である。

 静岡市の静岡市民ギャラリー(静岡市役所本館)に、「静岡県原水爆被害者の会」会長の川本司郎さん(73歳)の体験談を聞きに、出掛けた。被爆者健康手帳は持っているが、爆心地からわずか1キロのところで直接被ばくし、被爆者健康手帳は持っている。しかし原爆症認定患者ではないという。原爆被爆者援護法により、国が認めた症状に相当するこれといった病状が表面上はみられないからないからだろう。しかし、さく裂当時の内部被ばくにより、症状がいつ何時出てくるかもしれないという不安をかかえながらの窮屈な人生だったに違いない。それだけに、体験談の内容には、単なる過去の話ではないという重みを感じた。

 ギャラリーでは、「ヒロシマ原爆展in静岡」が開かれており、当時の遺品が展示されていた。いろいろ学ぶことは多かったが、驚いたのは、

 川本さんは、高い高度の爆撃機からの原爆投下直後から、地上近くでさく裂するまでの様子を見上げていたということだった。落下傘のようなものにぶら下げられて原子爆弾が降下してきて、さく裂したというのだ。爆心近くの鉄橋で被ばくした。さく裂直後に鉄橋に伏せ、しばらくして目を開けると、猛烈な爆風で真っ暗だったという。

 話には聞いていたが、被ばく体験者から、さく裂直前の様子を直接聞くことができたのは、小生にとって初めてであり、衝撃的であった。川本さん9歳の時のこの体験が今も、強烈に残っているというのだ。多少はあやふやな点、あるいは記憶違いで後から付け加わったものもあるかも知れない。が、大筋は正しいのではないか。それほどに具体的な体験談だった。

 さて、それでは何のために、原爆を落下傘付きで投下したのだろうか。そのための摸擬爆弾による訓練を米軍では、本番に先立って、しばしば行っていたらしい。それは

 投下爆撃機のパイロットたちが退避する時間的な余裕をつくるため

だったのだろう。地上に到達するまでに原爆をさく裂させなければならないが、落下傘なしでは、その間の時間があまりに短く、爆撃機自体の退避が間に合わず、原爆さく裂に巻き込まれかねないという懸念があった。

 戦争とは、かくも非情

なのだ。

 この原爆展とともに、隣接するコーナーでは、「静岡空襲-市民が描いた体験画」(静岡平和資料館をつくる会)が開かれていた。静岡県内では、浜松市が1945年6月18日、旧静岡市は6月20日に最初の空襲を受けている。静岡市の場合、この第一回空襲で市街地の3分の2が破壊された。その後、静岡市清水区、沼津市も空襲に遭っている。空襲体験画を拝見すると、これはこれで、現代では想像することすらできないような、大変な惨状である。原爆体験画と比べて、その凄惨さが軽いとはとても言えない。

 広島、長崎県にはりっぱな原爆資料館がある。東京・夢の島には、被ばくした第五福竜丸船首の展示をしている「都立第五福竜丸展示館」がある。さらには、第五福竜丸の船体模型を展示している県内施設に焼津市歴史民俗資料館がある。とすれば、静岡県でも県内の空襲の惨状を後世に語り継ぐ「静岡県空襲資料館」をつくることは、体験者が次々に鬼籍に入っている現在、県民にとって喫緊に必要なことではないだろうか。県内在住者で組織する原水爆被害者の会との共同歩調で、「静岡県平和資料館」づくりに取り組むのもいいのではないか。

 過去に目をつぶる者は、現在にも盲目である

(ワイツゼッカー元ドイツ大統領)。

 原爆展を見に行って、この言葉を思い起こし、静岡空襲資料館にも思いを馳せた。2009.08.06

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

意外!塀の中の健康的で、豪華な食事 

 この「ココログ」のブログにも書いている植草一秀氏が収監されたという記事が8月4日付静岡新聞社会面に、「植草元教授を収監/東京高検」とのベタ見出しで、わずか7行で出ている。

