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1993年8月9日って、何の日 細川護熙の現在

 いよいよあと10日で、政権選択を争点とした総選挙が始まる。その前の静かな土曜日、たまには、ヒマネタでも探そうと、2009年8月13日・20日号「週刊文春」の夏の特大号を読んでいたら、わたしよりのんびりとしている人がいた。かつて、自民党宮沢内閣が総辞職し、「変革」をかかげた細川内閣の第79代総理大臣、細川護熙氏である。内閣発足は1993年8月9日。

 ちょうど16年前のことであるが、件の細川殿は今、どうしているか、このところの自民党、麻生内閣のドタバタにまぎれて、すっかり忘れていたが、殿は、なんと、中国西安市の南郊の田舎にいたのである。文春によると、

 中国 詩心(うたごころ)を旅する

として、盛唐を代表する詩人、王維とかかわりの深い南郊に横たわる終南山の田舎畑に鍬をもって耕す姿で立っていた。王維の暮らしを楽しんでいるのだろう。同誌によると、

 行きて水の窮まる処に至り/坐して雲の起る時を看る 王維

ということになる。細川氏にとっても、「最も心休まる場」なのだろう。

 細川殿にとって、この16年の激動はどう映っているのだろう。

 そんな思いで、さらにぺらぺらと「夏の特大号」をめくっていたら、今度は、なつかしい「トンちゃん」の近況を伝える記事が出ていた。細川内閣を引き継いだ第80代総理の羽田内閣。ごく短命な内閣だった。そんな政権、あったっけという人は多いだろう。バス車掌から首相になったことで話題となった羽田孜氏も、今夏で政界を引退したようだ。その羽田内閣からバトンタッチしたのがトンチャン、こと第81代内閣総理大臣の村山富一氏である。「自社さ」連立政権である。歴とした日本社会党委員長から、総理になった。こちらは、ひょんなことで少しは記憶にあるという人もいるだろう。1994年6月から1996年1月まで国政の舵をとったが、ナポリ・サミットで水が合わず下痢に悩まされた首相。阪神大震災時の総理大臣と言えば、わかりやすいかもしれない。

 日本で一番最後に、この大地震を知った人物として歴史に残るだろう。

 今、85歳になるトンちゃんだが、同誌によると、チリン、チリンと、自転車に乗り、長いまゆをなびかせて、地元大分市内をあちこち出かけているらしい。政権選択の時を迎えていることについて、なんと

 「政権が変わっても政治は変わらん」

と激白したらしい。これは、まさに、自らの村山政権でもそうだったから、なかなか重い言葉と受け取った。記事によると

 「いずれにせよ、僕にはもう関係のない世界じゃ」

と言い残して、自転車にまたがり、路地裏に消えていったという。

 その姿は、現在の社民党の末路を暗示している。

  チリン、チリン。

 葬送の音色のようにも聞こえる。貴重な証言、ありがとう。2009.08.08

  お袋の命日8月8日に合掌-。

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