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「つながる脳」 せっかくの好著も意味不明な悪文書評で台無し

  時宜を得たせっかくの好著も、意味不明な悪文で書評されて、台無しになっている場合がちょいちょい、新聞の書評欄に見られる。書評する人は、懸命に好著であることを強調し、読者の興味を引きつけようとしているのだが、いかんせん悪文で、読者が途中で読むのをあきらめてしまう。悪気がないだけに、書評された著者も怒るわけにもいかない。そんな書評者にあたったのが不運、とあきらめるしかない。

 そんな最近の7月19日付朝日新聞書評欄の事例。

 広井良典千葉大学教授(公共政策)が

 『つながる脳』(藤井直敬著、NTT出版)

を、「他者との関係性が幸せをもたらす」と題して、書評している。このタイトル自体がまず、意味不明で、過半の読者は書評を読むのをあきらめるかもしれない。それでも、我慢して(朝日新聞の書評欄なのだから、いい本にちがいないと信じて)本文を読もうと努力する。しかし、大事な書き出しからして悪文だ。出だしはこうだ。

 「本書は「社会脳(ソーシャル・ブレイン)」、つまり人間のように他者との「関係性」が決定的な意味を持つ存在を、脳研究を通じて明らかにする探求についての印象深い書物だ。「『つながる』という言葉が、これからの脳科学のキーワードになるのではないかと確信した』という著者の表現がそうした関心を集約している」

 この文章を一度読んで、意味の分かる読者はまれであろう。2、3回読んでも分からないのがほとんどだと思う。なぜか。筆力がないのに、一つの文章で、二つのことを言おうとしているからだ。悪文の典型がこれだ。だから、文章を二つに分ければ、まだわかる。第一の文章は、たぶん、つぎのようなことを言いたいのだと思う(まちがっていたら、ごめん。なにしろ、意味不明の文章なのだから)。

 本書は「社会脳(ソーシャル・ブレイン)というものを、脳研究を通じて明らかにする印象深い書物だ。社会脳というのは、つまり人間のように他者との「関係性」が決定的な意味を持つ存在のことである。

 これなら、なんとか批評者の言いたいことがわかる。それでもわかりにくいのは、悪文によく見られることだが、やたらと、かっこ、かぎかっこが多いことだ。出だしだけでなく、この批評者の書評には、かぎかっこがやたらと多い。「関係性」のほかにも、思わせぶりな「人間」、「ケア」、「コミュニティ」、「科学」、「生命」、「関係欲求」、「社会性」、「リスペクトが循環する社会」と、短い書評文章にこんなに出てくる。加えて、悪文の特徴なのだが、ひげかっこ、゛良識゛、゛常識゛まで出てくる。

 それでも、まだ、この文章がわかりにくいのはなぜか。これまた悪文の特徴なのだが、指示代名詞が、やたらと多いのだ。冒頭で言えば、「そうした関心」とは何をさすのかわかりにくい。数えてみたのだが、書評の中に「その一つの背景は」「「そうした閉塞状況を」「その上で」「そうした『リスペクトが循環する社会』」「それは社会性や他個体との関係性」「そこに」「その結節点になっていく」と、いやになる。いちいちこれは何を指すのかな、と考えているとますます読むのが嫌になる。いやになるだけなら、まだいいのだが、『つながる脳』がつまらない読むに値しない本のように思えてくるから、書評者の罪は深い。

 なぜ、こういうことが起きるか。簡単である。書評者自身が、紹介する本について、理解していないからだ。こういうことは、たいてい、文系の学者が、背伸びして、理系の著書を無理に紹介しようとするときに起きている。この場合も、そうだろう。

 こういう場合、朝日新聞書評欄担当者は、遠慮せず、具体的に意味不明点を指摘して、書き直しをお願いする、あるいは命ずるのが親切というものだ。批評者に遠慮して、それをしないで、そのまま掲載するからこういうことになり、読者が迷惑する。勇気を出すべきだ。私自身も自戒し、この点をあえて指摘しておきたい。

 それでは、どう書評するか。同じ『つながる脳』について、7月12日付静岡新聞書評欄に書評が載っている。 書評者は河野哲也立教大教授だが、

 脳科学の「壁」に新展望

と魅力的なタイトルで批評している。読者を引き付ける見出しである。内容をよく咀嚼して、理解している証拠だ。そして、名文ではないが、達意の内容である。冒頭はこうだ。

 「脳科学ブームである。しかし、とても科学的とは言えない飛躍した主張に満ちていると、まゆにつばして眺めている方も多いはずだ。そんな脳科学嫌いの読者にもぜひ薦めたいのが本書である。本書は、社会性をテーマとしているが、そこには三つの特徴がある。第一は、現状の脳科学の限界と問題点をはっきりと認め、それに向かい合っている点である。-うんぬん」

と一つ一つが短いセンテンスで、論理明快に書いている。ここまで読んだだけで、脳科学嫌いの読者も、2310円を握り締めて書店に走っていくだろう。うまい。内容を十分理解して書いているからだ。これが書評というものだ。上記の書評とは雲泥の差以上である。

 先の書評とは対照的に、かぎかっこは、本文中に一回しか出てこない。しかも、問題点も指摘しており、最後は、総括して

 「文系の人間にも読みやすい平易な文章で書かれた、しかし、驚くべき最先端の成果である。」

と、殺し文句、落としどころを心得て結んでいる。これでは文系の読者も買わないわけにはいくまい。ましてや理系であれば。書評された著者は幸せである。2009.07.20 

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