 「東京高検は3日、電車内で痴漢行為をしたとして東京都迷惑防止条例違反の罪に問われ、懲役4カ月の実刑判決が確定した名古屋商科大大学院の植草一秀元客員教授(48歳)を収監した」

 植草氏は、ブログ「植草一秀の「知られざる真実」」の8月5日付で

 皆様の温かなご支援に深く感謝申し上げます

と書いている。自殺はしないとも語っている。そのなかで「天に誓って無実潔白である。心に一点の曇りもない」とその心境を語っている。これが、植草氏にとっての「知られざる真実」なのだろう。わかりやすく言えば「それでもボクはやっていない」というわけである。

 上告が棄却されたのが、6月25日。その後、異議申立をしたが、棄却され、今回の収監となった。刑期4カ月から未決勾留期間60日を差し引いた約60日の実刑が確定した。弁護団は、上記ブログで、冤罪であるとして「再審請求も視野」に入れているという。今後も目を離せない。

 ところで、塀の中の食事について、8月5日付毎日新聞夕刊が紹介している。

 味には不満多いが、なんといっても健康的

と書いている。冷めたご飯、みそ汁など味は今ひとつだが、クリスマスケーキ、マックのハンバーガーもあるというから、さらに、ミンチカツ、夕食にはチキンソテーなんかもあり、「贅沢」かもしれない。植草氏もこうした「豪華な」食事をするのだろう。刑務所も捨てたものではない気がしてきた。

 刑務所ではないが、東京拘置所にいた元外務省主任分析官の佐藤優氏(最近、上告棄却となり、執行猶予確定)は釈放後に「名著」

 『獄中記』(岩波現代文庫)

で、拘置所の豪華食事について書いている。グルメとも評して、感激している。

 刑務所や拘置所も悪くない。そんな考えが増えているとしたら、現代社会とは何なんだろう

と考えざるを得ない。こんな社会なら、刑務所にいたほうがマシというような風潮がありはしないだろうか。核兵器も恐ろしいが、こんな社会もこわい。2009.08.06

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

虫の世界にも表情がある  昆虫4億年の旅

 大きく引き伸ばしたおかげで、虫の世界にも顔に表情があることがわかる。そんな今森光彦さん(里山昆虫写真家)の写真展「昆虫4億年の旅」(静岡アートギャラリー)である。カラーで撮影した理由がわかった。カラーだから、表情がよく表現できており、美しい。モノクロではこうはいかない。見終わって、入場料800円は安いと思った。

 その代表なのが、セミである。写真展では、

 ヨツコブツノゼミ

 ミツコブツノゼミ(  ブラジル )

  トゲツノゼミ( コスタリカ )

  クロトゲボウシツノゼミ( インドネシア )

である。クロトゲボウシツノゼミなどは、まるで頭巾をかぶったような翁のような表情である。貫禄がある。愉快なヨツコブツノゼミとは好対照である。

 そのほか、私にも馴染み深いショウリョウバッタについては、

 ショウリョウバッタのひげ時計

が面白い。あの長い二本のひげを人間がいじった時、二本のひげが、左右別々に固定される。これがあたかも、アナログ時計の文字盤の上をぐるぐる回る針のように見える。それぞれに表情がある。それを真正面から撮影した7枚組みの写真である。ショウリョウバッタがこんなに表情豊かだったとは知らなかった。

 進化とはかくもたくみであり、精妙なのか、と感嘆したのは、

 ツチバチのメスに擬態するハンマーオーキッド(オーストラリア)

という植物である。写真説明によると、花弁の一部を、オスバチがメスと勘違いして、後ろから羽交い絞めにして連れ去ろうとすると、なんと、花弁の先がちょうつがいになっていて、回転し、その拍子に花粉がオスバチの背中にくっつく。してやったりと植物が思っているかどうかは、わからないが、驚異の仕掛けである。これも進化のなせる業だとすれば、植物が虫をだますのだから、驚異以外のなにものでもない。

 こうしたことも、1メートル四方の大きな画面にして、しかも、その一部始終を4枚の組写真にしてみせてくれるから、いかにも迫力があり、わかりやすい。ビデオ以上に迫力がある。見るものに考える時間を与えてくれるので、驚きも倍加する。

 植物は昆虫を巧みにだます

そんな世界を垣間見た。

 進化の驚異については、いわゆる素数ゼミである17年ゼミ(アメリカ)も紹介されていた。正確には、セプテンデキュラというのだそうだが、写真説明によると、大量に庭に群がると、その鳴き声で人の声が聞こえなくなるという。素数年に羽化するので天敵にも会わず、それほど大量に発生するのだろう。びっしり木にしがみついている17年ゼミは異様な光景だ。

 一部だけの紹介にとどめるが、確かに

昆虫の世界にも表情がある

ということを実感した。

だから、昆虫との出会いは

一期一会

なのである。2009.08.04 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

誰が最初に上げたか ? 打ち上げ花火 砲術家の武士である

 行きつけの「赤ちょうちん」の入り口に、荒縄でぐるぐる巻きにした円筒形の筒が置いてある。直径が15センチぐらいのものもあるが、もう少し太めのものもある。高さは5、60センチくらいだろうか。金沢から浜松に転居して、まもなく10カ月になる。あまり気にしていなかったが、思い切ってママさんに聞いてみた。それがなんと、

 遠州・新居の手筒花火

の使用後の手筒であった。徳川家康の江戸時代、火薬は軍事機密であり、そうそう誰でも入手はできない。しかし、花火見物を楽しんだ家康がその美しさに痛く感心し、出身地の三河にだけには火薬を使った花火づくりを許可したという。三河花火の始まりらしい。そこからいろいろな花火が創案されて、江戸時代を通じて発展してきた。そのひとつが、荒井(現在の新居)の手筒花火というわけだ。

 現在では、縁起がいいというので、店の玄関口にいくつか置いてあるらしい。ママさんは秋田県出身の美人。それが、結婚して静岡県新居町に住まいがある。だから、地元の手筒花火の筒を縁起物にしている。商売繁盛を願ってのものだろう。こうした三河花火の源流は、三河の安城市桜井出身の「仰空信道和尚」なのかもしれない。和尚は如意寺の住職であったらしい。

 新居の手筒花火は、花火の源流の一つではあろうが、打ち上げ花火とは違う。砲弾に当たる尺玉はない。むしろ、家康が楽しんだという花火に近いような気がする。これとは異なり、打ち上げ花火は、大砲型ともいうべきものであり、砲弾に当たる尺玉には、推進力となる筒は付いていない。これに対し、ロケット型とも言うべき花火は、尺玉に火薬を詰めた竹筒がついているのが、特徴である。このロケット型の花火は、なんと、私の通う静岡市の草薙神社(清水区草薙)でおまつりに打ち上げられている。無形民俗文化財らしい。

 その様子が、8月2日、日曜日のNHKの新中部ローカル番組「金とく」(再放送)で紹介されていた。番組のタイトルは

 誰が最初に上げたか? 打ち上げ花火

である。その中で、この神社の、昼ののろし「龍勢」、夜ののろし「流星」が映し出されていた。これでもわかるが、打ち上げ花火は、火薬の爆発が上に向っていて、それに押し出される形で、火縄の付いた尺玉が飛んでいき、爆発して花火になる。これに対し、龍勢は、尺玉の推進力をつける竹筒が付いていて、下向きに火薬の燃焼が行われて、その反作用で尺玉が上昇する。まったく火の吐き出し方が逆である。したがって、今日の打ち上げ花火の源流とは考えにくい。忍者の使う狼煙(のろし、烽火)の発達したものであろう。現在のロケット式花火の源流は、忍者ののろしかもしれない。関ヶ原の合戦でも使われたらしいことが、合戦屏風図に描かれている。

 それでは、現在の打ち上げ花火の源流はというと、番組では、

 砲術家の武士が、江戸にて、空に向って打ち上げた大砲花火

ではないか、と解説していた。つまり、江戸時代に入ると、砲術家は、その働きを発揮する場がなくなり、就職活動の一環として、もともとは、地面にほぼ平行に打っていた大砲を真上に打ち上げて、仕官のためのデモンストレーションをしていた。当時の大砲は、砲弾ではなく、花火の尺玉(火縄付き)を敵陣に打ち込み、そこで爆発させていた。したがって、大砲を上に向ってぶっ放せばよかったのだ。証拠として、武士が真上に向けて、火縄の付いた尺玉をまさに打ち上げようとしている絵図が関東圏の神社でみつかっているとして、放送ではその絵図まで映し出していた。見た印象でも、確かに、これこそが

 打ち上げ花火の元祖

だった。

 余談だが、こうした大名花火に対して、江戸時代には、大砲式の町人花火も盛んになっていた。それが、今も残る日本最古の花火店宗家「鍵屋」であり、その分家の「玉屋」なのである。

 金沢から転居してきた私が興味を持ったのは、花火に必要な火薬が加賀藩の五箇山・合掌造りの囲炉裏の下で製造されものという事実である。良質の塩硝は、加賀藩から大量に全国に花火の材料として堂々と販売されていたのである。

 塩硝の道は、実は「花火原料の道」でもあった

 この点は、北國総合研究所の提供番組「ふるさと講座」でも気づかなかった点である。2009.08.03

| | コメント (0) | トラックバック (0)

動物の知力 枝で水深を測るオランウータン !

  何気なく見た8月2日のNHK番組、

ダーウィンが来た !

にびっくりした。なんと、オランウータンが川を渡るシーンで、枝を進みたい方向に突き刺して、水深を測り、ゆっくり歩いていた。これは人間と同じ高度な知力である。枝で水深を測り、自分が安全に渡れるかどうか、推測しているからだ。

 そんなことを考えていたら、オランウータンの知力はそんな程度ではなく、もっと高度な知力も持っていることが、2008年3月号の

「NATIONAL GEOGRAPHIC」日本語版 動物の知力 ベールをぬぐ頭脳パワー

に出ている。いわく。

「野生のオランウータンが道具を使う例も観察されている。たとえば、木の穴に突っ込んで虫をとる、木の葉を雨よけやハンカチ、枕として使う、とげのある木に登るときに葉っぱで手を守るなど。珍しい例としては、葉を束ねて人形のようなものを作り、抱いている姿も目撃されている。こうした知恵は親から子へと伝えられる。」

というのだ。それどころか、この特集によると、野生ではないが、キーボードに配置された絵文字を使って、自分の考えを(人間に)伝えられるというのだ。

 この特集によると、このほかにも、この号の表紙になったニューカレドニアカラスは、針金をくちばしで巧みに折り曲げて、釣り針として活用したりする。こんなことは人間である小生はできない !  問題解決能力に優れているのは人間だけではないのだ。

 人間よ、おごるなかれ

そんなことを教えてくれた番組だった。2009.08.02 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自殺統計 願はくは-

 暗いニュースに心が痛む。7月28日付静岡新聞朝刊に

 自殺、上半期1万7000人/県内501人/不況で最悪ペース

という記事がでている。東京都では1569人で、最も多い。この調子でいくと、今年は年間

 3万4000人

と、過去最悪になりかねない。原因は今回公表されていないが、年代や職業などがわかれば、対策もある程度は立てられる。自殺者では女性より、男性が2倍以上多いのも気になる。一般に、逆境に女性は強いとみるべきか、男性のほうがより逆境の程度が深刻というべきか、むずかしい。

 自殺統計は社会環境を如実に反映している

 みんなが安心して暮らせる社会への道のりは遠い。

 今回の統計はそんなことを鋭く数字で示した。

 ところで、西行の歌にこんなのがある。

 願はくは花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ (新古今)

  雪国出身の小生の辞世の句を紹介しておこう。

 願はくは雪の上にて 冬死なむ そのきさらぎの 望月のころ

 日本酒を熱燗で飲んでいたときに、ふと思い浮かんだ歌である。どんな死に方か、お分かりだろうか。雪がほとんど降らない今住んでいる浜松では、この願いが無理なのが、ちょっと寂しい。2008.08.02

 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »